ことりとりとん
4 件の小説傘
止まない雨はない、という。 だけど、雨が降っている今の僕にはそんなことは関係ないんだ。 いつか来る未来の僕が救われたいんじゃない。 苦しくて苦しくて仕方ない、今の僕を助けて欲しい。 そんな時、そっと傘を差し掛けるように、手を伸ばしてくれた君のこと、ずっとずっと忘れない。 そして、僕も、そっと傘を差し伸べられるような人になりたいんだ。 君のようにね。
僕の前を歩く雪だるま
ここ最近、駅から学校までの間、僕の前を雪だるまが歩いている。 いや別に本当の雪だるまって訳じゃなくてクラスメイトの女子なんだけどさ。 白いダウンジャケットで着膨れしてて、ボブカットの髪型も合わさったシルエットが完全に雪だるまなんだ。 でも、彼女以外に雪だるまになっている人は一人もいない。 男子は学ランだし、女子はセーラー服にカーディガンを着て通学している。 校則では上着は白黒ベージュであれば何を着用しても良いとされているが、ダウンジャケットを着ている人は彼女を除いて誰もいない。 彼女だけだ、ということを僕が気にし始めたのはある日の女子同士の会話を聞いてから。 「ねぇ、何でダウン着てるの?」 「寒いじゃん。」 「でもさ、ダサくない?」 「ダサくてもいいよ。私は寒い」 「他に誰も着てないのに?」 「私はみんなより寒がりなんだよ、たぶん」 たったそれだけの会話だったけど、僕には妙に印象に残った。 僕はあんなふうに聞かれたら、何を言えばいいか分からずに黙っちゃうだろうな、そう思うから。 『寒いじゃん。』 彼女は何気なくそう言ったんだろうけど、他の人に何を言われても自分の意見をちゃんと言えるって、凄い事だと思うんだ。 授業中に「意見を言いましょう」と言われてもあんまり上手く言えない僕にとっては、彼女のはっきりした物の言い方は憧れとすら言えるほど。 ……とは言っても、僕は彼女と話したことがないような気がする。 だから、今日は、ちょっとだけ勇気を出してみよう。彼女を見習って。 「おはよ」 校門に着く直前、後ろからそう言ってみた。 振り返った彼女はちょっと意外そうな顔をして、 「おはよう」 それでも挨拶を返してくれた。
指輪
ある日、私が指輪をしていた。 左手と右手の薬指に、それぞれひとつずつ。 私の友人たちは、皆揃って同じセリフを吐いた。 「彼氏出来たの?」 朝一番にそう言われた私の脳内は、『???』で埋め尽くされた。 別に彼氏が出来た訳でも何でもなく、単に気が向いたから作ってみただけである。 当時の私はUVレジンでアクセサリーを作ることにハマっていたのだ。 ネックレスやイヤリングなど、色々作ってはいたけれど、使える数には限度がある。 だから、普段ほぼしない指輪を作ったのだ。 ただ、作り終わってから分かったのだが、私の手は指輪に向いていない。 指自体は細いのだが、関節が太くなっているために指輪が入らないのである。 結局、唯一入る薬指に嵌めたのだ。 調子に乗っていくつか作ったから両手ともに。 ……薬指の指輪は匂わせでも何でもない。 ただ、私が指輪をしようと思ったら、薬指しか選択肢がないだけである。
飴玉
土産物屋から出てきてすぐに、彼女は紙袋から今買った瓶を取り出した。 カラン、コロン。 瓶の中で、色とりどりの飴玉が踊る。 「キレイでしょ?」 「うん」 次の観光地に向かって歩きながら、日の光にかざすように瓶を持ち、眺めて楽しんでいる彼女。 「やっぱり、買ってよかった」 「そうだね」 ただの飴にしてはずいぶん強気なお値段だったから、買うかどうか悩んでいたのだ。 「いっこ、食べようかな?もったいないかな」 「食べたら?」 僕と話をしていても、君の視線はずっと飴玉の方ばかり向いている。 「ん、食べる」 でも、パタリと足を止めて瓶を開けようとする君は、僕の方を見ていなくたって、僕の話をちゃんと聞いてくれてるね。 そして、何が一番可愛いって…… 開けようとするのになかなか開かなくて、ぎゅっと眉根を寄せて頑張っている姿。 見かねて手を出すと、 「ありがと」 ぽんと掌の上に瓶が乗る。 僕には何がいいのかあまりわからない、何の変哲もない瓶とその中の飴玉。 特に固すぎることもなく、 かぱり。 蓋が開く。 「はい」 両手を揃えて僕の方へ向けて待っている彼女の手に乗せてあげる。 「ありがとうね! うーん、どれ食べよう…… このピンクとか可愛いよねー?」 「うん」 それは君の好きな色だもの。 ポニーテールと一緒に揺れる、リボンの色と同じ。 「ピーチ味だって。おいしそう」 日の光を浴びた飴玉よりも、ずっとずっとキラキラした君の笑顔が眩しいくらい。 「おいひーよ」 彼女には少し大きめな飴玉が口の中で踊ってる。 「じゃ、開けてくれたお礼に一個あげよう!」 「いいよ」 僕は甘ったるいのはあんまり好きじゃないし、何より君がそんなに大切にしているものを貰わなくても。 「いいのいいの。どれがいいかなー?」 小さな人差し指が、瓶の中をカラカラとさまよい歩き。 「この青色がいいかな? ラムネ味だって」 桜貝のような爪のついた指で飴玉をつまみ、そのまま僕の唇へと近づける。 いつも明るく笑っているのに意外なところでシャイな彼女が、僕に食べさせてくれようとするなんて珍しいな。 そう思っていたら、案の定。 「あっ、違うの」 何が違うのか知らないが、自分が僕に『あーん』しようとしている状況に気づいたようで、慌てて手を引っ込めようとする。 ぱくり。 もちろん、僕がこんな機会を逃すわけなくて、彼女の指先ごと飴玉を食べてしまう。 ちゅるりと逃げていく、彼女の指先。 「甘いね」 特に、君の指先と、真っ赤になったその顔がーーー 甘い。