酢
8 件の小説特別扱いか平等なだけか
勇者は仲間が多い そのため、町で二人で歩いている時に 勇者の仲間と会うことも少なくない 出会うたびに勇者はそいつらに絡まれ 楽しそうに話をしている 初めてそんなことが起きた時 「俺なんてすぐ見えなくなる」と思った いつもそうだった 俺を優先してくれる人なんていなかった でも、勇者は俺をずっと見ていてくれた 俺から離れないでいてくれた これが勇者として、やっていることではなく あいつ自身がしたくてしていることなら どれだけ良いか何回も考えた 何回も期待した だがそんなことはなく 考える度その答えは「勇者だから」に落ち着いた 初めて俺を見てくれた存在 初めて手が届くかもしれないと思えた存在 なのに勇者というだけで 果てしなく遠くに感じてしまう 勘違いしてはいけない 思い上がってはいけない そう思いながら今日も 勇者に魅了されてはそれに縛られている
許されない想い
勇者を殺した 勇者は俺を大切にしてくれた 俺のことを必要としてくれた 俺の生きる意味だった 短剣で腹を刺した 罪悪感はなかった 勇者の顔があまりにも美しくてつい笑みがこぼれた その場に居合わせた人々は皆 「人の心がない」だとか 「本当に恐ろしい魔王なんだ」なんて 俺を批判したが そんなのはどうでもよかった ただ、兵士によって手当てされ、 どこかへ運ばれていく勇者に目をやった時 少し、ほんの少しだけ後悔した だがそんなことを気にしている暇はない 俺は魔王だ 魔王として、敵である勇者を倒すのが宿命だ 自分がどうしたいかなんて気にしていられないんだ
不似合いな勇者
「なんて勇者に不似合いなんだ」 初めて見た瞬間、そう思った 物語の中にいるような勇者は きっと魔王なんて見たらすぐに警戒するだろう でも、俺の前に現れた勇者は 「戦うつもりはない。話がしたいだけだ」 なんて言って剣を捨てた どうして人を殺すのか、目的はなんだ とかたくさん質問責めにされたが 否定は一つもしなかった ただ俺の話を聞いては 「君は何にも縛られずに好きに生きている。尊敬するよ」 と、俺のことを認めた 善意からではない 俺を油断させるためでもない ただ興味があるだけだと こんな勇者いるだろうか 「勇者に向いてないな」 と俺が言うと、その勇者は嬉しそうに笑った きっと勇者というのに縛られているのだろう その勇者は苦しそうで でも誰もそのことに気づいてやる人はいなくて また一つ、人を恨む理由ができた そして、初めて人を好きになれるのかもしれない
運命
魔王に倒されたい 「勇者が必ず勝つ」という運命から逃れたかった 昔からよく物語を読んでいた 特に、勇者と魔王のような正義と悪が テーマの物語をたくさん読んだ どの話も面白かったが 最後に勝つのが勇者であるのに気づいた瞬間どれも興味をなくした 人のため、国のために命をかけて戦う勇者は とても素晴らしいと思う だが、何にも縛られずにいる魔王が 勇者よりも何倍も綺麗に見えた 「…どうして僕が勇者になってしまったんだろう」 周りの人は皆、僕が物語にいるような 完璧な勇者に見えている だが、実際はこんなに勇者に向いていない思考をしていることに申し訳なく思う せめて、魔王がとても嫌なやつであってくれ という願いも虚しく この世界の魔王に僕は惹かれてしまった 魔王なんて言っても、この世界の魔王は そう呼ばれているだけであって人間だ 外見の良さも相まってとても綺麗に見える 死にたいわけではない 家族や仲間は大切だし、したいことだってたくさんある でも、そのどれもが 「勇者が必ず勝つ」という運命から逃れられるのなら捨てても良いと思った 魔王に倒されたい 「魔王が勝つ」という結末を迎えるために きっと僕は勇者になったのだろう 今はそう思うしかない
きみの温かさを感じたかった
魔王が処刑される日 僕は勇者でありながらその魔王を庇った そんなことをすれば全員に失望されるだろう 今まで積み上げてきた信頼も全て失うだろう だがそれでもきみには生きていて欲しかった 僕が1番恐れている 他人に失望されること 耐えられると思って飛び出したが やはり怖くて仕方がない もう取り返しはつかない そんな時にもきみは僕を落ち着かせて 僕を庇ってくれる 「こいつは俺が操っている。勇者を俺のものにされて悔しいか!」 違う、違うのに これ以上周りの人に君が悪者だと 思わせたくないのに 僕への罵倒から君への罵倒へ変わっていく 自分が的から外れたことに 少し安心してしまうのがまた苦しい 君が何かをずっと話している 民衆と言い争っているのだろうか その間もずっと僕を抱きしめてくれる その手はとても冷たかった
この感情は愛でも恋でもないけれど
「……本当におかしいな」 真夜中、ベッドで 僕の隣には敵がいる この世で1番恐るべき存在だ こんなやつと一緒に寝てるなんて 周りの人が知ったらどうなるか… こいつは、僕の兄を殺した 僕の幼い頃からの大切な友人も殺した 僕の仲間も、全て 今すぐにでも殺したいくらいには 憎むべき存在だ でもこいつは…君は 僕のことを想ってくれている 僕は、君と居る時だけは自分を偽らずに過ごせる 大切なもの全て奪われたのに それでも僕はずっと君と居たいなんて 「本当に…おかしいな」
正しさ
僕は勇者だ 常に世間で正しいとされる道を進む それが自分にとって正しいと思えなくても 勇者でありながら、勇者に相応しくない 考えを持って今まで過ごしてきた 勇者である期間というのは最大の敵を倒すまで ついに、その敵を倒せる寸前だというのに 僕はどうしてか立ち止まってしまう 君は 「今まで好きなように生きてきた」 と言った 僕ができなかったこと、ずっと憧れていたことだ どうして倒さなければならないのだろう 僕のように周りに流されて生きてきた人では無い 本来なら、好きなように生きてきた君こそが この世界で認められるべきではないか 思えば思うほど、僕は君をを殺せない 僕は今日、初めて 自分が正しいと思う道へと進む それが誰にとっても悪いことだとしてもだ どうか どうか僕を 君の手で殺してくれ
悪者
どんなに苦しい過去を持った悪者がいて 周りの人が全員それに同情するとしても 悪者は悪者である 結局は倒されてしまうのだ 僕は昔からそんなのが嫌だった 悪者が倒されるならば、その悪者は全員に恨まれる人であれ 苦しい過去を持った悪者がいるのならば、 その人が勝ち残るべきであれ そう願って生きてきた 今僕の目の前にいる男は、今の今までずっと苦しんでいる 誰にも理解されなくて、一人孤独で だから僕はそいつを倒したりしない 僕は、そんな辛くて醜い悪者に倒される側でありたい