土曜日のオールドファッション
目まぐるしくまわる平日5日間を抜けると、ひょっこり現れる土曜日。だらだらするもよし、アクティブに出かけるもよしの大半の人間が解放される日。
私にだって、ぐつぐつと煮詰め込んだストレスを溶かしてくれるお決まりの場所がある。
最寄駅の高架下、何食わぬ顔して佇むパン屋だ。
店内は横に長く、イートインも可能で、窓に沿ったカウンターの上には、ほっくり落ち着いた照明が灯っている。高架下ということもあり、真昼間でも日が入りにくいところが、むしろこの店の良さを引き立たせている気がする。
学生の頃は何に関しても色々なものを試したり、食べ物は特に、期間限定に目がなかったが、いつからか安定を選ぶようになってしまった。
チーズカレーパン、オールドファッション、シナモンロール、バジルのチーズブルー
セレクトと量から若いなというツッコミが飛んできそうであるが、学生の頃はこの後に近くの定食屋で親子丼を平らげて帰っていた。だいぶ衰えたし、私も人の子であると感じて正直安心してもいる。
ワンドリンク制のため、ドリンクがいらない人にとっては不満だろう。しかし、そういったルールでもないと妥協してしまう私にはありがたい決まりだ。1番安いレギュラーのアメリカンを受け取ると、バットに盛られたパンを目前に少々浮き足だって席を探す。
日頃の行いか、神様の優しさか、ちょうどいいタイミングで広めの席があいた。
さて、やっとありつける。
まずはオールドファッション。
チョコが付いていない部分を頬張ってみる。
やっぱり、何回食べてもまた食べたくなる、好みの真ん中ストライクだ。
口の水分を持っていく食べ物代表のオールドファッションだが、最近はしっとり系が多く、ケーキに近いものが増えてきたように思う。
しかし、ここのオールドファッションは、オールドファッションにはうるさい私が認めるバランスの良さを誇っている。
一口かじると、カラッと上がった表面のザクっと感を味わうや否や、可愛らしいきいろの断面と美味しい小麦の香りが広がる。
沖縄のサーターアンダギーに近い気もするが、パサパサしていないため、口の潤いも残してくれる。
ずっしりと食べ応えがあり、カロリーを考えると罪悪感いっぱいになりそうなドーナツだが、疲れた気持ちを包み込んでくれるような、そんな美味しさがたまらない。
オールドファッションを3分の1残しておいて、シナモンロールに手をかける。
かじったまま置いとくなんて行儀が悪いなんて話は、知ったこっちゃない。
1人なんだから、今日くらいは人目も気にせず生きるんだ。
アイシングがたっぷりかかったシナモンロールは、表面にアーモンドがあしらわれていて目にも美味しい。気をつけないと手も口もベタベタになるが、変にひよるより思いっきりかぶりつくのが1番綺麗に食べられる。
仕事もそうかもなと余計なことを考えつつ、ぎっしり詰まったシナモンを感じる。甘ったるいくらいが苦いコーヒーとマッチして心地いい。
必殺技の3分の1残しを発動し、チーズカレーパンに取りかかる。
ラグビーボールようなふっくらした顔が食欲をそそる。流行りの焼きカレーパンなど邪道だと言わんばかりの油っこいザクザクの生地を、優しいルゥが上手く手なづけている。
食べ進めると、モッツァレラっぽいチーズがさらに上品さを醸し出し、食べても後悔しないように仕組まれている気がする。
立て続けにバジルのチーズブルーを手に取る。
表面に見えているチーズと、中のチーズは種類が違うようだ。
表面はピザっぽいのに、中はクリームチーズでお淑やかに、2度美味しいパンだ。
冒険しなくてもいつも満足できる、お決まりメニュー。踏み出せない自分を許して、大事にしようと思い直せるお手伝いをしてくれる、ありがたいパンたちだ。
忙しくパンを口に運んでいると、2席隣に年配の男性が腰掛ける。男性は1人だが、私の隣の席にも紙コップをおき、バットにはこしあんとつぶあんがそれぞれふたつずつ並んでいる。
なるほど、後で連れが来るようだ。
おじいさんはその後5分ほどバットを自分の机に置いてみたり、机を拭いてみたり、そわそわと落ち着きがなかった。
結局待ちきれなかったのか、コーヒーを一口に含んだ瞬間、小柄な年配の女性がやってきた。
やはり奥さんを待っていたようだ。
女性はバットを見た瞬間、「2人なのに沢山買ったのね」と微笑み、自分も何か選ぶつもりなのか、売り場に向かっていった。
これ以上食べられるのだろうかという心配も杞憂に終わり、奥さんはコーヒーをトレイに乗せて戻ってきた。そして一言。
「はい、あなたのトレイ」
なんてかわいいんだろう。
全く知らない夫婦なのに、たった一言で仲の良さがわかる。
普段は、税関連の事務をしているからか、敵対されることがほとんどで、人の優しさを忘れてしまうことも多い。
この一瞬、自分に向けられた思いやりでなくても、癒された気がした。
今日はお腹だけでなく、心なしかぽっかり空いたような気持ちも満たされる時間になった。
また来週、ここに来よう。