Sindy*華水樹*
9 件の小説雨とバス停
今日は雨。私は偏頭痛持ちだから嫌い。 ジメジメするし、気分も乗らない。 車の速度によって沢山に踊る雨水が歩道まで、 伝ってくる。 良い所は簡単には挙げられない。 そんな中で雨宿りを兼ねたバス待ち。 ふと横を見ると、遠くに見えたシルエット。 「あ、」 誰かが言ってた、想い人はどんな時でも 見つけられる。なんて言葉は本当だった。 「お、綾じゃん。今日はバスなんだ」 私はいつも自転車で学校に行く私が きっと珍しく感じたのだろう。 「うん。」 私と彼の静寂に雨音が割って入る。 周りには見えるほど人がいるのに、 この静寂の空間になると二人しかいない。 そんな事を何処か心の中で思った。 「俺、偏頭痛持ちだからさ…あんま雨 好きじゃないんだよな」 と言ってバス停の先を眺む横顔はどんな展示品にも劣らない。 「高城君、偶然だね。私も偏頭痛持ち。」 私だけ親近感を抱く。彼は私に顔を向け、 「お揃いだね。」 なんて言った彼に、どうせなら晴れた日の 夜の中でのお揃いの指輪が良いな って思ってしまった。 「偏頭痛がお揃い?嫌だなぁ」 その横顔は何処を捉えているのか。 さっき彼は何を考えて言ったのか。 願わくば、私を…なんて思ったり 思わなかったり。 「でも嫌じゃないかもな。」 いつまでも掴めない彼を掴もうとする私は こんな胸の内が声に出てしまった。 お揃いにしてくれた雨に、彼には悪いけど 少し有難みを密かに感じ。
お隣さん
私が物心ついた時から住んでいるお隣さん。 農村部に住む感じではない二人。 まだあの時は未熟だったから、 「あの二人、兄妹なのかなぁ」と純粋な心で 窓越しで見ていた。 お父さんとお母さんは家から少し車を走らせて 仕事に向かうから、いつも私は家に一人。 そんな時、いつも遊び相手になってくれた。 「私たちも…」 と少し呟く時があった。どういう事か、 さっぱりだった。ただ、仲がいい訳では無い。 きっと何かがある。それは未熟な私でも思った。 月日が経てど、二人は変わらず実家のお隣さん。 だけど、未熟な私が見ていた二人は 今では血縁にある二人には見えなかった。 ただ、二人でいる事が血の繋がりではない。 今も二人はただ縁側の先の景色を眺めている。 それを私はあの時のように窓越しで見ていた。 お隣さんはもう見える所に居なくなってしまったが お隣さんが居ない縁側には変わらず 日の温もりがあって、 お隣さんが「私達も」と呟いていた物がある。
苦い、甘い
「で、本命あげるの?」 「あげないって言ってるでしょ」 さっきからずっと友人はこんな調子。 長年、誰にも好きを伝えず世界の端、ほんと端の 端で身動きしない私を友人はむず痒く 感じているのか2月14日位はと何故か催促する。 「どうすんのよ」 「どうもしないよ。何であげなきゃなんないの」 ほんとにこればかりしか頭に浮かばない。 別に好きでも無けりゃ嫌いでも無い。 かと言って付き合ってる訳じゃない。 そんな奴にチョコを渡す法律は無い筈だ。 変に弄られても「返せ」ってなるだけだし。 「友チョコは?作んないの?」 「別に欲しいって言われてないから 用意して無い。」 強がってない。事実をただタラタラと溢れる。 「てか特に好きでも気になってもない女が 急に手作り渡すとかどうかしてるでしょ。」 手作りは、好き、気になってる人、に その気持ちを込めて作って渡すから こそに意味があると思う。 でも次の日にはほとぼりが冷めるのに渡しても 意味があるの?とは思うけど そこには目を瞑ろう。 「何話してんの」 例の「彼奴」がやって来た。 「さっきから私の目の前の女がおまっ…ウグッ」 勢いよく友人に口を抑えられた。 「なんでそういう事軽々しく言うわけ? 普通言わないの。」 そこまでして隠し通すものでもないでしょ? という意味を込めて見つめると、 睨み返された。「それでも軽く口にしないもんなの」 と言わんばかりに。 「なんもない。」 渋々だが目の前の友人の言う通り、 そう言っておいた。 言い方が悪かったのか目の前の友人はまだ 納得していない顔で見ていたが、気づいてない 人を装った。 「そう…」 目の前の男に至ってはいつもに比べて よそよそしいというかぎこちないというか。 別の人に人格を蝕まれた感じがして、 違和感があった。 「あ、ごめん。ちょっと手洗い行ってくる。」 と言って、席を外した。 別に戦意喪失した訳でも負けを確定した訳でもない ただ、あの男がいつもの感じじゃない事に 気持ち悪さを感じてしまった。 これ以上あの場にいると私まで別の人格に 蝕まれそうになるから。 たかが2月14日、されど2月14日な訳で嗚呼まで 影響されるこの世は無常なのだと感じた。 ポケットに忍んでたチョコの一つを 口にした。 「苦いけど甘いな…」 恋みたいだなって勝手に思った。 これを彼奴に共有してやっても友人の言う事聞いた訳だし、罰は当たんないかななんて 罰が当たりそうな考えを思いついた この日は何処もかしこも私と同類か 別の考えの人々でこの世は溢れ返ってそう。
とりあえず
私は苦手が多かった。 今では(ちょくちょくだが)読書だって 元を辿れば苦手だった。 活字が苦手で、話が忘れないように継続的に 読む事が私には合わなくて、 そんな私だから、買った本は手付かずになり 美しいまま積みあがっていく事が多かった。 まず、継続させることが苦手だったのだろう。 新しく何かを始めても、日常に組み込んで 続ける事が出来ない。 そんな人だから、継続が命の読書とか なんならこの小説投稿とか他のしてる事 なんて以ての外。 でも本を少し好きになったのが創作を 好きになったのが、 高校の物理の授業で来てくれてる 先生と私の友人達だった。 その先生は読書家で、良く授業で 本を進めてくれる。 私は苦手だが全く読まない人でも無ければ 執筆も全然しない訳では無い。 だから −とりあえず− で、私の書いた駄文と先生お墨付きの本を読む そんな物々交換方式で創作をするという 時間を作った。 友人達には話が出来る度、 「こんな感じで出来た」 なんて子供が親に見せるあの時間のように 読んでもらう。 その時 読む存在が居るから書く存在のモチベーションが 高まり、書きたいってなるんだ。 私はそう思った。私は少し見方が変わった。 「絶対」って言葉じゃない、私には 「とりあえず」 そんな曖昧がきっと良いのかも。 ここからは、お節介かもしれないかもしれない。 一人で熱くなって、どうかしたか?って 思うかもしれない。 将来きっと使わない物があるかもしれない。 例えば、今部屋にある参考書とか 教科書、授業ノート、問題を解くノートだって。 でも、受験にはそれは必須なんだって なりたい自分に近付くための手段だって 考えると 「とりあえず」やっておこうかな…… って思わないかな? したくないならしない時間を作るのが良い。 「とりあえず」の気分で少しだけでも 向き合おうって思ったらしてみて。 私も、そんな気分屋で一緒に頑張る。 いつの間にか生きづらくなった世の中を どうやって過ごすかは皆んなの分だけあると 私は思う。 だから、とりあえず一緒に頑張ろう。
月の果て
色々と疲れてしまった。 自分を嫌いになってしまった。 −自分を愛しましょう− 出来なかった。自分を甘んじる素になるから。 自身を愛せなかったら、信じれなかったら 周りも愛せないのか。 寝れなくなった。寝てしまうと また憂鬱を体験するから。 太陽が妬ましい。これ以上輝かないで。 明るくしないで。 屋根の上で月を見た。 天の使いがやってきそうなほど妖しく光る 月が綺麗だ。 ほんとに天の使いがやってきて月の果てまで 連れて行ってくれたら良いのに。 そしたら、もうこんな鉛筆の黒鉛で塗りつぶした 真っ黒な気持ちを感じないで済むのに。 どうして、生かしておくのか。 私の遠回しの言葉も私の生きる術も価値も 答えてはくれず、ただ光る月に 自然と下に俯かせた。
幻想と思い出は海
「…」 あの人はもう居ない。 ソファに座って、本を読んでいる姿も 私の視線に気づくと私を見る姿も ベランダでたばこを吹かす後ろ姿も そこに温もりを求めると、片手でわたしの手を ぎゅっと握って腰に回す行為も 灰皿に煙草を押し付けて煙草の味がする 口付けも 私が辛い時に目から溢れる雫を拭って、 「俺がお前の分まで、全て受け止めるから」 って、カーテン越しに月が見守る部屋で 温もりを与える優しさも 私を心配してくれる優しさも 何もかも居ない。 彼は一室に、寝具にシワと微かな温もりだけを 残した。 でも顔だけが、顔だけがマーカーで 塗りつぶされたように思い出せない。 私を見た時彼は微笑んでいた? 雫を拭った時、彼はどんな顔をしてた? 何もかも思い出せない。 彼に会いに海に行こう。 また二人で沈んで行こう。 いつも海は綺麗だ。
Sugar Melt
「ねぇ、お兄さん。私との約束忘れてないよね」 フェリーで二人きりの個室。 窓から差し込む月明かりと派手な花。 そんな背景の横で 俺を上目遣いで見る女。 少し瞳を捉えた後 「仕事中に私情を挟むのは辞めてくれ。」 そう言うしか、今は出来ない。 「如何して?お兄さん約束忘れたの?」 「あぁ、忘れたよ。そんな昔に結んだ物、 何時迄も覚えてる事が珍しい。」 淡々と珈琲の様に苦く、彼女には嫌な言葉を注ぐ。 「じゃあ、思い出させてあげる。」 −お兄さん− 其奴は俺の付けていたマスクに手を掛け、 唇を奪った。 「約束。もう時効が来たの。」 俺の注いだ珈琲を砂糖が溶かす この空間は、もう甘い。 「お兄さん、仕事中なの嘘でしょ。 私に嘘付けるとでも思った?」 さっきより色っぽい声色で悪戯な笑み。 「騙されると思っていたよ。」 なんて言うと、次は少し声を出して昔と 変わらずな笑みが浮かぶ 「もう良いでしょ?お兄さん。」 この空間が甘過ぎるのは 全て目の前にいる俺よりも若い、生意気で意地悪な 少し可愛げがある女のせい。 「降参するよ。」 今夜飲む珈琲は砂糖を入れようか。 嗚呼、今日は珍しく、特別で、変な日だ。
梔子と虜−後編−
私の心を奪った狡い怪盗 「…」(早く来てしまった) 何が起こるか全く検討もつかないのに 彼に所望されただけで早く来た。 風が吹くと香る微かな夏の匂い。 敷地外にある梔子の匂いはいつも夏に感じる。 きっとそう。でもその匂いが近づく。 「遥子ちゃん、待った?」 「杏堂くん…全然待ってないよ。」 梔子の正体は杏堂くん。二人だけになると 鮮明に分かる。 「……」 好きな香りが分かった刹那、顔に熱が集中する。 「遥子ちゃんはさ」 「うん…」 「何で俺の事が好きなの?」 「え、え?」 単刀直入に聞かれ、返し方に迷った。 でも、 「好きって感情だけじゃ、」 「理由だけじゃ駄目ですか?」 手をグッと握りしめてそう言った。 彼は消えそうな笑みを浮かべて、私の手を 解く様に、そっと手に取り包み込む。 −ガシャン− 金網フェンスに背中が当たる音が耳に響く。 背中には感触が伝わる。 「面白いね。遥子ちゃんって」 風鈴の様な、鈴の様な音がした。 頬に柔らかい感触。 「!?」 「御預けね。」 杏堂くんは悪戯な笑みを浮かべて、 私の唇に人差し指で触れた。 赤面で放心状態の私を置いて去った。 その姿は、後ろ姿は私の心だけ奪った 狡い怪盗。 頬に感触が感じたあの時ネックレスがゆらゆら 揺れるのも。風鈴の様な、鈴の様なあの音も 彼の虜になった合図。そう感じた。
梔子と虜 −前編−
私を期待させる罪な色男子 頭の中では忘れたいと思っている。 「あははは笑、そうだよなぁ~」 それでも声が聞こえる度に目は彼を 追いかけている。 「?」 「……」(やば…気づかれた) 彼が私を見る度に、いつの間にか 目で追いかけてるのに気づいて、 我に返って違う所を見る。 そんな事がもうずっと続いている。 −休み時間− 「遥子、杏堂は辞めときな。杏堂の恋愛関係で いい噂なんて聞かないよ」 友人、瑛梨からの忠告も 「分かってる。」(そんなの言わなくても……) 耳にタコが出来る程聞いて、今では悪態を ついた事は言わず、これだけ言って 軽く流している。 その度に瑛梨は溜息を一つ吐く。 一旦、その場から離れたくて教室を出る。 いつも憂鬱が駆け巡る。 「あ、遥子ちゃん」 「杏堂くん…」 でも彼を見ると、さっきまでの憂鬱は 一気に彼への想いに転換された。 「そのネックレス可愛いね」 分かってる。上辺だけの台詞なのは。 知ってる。誰にでもそんな甘い台詞を 零しているのは。 「遥子ちゃんにとても似合ってる」 でもそんな笑みを浮かべて言われると 「あ、ありがとう…」 期待してしまう。 駆け巡っていた彼への想い。それは 少しずつ膨れ上がり、やがて態度や声に 溢れ出しそうになった。 「遥子、授業始まるよ。行こ。」 「う、うん…じゃあ。」 瑛梨の声で我に返り、必死に耐えた。 「昼休み時間ある?あったら 屋上に来て。」 去り際に、耳元で、杏堂くんがそう言った。 忘れようと、頭から離れようとしたのに 逆に頭から離れも忘れもしなくなった。