羽化
11 件の小説雨とかき氷
雨の日は憂鬱だ。 かき氷みたいに音もなく溶けてしまえたらいい。 あまいシロップ 冷たい氷 ただのお砂糖と、ただの凍らせたお水 それだけなのに、わたしは誘惑される。 甘いかき氷 舌の上で溶けて消える甘さは 透明で無邪気だった頃の心みたい。 わたしは代用品じゃない このひとくちすら選んでいるのは、わたしだ カップの底には、シロップの水溜り 夕焼け空が反射して揺れている 気付けば空は晴れていた。
加工
今日もいい子にします 今日もいい子でいます フィルターかけちゃえばへっちゃら お目々ぱっちり光も入れて 今日も笑顔でいます 今日もご機嫌でいます 大人の言う通りにすれば 社会からはみ出さないんだって 笑顔のスタンプ貼り付けて 心の彩度は低めでいよう いい学校に入って いい会社に入って いい人生を送る それが正しい人生の教科書 あれ? ねぇ、心はどこにあるの? 道徳だけ見当たらない 学歴と引き換えに 何を失っている? 加工フィルターとっちゃえ 他人を傷付けるくらいなら プリント破いてサヨナラしちゃえ さよなら、ルッキズム 競争社会、人を傷付けてまで欲しいものなんてないよ 美化された人生なんて、クソ喰らえだ
虚像のアリス
加工フィルター きらきら 嘘を塗り固めたコラージュ わたしもアリスになれるかな スマホのタイムライン 今日も現実逃避しようか 不幸自慢で心を上書き 誰かのつぶやき、見て見ぬふり 通知音で目が覚めた? 通知オンで目を覚ました? それが現実ってなんでわかるの? 夢みるよりリアルな音 真夜中の既読スルーは生々しくてグロテスク アリスみたいに夢を見よう ウサギを追いかけて アプリを開く 飛んだ 叫んだ 真っ逆さまに落ちる世界 みんな現実逃避でログイン 空想世界もログアウト 何がしたいの? わたしはアリスになれない 素敵なお茶会なんてない あるのは、宿題とノート 明日の点数気にしないで眠りたい 自己評価なんて 塾でやってよ 自動的に 受動的に 弱者でいれば楽な世界 強者でいれば嫌われる世界 寓話、想像、妄想 イマジネーション働かせよう 鏡に映っているのは誰? ああ、虚像のアリス わたしじゃない ここは夢? それとも現実? どちらでもいい わたしはアリスになれないのだから。
愉快
笑っちゃうね、愉快な倫理 笑っちゃうね、不快な倫理 笑っちゃうね、遺憾な倫理 モラルってなんですか 偉そうな大人たち 口で生命を奪って生きるのに 尊さ、その汚い口から吐き出すモラル 宿題やりなさい お風呂に入りなさい 勉強して、勉強して、勉強して ちがうでしょ? 恥をかくのが怖いんでしょう、お母さん いい学校に入って いい会社に入れば 「お母さんは」恥ずかしくない 歪な笑顔のコミニュケーション お母さんが欲しいのは、わたしじゃない 思い通りになる人形 大人が褒めてくれるのは ネットのいいね、と変わらない 賞賛の嵐 バズらせて そのいいね、の価値って モラルってなあに? 愉快だね。
言葉の水槽
スマートフォンは水槽みたい。 今日も言葉が泳いでる。 何も聞きたくない。 何も見たくない。 すべて雑音だ。ノイズだ。罵声だ。騒音だ。 キラキラしたフィルターの向こうには何が映っているの? ガラスの中。 閉じ込めてしまおう。 本音も言葉も言わないまま。 テンプレートで会話。 そのまま割れてしまおうか。 ハッシュタグ。 誰かと繋がるアイデンティティ。 ハッシュタグ。 誰かと切れるアイデンティティ。 ハッシュタグ、ハッシュタグ… 意味のない言葉の羅列。 承認欲求の塊。 クリック、フリック、スクロール。 エンター、タップ、スワイプ。 ドラッグしよう。ドロップしよう。 いいねでハイになろう。 透き通った透明な世界に行きたい。 利害じゃない、透き通った空気が吸いたい。 画面越しにみえる、空じゃない。 本物がみたい。 本当の言葉を知りたい。
わるもの
言いたいことをぶつけあって エゴが部屋に散らばる ゴミ溜めの部屋。 みんながみんな 自分の正しさを主張して ガラスの部屋が飽和する 誰かが悪いのなら みんなが悪いんだ 相手が悪いと決めつける心が悪いんだ そう思うということは 自分がそうなんだ みんな自分の鏡に向かって怒声をあげて 叩いている 鏡に映った化け物を嫌悪する その化け物こそがあなたなのに あなたは自分に怒っているんだ 相手も自分に怒っているんだ 上から下まで否定するから 上から下まで否定される だから怒る だから怒る ひとりでいいから 攻撃をやめて 武器を捨てて ぼくは捨てるよ でも利用はされたくない 誰の味方でもない ぼくはあなたを満たす道具じゃない 便利な道具じゃない ぼくが武器を捨てて立っている理由を考えてください どうして目の前のことしかみえないの? どうして心がみえないの? そんなに自分の正しさを主張してどうしたいの? なにを求めているの? ケンカしているだけでしょう ただの 安っぽいケンカじゃないか 子どもみたいな 「子どもにはわからない」 そういうけれど ちゃんと「ごめんなさい」ができる 子どものほうがずっとえらいよ とても簡単なことを複雑化させてもめるのは大人の方だ 赤ちゃんだってできることをしないのは 大人のほうだ どんな難しい言葉をならべて 思想や暴力になって 宗教に例えても みんないっていることは同じじゃないか みんな簡単なことをバカにして むずかしくするのは得意なくせに たったひとこと 「ごめんなさい」も「ありがとう」もいえない 難しいことより かんたんな方が難しいんだ みんなは学校に行けと 感謝しろと 学習しろというくせに 誰一人できている大人はいない どんなに賢くて どんなにえらい人でも 心をこわすひとは大きらいだ。 どんな賞をもらって どんな名誉をもらっても 心を傷つけるひとは大きらいだ それがぼくの母親でも父親でも ぼくは大きらいだ
春の失恋
ワタシは死にました。 恋という、赤い糸が首に食い込んで、ロマンチストという言葉でくくられて、最期は叶わぬ恋に宙ぶらりんとなりました。 何の希望も持てず、 ただ、愛を知りたいと、愚かでした。 そんな浅はかで愚かなワタシを愛してくれたのが、あなたでしたね。 この文章をあなたが読むころ、ワタシはあなたの前から姿を消しているでしょう。 誰しもが闇を抱えている。 そうなのです。 そうです、その通りなのです。 ワタシが闇を抱えているならば、あなたも抱えいて当然だったのでしょう。 あなたは鳥かごを持っていた。 そこにワタシを入れて愛でていた。 そうなのです。 あなたが愛ならば、ワタシは最初から叶わぬ恋をしていたのです。 あなたをお慕いしていました。 心から。心から…。えぇ。 あなたにとって、ワタシは「愛玩」だったのですね。 それこそ動物を愛でるような。 最初から間違えていたのです。 恋愛という感情はなく、ただ哀れで可哀想なワタシをあなたは愛でていたのですね。
人らしくいなさい
おおよそ、わたしという人間には感情というものが欠落していたのでしょう。 どこかで常に「人間らしくいてはいけない」という強迫観念にとらわれているのです。 幼少期、両親にふざけて抱きついたのです。 すると、母は持っていた茶碗を割ってしまい、父はひどく怒り、わたしにひどい折檻をしたのです。 わたしは泣きながら謝りました。 ですが、父と母がわたしを許す事はありませんでした。 わたしは父から受ける折檻よりも、母がわたしより割れた茶碗の事を心配している様子が、とても悲しかったのです。 《人らしくいなさい》 それ以降、誰かに監視されて頭の中で命令されているようでした。 それは家の中でも休まる事はなく、常にピンと糸が張り詰めているようでした。家では常に笑顔で無邪気な子供を演じ続けていました。《人らしくいなさい》どこかでずっとこの声が聞こえるのです。 とても良い自分というものを作り上げて、割れた茶碗より、わたしを愛して欲しかったのです。 良い子になれば、両親は茶碗より、わたしを見てくれるのではないか。 そのような、淡い希望を抱いてしまうのです。 そして数年が経ち、14歳になったいまでも。 それは報われる事はないのです。 これが、わたしの最後の感情らしい感情でしょう。 感情が欠落していると気付いたのは、ある事故がきっかけでした。 両親が交通事故で亡くなったのです。 突然、帰らぬ人となったふたりをみて、涙や感情が溢れてくるかと思っていました。 ですが、いくら待てども、涙が出るどころか、感情すら薄い自分に気がついたのです。 死体はほめてくれない。 両親からの執着がとれた瞬間でした。 そうなのです。 割れた茶碗より、なにより。 死体はしゃべらない、話さない。 そんなものに、興味など抱けなかったのです。 わたしにとって両親の死体は、ただの人形のようなものでした。 とても無機質で冷たい体温のように、わたしの心もまた、何か大切なものが欠落していて無機質な冷たさを抱いているのです。 友のように悲しみ、哀れむ事もなければ、親戚のように泣く事もない。 両親の突然の死というものは、わたしにとって、喪失感より、愛情という執着からの解放だったのかもしれません。 「父様、母様、ごめんなさい」 両親に送った謝罪は、わたしが人らしくいるための精一杯の言葉でした。 終
少女記録02
「ガラス細工の様に壊れてしまいたい」 わたしの中の希死念慮が囁いた。 どうすれば、この醜悪な世界を歩めるのだろう。 他人を踏みつけて、笑い合うのが大人になる事なのだろうか。 いっそガラスの様に割れてしまえれば楽なのに。 ベッドの上、布団に沈み込む。 《将来の夢は?》 ーー両親やまわりに迷惑をかけないことです。 それが。わたしの。 答えれる正解だった。 喉にガラス玉が詰まっているみたいで苦しい。 息苦しい世界。 大人は好き勝手に話す。 希望を持ちなさいだとか、夢を持ちなさい。 だけど、まわりに迷惑をかけず、現実的で期待に応えれるものにしなさい。 結局、大人は。 自分が納得いく答えじゃないと、がまんできないんだよ。 まるで子供みたいな幼稚さだ。 本当は美大に行きたかった。 両親の学費の使い込みにより、夢はすべて壊れた。 せめてデッサンだけはしたくて、絵画教室に通う事にした。 まわりから、美大になぜ行かないのかと、絵をみて言われる。 さあ、なぜでしょうね。 「あなたの絵は素敵よ、自信持って」 ありがとう、ありがとう。 もう何も言わないで。言わせないで。 何も憎みたくないんです。 中古で買ったスマートフォン。 親戚のお古のパソコン。 フリマアプリで買った服。 100円ショップのスタンド。 クーポンを使い倒して購入したヘッドフォン。 何も考えたくない。 友達とくらべて不幸自慢もしたくない。 ただ、憂鬱なのだ。 その感情くらい、わたしのモノでいさせて。 誰かのお下がりじゃなくて。 END
アヒルと踊り子
朝の透き通る空気が、わたしの身体を照らす。 限りなく透明で穏やかな日差しが、わたしをあたためる。それは大好きなバレエの舞台のスポットライトのよう。でも、ぜんぶ夢だった。 鋭い痛みで目が覚める。 足首がズキリと痛んだ。 「…足、動かないんだ。」 理由はわからない。気づいたら、足が動かなくなっていた。 わたしは踊れない。みんなみたいには踊れない。 醜いアヒルの子みたいに、ひとりだけ仲間はずれ。きっと白鳥にはなれないまま終わるんだろう。 それでも良かった。 醜いまま、踊ってみようと思った。 学校、誰もいない静かな教室。 誰もいない空間は、わたしだけのステージだ。 足首の痛みを無視して、わたしはポーズを取る。 腕を伸ばし、指先を天高く突き出す。身体が覚えている感覚を頼りに、踊り出す。 けれども、足は思うように動かない。 足は鉛のように重く、鈍い。 まるで深い湖に沈む石のようだ。 バランスを崩して床に手をついた。 その瞬間、涙があふれた。 「もう踊れないの?」 自分に問いかける。言葉にした瞬間、胸の奥が沈み込む。 まるで気づいてはいけない、知ってはいけない感情。だから鍵をかけた箱にしまって、水面に沈めてしまえと、自分自身が囁く。 でも、どうして今も腕を伸ばしているの? わたしはまだ諦めていない。わたしの中には何かが残っている。 踊れないんじゃない、「踊らないんだ。」 わたしは、どこかで踊ることを諦めていたんだ。 「なら、踊らなきゃ。」 わたしの声が教室の壁に反響する。 自分の正体は何かわからない。 それでもいい。醜くていい。アヒルでも白鳥でもない、ただ踊るわたしだ。 今しがみつかなきゃ、わたしは一生踊らない。 飛べ、飛べ、飛べ――! トン。 床を蹴った瞬間、世界が弾けた。 空気の中で、わたしの身体は羽根のように軽くなった。 重さがほどけて、風を切る感覚。 自由だった、あの時のわたし。 気づけば足が動いていた。 羽根のように、身体が軽い。 わたしは、世界へと羽ばたいていった。 END