かざぐるま

5 件の小説
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かざぐるま

手紙

ここは留置場という場所。 俺の名前は、12番。 自分の本名を名乗るのは、取り調べのときと 手紙を書くときだけだ。 刑務所でも拘置所でも留置場でも。 もちろん、手紙は送ることができる。 ただし、いくつかの制限がある。 まず、手紙を送る相手はひとりの個人でなければならない。 例えば、両親宛はだめ。父か母への手紙でなければならない。 そして、差出人の住所は留置場。本名で送らなければならない。 当然のことだが、事件のことについて触れてはならない。 暗号文禁止など、他にも決まりがあるのだ。 書いた手紙は留置場の担当者によって検閲され、丸1日以上の 時間がかかることとなる。 検閲に引っかかる場合も、黒ペンで消されるなどではなく、 その手紙はボツとされ、書き直しとなる。 手紙一通を作成するのに、物理的に数日かかってしまう。 自由ではないとは、こういうことだ。 身体拘束されている状態。全てにおいて精神的ダメージは大きい。 当たり前のことだが、宛先の住所を調べるツールはない。 手元にあるのは、辞書と便箋とボールペン。 武器にならない、驚くほど先の丸い見たこともないボールペン。 覚えている住所なんて、自宅ぐらいだ。 職場の住所は覚えていなかったが、〇〇市〇〇町だけでも 届くだろうと確信があった。 だから俺は、自宅の母と職場の長に手紙を書いた。 実は、もう1ヶ所だけ住所を覚えている場所があった。 何度も、何度も手紙を書こうと考えた。 しかし、そこには手紙を送れない事情があった。 「 差出人 〇〇警察署 留置場内 (本名) 」 こんな手紙、到底送ることはできない。 もしも、手紙を書くとして。 俺は、いったい何を書けばいい。 返事の手紙をくれたとき、俺が別の場所に移送されていれば また留置場からの返送となってしまう。 どこで誰に見られるかわからない。 考え出したら、リスクしかない。 迷惑をかけてしまう。 由子。お前に迷惑はかけられない。 つづく

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手紙

第4話 マイルドカフェオーレ

数日、なにもせずに過ごした。 そんなある日のこと。 週に一度、買い物をできると知った。 無愛想な若手警察官が教えてくれたのだ。 買い物は、外との関わりの無いこの世界では、 唯一の楽しみかもしれない。週に一度てあったとしても。 パン、お菓子、ジュース 各項目から、ひとつずつ。 最大3つまで買うことができる。 選べるものは、それぞれ5種類ほど。 メニューはいつも変わらない。 俺は、毎回おなじものを選んだ。 ・あんぱん ・チップスター ・マイルドカフェオーレ 毎週、この3つを注文するのが楽しみだ。 マイルドカフェオーレは、紙パックの500ミリリットルではなく 円錐形の小さいほうだ。 紙パックの「グリコマイルドカフェオーレ」を 競って買って写真を送る。 そんな毎日を過ごした思い出がある。 また、由子か・・・。 つづく

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第4話 マイルドカフェオーレ

第3話 陸王

ここでの生活のなか、 楽しみがあるのするのならば 本を読むことぐらいだ。 約三十種類の貸出リストの中から、 選んで読むことができる。 リストには、色々なジャンルの小説があり 俺は、聞いたことのある名前の本を選んだ。 「陸王」 ドラマだったか、役所広司が浮かんだ。 今まで、読書とは無縁だった俺が 暇つぶしで本を読み始めた。 その「陸王」のなかの主人公が働く町工場が、 埼玉県行田市なのだ。 行田・・・ 行田は、由子のいる近くの場所だ。 小賢しい女は、こんな遠くに居ても 俺の脳裏に、ピョコンと登場してくる。 思い出す度に腹がたつ。 それは、由子に腹がたつのではなく、 悔しくて、自分に腹たつのだ。 ゆうこ・・・ 平地の登山家は近くにいるの? つづく

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第3話 陸王

第2話 時間

留置場での生活は、時間との闘い。 外での生活とは、時間との闘いも違う。 闘う相手が違う。 学業、仕事、スポーツなど。 時間に追われるものではない。 箱の中に閉じ込められ、何もすることができないのだ。 反省をする時間なのか・・・ 後悔する時間なのか・・・ これから、どうすべきか考える時間なのか・・・ 己の考え方次第だろう。 俺は、半日でこの生活に飽きた。 就寝は九時。起床は七時。 こんな生活はしたこともない。 色々なことを考えるうちに、 心は荒み、病んでいく。 由子の声がききたい。 つづく

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第2話 時間

第1話 あの日の罪

俺は過ちを犯した。 ひとりで死ぬ勇気は無かった。 それが原因で犯罪者となった。 12番 それが、俺の呼称。 個人情報保護のためだろう。 映画やドラマのように、本名で呼ばれることは無い。 12番 それが、俺の名前。 ここは、留置場。 警察署の中の、ひと区画。 室温は、24時間24度。 真夏でも真冬でも同じ室温。 それが法律で決められている。 夏でも、トレーナーを着てちょうどいい。 柔道畳が6枚程度の広さに、和式便器があるだけ。 不自由があるとすれば、時間を持て余してしまうことぐらいだ。 故に、どうでも良いことまで考えてしまう。 ここに居るのが、一番死にたくなるのかもしれない。 由子・・・ 何故、お前は人妻なのだ。 つづく

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第1話 あの日の罪