アディショナル

4 件の小説

アディショナル

初めまして。アディショナルと申します。 さらなる驚きをお届けできるよう精進して参ります。

私の友達の話

「私の,友達の話なのだけれど」 彼女はそう話を切り出しながら,先程頼んだマルガリータを揺らす。 「付き合って1年になる彼氏がいるらしいのよ」 「ふーん,それはめでたいね」 僕は相槌を打ちながら先程頼んだオーロラを手に取る。 「そうなの…おめでたいことなのだけれど…」 彼女は歯切れが悪そうにそう言ったあと,少し困った顔をした。 「なにか問題があるのかな?」 「…2人が出会ったのはバーでね…その当時友人は…サマンサティアラを好んでつけるような歳だったの。 けれど,相手はまだ大人の世界へ足を踏み入れたばかりのほんの子供だったのよ。」 「……なるほどね。それで?」 「彼女はたぶん…少し酔っていたのよ。 だから,まだ若い彼に飲み方を教えてあげるだなんて偉そうなことが言えたの。」 「きっと彼にとっては嬉しい誘いだっただろうけれどね。」 僕は彼女をフォローしながら話に耳を傾ける。 「それで…2人は意気投合して,よくバーでカクテルを一緒に嗜むようになって…きっと愛なんかも芽生えたのでしょうね。」 「素晴らしいことじゃないか。」 「違うのよ。そんな単純な事じゃないの。」 「何がダメだって言うんだい?」 「話したでしょう?年齢のことよ。」 「なんだ,年齢のことか。」 「なんだじゃないわよ!重要なことよ。」 「そんなに重要かい?」 「だって,8も違うのよ?彼にはもっと若い子とお付き合いする権利があるの。」 僕にとっては些細なことでも彼女にとってはきっと重大すぎることなのだろう。 彼女は絶対そうだと言わんばかりに強い口調で話したあと,バツが悪そうに俯いた。 「…っ…ごめんなさい。少し熱くなりすぎたわ。 忘れてちょうだい。」 この話はこれで終わりだとでも言うようにマルガリータを飲み干した彼女の手をそっと取る。 「……?どうしたの?」 「“彼女”に伝えてほしいんだ。 きっと“彼”は年齢なんて気にする暇がないほどに君にぞっこんだ,と言うだろうってね。」 からかうようにそう言うと彼女の顔が真っ赤に染まって,それが少し可愛らしくて思わず笑みが零れる。 「ああ,そうだ…それともう1つ。」 僕はカウンターの上に白い箱を置き,それをゆっくり開いてみせる。 「きっと,“彼”は言うだろうね。 …結婚しよう,ってね。」 彼女の頬をつたった涙をそっと拭って,光り輝くリングをその薬指に添える。 「……なによ…いじわるね…」 「子供だなんてからかったのは君だろう? 残念ながら僕はもう君の可愛いベイビーではなくなってしまったのさ。」 くすくす笑うと彼女が拗ねたようにそっぽを向いて,それから美しく微笑んで言った。 「きっと,彼女は喜んでって言うでしょうね。」

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幽霊

どうやら私は幽霊が見えるようになってしまったみたい。 それに気づいたのはついさっき,学校へ行くために家を出たとき。 今日はなんだか人が多いななんて思いながらいつものように1人で歩いていたの。 するとね,幽霊が人に勢いよく飛びついたのを見たのよ。 私には幽霊も生きている人も見分けがつかないし,どちらも生者に見えていて,だからあの人たち仲良いのかなーなんて呑気に思っていたの。 そうしたら,なんとびっくり。 飛びついた人が飛びつかれた人を通り越してしまった…つまり,すり抜けたの。 思わず悲鳴を上げそうになったけれど,幽霊に幽霊が見えるなんてバレるのは,なんか,良くない気がするでしょ? だからなんとか悲鳴を呑み込んでなんでもない顔をして歩いてきたのよ。 我ながらよくやったと思うわ。 それにしても,なんで急に見えるようになっちゃったんだろう。 誰かに相談したいけれどこんな話信じてもらえるわけない。 というか,そもそも話す人がいない。 親とも1度大喧嘩をして以来まともに話せていないし,友達なんていないし…恋人なんてもってのほか。 私は人と関わることが大の苦手なの。 どうにかしなきゃと思いつつ,こうして生活できているからまあいっかと思ってたんだけど… こういうときに話せる相手がいないのは心細い。 嘘だと思ってくれていいから,聞いて欲しかったなあ…なんて。 そんなことを考えているうちにも,幽霊は生者に飛びついたり,気づいて欲しそうに眺めたりしている。 きっと,生きている頃に仲が良かったのね。 なんだかしんみりとした気分になりながら歩いていると 「小山内(おさない)さん,こんなところでどうしたの?」 朝にふさわしい爽やかな声が後ろから聞こえた。 「清水(しみず)くん…」 当然,友達のいない私は話したことすらなかった人。 でもこの際,誰でもいいから聞いて欲しい…! 意を決して私は幽霊を指さす。 「あのね,清水くん。あの人…見える?」 「あの幽霊がどうしたの?」 「みっ…見えるの…!?」 なんてこと! ただ話を聞いて欲しかっただけなのにまさか同士に巡り会えるだなんて…! 「僕は昔から霊感が強くてね。というか,家が神社だったから,お祓いとかにも詳しいんだ」 「そうなの…すごいのね」 「それで,あの霊がどうしたの?何かされた?」 清水くんが私を心配そうに見つめてくれる。 「ううん,なにもされてないわ。」 「そっか,なら良かった」 清水くんがそう言って爽やかに笑う。 胸の高鳴りを感じつつ,清水くんと並んで歩き出す。 「ところで,小山内さんはどうしたいの?」 「どう…?普通に,学校に行ってるだけよ」 「学校に行きたいんだね。分かった。」 いまいち話が噛み合ってないような気がするけれど清水くんと登校できるなら悪くないわね。 私は少女漫画のヒロインになったような気分で登校した。 「着いたよ,小山内さん」 「ええ,そうね」 「それで,どうしたいの?」 「えっと…普通にクラスに…」 「クラスメイトに会いたいんだね。具体的には誰に?」 「えっと…別に,誰ってわけではないのだけれど…」 なにかしら,この,清水くんの言い方。 なにか,引っかかる言い方よね…? 「じゃあいつもみたいに学校に行きたいってこと?」 「あの…清水くん。なんでそんな変な言い方するの?」 「…変?」 「だってなんだか,どうしたいの?って聞くじゃない。」 「……それが,変?」 清水くんが怪訝そうな顔で私を見る。 「ごめん,迷惑だったらやめるよ。 1人で未練を叶えたいときもあるよね。」 「…未練…?どういうこと?」 「えっと…小山内さんは未練があってここにいるんだよね?」 清水くんの言っていることがますますわからなくなってきて頭が混乱してくる。 「……未練…?そんなの,ないわ!」 「えっ…ないの!?」 「ないわよ!朝起きたら急に霊が見えるようになっちゃって,びっくりしてただけで…」 そう言いながら清水くんを見上げると大きな目を見開いて固まってしまっていた。 「……そんな…いやでも…ありえるのか…?」 「清水くん…?どうしたのよ?」 「……小山内さん…その…すごく言いにくいんだけど…」 清水くんは困ったように目を泳がせたあと,ゆっくりと私に向き直る。 「君,死んでるよ」 「……は…?」 「ごめん,自分が死んだことに気づいていない霊なんて初めてだったから…だからこんなに話が噛み合わなかったんだね」 「…ちょ…ちょっと待ってよ! なんで…そんなはず…私が死んでる…?」 「だって,幽霊が見えたんでしょ? それは君も幽霊になったからなんだよ」 「なによ…なによそれ…全然わからないっ…」 「うーん,それじゃあ,僕の手を握ってみて」 差し出された手は普通の人間の手なのに,私には死神の手に見えた。 「…ほら,どうぞ」 「……っ…」 恐る恐る震える手を彼の手に合わせる。 私の手は彼の手をすり抜けてだらりと垂れ下がった。

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ラストメール

7月7日(金) 12:00 From:彼女 To:愛しのあなた 私はきっと,私が思うよりずっとあなたを愛していたのでしょう。 だからこの両の目から涙は溢れて止まらないのでしょう。 あなたの 優しくて 美しくて 強くて いつも私の手を引いてくれたところも 強がりで 弱虫で 泣き虫で いつも私に隠れて泣いていたところも 私は愛していたのでしょう。 ああ,こんなに可愛い彼女を置いていくなんて 地獄に落ちるだけじゃすまないわ。 あなたが私の手をとって そっとキスを零す夢を見て 私はそこで目が覚める なんて愛おしくて哀しい夢でしょう。 たくさん,色んな場所に行ったね。 たくさん,色んな思い出作ったね。 私はきっと,あなたのおかげで 世界一幸せな女の子でした。 あなたはどう? あなたもそうであったなら これ程嬉しいことはこの世にはないわ。 愛していたの。ほんとうに。 ほんとうに。愛していたの。 あなたがいない世界は味のないアイスと同じだわ。 ただ冷たいだけの,酷い世界。 ひと目で良いから,会いたい。 ひと言で良いから,話したい。 私のこの願いはワガママなのかしら? あなたならきっと,許してくれるでしょう? もし,もしも私のこの言葉が,声が届いているなら どうか,お返事をください。 それだけできっと,私はこれからも生きてゆける。 この生者に優しくない世界でも 生きていたいと思えるの。 祈りを込めて,そっと送信ボタンに触れる。 優しくていつも私を思っていてくれたあの人なら きっと返事をくれる。 「…なんて,ばかみたい」 そんな綺麗事が通じない世界だって子供でもわかるのに 私はずっと夢に縋っている。 そうでもしないと,潰れてしまうから。 私は泣き腫らした目を強引に拭ってまた夢の中へと潜って行った。 1件のメールが届いています。 7月7日(金) 12:02 From:彼氏 To:愛しの君 僕も、君を、とても愛していたよ。 1件のメールが取り消されました。

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こういうところ

“お前いま暇?” “は?なんで?” “終電逃したから泊めてよ笑” “がちふざけんなって” “勝手に野垂れ死ね” “ガチごめんって!!おねがい!” “もう寝るんで無理でーす” “ちょまって!ガチなんか奢るからさ!” “もうお前しか頼れる人おらんから!” “俺が行くまで起きてて!!” “知るか” “…ダッツふたつな” “ガチ神!まじありがとう!!!” 「はぁ……ばっかみたい」 頼れる人がお前しかいない その言葉を何度聞いたことか。 ……その言葉に何度振り回されたことか。 ため息を1つ零して布団から冷たい床に足をつけた。 深夜に似つかわしくない音が部屋中に響く。 ロックを解除すると鼻を真っ赤にしたバカが突っ立っていた。 「よーっす…へへ…」 ヘラヘラと笑うそいつの前でバタンとドアを閉めると泣きそうな声で謝ってきたので仕方なく家に入れてやった。 「いやぁー,ガチ助かった!」 パンッと手を合わせて拝むようにするそいつからダッツを奪い取る。 「……マジお前無理。むかつく。」 「え?その味嫌いだった?」 「好きだからむかついてんだよ」 いっその事嫌いな味だったらぶん殴ってやったのに。 睨みつけるとまたヘラヘラと笑われて無性に腹が立った。 「お前なら起きてると思ったんだよねー」 「…何回終電逃してんだよ。バカすぎ。」 「マジ今日は間に合いそうだったんだけどなー」 「ギリ目の前で閉まってさー,ほんと絶望!笑」 「本当バカ。起きてなかったらどーすんだよ」 「でも起きてたじゃん」 2人でダッツをスプーンでつつく。 「……てか,ダッツでよかったん?」 「ダッツは高級品やん」 「でも泊めて貰ってんのにこんだけでいいんかなって…」 少し目を細めて唇を尖らせる。 これはこいつの考える時のくせだ。 やがていいアイデアでも閃いたのかぱっと顔を上げてにんまり笑う。 「キスでも,してやろっか?」 時が,一瞬止まって 「……しね」 なんとか捻り出した言葉によってまた動き出した。 「ひっどお!これでも俺モテモテで…!」 「だまれ。いいからはよ食え。きもい。」 ぶーぶーと文句を言うこいつを黙らせてダッツにスプーンを突き立てた。 ……お前がモテることくらい知ってるわ。 しばらくダッツとスプーンの擦れる音だけが部屋に響く。 「……おい,お前そろそろ…」 風呂入れ,と言おうとしたとこでへにゃりと顔が崩れたことに気づく。 ……これは,まずい。 「おい!マジここで寝るなって!」 「……んー…」 とろんと蕩けた目がふよふよとさまよい,ふと1点に止まる。 「おい?お前マジで……」 「……おまえん…ち…」 「いい,においするから…すき」 なに,それ。 顔の体温がじんわりと上がるのを感じる。 こいつはそれを言ってこと切れたのか目を閉じて机に突っ伏してしまった。 「……ばーか…」 こいつの“こういうところ”が,嫌いだ。 こいつがいないと自分の家の匂いにも気づけない体になってしまったことが悔しくて こいつと同じように机に突っ伏した。

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