神様なんているんですかね?
「神様なんているんですかね。」
私は牧師にそう言った。
牧師は微笑む。
「神様はいらっしゃいますよ。」
私は鼻で笑った。
「神様なんているんだったらなんで人は自殺するんですかね?」
牧師はまた微笑む。
「それは私には分かりませんが、私は貴方が自殺をしたらとても悲しいですよ。とても辛いです。」
私は牧師を白い目で見た。
「話を誤魔化さないで下さい。それは宗教家の悪い癖です。真面目な話なんですからきちんと答えてください。」
牧師は困った顔をしながら微笑む。
「はっきり申し上げますと、キリスト教においては自殺は罪です。しかし人は罪深い生き物です。もしかしたら自殺はやむを得ない事なのかも知れないですね。」
私は少し驚いた。
「牧師がそんな事を言って大丈夫なんですか?」
牧師は目を細めてしみじみと語る。
「ここだけの話なんですがね、聖書には自殺を禁止する記述がないんですよ。だからあくまでも教会が禁止しているだけで、イエス様が明確に禁止しているわけでは無いのです。まぁこんな事を言ったら他の牧師に叱られてしまいますがね。ハハッ。」
私は語気を強めて言った。
「じゃあ僕が自殺しても神様は許してくれますか?」
牧師は首を斜めに振りながら言った。
「ごめんなさい、正直に言うと私にはわかりません。個人的に仏教の言葉ですが自殺は無記だと思います。」
「無記?」
「ええ、無記です。善でも悪でもないものを無記と呼ぶのです。だから自殺は善でも悪でもない。私はそのように思います。」
私はなんだか急につまらなくなった。
「自殺が無記なら僕が自殺しても特には問題は無いと思いますね。」
「そうかも知れないですね。でも貴方が自殺したら僕は悲しいですよ。泣いちゃいます。一生貴方の死を引きずるかも知れません。それだけ自殺というのは他者に大きな影響を与えるものなのです。」
私は思わずまた鼻で笑った。
「会ったばかりの貴方が僕の死をそれだけ悲しむとは思えません。所詮赤の他人なんだから。」
「そんなことはありません。とても辛いですよ。死なないで強く生きて欲しいです。」
私はなんだか牧師との会話が嫌になり帰ることにした。
「ちょっとお待ち下さい、死んではなりませんよ。それだけはなりません。」
私はうんざりしながら言った。
「そんなの僕の勝手じゃないですか。生きる権利があるのなら死ぬ権利だってあるはずです。」
「『死の自己決定権』というやつですね。でも駄目なものは駄目です。死んではなりません。それだけは絶対に。生きてください。」
「どうせいつか死ぬんだからいつ死んだって良いじゃないですか。僕はもう帰ります。」
牧師は涙を浮かべて言った。
「死んではなりませんよ。お願いですから。また一緒にお話ししましょう。僕には貴方という存在が必要です。」
私は目を見開いた。
「何故ですか?僕と貴方は会ったばかりの赤の他人なのに。」
牧師は涙を拭い微笑みながら言った。
「私には貴方が必要です。寂しいのです。実は僕は孤独な人間なんですよ、こう見えてね。」
私はまさかと驚いた。
「牧師が孤独なんて意外です。信者の方は?」
牧師は苦笑いして言った。
「そんなの仕事の関係に決まっているじゃないですか。しかし貴方は僕の友人です。だから死なないで欲しい。今度一緒に飲みに行きましょう。奢りますよ。一緒に楽しく飲みましょう。」
私は嫌な顔をしながら言った。
「そんなの嫌ですよ。僕は貴方の友人ではありません。僕は貴方とこれ以上話す事なんてありません。」
牧師は縋るように言った。
「そんな悲しくて寂しくなるような事は言わないで下さい。私と貴方は友人です。これから親友になるんです。そうです、親友です。」
「何故僕に拘るんですか?わかりません、会ったばかりの僕に。」
牧師は微笑んだ。
「何故でしょうね。貴方のことは他人のように思えないのですよ。とにかく私には貴方という友人が必要です。それだけは忘れないでください。今度は一緒にお酒でも飲みながら楽しくお話ししましょう。約束ですよ。ええ、約束です。私と貴方は友人なのだから。」
私は少し牧師に呆れながら言った。
「わかりました、わかりましたよ、またお会いしましょう。また今度こちらの教会にくるのでその時にでもススキノにでも行って飲みましょう。貴方と話していると気が抜けて死ぬ気も失せてくる。死ぬのはまた今度にします。」
牧師は嬉しそうに言う。
「そうですかそうですか、それは良かった。ではまた後日教会にいらして下さい。楽しみに待っています。」
私はようやく牧師から解放されて帰ることが出来た。
車内で愚痴を言う。
「なんなんだあの牧師は。せっかく死ぬ覚悟が出来たのにそんな気も失せてしまった。変な牧師だ。何が寂しいだ。牧師が孤独だなんて変な話だ。全くおかしな牧師もいたものだよ。」
私は一人で愚痴を言いながら車を走らせた。ふと窓の外を見ると美しい満月に照らされた夜の海が見えた。月の光が海を照らす。その光景にしんみりとした。
「まぁもう少しくらいなら生きてみるか。死ぬのはまた今度にしよう。死のうと思えばいつでも死ねる。牧師の相手もせにゃあならんし。全くおかしな牧師もいたものだ、全く。」
私は夜道をのんびりと車を走らせ、満月に照らされた海の光景を眺めながら煙草を呑んだ。その煙草はなんとなく不思議と甘く心が満たされる味だった。