第四章 ~古の魔人~ 6

第四章 ~古の魔人~ 6
 戦いの音は、もはやセルフィーの耳には届いてこなかった。貨物室からは既にかなり離れている。船内に木霊するのは、激しく乱れる自身の呼吸音と、痛んだ非常灯の振動音のみ。しかし、いくら走れど、探れど、制御装置らしきものは一向に見当たらない。もはや走るだけの体力は残されておらず、壁に手を付きながら、セルフィーはそれでもどうにか震える足を前に運び続ける。僅かに見えていたはずの光明が、時間の経過とともに徐々に小さくなっていく。こうしている間にも、残された四人は圧倒的に不利な状況下で、命の灯火を削りながら戦い続けているのだ。もたもたしているわけにはいかない。焦燥だけが募り、時間が無駄に奪われていく。 「あっ……!」  不意に、たどたどしく運び続けていた足が何かに噛み付かれたかのように捕らわれた。次の一歩を運ぶことが許されず、バランスを崩しその場に転倒する。捕らわれた左足に、じわじわと込み上げてくる痛み。焦りと暗がりに閉ざされていたせいで全く気付かなかったが、床に生じていた亀裂に足を取られてしまったようだ。立ち上がろうにも、底を尽きかけた体力は徐々に増してくる痛みの侵攻を堪え切ることが出来ず、激しい痛覚に侵蝕された足は、込めようとする力の伝達を妨害し、もやは立ち上がることさえままならなくなった。 「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」  呼吸が更に乱れ、心臓が体の外に飛び出しそうな勢いで高く鼓動する。それらを無理矢理体の奥に押し込めるように、セルフィーは必死で歯を食い縛るが、僅かな光明は既に風前の灯火。例え立ち上がることが出来たとしても、船内で探していない場所はまだまだたくさんある。弱った体で行う十分な探索を、戦況が許してくれるはずがない。このままでは、残された四人は殺される。命運を託されたにも関わらず、結局自分には何をすることも出来ないのである。己の無力さと不甲斐なさを呪うかのように、セルフィーは地に着いた小さな両拳を握り締めた。  荒い息遣いと、無力な自分を嘲るように笑う非常灯の振動音だけが、暗闇の中に無慈悲に響き渡る。 「…………?」  朦朧とし始める意識が闇と静寂にの中に取り込まれようとする寸前、セルフィーは妙な違和感に気付いた。  空間に存在する音は、自身の呼吸音と非常灯の振動音の二つのみであったはず。しかし、その中に僅かばかりにノイズのようなものが入り混じっているような気がしたのだ。  例えるなら、それは不快な虫の羽音。
ユー