しょふとくりーむくだしゃい
シルバーウィーク最終日の前日。この旅行が終わると、当分の間、家族で出かける日は少ないだろう。そんなことを思いながら、俺は車を走らせていた。
「ナツ! どこか行きたいところあるかー?」
「あのねっ。なちゅね、あいしゅ食べたい!」
「ちょっとナツ。SAでもソフトクリーム食べたじゃないの。お腹ぽちゃぽちゃになるよ?」
「ハハッ。いいじゃないか!食べ盛りだろ!なあナツ!」
「んー?たべじゃかりー?」
そんな他愛のない会話をしながら目的地へ向かった。
到着してからは、海沿いのブランコで遊んだ。
幸せという言葉だけでは言い表せないほど、穏やかな家族の時間だった。
ブランコで遊び疲れた頃、俺たちはソフトクリームの大きなモニュメントを見つけた。
(ここなら、ナツが食べたがってたソフトクリームもあるだろ)
そう思い、二人を連れて店へ向かった。
「ほら、ナツ。もう3歳なんだから、自分で注文してみなさい」
「うんっ!えーっと、えーっと……おじちゃん! このしょふとくりーむくだしゃいっ!」
「はいよっ。ぼうや、お利口さんだねー!」
「えへへ、なちゅ、いーこだもんっ!」
ナツは得意げな顔で俺を見た。
その姿がなんだか立派で、でもどこかおかしくて。俺は思わず、ナツの頭を撫でた。
「ほら、おじさんになんていうんだ?」
「おじさん、あーと!」
これが、俺が覚えている最後の会話になった。
ソフトクリームを大事そうに受け取ると、ナツは嬉しそうに食べ始めた。口の周りは真っ白になっていて、それでも本人は幸せそうに笑っていた。
そんなナツを見て、妻は胸元にハンカチを掛けてあげた。くまさんの刺繍が入った、可愛らしいハンカチだった。
俺は、その光景をただただ見つめていた。
その直後。事故が起きた。
腕に走る痛み。歪んでいく視界。何が起きたのか理解できないまま、俺は必死に辺りを見渡した。
(ナツは? 妻は?)
サイレンの音が響いている。
助けなければ。そう思っているのに、体が動かない。
――俺は、何をしているんだ。
そう思ったところで、俺の意識は途切れた。
ナツが亡くなってから、一週間。
俺たちは、あの日から時間が止まってしまったような感覚のまま、事故が起きた場所をもう一度訪れた。
あのソフトクリームのモニュメントの下で、俺は静かに屈んだ。
もう、あの日の痕跡は残っていない。
その代わりに、そこにはいくつもの花束が置かれていた。
妻は、どこか虚ろな目でその場所を見つめて、小さな声で言った。
「ナツ。パパとママについてきてね」
その夜。
自宅に帰ってきた俺たちは、ナツが大好きだったアニメを流した。そして、アニメキャラクターのおもちゃを寝室に置いた。
まだナツが、俺たちについてきてくれているような気がしたから。
やがてアニメが終わり、ニュース番組へと切り替わる。聞きたくない情報が、ノイズ混じりに耳へ入ってきた。
「……先日発生した事故について、警察は……」
「……軽乗用車が前方を走っていたバイクに……」
「……事故の弾みで道路そばにいた男児が……」
「……その後、3歳の男児が死亡……」
「……運転していた人物からアルコールが検出され……」
俺は、テレビの音を聞きながら、ぼんやりとナツのことを考えていた。
「夏のように明るく、元気な子に育ってほしい」
そんな願いを込めて、名付けた名前。
その名前を体現するかのように、よく笑い、よく遊び、よく喋る子だった。
けれど。そんなナツは、もういない。
俺は何もない空間をナツに見立てるようにして、ただ抱きしめることしかできなかった。
あの日、もっと強く抱きしめておけばよかった。
そんな後悔だけが、いつまでも胸の中に残っていた。
――――――
※この物語は、実際の事故を題材とした一部ノンフィクションを含みます。