シロッコ

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シロッコ

初めまして、よろしくお願いします

器用貧乏の俺、今日も相棒の女勇者に“万能の天才”と持ち上げられる。最強コンビ? いいえ、彼女が全部やってます

   低い唸り声を響かせながら、シルバーベアの群れが迫ってくる。赤い双眸が殺意で濡れたように光っていた。  獣(けだもの)の分際で私に牙を剥くか、笑わせる。  大剣を抜き放ち、上段に構える。  格好だけは立派な賢者のリュートは、ヒイッと悲鳴を上げながら私の陰に隠れようとした。 「おい、私から離れろ。巻き込まれても知らんぞ」  リュートはそう言われるや、サルのように四つん這いになって私から離れていった。  そして咆哮をあげ、シルバーベアの群れが襲いかかってきた。    身を低くし気を巡らす。  感覚を研ぎ澄ませば、全てが止まったように見えた。  静止した時間の中、先頭のシルバーベアを上段から斬り下ろし、その脇をすり抜けながら次のシルバーベアを下段から切り上げた。  振り返りざまに次のシルバーベアを横薙ぎに切り裂き、体を躱して次のシルバーベアは胴を一突きに貫いた。  四頭のシルバーベアの命を絶つのに、木の葉から雫が落ちるほどの刻もかからなかっただろう。  感覚を戻し、大剣に貫かれて動かなくなったシルバーベアの巨体を蹴飛ばし、剣を引き抜く。  そして血を滴らせた大剣を擬して、残るシルバーベアたちに叫んだ。 「さあどうする。ここから立ち去るか、こ奴らのように斬り裂かれるか⁉︎」  残るシルバーベアどもは、奇声を発しながら逃げていった。  緩く息を吐きながら剣を鞘に戻し、向こうの木陰で這いつくばっているリュートに声をかけた。 「おい『万能の天才』、さっさとこいつらを解体しろ。仕分けが済んだら街に戻るぞ」 「『万能の天才』って、ヴァル……」リュートは喘ぎながら抗議してくる「全部お前がやってるじゃないか! 俺は後片付けばっかりで‼︎」 「ほう、私に口ごたえする気か?」 「……なんでもありません」  通称『万能の天才』こと似非賢者のリュートは、ぶつぶつ独り言を言いながら作業に取り掛かった。  シルバーベアどもの解体も終わり、成果を担いで街に戻った。  荷運びは私の役目だ。というより、人目がある場所ではこうしていないと体裁が悪い。  街に戻り、ギルドに報告に行くと、ギルドの受付係は満面の笑みを浮かべて私たちを出迎えた。 「おお、さすがは大賢者リュート殿とその従者のヴァル殿。シルバーベアの群れを一蹴ですか」 「私は何もしておりません、全ては我が主人リュートの絶大なる魔力と無双の剣技の為せること。私はただ見ていることしかできませんでした」  リュートが青ざめた顔でこちらを見ながら口をぱくぱくさせていたが、素知らぬ顔で続けた。 「実に我が主人は不世出の英雄。非才の身でこのようなお方にお仕えすることができ、我が魂は常に歓喜に打ち震えております」  そう言って恭しくひざまずきながら、一瞬だけリュートの目を鋭く睨みつけた。 「お、おう。汝の献身、常に嬉しく思っているぞ」  リュートはようやく口裏合わせの演技を始めたが、その棒読み台詞はなんとかならないか。 「ありがたき幸せですリュートさま。私はここに、より一層の忠誠を誓います」 「そうか、今後も励めよ。期待している」  リュートは鷹揚に頷いたが、その顔色はリザードマンよりも青かった。      ギルドで報酬を受け取り、解体したシルバーベアを毛皮屋や魔道具屋などに売り払ったら、手にした金貨を袋に詰めて早々に街を出た。 「なあヴァル、なんで宿屋に泊まらないんだ? お金ならたんまり手に入ったじゃないか」  リュートが不平を言ってくる。 「私は人混みが嫌いだと言ったろう」 「じゃあ、魔物退治を全部俺のやったことにするのも、人に囲まれるのが嫌だからなのか?」 「……やかましい」  コイツ、腰抜けのくせに妙に勘が鋭いところがある。  街道沿いに進んで、途中で森に続く小道に折れると、鬱蒼と繁る森の木々の先に、清水が湧き出る泉がある。 「私は水浴をしてくる。その間にお前は天幕を張っておけ。日暮れまでには戻る」  何か言いかけたリュートに荷物を押し付けると、そのまま背を向けて泉に向かった。  泉のほとりに着くと、武装を解いて肌着も脱ぎ、身ひとつになって清らかな湧水に身を浸した。  大地から湧き出る清水に身を委ねていると、身体の芯から気が満ちてくるように感じる。人の身には冷た過ぎるだろうが、私にはこれくらいがちょうど良い。  充分に大地と森の息吹きを受け取ってから、静かに立ち上がり、軽く気を巡らせてみた。  泉に映る自分の姿に、重なるように輝きが生まれ、やがてそれは青く燃える炎となって、輝く翼を形作っていく。そして泉に、眩く輝く十二枚の翼が映し出された。  ようやくここまで回復した。だが天界に戻るには、まだ数百年はかかるだろう。  我が真の名はヴァールヒルデ。天界を統べる主神の娘にして、邪を滅する戦の女神である。  四千年前、邪神ニーズヴラルの軍勢と刃を交えた際、不覚にも翼に深傷を負って地に堕ち、天界に戻れなくなっていた。  名を明かして天界からの使者を待つことも考えたが、地上は予想以上に澱んでいた。あちこちに邪神の眷族どもが蔓延っていて、迂闊に名を明かすと天界からの使者よりも先に、邪神からの討手がやってくる恐れがあった。  闇の眷族など恐れはしないが、これ以上傷を負っては天界に戻るのがいつになるやら見当がつかぬ。  やむを得ず人の身を依代にしながら、こうして傷が癒えるのを待っていた。  四千に渡る年月の巡りを、人の身に窶して地上で過ごしてきたのだ……。 「ヴァル」岩陰の向こうから、ためらいがちに名を呼ぶ声がした。「天幕を張り終えたよ、晩飯の用意もできてる。そろそろ日が暮れるけど、まだかかりそうかい?」  もうそんな時間か。 「あと半刻待て」 「じゃあここに、替えの肌着を置いておくから。よければ剣や鎧の手入れもやっておくよ。護身用の短剣を代わりに置いていくから」 「任せた、『万能の天才』」 「だからその呼び方やめろって……!」  泣き笑いのような声で抗議しながら、リュートは私の装備や肌着を抱えて天幕に戻ったようだった。  全く、戦いには糞の役にも立たぬ男だが、それ以外のことには呆れるくらいに目端が利いた。  鎧の手入れをさせれば細々した傷まで磨き落として、器用に彩色もする。剣を磨かせれば血脂に曇った剣が、一流の研ぎ師もかくやというほどに輝きを取り戻した。  料理も上手で、包丁捌きや食材の下処理はおろか、何処からか拾ってきた木の実を擦り潰して自前の調味料まで作り出す始末。  その他、裁縫・洗濯・野営の準備、加えて銭金の帳簿付けまで。およそ雑務をコイツに言い付けて、遅滞した記憶がない。  呆れ混じりに私は、この腰抜けを『万能の天才』と呼ぶようになった。本人も嬉しそうに嫌がっていたので、以来その呼び方が定着している。  リュートの出など知らぬ。  本人は異世界がどうとか言っていたが、行ったことも見たこともない場所のことなど分からぬわ。それに私が天界の出なのだから、コイツが異界の出であっても何の不都合もあるまい。  言葉は通じるし食の好みも大差ない。邪神の眷族でさえ無ければ良いのだ。  まあ、だからといってコイツに賢者のナリをさせたのは、我ながら悪戯が過ぎた気がしないでもないが。  水浴を終えて天幕に戻ると、リュートは焚き火にかけた鍋の様子を見ていたところだった。 「待たせたな」 「ああ、ヴァル。せっかくのシチューが煮詰まっちゃうかと思ったよ」  鍋の中には、先ほどのシルバーベアの肉を、色とりどりの野菜と煮込んだものが温かな湯気を立てていた。  悔しいが、コイツの作るものは神の身でも美味いと感じる。リュートがよそった椀に口をつけると、温かな滋味が冷えた身体に広がっていった。 「美味いな」思わず声が漏れる。 「ああ、良かった」  そう言って嬉しそうな顔をする、コイツの姿を眺めながら夕餉を取るのも、悪くない。  焚き火の炎を囲んでそんな夕餉を取っていると、黒パンを千切りながら口に運んでいる私に、リュートが声をかけてきた。 「これ、試してみる?」  木筒の中に、何か液体が満たしてある。  栓を抜いてみると、甘い芳香が鼻腔いっぱいに広がった。 「酒精か」 「見よう見まねで作ってみたけど、なんとか飲めそうになったから。もちろん僕が先に試したけど、何も問題なかったよ。普通の人にはちょっと強いだろうけど、ヴァルなら大丈夫だよね」  コイツは何も考えずに勧めてくるが、人の身で神に盃を勧めるなど、本来あり得ないほどの栄誉なのだぞ。  私はこの無礼者から木筒を受け取ると、琥珀色に輝く酒精を喉に流し込んだ。  それは、ドワーフの火酒もかくやと思えるほど強く喉を灼き、深く長い余韻を残して胃の腑へと滑り落ちていった。  飲み干した後、私はまじまじとリュートの顔を眺めてしまった。コイツは何代か前に、酒神の血でも受け継いでいるのではなかろうか。 「……どうかした?」  不思議そうにこちらを覗き込むリュートに、「何でもない」と言って視線を逸らすと、替わりはないかと尋ねた。  リュートは嬉しそうに笑って、替わりの木筒を差し出した。  こんな風に酒精に身を委ねながら焚き火の揺らぎを眺めていると、昔のことが思い出される。    邪神との戦いで深傷を負って地に堕ち、やむを得ず人の身に窶して隠れるように時を経てきた。  その間、この身を遊ばせているわけにもいかないので、見込んだ女戦士の身体を借りて、その時々の人界の勇者たちと剣を揃え、闇の眷族と戦ってきた。  もはや名も思い出せぬ、闇の巨人すら殴り倒せそうな人界の勇者がいた。  見上げるばかりの偉丈夫で、その姿を見ただけで低級な魔物は逃げ散ってしまうほどだったが、本人は優しい心根の持ち主で、戦いがない時はいつも子供たちと戯れていた。  あやつ、私を守って邪竜の炎をその身で受け止め、骨も残らなかった。  人の身でありながら、神でも見定められぬほどの閃光の剣を振るう剣士もいた。  見るからに顔色が悪くて、その健康と引き換えに運命神から天賦の剣才を受けて生まれてきたのだと、一目で分かった。    あやつはよせばいいのに、私の背中を守ると言って単身悪魔の軍勢に斬り込み、二度と還って来なかった。  皆勇敢で、気のいい奴らだった。  人の身に窶した、この私を愛してくれた。  そして皆、私を守って逝ってしまった。  お前らは良かろう、惚れた女のために生を全うできたのだからな。  だが私は、逝ぬることも出来ぬのだぞ。神は肉体が滅んでも転生を繰り返すだけだ。    気が付けばいつも、私は独りぼっちではないか。 「ヴァル、傷が痛むのかい?」  リュートの声にはっとした。コイツは翼の傷のことは知らない筈だ。 「何故そう思う」 「ヴァルは左右どちらでも弓が引けるくらいの両利きだけど、剣を振るう時は必ず右脚から踏み出すから、もしかしたら左側に怪我をしたことがあるんじゃないかと思ったんだ」 「……」 「それに、今のヴァルは何か辛そうに感じるし」 「……仮に私に古傷があるとして、お前はどうしようというのだ?」 「こう見えても俺、マッサージは得意なんだよ。理学療法士の学校に通っていたし」 「何のことやら分からぬが、要は指圧のようなものか」    私は双肌を脱ぐと、裸の半身をリュートに晒した。 「ならば揉め。左肩から脇腹にかけてだ」 「ヴァ、ヴァル……」 「何を躊躇う、指圧が得意なのだろう」  私が見染めた勇者になら恥じらいの一つも浮かべるが、お前ごときに恥じらってなどやるものか。  リュートは恐る恐る私の肌に手を触れたが、覚悟を決めたらしく、私に触れる指先に力を込め始めた。  魔法か? そう感じた。  リュートの指先の動きに合わせて、身体の凝りや張りが溶けていくようだった。  古傷の痛みも、辛い記憶も。  施術を進めるにつれ、リュートは私を敷布の上にうつ伏せにさせ、馬乗りになって更に力を込め始めた。  全く無礼者め。神の身にこのような姿をさせるなど、身の程知らずも甚だしい。  だが……心地良い。  私が天界に戻るまで、後数百年はかかる。リュートとの別れも、いずれ訪れるだろう。  だがそれまでは、この腰抜けの『全能の天才』と共に歩むのも悪くないと、私は酒精の余韻とリュートの施術に身を委ねながら、そう考えていた。

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