AION
3 件の小説第三話 生命の値段…
…遠い陸橋、 夏の夕焼け… 滲む山脈、陽炎の丘… 蝉時雨と呼応する金色の残光… 遠くまでこだます… この列車の汽笛が響いている。 「なんでアンタ、平気でいられたの?」 「何の事だ?」 客観的にはイジメの範疇であろう? 集団無視や嘘、デマでの人間関係遮断。 そして、イタズラでは済まされない 持ち物の盗難、破損の日々… 「だからさー、色々あったじゃん」 市街地の山の向こう、 森林地帯へと抜ける鈍行列車… 今では、ほとんどが無人駅だ。 二人は、ひと気のない車内で マックのポテトを貪っている… 「んー、あれか? あんな事はどうでもいいさ… 俺は、産まれてからずっと一人だし。 生きることにも執着も大してない。 アイツらは優越感がないと、 どうせ死んじまう溺れた魚なんだよ… だからいつも犠牲者が必要だ、 それなら俺が耐えてやれば 少しは犠牲が減るだろう?」 「何?アンタ…?正義の味方? だったら、辞めさせるとか したら良かったじゃん!」 「…勝手な言い方だな、お前は 自分に出来ない事は他人に求めるな。 そもそも何で俺がお前の 自殺なんか手伝わないとならないんだ。」 ⁉︎ 「あんたなんかに分からないわよ。 私の気持ちなんて…」 「ああ、さっぱりだ。お前みたいに恵まれた人間が死にたいなんて狂ってるとしか思えない。俺も何度も経験したけど、本当に死にそうな人間はもっと淑やかに音無しく死ぬもんだ。お前のやってる事はもっと、もっと、初期の現実逃避だ。」 「月並みに、甘ったれるなって?私は、私を殺したいだけよ。でもやり方も力も無いから手伝ってて言ってるの。」 「まー、いいよ。」 そう言って、大槻は黙ってしまった。 隣りの座席には大きめのリュックに、ロープ、ナイフ、懐中電灯、大量の市販薬… 山道ゆえ、時折 ゴーーっと言う騒音と共にトンネルに入っては出るを繰り返す夜汽車。 気まずさは、その度合いを超え始める。 「ねぇ、…」 私は、大槻を巻き込むことで大槻がはらう代償の大きさ、それを分かっている彼の寡黙な態度… その対価に当たるものを考えるが、検討も付かない… そして、一刻と迫る、死の瞬間の想像が、 私の手と身体を突き動かす… 私は、大槻の手を取り、 脚を絡ませてみせた… 「お前は、バカか?」 「ふざけないで…ご、ごめん。」 「誰が、コレからくたばるヤツとそう言うことしたいと思う?」 大槻は、普段からは想像出来ない 凄みでニラむ! 「由果の事は、知っている。お前の立場も理解してるつもりだと思う。だけど、お前は何一つ俺の立場も気持ちも考えないで自分勝手だな。」 「どう言う事?サービスくらいさせてよ…」 ガタン、プシュー… その時、列車は、それらのアライバル、 終着駅、如月駅にたどり着いた。 「お前、生きる価値ないよ… 行くぞ、生きるために生まれて 生きるためだけに死にたい、バカな女。」 大槻は、決意を固めた顔なり、 私は身が縮まってきた… 私は、 私は、 この男の10分の一も生きる価値がない… 咄嗟に理解した、 いや、感じた… 自分勝手な申し出と、 自分勝手な苦しみ…。 きっと、親や友達と共有して 励まし合えば乗り越えられる。 でも、 この男には…? 由果…わたし、 どうしたら、いいのかなぁ… 闇夜の山林に、突き進んで、 歩み出す二つの影… そこには、 迷いと 戸惑いと、 深く、悔やましい、 躊躇いがあった…
第二話 惹きあう痛み
私は変わって行った… 忘れてしまった。 日常という平和を、 平和という幻を… 由果の最後の瞳は、 この世のものとは思えないほど 優しかった… 私には、未だ理解出来ない。 あれから色々、友達に聞いた、 実際、学校には スクールカーストがあり 最上位と最下位だけが、SNSで繋がり 多数派の中間層を噂や嘘で コントロールして、 最下位を孤立させて、 色々な搾取や暴力と言っていい程の イジメの温床になっていたのだ… 今でも、カースト上位は のうのうと登校してる。 由果の裸の動画などが 無料動画サイトから消えないのは、 彼らが拡散して、 なんらかの収益を得ているから らしい… …死人すら食い物にする、 おぞまいやり方。 学校では、誰がやったかより 観ることがいけないと、 論外な結論で 報告書をまとめたそうだ。 死人を持て遊ぶ校風も、 同級生も、 …そして 時代も、 世の中も… もう、 全てが嫌になってきた。 あれから 色々な男子に、 自分から心の穴埋めを頼んだ… しかし、 由果の優しい瞳が、 その場、その時に 浮かび 楽しいことは一つも無かった。 幸いな事に、 遊ばれたと逆上する男子は いなかった。 皆んな、 カースト上位の悪行は知っていたから 男子も同じく心に消えない 傷を負っていたからかも知れない。 …こんな、 腐った青春まっぴらだ。 年上とも 遊ぶようになっていく私に、 声をかける女子は居なくなった。 …もう、全部、嫌だ! 刺し違えてでも、 復讐してやろうか?? …何度も何度も思ったが、 あの優しい眼差しが逆に私を 引き止めるのだ。 生きることを 辞めた由果が、 私を無理矢理生かそうと… …そんなある日、 今はなくなりつつある、 スクールカーストの最下層のひとり あの男子が、 大量のゴミ箱を抱えて 校舎の裏の ダストボックスへ向かうとこに 出くわしたのだ… 大槻葵(おおつきあおい) 私は、込み上げる謎の感情を 覚えて、話しかけてしまった。 『…ねえ、大槻。遊んであげようか?』 しばらく、 ゴミの分別の手を止め、 彼はこう言った。 『それは、お前の記憶が汚れるだけで、 何の意味も無い。俺はお前に 与えるものが無いし、お前もそうだろ。』 少しはハニカムかっと思った自分に なんだか腹が立って、 『どうせDTなんでしょ? 教えてあげるって言ってんの。』 …赤面している自分を、 護摩化すためにもスカートの裏側では 太腿を引っ掻いていた… 『俺は、これでも 俺の人生を大事にしてる。 お前も誰かにバレたら嫌だろ? 自分の人生は大切にするもんだろう。』 『何さ! 度胸ないだけじゃん? あんたさ、貧乏だからだけで最下層って 可哀想だからさ…マック奢るからさ、 頼み事、聞いてくれない、かな?』 『まー、腹減ってるからいいけどさ、 お互い無理でないならな。』 実は私は、閃いてしまった、 この男なら… …私の、 本当の願いを、 叶えてくれる。 本当のボッチでも、 この意志の強さ、 私のことも、考えてる。 多分、 私の、解放者…? 私は、 罪深い計画を思いついた…
第一話 禁じられた瞳
目を開けたら泣いてる… また、例の夢を見たのだろう… いつの頃からか、 自分が何を見たのか 何をしたのかの記憶が曖昧だ。 あの五月の、 五月雨あけのむせ返る深緑の眩しさに 逆行する絶対的絶望の眼差し… あの日の由果が、 記憶からすら離してくれない。 あの瞳、今生の別れの瞬間の、 あの眼差し。 私はそれの道連れの様に 見事に日常を後にした… 元々、私達が二年生になって 初めて行われる 祭りの前夜祭の予定を考えていた。 私は、あまり良くない取り巻きに 関わり始めた由果が、 最近では逆に一人で居る事に 気がついていた… だから、気分転換に 一年の時の様に二人で 祭りの縁日へ誘ってみようと思ってた。 暖かい日が続いた、 朝日に照らされた校門をくぐり 私は、自転車置き場に駆け寄って、 朝一番に部活に行くはずの 由果の自転車を発見した。 …しかし、 その自転車は、 惨たらしく刻まれ… タイヤのチューブが 剥き出しに、絡まっていたのだ…。 『え、? 嘘。 …由果?』 その時 頭上を覆う黒い影! 屋上から巨大なカラスの様に 飛び上がる戦慄と危機感!! !!? ズドン!!! 何か大きなモノが落ちた。 瞬間、聞こえた、 『絢香…。』 いや、空耳だろう… その肉の塊は、既にこと切れている。 しかし、最悪な事は、 かつて由果だった塊の、その瞬間の、 投げかけた瞳を、見てしまったことだ。 おそらく、生後17〜18では、 理解など出来ない、 渦巻く感情と情報… どんなに、どんなに 頑張っても向き合う事、 理解することは不可能だった。 ただ、由果は幼馴染の一人… 派手ではないが人当たりが良く、 頼まれ事は嫌とは言えない、 お人好しだが気立ても良く、 八つ当たりや悪口も 笑って許してくれる ムードメーカー、それが由果… そんな、由果を私は好きだったし、 由果が自殺するとか、 悩んでいたとか、 ましてや居なくなるなんて あるはずがない!! 私は、ただ、ただ 肉の塊の手を握り、 けたたましく鳴り近づく 救急車のサイレンも、何も、 感じる事も出来ずに… ただ、ただ、泣く事もなく その場にしゃがみ込み、 懸命にそれらの記憶を かき消す事だけを、 …繰り返している だけだった。