抹茶ねこ

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抹茶ねこ

透明なお話が大好きです

水溜まり

「はぁぁぁほんっと最悪!」 寝坊した よりにもよって今日寝坊した 「日直の仕事に間に合わないよ~、、」 バタバタと急いで朝の支度をする私を他所に、外ではぱらぱらと雨が降っていた 世間では昨日梅雨入りしたばかり 雨の恵みを喜ぶ声もあるけど私、空泉汐璃〈そらいずみしおり〉にとっては正反対 『敵』だ 元々髪がくせっ毛な私は雨が降ると髪のセットのせいで朝の準備の時間が2倍に増えてしまう ただでさえ時間が足りない朝の時間を奪われてしまってはたまったもんじゃない なんとか髪との戦を終え、私は学校へと走り出した 私の通う玉水高校は家から徒歩20分の位置にある県立高校だ なんでも昔は綺麗な滝があったらしく、ここら辺一帯は清らかな水や滝を表す『玉水』と呼ばれている 今となってはその様子の欠片も無いけど 急いで走る私をよそに雨はどんどん強くなっていく 玉水高校は丘の下にある だから雨が降るとすぐに水浸しになってしまう 特に学校前の道は最悪だ 大きな水溜まりがたくさんできてしまうからだ いつもなら端を歩いて入らないように気をつけるが今日は気にしてられない 水溜まりにむかって大きく1歩を踏み出した ドボン 聞いた事のないような鈍い音がしたかと思うと私の足は空を切っていた いや、正確には水をかいていた 「うそっっ!!」 一瞬の出来事に何もすることはできず、私の体は水溜まりの中へと沈んでいった 体の周りを包んでいる泡沫がひとつ、またひとつと私を置いて浮かんでいく どうしよう このままだと息が出来なくて死んじゃう 恐怖で目をつぶり、体を縮こませていると 「ようこそおいでくださいました」 声が聞こえた 恐る恐る目を開けてみると猫がいた 綺麗な毛並みの三毛猫で瞳はまるで太陽の光のように綺麗だった 「ここでは呼吸ができます。どうか安心してください」 恐る恐る空気を貯めた口を開いてみる 「息が、、できてる!?」 なんでか分からないけど楽に呼吸ができる 「驚きました?」 そう言って猫は私に微笑みかける 「呼吸できるのはありがたいんだけど、、なんで私はここにいるの?水溜まりがなんでこんな広いところに繋がってるの?そもそもなんで猫が喋ってるの?水が苦手なんじゃないの?」 そう畳み掛ける私を遮るように猫は 「まぁまぁ、少し落ち着いてください」 と話し始めた 「まず、自己紹介をしましょう。こんにちは、私は猫のランジェロと申します。この度は私の招待に快く応じてくださり感謝致します」 快くっていうか有無を言わさず連れ込まれたっていうか、、 腑に落ちてない私をよそにランジェロは話を進める 「私があなたを呼んだ理由はただ1つ。私の探し物を手伝って欲しいのです」 「それだけ!?」 こんな不思議な世界に呼ばれるくらいなんだからもっと『世界を救って欲しい!!』とか『あなたにしかない力を貸して!!』とか壮大な理由だと思ったのに まさか探し物だなんて 「どうかお願いします。貴方様にしか頼めないのです。探し物が見つかった暁には元の世界への行き方を教えますのでどうか。」 元の世界への行き方 確かにここがどこかも、どうやって帰るかも分からない 訳分からない所で1人彷徨うのも嫌 「分かった。探す」 そう答えるとランジェロは深く下げた頭を勢いよくあげた 「本当ですか!感謝致します。では早速失くしてしまった場所の近くへとお連れ致します」 そう言うと、私の体は泡沫に包まれていった 体の周りの泡沫が少なくなっていくのを感じる そっと目を開くとそこにはのどかな山の集落が広がっていた 「うわぁぁ!」 あまりにも綺麗な景色に思わず声がこぼれる 山の中には昔ながらの民家が所々にあり、そのすぐ近くを透明度の高い小川が流れている 「綺麗でしょう?集落を一望できるこの場所は私のお気に入りの場所の1つです」 もう一度集落に目を通してみる 民家の近くには田んぼや水車があり、この場所で生きる人々の息遣いを感じられる 「さて、早速ではございますが探し物を見つけていただきます」 ランジェロの方を振り返ると光り輝く水晶を持っていた 「この水晶の中を覗いてください。そうすると赤いリボンが見えるはずです」 水晶の中を覗いてみる ランジェロの言った通り小さな女の子がつけるような赤くて可愛らしいリボンがあった 「これを見つければいいの?」 「はい。この集落のどこかにあるはずです」 「この集落のどこかって、、」 目の前に広がる集落を見てめまいがしそうになる いくらなんでも広すぎる 「こんな無茶な頼み事聞いてあげてるんだからあなたも手伝ってくれるのよね!」 怒りを込めた目で後ろを振り返ったが、そこに不思議な猫の姿はなかった 「ごめんくださ〜い」 戸を引きながら誰もいないであろう家の中へと声をかける これでもう7軒目 どの家もホコリを被っていてとても人が住んでるとは思えない状況だった もちろん、この家も例外ではなかった 「あの猫こんなこと頼むくらいなら少しくらい手伝ってよ」 棚や引き出しの中や机の周り、庭も探してみるが何一つ見つからない 「この家もダメだったか~、、」 諦めて門の前に向かった時、郵便受けの中に赤い何かがあるのが見えた 「あった!!」 急いで駆け寄って、赤い何かを手に取ってみる するとそれはただの赤い巾着だった 「なんだ巾着か、、」 見つけてもう帰れると思ったのに まだ探さないといけないと思うと気分がどんどん沈んでいく 巾着を元の場所に戻そうとした時、巾着に少し重みがあることに気づいた 気になって開けてみるとそこには黄色の綺麗なビー玉があった 「ビー玉、、か。なつかしいな、、」 光にかざしてみる 光を受けて輝くビー玉は夜空に輝く星のように綺麗で、私たちを照らす太陽のように明るかった 「とっても綺麗なビー玉でしょう」 急にどこかから声がした あたりを見渡すが誰もいない 「足元ですよ」 そう言われ、下を見るとランジェロが座っていた 「わぁ!!」 驚いて思わず声が出てしまう 「驚かせてしまい、申し訳ありません。そのビー玉、私もお気に入りなのです。太陽の光を浴びて輝く姿がある少女に似ていて」 そういう黄色に輝く猫の瞳は潤んでいた 「ふ~ん」 次会ったら急に消えたことへの不満をぶつけようと思っていたが、寂しげに目を細めるランジェロの姿に何も言えなかった しばしの沈黙が流れる 「すいません。空気がしらけてしまいましたね」 おもむろに立ったランジェロは私の少し先へと歩き、 「ここらで休憩にしましょう。あそこに桜が綺麗に咲いている家があるんです」 と頬を緩ませながら言った あれだけムカついてたのに いつの間にか怒りが消え、あたたかい気持ちで包まれていた 「行く!!」 歩き出したランジェロの背中を追いかけて私は駆け出して行った 「どうぞ。いちご大福と抹茶です」 あたたかい日射しを浴びながら、私たちは民家の縁側でくつろいでいた 「これほんとに食べちゃってもいいの?」 ランジェロが案内してくれた家は庭に桜の大木がある美しい家だった 縁側からは桜と小川が見え、とても幻想的だ 「はい。探し物を手伝っていただいてるお礼です。お気に召すといいのですが」 ランジェロは慣れた手つきで私の前にお菓子を置くと、そっと縁側に腰をかけた 「それじゃあいただきます!」 まずはいちご大福にかぶりつく いちごの甘酸っぱさが口の中に広がる 大福もふわふわもちもちだ 「んーー!!美味しー!!」 疲れが一気に吹き飛んでいく 「それは良かった」 抹茶も飲んでみる 少しの苦味とやさしい甘みが口の中いっぱいに広がっていく あまりの美味しさに一気に飲み干してしまった 「ありがとうね。お菓子まで用意してくれて」 隣に座るランジェロに話かけるが返事がない 「ランジェロ?」 隣を見るとランジェロは目を細めてどこか遠くを眺めていた 「その抹茶はかつてここで採れた茶葉を使ったものです。今はもう採れませんが、、」 寂しげに呟くランジェロを見てられなくなって 「よし!休憩もした事だし、再開しますか!!」 と気合いを入れる まずはこの家の中を探そう 縁側に繋がっている部屋にはちゃぶ台と小さな戸棚がある 1個1個開けて見て回るがリボンらしき物はない 襖も開けてみる 開けた先には布団が2枚敷かれていて、今もここで人が生きているように感じられた 「なんか、、懐かしいな」 昔ながらの様子に何故か懐かしさを感じる 人の温もりを感じたからだろうか そんな疑問を胸にそっとしまい探すのを続ける その時、視界の端にキラッと輝くものが見えた そっちを向くと三面鏡のついたドレッサーが見えた その瞬間胸が波打つ もしかして そばに駆け寄り鏡を開いてみる 鏡に貼られたハートのシール 鏡の縁に掘られたニコちゃんマーク そしてドレッサーの中にある手作りアクセサリー アクセサリーの中をかき分けてみるとそこには探している赤のリボンがあった 「やっぱり」 今まで感じてきた懐かしさが繋がる 「ここっておばあちゃん家だったんだ」 そう呟いた瞬間だった ゴゴゴゴゴとどこからか地響きの音が聞こえ、それと共に大量の水が押し寄せてきた 「なにこれ!?」 そう叫んだところで水の勢いが弱まるはずもなく、むしろ強くなっているように感じる 「大丈夫ですか!?」 ランジェロが腰まできている水を必死にかき分けながらこっちに向かってくる 私もランジェロの元へと駆け寄ろうとするがもう遅い あっという間に私の顔まで押し寄せた水は私と猫を切り裂くように私の体を攫っていってしまった 思い出したことがある 昔、私はおばあちゃんが大好きで夏休みや冬休みになる度に家に行っていたこと おばあちゃんが出してくれるお菓子が大好きだったこと 一緒に遊ぶのが楽しかったこと おばあちゃんのあのやさしい雰囲気が大好きだった なんで今まで忘れていたんだろう あの三面鏡 私がおばあちゃんと一緒に可愛くしたやつなのに ランジェロが出してくれたいちご大福 あれはいつもおばあちゃんが出してくれてたのに 郵便受けに入っていたビー玉 あれは絶対に忘れてはいけないはずなのに 本当になんで忘れてたんだろう おばあちゃんとの思い出とともに私の意識もだんだんとはっきりしていった 体が泡沫に包まれているのを感じる 眩しいな 目を細めながら開けるとそこには光り輝くビー玉が浮かんでいた まるで太陽の光を閉じ込めたように 光に向かって手を伸ばす ビー玉に指先が触れる すると パリンッ 甲高い音が響いた 水の中にいるような息苦しさがどんどん澄んでいく そして気がつくとおばあちゃん家の桜の木の下に立っていた そばには割れたビー玉の破片と赤いリボンが落ちている 「その様子だと全部思い出したようですね」 後ろから声が聞こえた 振り返るとそこには毛並みの美しい三毛猫ではなく、少しほつれた三毛猫のぬいぐるみが立っていた 「ランジェロ、、」 瞳にはあの綺麗なビー玉がはめ込まれていて、夕日を反射している 「うん。思い出したよ。おばあちゃんのことも、ランジェロ、いやミケちゃんのことも」 ミケちゃん おばあちゃんが私のために作ってくれたぬいぐるみ ランジェロだよっておばあちゃんは言ってたけど小さい私には言いにくくて、ミケちゃんと呼んでいた 「そうですか。」 ミケちゃんはそうつぶやくと私のそばのリボンを拾い、耳につけた 「探し出してくれてありがとうございます。出口はこちらですのでついてきてください」 そういうとミケちゃんは夕日に向かって歩き出していった 私もそれについて行く 歩きながら辺りを見回すと、来た時よりも壊れている家が多いことに気づいた 「ミケちゃん、なんだか壊れている家が多くない?」 少し先を歩く猫に問いかける 「これは今のこの町の様子です。先程まで見ていたのは一昔前、ダムに沈む前の様子です」 ダム 聞いたことがある ダムを作るときその地域の町はそのまま沈められるって 「住民は反対しましたが、押し切れるわけもなく大きな湖となってしまいました」 知らなかった 確かにおばあちゃんは晩年はこの家にいなかったけど、そんなことになってたなんて ショックを受けているとミケちゃんが立ち止まる 「さあ、着きました。この水に触れると元の世界に戻れます」 そこには1m位の大きな水溜まりがあった あんなに帰りたかったのに今はこの空間にずっといたい せっかく思い出したのに帰ったらまた忘れてしまいそうで怖い 頭では行かなきゃだと分かっているのに体が動かない 「汐璃様、大丈夫です。また、会えますから」 私の気持ちを察してかミケちゃんが声をかけてくれる 「ミケちゃん、ありがとう!」 視界がぼやける あぁ、まだここにいたいな そんな気持ちにそっと蓋をする 意を決して私にむかって微笑んでくれる猫に背を向け、私は水面に指先をつけた すると大きな水飛沫が私に向かってかかってくる 予想だにしない出来事に目をつぶる しばらくして目を開けるとそこは元の、私が生きている街並みだった さっきのは、、夢? あまりの出来事にしばらく呆然としていた 「そうだ、学校行かなきゃ、、って今何時!?遅刻しちゃうよーー!」 そばに落ちている傘とスクバを急いで手に取り、走り出す いつの間にか雨は上がっていて綺麗な陽の光がでていた 雨上がりの道をかけていく少女のカバンには瞳の黄色い、三毛猫のキーホルダーがついていた

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水溜まり