My Story
つらつらと私のことを書く。
私は高校生である。陸上部で投擲種目を専門にしていて、本を読むことが好きだ。人と話すことも好きだが、初対面の後に仲良くすることは得意ではない。会話に詰まってしまうからだ。
何か文を書くことが好きで、「お話」を書くより、「一場面を切り取って書く」ことが性に合っている。私にとって書くことは、三度の飯と睡眠と友人、家族よりは大切ではない。本を読むことのほうが好きで、それでもタイルのように日常に埋め込まれた「書くこと」が好きだ。私は軒並み外れた表現方法を持っているわけでもなければ、私自身の地の言葉で、文を踏み締めているわけでもない。だけれども、ほんの時どき、自分の作品を読み返して、好きだなぁとしみじみ思うことがある。でもそれは当たり前のことで、自分が好きだと思うことを、自分が好きな表現で、私が書いているからなのだ。
私がこうして書くことを続けるのはもちろん私の「好き」のためでもあるが、私の臆病のせいでもあることを言っておかなければならない。私は極度の「ビビリ」で、中学生の頃なんて、一本しかない路線の電車を一人で乗るのが怖いと思っていた。お風呂を一人で入るのも怖かった。全部、自分の目から見た世界しか信じていなかったし、関心ごとと言えば、自分のことだった。私は誰かのことを考えて、悩む経験をしたことがなかった。今思えば、とんだ自己中の極みである。ひとのことを心配しているつもりでも、心配なんてこれぽっちもしていなかったのではないかと不安に思うことがある。
私は閉じこもる世界の隙間から、誰かを好きで、嫌いで、何時間も悩み続ける友人の姿を眺めていた。その背中をひどく苦しそうで、とてもとても眩しく見えた。だから私は、自分が「そうなるように頑張ること」をしなくても、誰かを思い続けられるひとたちを書いた。きっと、平安時代の物語が多かったのも、恋のために死ぬ覚悟がある人々が息づく世界だったからだろう。
私の憧れを全てぶつけたものばかりなのである。その憧れをさも自分が手にしていると錯覚しないように、私は書くことを何度もやめた。
私は私のことを好きだと思っているが、唯一、ひとのことも思えない、ひとに優しく在れない自分が残念で、嫌いでたまらない。
だから。
1
閲覧数: 160
文字数: 1205
カテゴリー: 日記・エッセー
投稿日時: 2026/2/21 10:55
歩道橋
しがない歩道橋です。学生をしております。