sophia
6 件の小説髪の毛って…
最後の洗濯が終わって、 今、また思ったんですが髪の毛って 頭から抜けたら汚い物に変わるなと、 思うのは、私だけでしょうか? うちは、洗濯を何回かにわけて回します。 だから、その間にお風呂に入ってる ヤツがほとんどです。 で、最後が私なんですけど、 結構?まずまず?髪の毛落ちてます。 洗面所の床に落ちてる毛に、 洗面台に落ちてる毛に、 あーー、まーた落ちてるよ、拾えよ! お風呂場に 流されきれず残ってる毛を見て、チッ! 時には、風呂場の椅子にくっ付いてることも ある… 何度も言ってるのにっ。 頭から生えてる時は、 ヘアパックだ!オイルだ! 大切にされてるのに… 高いクシでとかされてるのに… 出かける時は、 男どももストレートアイロンだ! なんだーかんだーしてるのに 頭から抜けたら、アウトオブ眼中。 部屋に落ちていても、 どこに落ちていても、 枕に付いていても、 あ、きたね!と始末の仕方を 考えられる物になる。 酷い話だが。 私は昔から細くて猫っ毛だったし、 最近は若い頃より毛量が… と、思うので、私の落ちた毛には 敬意をもって捨てている。 娘とスーパー銭湯に行った、 その脱衣所に落ちてる髪を見て 汚い〜ちょっとロッカーの位置変える! コテージに泊まりに行った時、 息子が選んだベッドに髪の毛が一本 うわ、キモ! そうでしょう?汚いとか、うわ!とか 思うんですよねー? 君達、毎日、私にそれやってんのよ、 家族だからとか関係ないからなー! 生えてる髪の毛だけじゃなく、 落ちた髪の毛にも敬意をはらえよーぉ。 ちゃんと大事にしてくれ! 大事は無理でも、ちゃんと捨てて あげてくれよ〜。 ただの、汚い物になっちゃうんだよ。 さっきまで君達の頭を守ってたんだぞ。
人生色々なんだよなー物語
第二話、 可哀想は失礼だった… よく見かけたその方は 当時の私には大変そうに見えていた。 特に冬や夏、季節がハッキリしている時 には、特にそう思っていた。 近所の二級河川にかかる橋の近くの 大きな木の根元や、その隣にある 大企業の倉庫の屋根の影の下に よくいるその方を見て、 大変そうだなぁ…そう思っていた。 その大変そうだな…は、私の中の 可哀想という気持ちから来ていた。 で、私はある夏の暑い日の バイト帰りに、アイスを食べながら その前を通ろうとしていた、 アイスを食べていたからその行動を したのか?アイスを食べながら帰るほど 暑かったからそうしたのか、 わからないが、いつもなら大変そうだな と、思って通り過ぎるのに、 引き返して、コンビニでお弁当とお茶を 買ってそこに戻り、 「これ、どうぞ」とその方に 声をかけていた。 その方は、酷く怒り、 「ふざけんな、馬鹿にすんじゃねー」 と、背を向けた。 私は、怒られるなんて思っても いなかったのと、怒鳴られたことに びっくりして、一瞬固まった。 可哀想だと思ったからしたことだった。 声をかけ、渡すこと自体に、私なりの 勇気みたいなモノもあったし、 まー、思春期の私は大概だったので、 そう、言われ反射的にその袋を川に 叩きつけるように投げ、そのまま帰った。 その道も避けるようになって、 気がつけば、その方を見なくなった。 その時から人に可哀想は向けなくなった。 それが何を意味してたかは数年経ってから わかった事なのだが、 可哀想なんておこがましいし、差し出がましいんだよな。 私は、その方を不幸だと決めつけて、 不憫だとか、気の毒だ、大変だ、 と、無意識とははいえ 上から目線と受け取らせてしまったのだろう 例え、親切のつもりでも… そう、深く反省しました。 よく知らない、 その方とのちょっとしたやり取りが 私の価値観に変化を与えてました。 これが、忘れられない出来事の一つです。
今回のお知らせ
特に、怖いとかじゃないけど、 あの世ってあるのかも、、、 大人になってから、ほとんど夢を 見なくなった。 子供の頃はよくみてたのに。 でも、最近、午後うたた寝して 夢を見たんだよね。 母方の祖母の夢 おばあちゃんが夢に出てくる時は メッセージがあって、 その通りになるんだよ。 最初におばあちゃんの夢を見た時 淡いピンクと優しい黄色味がある世界で 川が流れててね、 おばあちゃんは川の向こう側にいて 私は反対側にいてさ、 おばあちゃんが何か言ってて それが聞き取れなかったし、 おばあちゃんが遠くに行ってしまうって、 おばあちゃん待ってー!って 夢の私は慌てて、 けど、おばあちゃんは穏やかな顔してて そしたら、川の上の方から 手で漕いで進む船が来て、 おばあちゃんはそれに乗って、 私にバイバイしてて、 船を漕いでる人、夢の中で、 おじいちゃんだって確信してて、 おじいちゃんがおばあちゃんを 迎えに来て、おばあちゃんは バイバイしながらニコニコしてた。 私は母から、 おばあちゃんはあの時代には 珍しく恋愛結婚で、親に大反対されたけど おじいちゃんと結婚して、 けど、おじいちゃんとは苦労が多くて いつも大変そうだったって。 おじいちゃんは、母が小学5年生の時 亡くなって、おじいちゃんには会ったこと はなかったんだけど、 夢の中では、おじいちゃんだって思って 手を振るおばあちゃんを連れて行かないで と、何度も「おじいちゃん、待って。 おばあちゃん連れて行かないでっ!」て 言いながら走るんだけど、 夢の中って全然思うように動けなくて すっごく、遅いからどんどん船は 離れて行って、全然追いつかなくて。 見えなくなる前に、おばあちゃんが 口パクで言ってて、声が聞こえた訳じゃ ないけど、「心配いらない」って言った ように感じて、走るのをやめたんだ。 あの時、おじいちゃんと行っちゃった… と、泣いてて、目が覚めてら、ちゃんと 涙が出てた。 その日は、あんな夢を見たから なんだかソワソワしてたんだけど、 学校から帰って来て、部屋に上がろう した時、慌てて母が帰って来たんだけど、 おばあちゃん死んじゃったから 支度して、すぐ出るよって言ったから 私と兄は支度しに行って、 母も遅れて上がって来たんだけど、 きゃー!なんて言うから 母の部屋に行って、 どうしたの?って聞いたら おじいちゃんの写真から 涙が出てるなんて言うから 見たら本当に写真が泣いてて、、、 びっくりしたんだよね。 おばあちゃんちに向かう車内で、 昨晩の夢の話をしたら、 お母さんも通い慣れてる道を間違えて 息を引き取る時に間に合わなかった。と 母は毎日、おばあちゃんちに行ってて、 今日だけ、道を間違えた。 きつねにつままれた。って言って おじいちゃんがおばあちゃんを 連れて行ったんだな!って 怒ってた、本当に自分勝手だって。 けど、おばあちゃん笑ってたよ、 って言ったけど、母は怒ったままだった。 私は車の後部座席で1人、 あの涙は嬉し涙だったんじゃ?と、 考えていた、やっと会えたって。 おじいちゃん、おばあちゃんのこと 待ってたのかな。ってね。 私にはそう感じたんだよね。 それからおばあちゃんが夢出てきたのは 兄がバイクで事故る前。 夢の中で、私の部屋で寝てる私を 起こして、兄の部屋に行き、 兄が飾ってるバイクの模型を指差した後、 それが倒れた。 夢はそこで終わったけど、 起きて、すぐ兄に伝えた。 おばあちゃんが亡くなる前の晩の夢の話を 兄も聞いていたから、 わかった、わかった、気をつける と、半分信じてないって感じだったけど、 夜遅く帰って来た兄は傷だらけ だった。バイクは乗れない状態だったから 押して帰って来た。と、一応朝の話を 聞いてから、今日はスピード控えてて 良かったよ、これで済んで。 母が慌てて兄を病院に連れて行ったけど。 それから、おばあちゃんが夢に 出てくる事はなかったんだけど、 久しぶりに2月の終わりに おばあちゃんが夢に出て来て、 母には無理だったからと、 説明みたいな話をして、 何故そうなのか夢の中で体感と言う形で 説明されたんだけど、 肝心の頼まれた事、母には無理だった事を 目が覚めたら、忘れてしまった。 夢の中にいた私を起こすみたいに 声が聞こえて、もう33分だから起きて! と、急かされ、目を覚まして携帯を 見たら、33分だった。 今回の夢が何を伝えてるのか、 肝心な事を忘れたんだけど きっと何か起きると思う。 兄の事故を知らせる夢とは 違って、色々説明されたし、 すぐ、どうこうではないだと思う。 きっとこうあれ、こう生きろ。 見たいな感じ。 だから、きっとそれ系の事が 起きるんだろうと思ってます。 と、おばあちゃんとの不思議な夢でした。
私の人生色々なんだよなー物語。
人生には、 忘れられない人がいる。 忘れられない出来事がある。 良いことも悪いことも、 振り返れば全部人生だった。 第一話、 彼の母として出会った女性 人生を、生きているうちに人は、 何かしらに影響を受けて、 その人々が、形成される一部になると思う。 それは、ただの人だったり、偉人だったり、 出来事、経験、言葉、思想、概念、 みたいなものとかだったり、 もっと簡単に、親、兄弟、先生、先輩、 友人、好きな人、とか… 私の人生にも、影響を与えた、モノや、 人が、何人かいる。 これは、その女性との一部の話。 私は、母とソリが合わない…。 残念なくらいに、 理由は、色々あったりするんだけど… まー、 本当に、何年経っても、今でも、 意気投合することは、まずない。 そういう意味では、 母からも、影響を受けたのだろうが、 母は、理想の母像ではない、私の…。 母の全てを、否定している訳ではないが、 私が、最初に、 こうありたいと、思えた人は、 母とは、全然、違うモノをもっていた。 そう、思った。 話をするに、実母との、関係性を、 少し、 説明すべき? と、 思い、 私の母を、書いている。 子供の頃の、私の母の、イメージは、 恐怖、支配、絶対、と言う言葉が ピッタリだと思う。 そんなことを、思っていたので、 毎日、 空気を読み、 母がこうであって欲しいと思う 子供でいることを 強いられていた… ような、気が、ずっと、してた。 当時は、苦しく、また、、寂しかった。 小さいながらに、 ここは、私のいる場所じゃない そんなことを、 考えている日々だった。 だから、 演じているので、 家の、居心地はよくなく、 母とも、関係は良くなく、 偽る我慢も、限界が来て、 諦めに近い感じ、の モノを、 強く、感じて、もう諦めて、 私は、母との生活を、小6で辞めた。 転勤族の父、との生活を選んだ。 そちらでの、生活も 寂しさはあったが、 まぁ、いいか…と考えていた。 否定され、受け入れられず、暴力、 を使う、母の気分次第で 家の空気が変わる… 今なら、きっと虐待に… 当時は、親の気持ちなんて 考えたことはないし、 母の気持ちを理解するなんて 到底無理だろう、、、 そんな母との生活より、 よっぽど、マシだ!と、そう思った。 自分で色々なことが出来るように なったし、料理や掃除は元々好きだった。 父は仕事が忙しく、1人の時間は 多かったけど、毎週土曜日は一緒に 外食に行く。その約束はずっと守られた。 そんなこんなで、父との生活では、 自我を、フル活用で暮らした。 小学生にしては、良く。 中学生としては…普通かな。 そして、やって参りました! はい! また転勤です。が、 今回の転勤は、今までの任期より長く、 私が、高校に上がるタイミングまでいれた。 四年も、 同じ所に、暮らしたことなど なかったので、 思いつく限りの、いい分や、いい訳をし、 私は、高校生から一人暮らしとなった。 今、思えば、 よく許したな…と、思うが。 私からすれば、願ったり叶ったり!だった。 要約、私の居場所を、確保したような 気持ちで、生活を、していた… が、 やはり、高校生で1人暮らしは、 色々な面で、都合が良すぎて。 私は更に、自我を、炸裂させてた。 1人暮らしなのに、何故か家にも 帰らない日が増えていった。 そして、16才の私には、 隣の市に住む、彼氏が出来た。 高校生になり、人との付き合いが、 広がったのだ。 彼は、高校には行かず、就職を選んでいた。 ベッタリと、一緒にいるようになった頃、 彼は、仕事をしていなかった。 しかも、 ベッタリ、一緒にいたのは、 私の、1人暮らしの、部屋ではなく、 彼の家族が住む、実家、でだった。 自由、、、、なんだなと、 色々な意味合いでそう思った。 ても、同時に、 社会人になったのに、親と住むんだと 不思議にも思った。 私は、とにかく早く大人になりたくて、 自分の家庭を作りたかったから。 自分の居場所が欲しかったから 親から、早く離れたかったから。 彼の家に、度々行くようになり、 まぁ、最初は、見逃されていたが、 当然だよね、、、 彼の部屋にいたら、 降りて来て、挨拶くらいしなさい! と、彼の母親が、階段の下で、 怒っていた。 当時は、そういう親が、大多数で 友達に近い感覚の、親子の方が 少なかった。多様性なんて言葉も どこにもなかったし。 私は、その怒鳴り声をきいて、 あー、これ、 ダメなパターンだよなってなって思った。 私は母が苦手だったので、 大人の女性や、歳の離れた女性にも 苦手意識があった。 要は年上の女は敵だ! と、思っていた。 怒られて、嫌われて、否定しか されないんだろうな… そんな気持ちで、彼と下へ降りた。 リビング的な部屋に入って、 彼のお母さん、お父さんに、 謝罪と、名前、どこに住んでいるか を、話した。 言いながら、 先に、挨拶すれば良かったな。 夜に出入りして、よくないことしたな。 もっとちゃんと、考えれば良かったな… そう、後悔しながら、 彼の母の話を聞いていた。 最初は怒っていたものの、 私が1人暮らしだと言ったら ご飯はどうしてるの?1人で寂しくないの? などの、予想もしない言葉だった。 そう言って、心配をくれた。 無礼なくそガキに。 もう、来るな的な話にはならず、 彼のお母さんは、すごく仲良くしてくれた。 彼のお母さんは若く、 私には、ちょっと歳の離れた、お姉さん みたいな要素もあった。 化粧の仕方、彼の家の味のご飯の作り方、 自分の好きなお店、もっと若かった頃の話 家事をしながらや、 営んでる、喫茶店に 私も連れて行ったりしてくれて、 お手伝いをしながら、色んな話をした。 初めてだった。 年上の女性と、ちゃんと向き合えたのが。 恐怖で支配しないんだ、って思った。 16才の私は、彼の母親に、 理想の、女性像や母親像的な、 何かを感じていたんだと思う。 叱られる事も、心配をかける事も あったが、 私は彼の家族と馴染んでいった。 彼の父親は、彼の本当の父ではないが、 家族一緒に、仲良く、暮らしていた。 優しい、お父さんだったと、 家族愛を見せる人だと思った。 妹は、懐っこくて私のことを ちょっと、良く思っていて、 服装を真似たり、振る舞いを真似たり、 可愛らしい、素直な子だった。 彼の家族と出かけたり、 バイトの送り迎えをしてもらったり、 体調の悪い日は、病院に連れて行って もらったり。 妹も含みで、彼と遊びに行ったり、 彼の母、妹、と悩み事なんかも、 女同士、話したりもした。 そういう時間は本当に、 私が過ごしたかって時間で、 実母となりたかった関係に似ていた。 そうやって、 信頼関係、 みたいなものが、 出来ていっていたんだと思う。 彼のことが大好きだったし、 彼の家族も大好きだった。 くそガキだったけど、 これが理想的な形だ!求めて来た場所だ! どんなことでも楽しくて、 ずっと一緒にいるんだと、本気で思った。 そう、過ごしながら、 私と、彼は、大切な人を裏切っていた。 何も、不満などなかったのに。 そして、しばらくした日の朝、 警察が来て、 私も彼も、 連れて行かれる、ことになった。 下に降りた時、彼の母の姿はなく、 少し安心してしまった、後ろめたさに、 無様なこの姿を見られないと、 でも、彼の母は、玄関を出て、 少しだけ離れて所から、 玄関の動きを見守っていた。 私達が連れて行かれる様をみていた。 申し訳なさと、事の重大さに気づき、 一気に、色んな気持ちが湧き上がり、 色んな光景や、 一緒に過ごした時間を 鮮明に全部が私の中をかけぬけた。 それは、もう、本当に、 どれだけ心配させ、迷惑をかけ、 悲しいことをしているか ちゃんと理解した。 まともに彼の、お母さんの、 顔など見れなかった。 けど、お母さんの前を、 通る時。 私が謝る、よりも先に、 お母さんが、私を抱きしめて、 「大丈夫、心配しなくていいよ!」 「ちゃんと、ここで待ってる、 不安にならなくていい」 と、言った。お母さんは泣いてた。 泣きながら、そう言ってくれた。 何一つ責める言葉や、 怒り、落胆、否定、 そういった言葉をかけず、 我が子、じゃない私を、抱きしめ泣きながら そうしてくれた。 状況は最悪なのに、 私はギャン泣きなのに、 さっき、私は情け無い安心をしたのに。 本当の安心と信頼と思いやりをもらった。 彼の母は、ずっとちゃんと見守っていて くれたのだ、そう理解した。 そうして、私の中で、 彼の母親が理想像となっていった、 女性としても、母親としても。 あー、超えらないな。 お母さんは、 強く、優しい、 そう思った。 特別なモノをくれる。 当時は、 同じこと出来るか、 私が、親だったら? そう、、、 凄くそう思ったから。 真似出来ないなってね。 この彼の母が、 与えてくれたものは、 私のその後の人生に、強く、影響を与えた。 今も、私の中に、 ちゃんと、残っている。 これが、私の人生に影響を与えた人の、1人。
私の推しはー!
普通っぽく言うなら、 私の推しはアニメのキャラかな! オタクと言えるほどアニメを熟知 してる訳じゃないけど。 うぁ〜素敵だ、カッコいい、憧れる、 いいね!、みたいに感じるんだよね。 人には良くも悪くも感じにくいのに、 アニメキャラには一目惚れだって 出来ちゃうんだよな〜 わかりやすいアニメで言うなら ワンピースなら、ハンコック ドラゴンボールなら、ベジータ 呪術廻戦なら、日車、冥冥 チェーンソーマンなら、マキマ、パワー トーキョーグールなら、利世、オウル 鬼滅の刃なら、猗窩座、煉獄、童磨 最近、こいつ〜❤️って1人に決めれない んだけどねー ちなみに、私を、鬼滅の刃で例えたら 子供達満場一致で、堕姫、なんだけど… これ、喜んでいい?やつの例え?笑 もう、大好きですよ。
メモリ
メモリ。 メモリと聞くと 1番に思いつくことがある。 それは、あんまりいいモノではない。 初めは、こんな思いはなかった、 むしろ、楽しかった。 けど、いつからかメモリは私の中で 重いもの、苦しいもの、見るとなんだか 悲しくもなるものに変わった。 そのメモリを見ないため、 耳にしないため、 出来る限りの事はしてみた。 これは、サラッと出来るような ものではなく、沢山の傷や孤独 多くのチャレンジが必要だった。 だけど、やっぱりまだ、 私はメモリと縁が切れないでいる。 なるべくと、避ければ避けるほど メモリは私を追いかけてくる。 どんな状況からも繋がってくる、 うんざりするくらいメモリが私に 付いて来て、また繋がりが出来てしまう。 もう、いっそ、受け入れしまった方が 楽なんじゃないかと思うことも 一度や二度じゃなかった。 その、少しずつ増えていくメモリを たまに目にして、また心の何かが 消えていく。 メモリに負けるな! なんて名言をあの人は言ったけど、 そりゃ、負けるわけにはいかないけど、 やっぱり私は〝メモリ”の連想を 変えたいのである。 真っ先に思いつくあのメモリを 違うメモリにへと。 メモリと言う言葉が怖くなくなる その日まで、私きっとメモリと 戦っていく。