おにぎり

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おにぎり

やっとこの時が来た。 大好きな人についに会える。 話すことも触れることも叶わないけれど、それでも十分幸せで。 もう、歩かなくてもいい。 風のように、すぐ側まで行けるのだから。 あ! いた。公園をゆっくり散歩してる。 私の大好きな人、お母さん。 よく、一緒にこの公園行ったな。 昔、まだ私が元気だった頃、砂場でお城を作ったりして。 視界が滲んで、 ちょっとだけ老けたお母さんの輪郭が揺れた。 これは嬉しいことなんだよね。 だけど。 だけど、それだけじゃなくて。 「お母さん、笑ってる」 隣には、小さな子ども。 もう動いてないはずの心臓が冷たく震える。 なんでよ。なんでこんなに苦しいの。 いいじゃん、笑ってるならそれで。 前を向いてくれたってことだもん。 「良かった」 そう、良かったんだよこれで。 お母さんにだって人生があるんだから。 「だけど」 ちょっぴり寂しい。 お母さんの隣には、私がいたかったよ。 「ちょっと遊んでおいで」 お母さんに言われて、滑り台の方に走っていく子ども。 一人っきりになったお母さんはゆっくりとあの砂場へ向かう。 柵の前で立ち尽くすお母さんは記憶よりもずっと細くて。 そしてその骨張った背中を少しだけ震わせて。 ああ、お母さん。 お母さんはやっぱり、お母さんのままだったんだね。 「良かった」 良くないけど。 多分、喜んじゃいけないんだろうけど。 でも、私嬉しいんだ。 「ままー」 痛いよー、と泣きわめく子どものもとにお母さんが駆け寄る。 ああ、行かないで。 お母さんのままでいてよ。 「大丈夫よ、ほら。」 もう痛くないでしょ、と笑うお母さん。 その笑い方を、私は知ってる。 ああ。 ままもお母さんも、全部お母さんなんだよね。 笑顔のお母さんも、細くなったお母さんも。 全部がお母さんで。 ねえ、お母さん大好きだよ。 大好きだから、ずっと忘れないでほしいの。 でもね。 風に舞った砂で、私の世界は少しだけぼやけて。 「大好きだから、笑っててほしい」 爽やかな風が濡れた頬を撫でる。 私の大好きな匂い。 お母さんみたいに、温かくて優しくて。 鳥の声がして、思わず空を見上げる。 みずみずしい木々の隙間から白い光が降り注いでいた。 もう、春なんだ。

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あんた

「最善を尽くしましたが、残念ながら」 もう何も聞こえない。 目の前は真っ暗で。 息ができない。 親友が、目の前で死んだ。 トラックに轢かれて、呆気なく。 「私、医者になるんだ」 キラキラした目でそう言うあんたが私は大好きだった。 昔から頭が良くて、要領良くて、 完璧だったあんたは私の自慢で。 唯一の親友だった。 なんで。 なんであんたなの? これから医者になって、 たくさんの命を救うんでしょ。 あんたが死んでどうすんの。 ねえ、答えてよ。 ねえ、目を開けてよ。 ねえ、死なないでよ。 「息子を」 震える声で涙を零す女性。 横には小さな男の子。 不安そうにお母さんの顔を見上げている。   「助けてくれて…」 そのつぶらな瞳が、今はとても憎くて。苦しくて。 君を助けたせいであの子は。 今日、桜を見に行ったんだよね。 一浪して医学部に合格したあんたと。 桜の下でたくさんたくさん話した。 大学が楽しみだって。 勉強大変だけど頑張るって。 やっと夢に近づけたんだって。 そう言って笑うあんたを見て、 私もすっごく嬉しくて。 嬉しかったのに。 それがあんたとの最後の時間だったなんて 思わないじゃん。 ねえ、あんたの人生これからだったんだよ。 「お姉ちゃんが…」 気づくと、男の子が泣いている。 つぶらな瞳から流れる大粒の涙はびっくりするほど綺麗で。 「言ってくれたの…」 無事で良かった。 ちゃんと、生きるんだよって。 「お姉ちゃん、いっぱい怪我してて」 ああ、そうだ。 あんたは、そういう子だった。 自分よりも相手を優先して助けるような子。 そんなあんたが誇らしくて、 愛おしくて、私は大好きなんだ。 あんた、すごいよ。 一人のかけがえのない命を救ったんだよ。 たった十九歳で。 ほんと、医者の鑑だよ。 「お姉ちゃん、大丈夫かな」 男の子が、不安そうに私を見つめてくる。 思わず抱きしめる。 すごく温かくて優しい香りがした。 ああ、でもやっぱり。 「大丈夫。あの子は大丈夫だから」 やっぱり、あんたには生きててほしかったよ。

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