山芋とろろ

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山芋とろろ

短編作者。恋愛物を書きます。 私の作品が皆様の癒しになりますように。 投稿頻度少なめ

昼想夜夢

 今日は、卒業式。僕にとって、ずっと待ち望んでいた行事のはずが、そうでなくなった。隣の席の彼女が、この卒業式が終われば、東京へ行ってしまうからだ。ただのクラスメイトだからと割り切ろうにも、心は此処になく。どうやら彼女が掴んでいったみたいだから、どうにも他人事だと、いつもみたいに割り切れないのだ。  今日だって、彼女は僕が教室に姿を現せば、分かりやすい反応を見せるのだ。僕は、それに気づかないふりをして。いや、反応をしないように目を逸らした。  東京に向かう彼女を追いかけても、彼女は可愛らしい。僕よりも素敵な男性に恋に堕ちて、幸せになってほしい。そう思うことにした。 「おはよう」  彼女を見ない様に窓の向こうを見つめる僕にめげず、今度は挨拶をする。 「おはよう」  迷った挙句、挨拶を交わした。僕から会話を進めるわけではなく、ただ黙り込む。風の音や生徒の喧騒が心なしか僕には、心を落ち着かせてくれる休息時間となっていた。彼女の名を呼ぶ声が教室に響く。彼女は、その声の主である彼女の友達の元まで駆け寄る。僕は、その姿を少しだけ見つめた。  僕は、もっと恋愛にひた走れば良かった。彼女が、東京に行ってしまうだなんて、最近まで知らなかった。しかし、今。彼女に想いを伝えるには遅い。昨夜、寝る直前のベッドの中。僕は、この想いに蓋をした。僕の身勝手な言動で、彼女が困っている顔は見たくない。  今、僕の目に映っている太陽が輝いている時の、暖かな笑顔のままで、明日を迎えてほしいから。 「一人で、なにやってんだろ……」  僕は、彼女から視線を逸らして東京がある方角かは分からないまま、景色を眺めた。少しずつ、廊下から聞こえる雑踏も小さくなり、担任の教室に戻りなさい、という声が聞こえる。彼女も、急いで席に着いていた。  嗚呼、卒業式がもう始まってしまう。        卒業式は厳かで、空気が僕に重くのしかかる。軽いはずの卒業証書も、ずっしりとした重さを感じた。来賓の言葉一つ一つが、僕を刺していく。鈍い痛みを感じ、僕をゆっくりと苦しめていく。  後悔をしない決断をするように、この言葉が僕を酷く痛めつけた。彼女は、少しばかりかこの言葉に光を見出していた。その姿にもっと僕は苦しんだ。      在校生、教職員、両親が見送る花道。拍手は心なしか遠くから聞こえていた。晴れ渡った快晴も、少しばかり色が褪せている。 「たまには、一緒に話したりしような。相談ものってやるからさ」 「家が近いから、それくらいはいつでも出来るだろ」  近所に住む腐れ縁の友人とそんな会話を軽く交わす。それもそっか、じゃ。俺、ほかに用があるから、友人はおれにそう告げて去っていった。各々が、笑いあい、涙ぐんで会話を交わす姿に混じって、友達と会話をする彼女の姿をいとも簡単に見つけ出した。  友達との会話が終わった後、目があった……気がした。あ、と彼女は言った気がする。  彼女は、明日地元を離れる。東京なんて簡単に行ける距離にはない。彼女へ想いを伝えたとして、恋仲に発展する可能性は高くない。彼女は、僕には勿体ないほど魅力的な人だ。  風は臆病な僕の背中を押してくれた。桜がひらひらと舞う中、振り返らずにもう校門を出て、タイミングよく青に変わる信号を渡り切っていた。

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昼想夜夢

昼想夜夢

 今日が最後の登校日。足取りは軽いようで重い。この日が終われば、東京に旅立つ。慣れてしまった教室の窓際に近い席も、今日でもうおさらば。その時、登校してきた彼が目に飛び込む。いつもどおりの、少し周りとは一歩引いたオーラを纏って。そして、誰かの元まで足を運んで話しかけることも無く、すたすたと私の隣の窓際の席に着いていた。その時に鼻をかすめる柔らかい匂いがまた、私を虜にする。  そんな彼と不意に見つめあう。彼はすぐに目を逸らして、窓の向こうを見つめていた。私も、窓から吹き抜ける風を浴びる事を口実に彼の横顔を見つめていた。私に視線を向けない彼が、ずっと……気になっていて。いつの間にか彼を黙って追いかけていた。  おはよう、と言えば、少し間をおいてから、おはよう、と彼は、返した。今度は姿勢を変えて、机に突っ伏して彼を見つめる。 「もう卒業式だよ。この前まで、受験始まったばっかりなのにね」  と言えば、彼はただ呟いた。 「早いね」  また沈黙が流れる。眺めるだけでも飽きないけど、話したい。でもきっと、話しすぎる女の子は、彼は嫌うと思って。私は彼から視線を逸らして、何にも書かれていないのに、前の席の背もたれをじっと見つめる。  その時、友人が教室の入り口で呼ぶ声が聞こえて。私は、友人の元へ駆け寄った。他愛のない話が、私の退屈を埋める。私は、友人と握手して 「絶対、一緒に遊ぼう! 東京にも遊びに来てよ!」  友人は、首が取れそうなほど頷いて、熱い抱擁を交わす。  もう、数分後で卒業式が始まる。先生の足音と、 「そろそろ、教室に戻れよー」  という声が廊下に響き渡る。その声に私たちは、離れて手を振り、教室に戻った。        卒業式は、私にはとにかく堅苦しくて。でも、悲しさの感情が押し寄せている先生に呼ばれて受け取った卒業証書は、体の緊張を無くすほど柔らかくて軽い。先生の顔は優しく目頭に熱を帯びていた。先生の顔を見てしまえば、顔に張っている糸まで綻んでしまうからまじまじ見ずにやり過ごした。  在校生の言葉も荘厳の場でしか見かけない大人たちの言葉は、私の心に強く刺さるものばかり。後悔をしない決断をするように、この言葉は、これから知らない土地に足を踏み入れる私の背中を優しく押してくれた。自分の決断が、間違っていなかったと思える行動をしようと決意した。ふと視線を動かした時、彼は心なしか暗く影を纏っていた。        在校生、教職員、両親たちに見守られる花道の先につながるグラウンド。晴れ渡った青の下。 「東京でも頑張ってね!!」  友人達と撮影した後に、面と向かって言われる。こういうのに弱い私は、涙が溢れ、 「うん、頑張る! ありがとう! 絶対地元に戻ってくるから待っててね!」  と、また同じことを言って友人たちと熱い抱擁を交わした。友人たちも首が取れそうなほど頷いた。友人は、用があるらしく、手を振って去っていった。  その時、意識も何にもせず視線を動かした。数メートル先にいる彼と目が合った気がした。 あ、という少し間抜けた声が自然と出た。しかし、彼は今朝みたいに目を逸らして、校門に向かっていた。  風で吹き上がった一枚の桜の花びらが目の前で舞う。私は、それを追いかけていると、彼のいる校門に足を運ばせていた。後ろ姿と校門までは遠い距離。だけど、私の今まで胸に閉じこもっていた想いは、きっと、きっと。今日なら届くはず。  東京と地元。離れたとしても、伝えたい。そう決断すれば、風が強く吹きあがる。  私は、門扉の前に立ち止まる。私の視線の先に、信号を渡り切った彼の後ろ姿が飛び込む。  彼の名前を呼ぼうと息をすっと吸い込んだ。

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昼想夜夢

メモリ

彼との思い出を聞かれると、何を話せばいいのかよく分からない。案外、彼は幼い頃から私のそばにいた。それに気付かずに、彼と野原を駆け回って遊んでいたこと。その時に私が盛大に転けてしまった時、彼はすぐに駆け寄るなり少し苦笑いをした。 「何やってんだよ。ほら、乗れよ」 しかし、彼は私をおんぶして手当をしてくれた。でも、これが恋に繋がったかは分からない。この時はまだ、近くに住んでいた歳が近い男の子という情報だけだったのだから。 月日が流れるにつれて、私も彼も大人びていった。私は、小学生でこの街を離れた。あの時はまだ年長だった。 「元気にしてるのかな」 何故か私は、あの時の少年に思いを馳せていた。車に揺られ、車窓から見える景色が変わって行く間も。懐かしい街並みが見えてくる。また私はあの街へと帰ってきたのだ。と、実感した。 「長旅で疲れたでしょ。自分の荷物持って上がって、ゆっくりしてなさい」 母の言葉に甘え、自分の荷物を部屋に持って行った後、どうしようか悩んでいた。 ──あの野原に行けば、会えるかもしれない。 思い立った時には、家を飛び出していた。記憶の中の街と現在の街は何も変わりはしていない。学校の門に続く、桜並木も。厳格なおじさんが営む、美容院も。昭和レトロを想起させる喫茶店も。何も変わっていない。別の街に居て、思い出したことがあった。この街を離れる前日で、彼と約束をした。 あの、私が盛大に転けた野原で再会をすることを。持久力の無い体に鞭を打って、走らせた。あの野原が、見えてきた。草むらの中を走っていると、足がもつれた。 「うわぁ!」 大きな声を出して、転けてしまった。口元に砂の汚れが付き、手も少し擦って膝も怪我をしている。その時、誰かが私の元に駆け寄った。 「君と会う時はいっつも、怪我してる」 声変わりをしているのか、低く落ち着いたトーンが私の耳に聞こえた。そして彼は、私に肩を貸す。私が横にいたその人の顔は、あの時の少年の面影があった。少しキリッとした眉。少し吊り上がっている目。少し長いまつ毛。彼は私ににっと笑って言った。 「ずっと待ってたよ。おかえり」 私は、彼の言葉を返した。 「ただいま、覚えてたよ。約束」 傷口を洗い流す水は、しみるけど何故か痛みはそこまで感じない。

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メモリ

秘密主義の先は恋

「あのさ、タケ」 「何?」 「好きな人っておる?」 私の心の中はざわめいていた。腐れ縁のタケこと雄彦と私は、ゴシップなどのこの手の話題は一度も会話ネタとして出さなかった。 しかし、私たちは現在中学二年生。この年頃だと誰であれ、恋沙汰が気になってしまうのは人間の性だろう。が、放課後の二人で帰る道中に今の今まで一歩も踏み込めず。喉元でずっと引っかかっては、結局聞けずに帰路に着く。の、繰り返し。 「なに、急に?」 悪戯っ子みたいに鼻で笑うタケ。私は咄嗟に怪しまれないように 「いや、別にタケってそういう人おるんかな〜?どうなんかな〜?って、思っただけやけど」 なんて見栄を張るような、誰にでも嘘をついているとバレてしまうような演技、台詞を打ってしまった。リュックのサイドポケットから取った水筒の水をごくっと喉に通した。 彼は、怪しむ素振りも勘づいた反応もまったく見せないまま 「まぁなー……」と、ただ口を開く。 これは……あるかもしれない。と勢いよく、且つ怪しまれないように、彼に目を向ける。口が開いた時、私はごくりと喉を動かす。 「教えへんけど」 「はぁあ?」 思わず声が漏れてしまった。期待はずれでガッカリした。いや、あの間であったら普通は言うだろう!という畳み掛けたい気持ちはぐっと飲み込んだ。 「なんでよ!別に広めたりせんやん!」 「いやいや、そういうんは誰であっても、何処かで絶対聞かれてるし、ましてや……紫帆には絶対言わん。どうせ馬鹿にされるだけやし」 「特に恋バナとかは。心当たりあるやろ?」 と、ごもっともな意見と私に思いあたる節を容赦なくぶつけた。 少し黙り込んだが、私はそれでも何故か諦めきれなかった。私は必死になる。 「学年!」 「はぁ?」 「クラス……クラスは?!」 「言わんて」 「苗字の一文字目!それは?」 「やから、言わんから」 「……名前の一文字目は?」 「言いません」 少しずつハードルを低くして出た情報を思いつく度に彼を見て、何とか言わせようとするも、一向に情報を与えず、秘密主義を貫くタケ。 私の頭には諦めるという選択肢しか残っていなかった。もう観念したか。と言わんばかりに飄々と何食わぬ顔したタケの隣で一人、落ち込んでいると、 「……なんで頑なに断ってるか、分かったら。好きな人、紫帆に教えたるわ」 と、彼は言った。諦めるという選択肢が途端に、嘘みたく綺麗さっぱり無くなった。 「おっしゃああ!!誰誰?教えて!」 なんて目を輝かせてタケを見ると 「話ちゃんと聞けよ」 と、言われタケのデコピンを一発食らう。痛みを抑えるように額を摩りながら、答えを探す為に呆然と横顔を見ていた。 何を考えているか分からない横顔は、オレンジの日差しで映えていた。 ──あれ、タケってこんなにかっこよかったっけ? タケは私の視線に気がついて、不意に私たちは何秒間か見つめ合う。目を逸らしたのは私の方。 「百面相してどうしたん?なにかの練習?」 と小馬鹿にして笑っていた。自分にもタケにもイライラして、反抗するように肩で彼を小突いた。 「……や」 信号機は赤に変わった。 待っていると直ぐにトラックが私達の前を 横切った。遠くを見つめた彼は何かを呟いた。 「え?なんて?」 肝心な言葉が、トラックの通った喧騒のせいで塞き止められて聞こえなかった。私は彼に近づいて、耳を傾けた。今度は聞き逃さないように。タケは、少し怒ってみせていた。 「……やから、」 紫帆が好きやって言うてんねん。 私は、目を丸くした。彼とまた、見つめあう。 「なんやねん、何か言えよ……」 彼は、オレンジの日差しで輝き、恥ずかしさで染まった赤い顔を逸らした。 「好きやで、私も……タケのこと」 一緒やったんやね。 ただそれだけを彼に言った。自分でも分かるほど顔が熱くて、今はもう冬に近づいているというのに、防寒具も何もいらないほどには暖かい。

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秘密主義の先は恋

聖なる夜に鍋をつつく 翌夜

「…いらっしゃいませー」 今頃、マサは彼女とデートをしていると考えれば、俺は物凄く可哀想で寂しい男だと思う。 「シフト組んどいて空けて、俺に回すなや…」 今日に限って、一人予定ができて、俺がそのシフトの穴を埋める形で働くことになってしまった。 これくらいの愚痴は小さく呟いていないとやってられない。後一時間で。と先程から脳内でカウントダウンをしつつ、バイトをしている。 「いらっしゃいま…」 「よっ、リョウちん奇遇やな」 にっと笑って俺に挨拶をするのは、腐れ縁のアキ。 「バイト終わるまでどれくらい掛かる?」 「あー、後一時間かな」 腕時計を確認して呟いたあと、アキを見る。マフラーに少し口元をうずめている。 「待っとくわ。鍋つつこや」 今年で十回目のアキとの鍋。クリスマスとたまの冬の日に行われていたが、いつからだったろうか。 「…おう」 アキは、お茶を買って外に出た。此奴の格好が、この冬の寒さにそぐわない。上着をはおらずに、セーター一枚。俺は、バックヤードに向かった。 「おい、アキ」 「ん?うぉ…なに?」 此奴は可愛くないを反応して、笑いながら俺を見つめた。 「…これ羽織っとけ。風邪引くやろ」 「何?心配してくれたん?」 鬱陶しい絡みが始まる前に「まだバイトやから」と逃げて店に戻った。 「お疲れ様でーす」 自動ドアから出てくると、しゃがみこんでいたアキが立ち上がった。 「具材買ってる?」 「急に言われたから買ってへんよ」 「じゃあ、買いに行こう〜」 自由なアキを追いかけるように家の近くのスーパーで買うことにした。 「そういや、ミカがリョウちんのお陰でデートに着ていく服決まった〜って言うてたで?」 やるやん、リョウちん。とアキに小突かれる。 「マサも、大袈裟やねん…」 「でも、それくらいせんとリョウちん連絡返してくれへんやん」 笑いながら、鍋の具材をカゴに入れていくアキ。 「んなことないけどな」 と言えば、アキが大きく息を吐く。アキの横顔が視界に映る。 「いいなぁ、私も彼氏とデート行きたいわ」 声を大きくして、つぶやく。周りから変な目で見られるのを気にする。 「まずは相手を見つけなあかんな」 肩に手を置いて俺は、肉のコーナーに向かう。 「…それはリョウちんもやろ!」 「一緒にすんなよ?」 「え、彼女おるん?」 「おらんわ。なんでそうなんねん」 アキの思考回路には少し頭を抱える。そんなこんなで、鍋の具材が買い終わった。 「結構買ったな」 アキの耳が寒さで赤くなっていた。俺の上着についてるフードを被せる。 「さっきから何よ、もー…」 「冬にイメチェンして髪短くしたんが徒になってんねん」 数年付き合っていた彼氏に振られたからとかいう、よくある理由。 「え?」 「寒さで耳赤くなっとんねん。上着もなしで セーターだけとか。そっちこそなんやねん」 少し口が悪くなる。アキは、体を小さくしてごめんという。 「女の子は、寒さに弱いやろ。外出るんなら 着込むくらいせえよ」 ブーツの音が少しズレた。左手をポケットに突っ込んでいた。不意に左の袖が掴まれる。 「リョウちん、優しいね」 俺は、今…此奴に何を試されているのだろうか。 アキらしくない行動に頭を傾げて、変わらぬ足取りで家まで向かう。 *** 「俺、具材切っていくからアキは、食器とか切った具材置くトレイとか諸々を用意しといて」 アキにそう言うが、動く音がしない。ただ、視線が感じて視線の方に顔を動かすと、微動だにしないアキが、俺を見つめていた。 「どうした?さっきから元気ないけど」 もしかして、なにか気に障ることを言ってしまったのかと、俺は考え込む。 「なんでもない」 ふいと顔を逸らして、言われたことをし始めた。 「あ、ガスとかは俺やるからそのままにしといて」 とだけ言って、俺も具材を切った。 「ん、トレイここに置いとく」 「おう、ありがとう」 包丁の音と具材をトレイに置く音が響く。 アキは、やることが無くなったのかずっと隣で様子を見ている。その様子は───── 「なんか、私ら付き合ってるみたいやな」 「え?」 包丁を動かす手が止まる。丁度同じ事を柄にもなく考えていたのだから。 「具材持ってくわ」 アキに掛ける声が分からない空気が部屋に流れていた。この調子で鍋をつつけるのか。俺はわからなくなった。 *** 「ん〜、美味しー!!」 「この鍋の素美味いな。次もこれで作るか」 前言撤回。鍋をつつける条件が揃えば、俺らは様子が一気に変わった。しかし、グツグツと煮えわたる音などは未だに大きく聞こえる。 テレビは最近までクリスマス特集だったのに、面白みが無くて、つい電源を落とした。 「お前、野菜も食えや」 菜箸で白菜やらを掴んでアキの取り皿に入れようとする。 「食べたって、さっき!」 テレビがなくたって、アキとは会話が弾むから必要がないのもひとつある。さっきからこんな調子で 野菜食べたか食べてないかを言い合っている。 菜箸を置き、自分の取り皿にある具を食べようとするリョウちんを見つめる。 「リョウちんってさ、私の事好きなん?」 「は?」 箸から具材がすり抜けていた。 「急に何言ってんねん」 中々、箸からすり抜けた白菜たちが掴めない。 「着込めよって心配してくれるし、なんなら上着渡すし…私も具材取りたいのに、取り皿確認して入れてるの…私知ってるねんで?」 続けざまに、私は口を開く。 「彼氏振られた私を気遣って優しいんかもやけど、 今の私には毒やねん」 声が震えるアキにかける声が無くて、ティッシュの箱を少しアキの方に寄せた。 その優しさが毒なのに、彼は気づいていない。 「ただ、私がリョウちんには面倒な女として 見られたくなくて気にしてるだけかもしれんかも」 俺は、乙女の心がわかるほどできた男ではない。 ただ、アキの言いたいことは少しばかり分かる。 ぐつぐつと煮える音はより大きく聞こえる。 「そんなん気にしてる方が体に毒やろ」 「でも」と声に出す。 「他の子にも同じように接するかと言われたら別かもしれん」 リョウちん、それって──── 黙って、具材を食べるリョウちんから視線を動かせない。 「…来年は、外に出かけようよ」 「随分と気が早いな。次は事前に連絡入れてくれよ」 次は、次は──── 彼氏として、彼女として────共にすごそう。 「〆はどうする?」 「うどん!」 「はいはい、取ってくるわ」 鍋が終わるにはまだ早い。空気は、今まで以上に穏やかで温かい。

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聖なる夜に鍋をつつく 翌夜

聖なる夜に鍋をつつく 前夜

急遽、友人であるマサの住むアパートに行くことになった。なんでも明日のために俺の力が必要だとか。 もっと詳しいことが聞けるのかと思えば、メールでそれ以上送られることはなかった。のんびりしていた体を起こし、最低限の荷物を持って家を出た。 「なんの用やねん…」 車で小言を呟く。走る音が大きく響いて俺の声もかき消す。車窓から差す街灯の明かりで今日は特に何にもしていなかったことに気付かされる。 俺はまたマサの彼女のことで呼び出されているのだろうと思う。俺に対する仕打ちに一人で苛立ち、車の速度が上がる。 「マサ。こんな寒い中呼び出すな…」 「この服とこの服どっちがええかな?」 二〇四号室のチャイムを鳴らせば、入ってーと言う声が聞こえる。ドアを開け、小言を言い終わる前に、彼奴はそんなことを言い出す。俺の今の顔はどんな感情に当てはまるかも分からない顔が浮かんでいるだろう。 「どういうこと?てか、メールで言ってた明日の用事って?」 お邪魔しますと言って、中に入る。いつも「ここに荷物を置け」と言われるクローゼット近くの収納ケースに上着を畳み、荷物を置きながらマサに問う。 「ミカちゃんとのデート!そのことでリョウちゃんに協力して欲しいことがあるんよ!」 俺は黙ったまま、マサに耳を傾けた。 「服選びに協力してくれ!!」 「…はぁあああ?」 大学二年にもなって彼女がいなければ、そういう仲になりそうな女の子もいない。おまけに服に興味のない男で役に立てない協力要請。寧ろ俺なしの方がいいのではないかとおもう。 *** 「これってどうかな?」 こたつでぬくもりながらスマホで暇を潰す俺に聞くマサ。スマホを机に置いて目をやれば、巷で聞くモノトーンコーデを身に包んでいた。 「おぉ、めっちゃええやん。似合ってるで」 かっこええな。と言えば、嬉しそうに次は全身鏡とにらめっこして「これで行こかな」とつぶやく。 横を向いてる此奴は、恋愛経験以外は申し分ない男だった。顔も整っていれば、高身長。体型も標準。そんな男を女の子が放っておくわけがない。 白のセーター、黒のワイドスラックスとロングコート。 こんなシンプルな服でもかっこよさは増すのだから、怒りも湧くはずがない。寧ろ、俺の手を借りる必要は最初からなかったことに、より、自分が惨めであることに気づかされるだけだった。 「彼女さんに、明日どんな格好で行くんか聞いたら?それに合わせて服選ぶとかはせんの?」 と言えば、マサからは「え?」と間抜けた声が出る。彼は、頭を掻きながら 「デート前日にこんな準備してるの知られるの恥ずかしいんよな…俺だけはりきってるみたいでさぁ…」 「そんなことないやろ。考えすぎちゃう?」 笑いながら言っても、こいつはうじうじしている。 マサが懸命に服を選んでいる時、スマホでやり取りをしていた内容が頭にチラついた。 「はぁ…『フジカワくん、今時間ある?ちょっと聞きたいことがあって。明日、マサくんとデートなんやけどさ。マサくんの服の好みとか分かったりする?』 そこまでは俺はよく分からんけど、マサの服選びに今付き合わされてるよ。『そうなん?私、モノトーンコーデで行くつもりなんやけど…どうかな?』マサ、モノトーンコーデで行こかなって言うてるわ。『え、そうなん?!じゃあ、私もモノトーンコーデで行こうかな…フジカワくん、ありがとう!』」 マサの彼女とのやり取りを全部、読み上げた。できる限り、大きい声で。 「らしいっすよ。マサくん?」 少し悪い笑みを浮かべて言ってみれば、マサは顔を真っ赤にして「わかったから!!」と怒られた。 「じゃあ、もう帰るわ。明日楽しめよ」 「おう、気をつけて帰れよ」 結局俺は、そこまで役に立っていなかったが、デートが成功すれば万々歳かと思った。 外はまだ明るい。月が雲から覗いている。 「俺も彼女と出かけたいなぁ…」 マサを見ていると、そこまで気に止めていなかった彼女がいないという事実に、自分らしくなく胸を痛ませ、気にする。 寂しい言葉は、白い息とともに空中で消えた。

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聖なる夜に鍋をつつく 前夜

雨とバス停

今日は雨。私は偏頭痛持ちだから嫌い。 ジメジメするし、気分も乗らない。 車の速度によって沢山に踊る雨水が歩道まで、 伝ってくる。 良い所は簡単には挙げられない。 そんな中で雨宿りを兼ねたバス待ち。 ふと横を見ると、遠くに見えたシルエット。 「あ、」 誰かが言ってた、想い人はどんな時でも 見つけられる。なんて言葉は本当だった。 「お、綾じゃん。今日はバスなんだ」 私はいつも自転車で学校に行く私が きっと珍しく感じたのだろう。 「うん。」 私と彼の静寂に雨音が割って入る。 周りには見えるほど人がいるのに、 この静寂の空間になると二人しかいない。 そんな事を何処か心の中で思った。 「俺、偏頭痛持ちだからさ…あんま雨 好きじゃないんだよな」 と言ってバス停の先を眺む横顔はどんな展示品にも劣らない。 「高城君、偶然だね。私も偏頭痛持ち。」 私だけ親近感を抱く。彼は私に顔を向け、 「お揃いだね。」 なんて言った彼に、どうせなら晴れた日の 夜の中でのお揃いの指輪が良いな って思ってしまった。 「偏頭痛がお揃い?嫌だなぁ」 その横顔は何処を捉えているのか。 さっき彼は何を考えて言ったのか。 願わくば、私を…なんて思ったり 思わなかったり。 「でも嫌じゃないかもな。」 いつまでも掴めない彼を掴もうとする私は こんな胸の内が声に出てしまった。 お揃いにしてくれた雨に、彼には悪いけど 少し有難みを密かに感じ。

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雨とバス停

お隣さん

私が物心ついた時から住んでいるお隣さん。 農村部に住む感じではない二人。 まだあの時は未熟だったから、 「あの二人、兄妹なのかなぁ」と純粋な心で 窓越しで見ていた。 お父さんとお母さんは家から少し車を走らせて 仕事に向かうから、いつも私は家に一人。 そんな時、いつも遊び相手になってくれた。 「私たちも…」 と少し呟く時があった。どういう事か、 さっぱりだった。ただ、仲がいい訳では無い。 きっと何かがある。それは未熟な私でも思った。 月日が経てど、二人は変わらず実家のお隣さん。 だけど、未熟な私が見ていた二人は 今では血縁にある二人には見えなかった。 ただ、二人でいる事が血の繋がりではない。 今も二人はただ縁側の先の景色を眺めている。 それを私はあの時のように窓越しで見ていた。 お隣さんはもう見える所に居なくなってしまったが お隣さんが居ない縁側には変わらず 日の温もりがあって、 お隣さんが「私達も」と呟いていた物がある。

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お隣さん

苦い、甘い

「で、本命あげるの?」 「あげないって言ってるでしょ」 さっきからずっと友人はこんな調子。 長年、誰にも好きを伝えず世界の端、ほんと端の 端で身動きしない私を友人はむず痒く 感じているのか2月14日位はと何故か催促する。 「どうすんのよ」 「どうもしないよ。何であげなきゃなんないの」 ほんとにこればかりしか頭に浮かばない。 別に好きでも無けりゃ嫌いでも無い。 かと言って付き合ってる訳じゃない。 そんな奴にチョコを渡す法律は無い筈だ。 変に弄られても「返せ」ってなるだけだし。 「友チョコは?作んないの?」 「別に欲しいって言われてないから 用意して無い。」 強がってない。事実をただタラタラと溢れる。 「てか特に好きでも気になってもない女が 急に手作り渡すとかどうかしてるでしょ。」 手作りは、好き、気になってる人、に その気持ちを込めて作って渡すから こそに意味があると思う。 でも次の日にはほとぼりが冷めるのに渡しても 意味があるの?とは思うけど そこには目を瞑ろう。 「何話してんの」 例の「彼奴」がやって来た。 「さっきから私の目の前の女がおまっ…ウグッ」 勢いよく友人に口を抑えられた。 「なんでそういう事軽々しく言うわけ? 普通言わないの。」 そこまでして隠し通すものでもないでしょ? という意味を込めて見つめると、 睨み返された。「それでも軽く口にしないもんなの」 と言わんばかりに。 「なんもない。」 渋々だが目の前の友人の言う通り、 そう言っておいた。 言い方が悪かったのか目の前の友人はまだ 納得していない顔で見ていたが、気づいてない 人を装った。 「そう…」 目の前の男に至ってはいつもに比べて よそよそしいというかぎこちないというか。 別の人に人格を蝕まれた感じがして、 違和感があった。 「あ、ごめん。ちょっと手洗い行ってくる。」 と言って、席を外した。 別に戦意喪失した訳でも負けを確定した訳でもない ただ、あの男がいつもの感じじゃない事に 気持ち悪さを感じてしまった。 これ以上あの場にいると私まで別の人格に 蝕まれそうになるから。 たかが2月14日、されど2月14日な訳で嗚呼まで 影響されるこの世は無常なのだと感じた。 ポケットに忍んでたチョコの一つを 口にした。 「苦いけど甘いな…」 恋みたいだなって勝手に思った。 これを彼奴に共有してやっても友人の言う事聞いた訳だし、罰は当たんないかななんて 罰が当たりそうな考えを思いついた この日は何処もかしこも私と同類か 別の考えの人々でこの世は溢れ返ってそう。

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苦い、甘い

とりあえず

私は苦手が多かった。 今では(ちょくちょくだが)読書だって 元を辿れば苦手だった。 活字が苦手で、話が忘れないように継続的に 読む事が私には合わなくて、 そんな私だから、買った本は手付かずになり 美しいまま積みあがっていく事が多かった。 まず、継続させることが苦手だったのだろう。 新しく何かを始めても、日常に組み込んで 続ける事が出来ない。 そんな人だから、継続が命の読書とか なんならこの小説投稿とか他のしてる事 なんて以ての外。 でも本を少し好きになったのが創作を 好きになったのが、 高校の物理の授業で来てくれてる 先生と私の友人達だった。 その先生は読書家で、良く授業で 本を進めてくれる。 私は苦手だが全く読まない人でも無ければ 執筆も全然しない訳では無い。 だから −とりあえず− で、私の書いた駄文と先生お墨付きの本を読む そんな物々交換方式で創作をするという 時間を作った。 友人達には話が出来る度、 「こんな感じで出来た」 なんて子供が親に見せるあの時間のように 読んでもらう。 その時 読む存在が居るから書く存在のモチベーションが 高まり、書きたいってなるんだ。 私はそう思った。私は少し見方が変わった。 「絶対」って言葉じゃない、私には 「とりあえず」 そんな曖昧がきっと良いのかも。 ここからは、お節介かもしれないかもしれない。 一人で熱くなって、どうかしたか?って 思うかもしれない。 将来きっと使わない物があるかもしれない。 例えば、今部屋にある参考書とか 教科書、授業ノート、問題を解くノートだって。 でも、受験にはそれは必須なんだって なりたい自分に近付くための手段だって 考えると 「とりあえず」やっておこうかな…… って思わないかな? したくないならしない時間を作るのが良い。 「とりあえず」の気分で少しだけでも 向き合おうって思ったらしてみて。 私も、そんな気分屋で一緒に頑張る。 いつの間にか生きづらくなった世の中を どうやって過ごすかは皆んなの分だけあると 私は思う。 だから、とりあえず一緒に頑張ろう。

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とりあえず