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ある日の夜、街の古築アパートの一室でミレイは怒鳴り散らす男の追網から逃避すべく、約四畳半程の寝室の暗い押し入れの中でその恐怖に荒がる息を殺して、襖と壁に身体の守りを乞い仕舞われた毛布や布団のぬるい暖かさを震える肌身に感じながらただ成す術なく蹲っていた。
「おいどこだ、隠れてねえで出てこい。ったく、うろちょろしやがって」
男は足音をどしどしと重くのし響かせながら、狭い廊下を苛立つ足取りでミレイの隠れる寝室へと近づいていく。
「どうせここにいるんだろ。なあ、わかってんだよ俺には」
男の足音と声が押し入れの襖越しに地肌に直接触れ届く。ミレイは遂に呼吸の高鳴りを押し殺すことができなくなり、その息の音はとうに男の耳へと丸聞こえになっていた。すると途端に襖が荒々しく開き、目の前には憤怒しているが冷徹さを欠かない悪魔のような顔つきの男の姿が現れた。男はすぐさまにミレイの腕を引っ張り、強制的に押し入れから連れ出す。泣きながら抵抗するミレイを他所に、男は部屋の明かりもつけずに寝室の真ん中で床に寝転ばせたミレイの身体を殴り付け始めた。男の手は硬く、ミレイの横頬や背中や頭部に強固に突き当たる。ミレイはそれらの痛みに堪え兼ねて、泣き声を更に張り上げた。やめて、パパお願い、ねえやめてっ、ミレイの声は涙と鼻水と唾液と冷や汗でぐしゃぐしゃ潰れていた。
男はそれでも暴行を止めることはなく、ひたすらに泣き叫ぶミレイを殴り続け、自分の中の溜まる鬱憤を晴らそうととにかく彼女を痛めつける事に身投した。そして男はとうとうミレイの腹を思い切りに蹴飛ばす。ぐへゔぁっとミレイが衝撃に耐えきれず、床の上に転がって反射的に腹に手をやり、顔を俯かせて腹這いになる。
「おまえのせいだっ、おまえのせいでアイツは出ていっちまったんだぞ」
ミレイが床に蹲り、苦しそうにげほげほと咳き込みを繰り返している光景に男は流石に殴り疲れたのかはあはあと肩で息をして立っている。
「だからおまえなんか産まれて来なきゃよかったのによ、まったく、アイツもアイツだ。こんなガキを産むなんて言いやがって、なに考えてたんだかまったく」
そう吐き捨てると男は再び興奮が戻ってきたように脚に力を込めてミレイの腹部を再度蹴り殴った。するとミレイは我慢できずにおええっと吐瀉物を目を瞑りながら目の前の床に吐き戻した。その液体が男の足先に濡れ付くと、なんだ汚臭えな、ふざけやがってとミレイの髪を鷲掴み上げて彼女の両頬に思い切りに往復で平手打ちをかました。ミレイの胃液が男の指にかかっていたが、男は気にする様子はなく、やはり興奮に身を任せて所々を紅く腫らしたミレイの顔をこの上なく憎々しげに、皺の寄った形相で睨みつけた。ミレイはもはや目など開けておらず、早くこの男のいる現実から眠りに就いて夢という非現実世界の中へと逃避したいと意識をなるべく自らの身体的疲労による眠気の方向へと向けるように念じていた。数々の殴打を受けた部分達がじわじわと痛み出し、悲鳴を上げている。
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カテゴリー: 恋愛・青春
投稿日時: 2025/11/11 10:15
最終編集日時: 2025/11/11 14:25
注意: この小説には性的または暴力的な表現が含まれています
アベノケイスケ
小説はジャンル問わず好きです。趣味は雑多系の猫好きリリッカー(=・ω・`)