狼に見つめられ

 異様な獣臭と人間の勘がその場にとどまらせることを否定した。私が移動し、少しして恐ろしい獣の声がした。初めは野犬かと思ったが、その猛々しい遠吠えが狼であることを示していた。驚嘆したのはその遠吠えの正体が人間だということである。  釣りが唯一の趣味といえる私は、休日を利用して山間部にある川辺をよく訪れる。自慢ではないが、釣りの腕前には自信がある。自信があるのだが、その日はからっきしであった。  日が暮れ、空模様も悪化してきたため、今日は引き上げようと考えたちょうどそのとき、竿が強く引かれた。今日のこれまでが散々だったこともあり、私はより一層意気込んで臨んだ。ついに勝負が決するかというときに、背筋を撫でるような不快感と恐怖が全身を巡った。  その悪寒が気のせいではないことを、私は直観していた。獲物の繋がった糸をすぐに切り、雑に荷物を詰め込み、急いで対岸へと逃げた。  対岸へ移動し、少しした頃に恐怖が姿を現した。細かい種までは分からないが、紛れもなくそれは狼の耳と尾であった。  おそらく一生涯これ以上の衝撃はないだろう。そして二度とこの出来事を忘れることはないだろう。狼の耳と尾をした人間を。  まず、間違いなく人間の身体をしていたことを強調しておきたい。その上で獣のような耳と尻尾が生えていることを想像してもらいたい。私の受けた衝撃が少しは伝わったであろうか。  ただ、それ以上の衝撃を私は受けねばならなかった。これ以上どう衝撃を受けようと思われるかもしれないが、その人間が自分の娘と瓜二つだとしたらどうだろうか。数ヶ月前に妻と共に私の元を去った娘と。  可愛い娘だった。愛する娘を思い出す。 「パパー、むーちゃんの服どっちがいいと思う。ねぇねぇ、どっちがいいかな」
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色々書いています。