なんと愚哉
2 件の小説おわりずし
とある寿司屋さん。 きらびやかな商店街の、薄暗い路地裏の突き当たりにある、秘密の寿司屋。 「ガラガラ…」 「へぇいらっしゃあい!今日はなんにするぅ?」 ゲーミングカラーの奇妙な鉢巻を巻いた大将が、今日も1人、店に入ってきた俺に向かって、活力のある挨拶をしてくる。 「今日は何かいいのある…?何がオススメ…?」 「今日のススメは背徳マシマシスペシャル握りでぇい」 「うぇい…じゃあそれで」 この店の内装は、やや閉鎖的な空間で、大将がいるカウンターの前にいくつかの椅子がおいてある、寿司屋というよりも、バーのような感じの内装。 誰も座っている客がいない椅子を1つ引いて、どさりと腰を掛け、一本のタバコに火をつけた。 壁にはシミがあって、天井にある電灯にはいくつかの蜘蛛の巣が張られている。まるで客をもてなす気がない風貌だ。 「相変わらずきったねー店だな」 「てやんでぃ!さいっこうにビンテージだろぅ?」 「…ははっ…たく、ビンテージはこういうんじゃねっつーの」 …しばらくして俺の席に注文していた品が置かれた。 「………なにこれ」 それは、シャリと呼ぶには烏滸がましいほど形が不細工な米の塊に、砕いたポテトチップスの上に生チョコがトッピングされた… およそ食べ物とは呼んではいけないであろう、ゲテモノが出てきた。 「背徳マシマシスペシャル握り、一丁上がりぃ!」 「は?おい!?これ?こ、これ、が…」 思わず言葉を失うほど酷かった。 「どうでぃ?エクセレントな出来栄えだろぉ?なんせ考案に2分かけたからなぁ」 「おいおい、俺はこう見えても今日取引先の社長にイヤミ言われてしょぼくれてんだぜ?そんで、少しでも労ってもらおうと来たらこの仕打ちかよ〜?」 「だーっははは!安心しねぃ、労うつもりマンマンで作ったからよ!いっぺん食ってみねぇ!」 「はぁ〜…たくよぉ…」 渋々ゲテモノを手に取り、一気に口へ放り込む。 「バリッ、ジャリッ」 「おぅえぇぇぇっ」 噛んだ瞬間から、背筋が凍るような悪寒。食レポとか自信ないけど、感想を述べよと言われれば、まず米がひでぇ。指で思い切り押しつぶしたのが、噛んだ時のグニュグニュとした食感で分かる。 ついでにコレ酢飯になってない。多分だけどこのポンコツ酢と油入れ間違えてやがる。味のない大トロをミキサーにかけたような感触…! 当然ポテチと生チョコは圧倒的ミスマッチ。しかもそこに油まみれの米の塊があるんだから、いよいよ絶望的…と言って暴れ散らしてやりたいところだが、 材料も分量も間違え尽くしている油が染み込んだ米の塊の中に、たしかに吐くほど不味いのだが、ポテチとチョコの馴染みのある味のおかげでまだ頑張れば飲み込める味になってるのが悔しい。 総評… 「幼稚園児の悪戯以下のクオリティ!飲食店で出せるものでは到底ないし、そもそも店側が客にする所業じゃない!」 「…けど」 「得意先との会食で食った寿司よりは…上手い…」 「だははっ!だろぉう?」 「これで…いくら?」 「おう、300円ってとこだなァ!」 「たっか、相変わらずぼったくんな」 「だはっ、けど今日はタダでいいぜぇ!なんせこの店も明日にゃぶっ潰されちまうからよぉ」 「はぇ?どういうことだよ。」 「理由は2つだ。まず稼ぎが無ぇから店を継続できねぇのと、ここに新しい店を作るから退去しろっつーことでよ」 たしかに、店の外には風情のある寿司屋の広告と、工事を予告する看板が立っていた。 「ははっ、ざまーねーな。今まで散々ゲテモノ食わせてきた報いだろ。」 「返す言葉もねぇや、店開いて今日でちょうど一年だけど、これまでの稼ぎ合わせても6桁もねぇからよ!だはははっ!」 「…こいつぁ、この店最後のお冷だ。」 そう言うと大将は、すでに主食を食べ終えた俺の席に、コトンと1つの水を置いた。 「…水おっせ〜んだよ。いつもいつも」 「……………。」 店内にはタバコの臭いと、ガタガタと唸る古い換気扇の音が響く。 「…なぁ、この店無くなったら大将どうすんだよ。」 「そ〜だなァ…今度は思い切って…ディズニーのレストランシェフにでもなっかなぁ。」 「ディズニーのレストランシェフぅ〜?」 「おうよ!聞いた話じゃあ、そこは夢の国っつーらしいからよぉ、俺の料理をもっとたくさんの客に食ってもらうって夢も叶うんじゃねぇかと思ってよ!」 「ゆういつの常連にゲテモノ出すような店主がか?はははっ!無理だろ〜がよ、それにディズニーはあんたのじゃなくて、訪れた人に夢与えるための場所なんじゃねーの?」 「どっちも変わんねぇ!料理作って食ってもらえりゃあなあ!」 「そもそもなんで寿司屋なんてやろうと思ったんだよ。」 「実ぁ俺の親父は生粋の寿司職人でよぉ〜。独学で寿司の道極めて、今じゃあミシュランに選ばれる店の店長勤めてて…国内だけじゃなくて、外国にも弟子がいっぱいいてよ、さいっこうにカッケ〜んだよ、俺の親父はよ。」 「そんで俺もいつかこーなりてぇと思って始めたわけよ、この店をよぉ!」 「そりゃあすごいな、そんな立派な親父さんがこの店みたらショベルカーでも持ってきて店ごと潰されんじゃないのか?」 「だははっ!そうかもなぁ!一度来た客は2度と戻ってこねーし、この店の魅力に気づいてくれたのはあんただけだったよ!最後の最後までな。」 「いや客来ねーのはアンタのせいだろ」 「なんでかなぁ、面白ぇとおもわねぇか?」 「いや面白いの前にゲテモノばっかで、当たり前の食品が何一つ無いからだろ」 「前のタラバガニ風アメリカザリガニはちと自信があったんだがよぉ」 「まぁありゃ一応食えっけどクサかったな」 「焼きそばにぎり!ありゃ上手くできたなァ」 「まぁ不味くはなかったけど、寿司屋で出すモンじゃなかっただろ。あと焼きそば滅茶苦茶焦げてたし」 「あん時のクレープ握りなんかもよぉ…」 「いやありゃダメだ。人に食わしていいモンじゃねぇ。」 「そもそも提供されんのがゲテモノしかねーのに、払う金高すぎんだよ。」 「てやんでぃ!取るもんはしっかり取るのが俺の流儀ってやつよぉ!どんな食品もタダじゃあねぇからな!」 「詐欺師とかよりタチ悪いだろこの店」 っ っ は は は 誰もいない夜にしゃがれた中年の は は 嗤い声が夜風に流され響き渡る は っ は だ は 「ガラガラ…ピシャン」 「ふぅ…最後の最後までひでー店だったな。」 帰り道、ふと、スマホでこの店のレビューを見てみる。 “寿司屋寿司郎” 誰もが知る、寿司のチェーン店の人気にあやかりたいから名付けたらしい。 「そこは親父さんの店の名前から付けろよ。」 ★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(星一つ)2件 全ての口コミを見る 口コミはありません 「…ははっ、終わってんな。」 「…けど、そんなでもいつも豪快に笑ってクソみたいなゲテモノ自信満々に出してきて…」 「全てが嫌んなって、何もかもがダメになっていた俺に初めて出してきたのが…たしか…スイカの中に酢飯突っ込んだ…」 「スイカ丼だったか…?ふっ…、ひでーなマジで。普通人生嫌んなってるやつにそんなもん出すか?ますます人生やめたくなるだろw」 「まったく…気が晴れねーから悪口書いて鬱憤晴らししてやる。ざまーみやがれあのクソ大将。」 ★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎(星一つ)3件 全ての口コミを見る ありえない。店は汚いし、提供されるものも食べられるものは1つもないし、オマケに高いお金取られるし、マジで終わってる。 けど、店主と話してると不思議と食べられる。 決して美味しいとは言えないが、悪くはない。 しかも、店主がいつでもバカ元気でくだらねぇから、嫌なこともバカバカしく思えてきて、笑えてくる。 また食べに来たいとは思わないけど、また生きて ここに来たいとは思える変な店。本当に馬鹿で変な店。まだまだ書き足りないことは大量にありますが、1つだけ記入しておくとしたら ごちそうさまでした。クソ大将。
命(い)きる。1匹、1人、5分の命
今日も疲れました。 色々ありましたね。 ペダル、アクセルを踏む足が重いですね。 (…あっ…!) …………………………………。 重い足で、上り坂を自転車で登っていたら、目の前を、おそらくコガネムシと思われる昆虫が横切っていきました。 食べる物を求めて、躍起になっているのか… はたまた、余程美味しいご馳走にありつけたのか… 私にはその昆虫の気持ちは分かりませんが…その昆虫は、足を大きく前に前に動かして、いきおいよく歩いていきます。 素晴らしい事ですね。彼はまさに今、生きています。 この広大な地球の、ちっぽけな島国の、その中の極々小さな地をその小さな足で、力いっぱい踏みしめて生きています。 地球上で最も過保護な生命体であるわたしが言うのもなのですが、おそらく、彼の生きた道は、決して平坦なものではなかったのでしょう。 産まれたばかり、幼虫の頃から助けてくれるものはおらず、自らで食べる物を探さなければいけません。 ごはんにありつくのでさえ、常に命の綱渡り。 もたもたしていると、他の幼虫や、昆虫に取られてしまうでしょうし、急いては、鳥などの捕食者に狙われてしまう危険もあるでしょう。 なんとか蛹になっても、立派な成虫が約束されているわけではありません。 大雨が降って、寝床の地中が水浸しになってしまえば…外の世界を夢に見る前に、動くこともできなまいまま、動かなくなってしまうかもしれません。 彼らにはお天道様すらも、決して味方ではないのでしょう。 人間が手を合わせに向かう神の社に、彼らは雨宿りに向かうのでしょう。 ようやく成虫になりました!後は人生薔薇色!ウイニングラン! …とは残念ながらならず、さらに厳しい生存競争が待ち受けています。 彼らが天寿を全うするには、運も必要になるでしょう。 生まれた場所。 生きる環境。 天敵との遭遇。 仲間との競争。 実に気分屋な天候気候。 そして、地上の支配者。 昆虫の人智を超えた、自然界の常識を逸脱した、文明の力。 彼は幸運でした。 運や環境に恵まれて、幾度と無く死路をくぐり抜け、今宵もご馳走を求め、精一杯の力で歩を進めます。 ………彼は考えもしなかったでしょう。 間違いなく、彼はいつもの樹木へ向かうつもりだったでしょう。 潰されました。 刹那の瞬間で、彼の歩みは止まりました。 あんなに、せかせかと動いていたのにも関わらず、 今は微動だにもしません。 彼は生きてきました。ここまでなるのに何ヶ月掛かったのでしょうか? 懸命に自然界を生き残り、他の昆虫との椅子取りゲームに勝ち抜いてきた、屈強な昆虫の軌跡は、文明の力の一部の… わずか六十センチほどの軌跡によって、その輝かしい命の歴史に幕を閉じました。 そんな彼のかつての残骸も、明日には他の虫の餌となるか、雨風に飛ばされ、誰の記憶にも残らなくなるでしょう。 ………上り坂は終わり、下りに差しかかります。 全身に浴びる風が心地いいですね。それは、命(い)きているものにしか感じることができないものでしょう。 どんな生命にも終わりはありますね。それが一瞬でも、長らえたとしても。 悪い事ではないです。生きるのも淘汰されるのも、故意でなければ1つの摂理。 しかし、生きた我々は、また日の光を浴びることができましょう。 今日はどういきましょうかね