ぬうと
30 件の小説【第28話】『 ぼくらしく 』
30.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第28話〉『 ぼくらしく 』 真白が僕の元までやってきた。 風はゆらゆら、花はひらひら、空はキラキラ。僕らがこの世界で再会した事も意味があるのかも知れない。 もしかしたら君に導かれたのかな?真白。 考え事ばかりしてしまう僕の事を、ここまで連れ出してくれたのは君だった。 「ねぇ、真白。ありがとう。ここに連れてきてくれて。」 僕はかつての友人達に囲まれながら真白にそう言った。すると彼も僕を見つめながら優しく答えた。 「こちらこそ。」 彼からは優しい音がする。 声も、仕草も、表情も。全てが心地よい。まるで僕の心を包み込む周波数を知っているみたいだ。 「僕、君が居なければずっとあの暗い部屋の中に閉じこもっていたかも知れない。君が連れ出してくれたんだよ。君が僕を救ってくれたんだ。」 僕は空を見上げ、着ている服や髪が風に揺らされる。 どうしてだろう?今日までずっと陰鬱な感情ばかり頭に浮かんでいたのに、まるで霧が晴れたみたいだ。 それは、安心感や安堵感とは少し違う気がする。まさに“平安”という言葉が適切だろう。 頭の中で全てが繋がった気がした。 知束は涙を拭き、その場でゆっくりと立ち上がった。 「‥‥‥ねぇ、真白。どうやったら君のような人になれるの?」 僕は真白に問いかける。 「知束?」 真白が僕の問いに不思議そうな顔をしていると、僕は少しだけ強張った肩を下ろして首を上に向けた。 「僕さ、夢が出来たんだ。それもとっても大きな夢。なんと言っても僕がヒーローになる夢なんだ。カッコいいでしょ?なんてね、僕はヒーローなんかじゃない。ただ後悔したくないだけさ。僕と同じように悲しくて報われない人の心を助けたい。君のように。」 真白は表情を変えた。目の奥が開いて行くような感覚だ。 僕はふと後ろを振り返り、真白の驚いたような顔を見てニッコリ微笑んだ。 「世界を救ってやるんだ!!どんなに辛いことがあっても、諦めない限り希望はある。どんな世界だって。君と一緒なら僕はヒーローにだってなれるかも知れない。」 すると天使がラッパを吹き始める。 まるで僕の心境を賛美しているかのように鐘の音が鳴り始めた。空はより一層輝きを増して世界を照らす。 「何万年もの時代の中で、世界が滅びるのなんてあっという間だった。何億人もの人がたった一晩で消滅してしまったんだ。皆んな幸せになる為に生まれてきたのに、無情にも奪われたんだ。そんなのおかしいよ。なら今度は僕らでそれを阻止しよう。一緒に救おうよ、世界!!」 義也、孝徳、マヤ、椎菜も僕と同じようにゆっくりと立ち上がった。そして僕らは一列に並んで真白を見ている。 今の僕には全てが伝わってくるんだ。 義也も、孝徳も、マヤちゃんも、椎菜も、皆んな本当は同じなんだって。 僕に託したんだって‥‥‥。 「もう時間が無いんだろう?本当は僕が眠っていた間に“あの災害”によって世界は少しずつ失われている。」 真白は何も答えなかった。 「“時の崩壊”から皆んなを救えるかなんて分からない。僕は役立たずかも知れない。それでも僕は約束したんだ。」 僕は薄桃色に光沢する目を真白に向けた。髪は白く長く伸びていて、不健康なくらいに白い肌はボロボロの服の間からも見る事が出来た。 そんな僕が一歩を踏み出すと、爽やかだった風が少しだけ大きく吹き始める。どこからかヴァイオリンのような音も聞こえる。 ゆっくりと真白の元まで近づき、僕は細くなった腕を差し出して彼に言った。 「一緒に行こう。あの日へ」 そう言って手を伸ばす僕を見て、真白はクスッと笑ってこう言った。 「全く。キミは本当に不思議な子だよ。」 深紅の目を輝かせながら彼は僕の手を取った。そして彼はどこまでも真っ直ぐな目で僕らを見ている。 「共に生こうか、世界へ。」 真白は僕の手を取った。 そして彼は憂いの表情で僕を眺めている。 なんとも美しい宝石のような目で僕の目を見つめていた。 「そ、そんなに見つめられたら‥‥‥。」 僕はふいに目を逸らしてしまった。 すると意地悪そうな顔をして真白が僕の顔を覗き込む。 「キミのそーゆー照れ屋な所も、僕は魅力だと思うんだ。」 揶揄い混じりの口調でそう言う。 僕は何も言えないまま、真白から目を逸らしていた。 「忘れずに。キミが友人と会えるのは今日が最後になる。今一度心に問え。世界の英雄になんてならずしても、カレらの友人では居られる。世界はもちろんキミを必要とするだろう。しかし、この決断に後悔は無いのかい?本当にキミは過去を認められるのかい?」 真白は顔色を変えて言った。 僕は再び真白の目を見て答えた。 「僕はね、英雄にならないといけないんだ。友達と友達である為に。それが僕の約束。そう、約束。」 そうだ、僕は約束したんだ。 『 最後に約束、どうか精一杯生きてください。そして、ちゃんと誰かを好きになって。泣きたい時は我慢しないで。私達みたいな人を助けてあげて。そして今度こそちゃんと幸せになってね。ありがとう。 』 どれだけ現実が厳しくても、どれだけ世界が滅びても、僕は約束を果たす為に前に進むだけだ。 心が折れ曲がりそうな絶望に襲われても、心臓が引き裂かれそうな音を立たとしても、僕は僕らしく前に進む。 そうだ、君と同じさ真白。 僕はどこまでも進まなくちゃいけない。 どこまでも、真っ直ぐに。
【第27話】『 ずっと心の中で 』
29.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第27話〉『 ずっと心の中で 』 ある日、下校前の教室で僕らはいつも通り駄弁っていた。 「なぁ、皆んな。聞いてくれよ。」 突然、義也は僕らに言った。 「俺はお爺ちゃんになってもお前らと一緒に居たいし、ずっと連んでいたい。ぶっちゃけ喧嘩してもお前らとの縁だけは無くしたくないんだ。」 いきなりそんな事を言うもんだから、僕らは皆んな動揺していた。 「‥‥‥ッ?!ばっ、馬鹿じゃねぇの?!急になんだよ怖いんですけど?!!!」 慌てた様子の孝徳。まるで照れ隠しをしているようにそっぽ向いている。 同じく皆んな照れた様子で誤魔化していた。 「要するにウチら最高って事?(笑)」 マヤちゃんがそう言って場を和ませた。 「俺は真剣なんだっつーの。なんか急にお前らが遠い所に行っちまうんじゃねーかなって思って。」 義也は僕らと目を合わせずにそう言った。 よく見ると彼の顔も少し赤くなっているようだった。 「はぁ?!お前さっきからハズカシィー事何回言ったら気が済むんだこのやろー!」 「うるせぇな。別にいいだろ!」 「良くない!お前のその顔見せてみろよばーか!」 「‥‥や、やめろ。こら頭から手を離せ!!」 孝徳と義也がいつものように戯れ合っている。 マヤちゃんは笑いながら彼らの事を見ていた。椎菜もオドオドしながら彼らの仲裁に入っている。 僕は今日も茜色の空を見上げていた。 風はザワザワ、星はキラキラ、街はガヤガヤ。まるで僕の世界は小説の1ページのような背景だ。 教室から見える景色も、通学路から見える景色も、僕の心を穏やかにしてくれる優しい世界。 「ねぇ、知束くん。どうかしたの?」 教室の窓から遠くの方を眺める僕に椎菜が問いかけた。 「んーん。なんでもない。ただこの世界が凄く綺麗だと思っただけだよ。」 「せかい?」 「そう。真っ白な心の中に天使のような人がカラフルな絵の具で落書きしたみたいな。そんな世界だよ。」 僕の言葉に椎菜は少し動揺した。そして数秒間考えて僕に言った。 「分かった。今度知束くんが喜びそうな絵を描いてあげるね。絶対に見せてあげる!」 「そっか。ありがとう。」 「 約束だよっ———! 」 そう言って彼女は走って行った。義也達も椎菜が教室から出るのを横目で見ていた。 今思えば、あの日から僕らの運命は変わってしまったのかも知れない。 それでも僕らは再会を果たした。風がたなびく青空の下で、また皆んなと出会えたんだ。 ずっと閉ざされていた心が、皆んなの顔を見た瞬間弾け飛んでしまったんだ。 なんとも清々しい気分だ。 僕らは少し他愛もない会話を交える。 皆んなは僕に何回も「大丈夫だから」と強く言い聞かせた。 その言葉にどれだけ救われたのだろう。僕はまたしても彼らに救われてしまった。 「ごめんね。皆んな本当にごめん。」 僕らはそう言って肩を抱きしめ合っていた。 皆んな僕のことを心配してくれていたみたいだった。僕の事を一人残してしまった事を何度も謝っていた。 『 泣かないで、知束くん。私達はあの日の事を後悔してないよ。 』 椎菜の声が聞こえた気がした。僕はパッと椎菜の顔を見上げる。するとそこにはニコッと笑う彼女の顔があった。 君の笑顔が、皆んなの優しさが、僕の心を溶かしていく。 『 ねぇ覚えてる?私達、約束したよね、』 すると突然、椎菜はある一枚の絵を手渡した。少し照れた様子で、自信満々に手渡すその絵はまさにあの日見た絵画だった。 「‥‥‥これはっ!!」 そこには、いつかの教室が描かれていた。 今となっては珍しい木造建ての校舎の2階。いつも溜まり場にしていた2-Aの教室。 その絵の中で、僕や孝徳、義也にマヤちゃん、そして椎菜がそれぞれの好きな事をしている。 茜色の空をバックに、教室の手前の席でお菓子を広げた僕達が、そこに存在していた。 黒板の落書きまで忠実に再現されたその絵には、僕らの日常が描き出されていた。もう戻ることの無いあの日常が、僕の目に飛び込んだ。 「‥‥ァ‥‥」 また、思わず涙が溢れた。 彼らはなんて微笑ましく笑うのだろう。 僕の目から、またポロポロと涙が花を咲かせた。 それを察して孝徳がゆっくり肩を肩を掴む。気がつけば僕らはまた肩を合わせながら泣いていた。 戻ることの無いあの日の光景。 全て失ってしまった。それでも、またこうして一緒に過ごせる事にとても安心していた。 何度も何度もあの日々に戻れたらって願った。存在するかも分からない神様に祈ったりもした。 叶うはずの無かった僕の夢。 その絵には椎菜のサインが書かれている。写真に撮るまでも無く、僕の脳裏に焼き付いた。 サインの下に椎菜が決めたであろう作品のタイトルが記載されていた。 ずっと心の中で——。
【第26話】『 再会 』
28.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第26話〉『 再会 』 「しい‥‥‥‥な。」 そこに居たのは、紛れもなく椎菜達だった。 天世界に溢れる美しい光の中から、あの日消えてしまった友人達が姿を現した。 「‥‥‥‥え?」 風の音がフーフーと聞こえた。 あたかも最初からそこに居たかのように4人は立っていた。 「どうして‥‥‥皆んながここに‥‥‥?!」 天から伸びた光が彼らを照らした。その様子はまるで天使のようだった。 僕は驚きより動揺を隠せずに居た。 そんな僕のことを横目で見ていた真白が、僕の肩に手を置き、説明を始める。 「カレらはずっと待っていたのさ。キミの事を。何日でも、何十日でも、キミが目覚めるのを信じていた。例えそれが何光年かかろうと、カレらは待ち続けていただろうね。」 まるで時が止まっているかのようだ。 そこに居たのは紛れもなく僕の大事な友達だった。 「‥‥‥‥‥みん‥‥な。」 僕の足は、少しずつ、彼らの元へと動いていく。徐々にそのスピードは勢いを増した。 裸足で草の生えた地面を踏みつける。ゆっくりと僕は彼らに向かって手を伸ばした。 「‥‥‥‥‥みんな‼︎」 気がつくと僕は走っていた。少しでも早く皆んなの元へ行きたいんだ。 いいや違う。僕は一言謝りたかったんだ。 皆んなにもう一度会う事が出来るならって何度も考えていた事じゃないか。 ずっと言えなかった事を、今度こそちゃんと言うって。 「ふぇっ?!うわっ!!!!」 僕は勢い余って丘の上から転げ落ちた。 体も栄養出張気味だったのに加えて、久しぶりに外で走ったから体が驚いてしまったのだろう。 「‥‥イテテテ」 僕はそのまま丘の麓に座り込んでいた。 どうやら傷はないみたいだ。この世界の草花がクッションになって僕を助けてくれたんだろう。 そして、ふと前を向き直すと、そこには心配そうに見つめる友人達の姿があった。 『相変わらずだな』って言いたげな義也に、大爆笑を必死で抑えようとしてる孝徳。 青ざめた様子で心配してくれる椎菜に、そっと手を伸ばしてくれるマヤちゃん。 「‥‥‥しいな? よしや? たかのり? まやちゃん?」 僕はそれぞれの顔を見ながら名前を1人ずつ呼んだ。 すると皆んなは昔と変わらない顔してニコッと笑った。そして皆んなは僕の肩から伸びた手を取り、また優しく微笑んだ。 「‥‥本当に、皆んな。」 彼らの顔を見ながら、僕は言葉に詰まった。 何を言えばいいのか分からない。今までずっと妄想していたはずなのに、何を言っていいのか分からない。 あぁ、どうしたらいいんだ。 皆んなとまだ顔さえ合わせられない。 言わなきゃ、ごめんって。 守れなくてごめんなさい。皆んなを危険に巻き込んでごめんなさい。僕なんかの為に怖い思いをさせてごめんなさい。 なんでだ。声が出ない。 言葉は思いつくのに、まったく声が出ないんだ。 このままだと情けない僕に愛想を尽かして、皆んな何処かへ行っちゃうじゃないか。 何か話せ。何か話さないと。 僕は———!! 『 ねぇ、知束くん。 』 その時、確かに声が聞こえたような気がした。 それは紛れもなく椎菜の声だ。 僕はゆっくりと顔を上げた。すると彼らの顔が少しずつ見えてきた。 「‥‥‥ぁ‥‥‥は。」 吐息混じりの声が漏れる。 まだ心臓はバクバク言っているようだ。 「‥‥‥‥え?」 皆んなの顔は僕が思っていた顔とは違った。 もっと軽蔑の眼差しを向けられるのだと思っていた。僕のメンタルが削り切れて無くなるくらい怖い顔をしてると思っていたんだ。 そんな顔をしているだなんて思ってもいなかった。 「‥‥‥‥‥‥‥ぁ。」 また吐息混じりの声が漏れる。 皆んなはただただ優しそうな顔で、僕を見つめていたのだ。 どんな気持ちで、どんな感情で、そんな顔をしているのかは分からないけど、とにかく僕は皆んなの目を見てやっと分かったような気がした。 「‥‥‥‥‥‥」 上を向いたまま、僕の頬を涙が横切った。 僕は唇を噛みながら、溢れそうになる涙を必死に抑えようとする。 なのに、あれ?おかしいな。 次々に目から溢れてくる。 すると義也が、そんな僕の頭をぐしゃぐしゃにかきだした。 「‥‥‥うわ。よしや‥‥‥‥なん‥‥だよ。」 今度は孝徳が僕の横に座って肩に手を置いた。マヤちゃんも同じように隣に座って、背中をさすってくれる。 「‥‥マヤちゃんに、孝徳まで‥‥‥。」 最後に椎菜が僕の冷たくなった手を取り、ギュッと握りしめてくれた。 「‥‥‥‥ぇ‥‥‥しぃ‥な‥‥?」 僕がそうやって聞くと、椎菜は嬉しそうな顔で僕に笑いかける。まるで僕と触れ合う事に喜んでいるみたいだ。 実際、僕はこうして君と触れ合えるなんて思ってもいなかった。 もう二度と君にも、誰にも、会えないと思っていたから。 4人は顔お見合わせては、赤ん坊のような僕を優しく落ち着かせてくれた。 皆んなの温もりが僕の冷たい肌からでも感じ取れる。 「‥‥‥一体なんだって‥‥‥。」 僕はやっと理解した。この気持ちの正体を。 僕は座り込んだまま、彼らの手のひらから感じ取れる熱によって、緩やかに溶かされていくのだった。 またポロポロと涙が頬を濡らした。 何故だろう。とても変な感覚だけど。皆んなの考えてる事や気持ちが痛いほど分かるんだ。 もしかしたら、僕も皆んなと同じだったのかも知らない。僕もあの日“死ぬ運命”だったのかも知れない。 それでも、ここに居る皆んなが僕を生かしてくれた。 こんなどうしようもない僕の事を。 生きる価値なんて最初からないと思っていた。 そっか、違ったんだね。 気がつけば僕は子供のように泣いていた。 少し困った様子の義也に、ギュッと肩を掴んでくれる孝徳。優しく背中をさすってくれるマヤちゃんに、一緒に泣いてくれる椎菜。 僕は皆んなの前でわんわんと声を上げながら泣いた。 痛かっただろうに、辛かっただろうに。本当は僕が皆んなの事を一番理解していたはずだった。 僕の友達は、誰かを守って死ねるような真面目で優秀でイケイケな、普通の高校生だったんだ。 遠くの方で真白が僕らの事を見ていた。そしてまた爽やかな風が僕らを揺らした。 ◇ 少ししたら、義也も孝徳も、マヤちゃんまでもが僕の事を揶揄うかのように笑っている。 まるで『いつまで泣いてんだよ!』って言っているみたいだった。 「まったく、変わらないな。」 そんな言葉がポロッと口に出た。自然と僕の顔からは、笑顔が溢れていた。 笑ったのなんていつぶりだろう。 心から笑みが顔に出るのなんて、ここに来て初めてのように思える。 それに、ずっと夢見ていた事が現実になった。 青空の下、涼しげな風に草花が揺らされている音が聞こえて来る。そんな自然の中で僕らは他愛もない話をしている。 形はどうであれ、僕はこの日の為に今までの暗い生活を、頑張って生き抜いてきたように感じた。 ようやく皆んなと笑い合えるのだから。僕の夢は叶ったと言えるのだろう。 今はとにかく、コイツらと一緒に過ごす時間が、たまらなく愛おしく感じていた。 こうして僕らは再会を果たしたのだった。
【第25話】『 天世界 』
27.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第25話〉『 天世界 』 「目が覚めたかい?知束。」 「‥‥‥うぅ、ん?ここは?」 僕はいつの間にか寝てしまったようだ。 真っ暗な部屋の中に居たはずだったのに、ここは全く違う場所のように思えた。 「‥‥‥ま‥‥しろ?」 気がつくと、僕は真白におぶられている。真白の背中の上で揺らされていたのだ。 真白は僕を背負ったまま、暗い廊下を進んでいた。 「キミって、とても軽いよね。」 そう真白がこぼした。 「‥‥‥ねぇ、真白、一体どこに向かってるの?」 僕は真白にそう尋ねてみた。 まるでこの暗い廊下の先は、“何処か”へ通じている気がしたからだ。 「それはね、行ってみたら分かる。キミに会わせたい人がいるのさ。」 「‥‥会わせたい‥ひと?」 「そうさ。カレらもきっとキミと会いたいだろうからね。」 そう言って真白はゆっくりと僕を背負ったまま歩いている。 「そういえば、ソロモンにはもう会ったのかい?」 真白が僕に問いかける。 ソロモンって、あの金ピカの甲冑を着た偉そうなおじさんの事だろうか? 「‥‥‥もしかして、金色の鎧を着てたひと?」 「そうさ、彼はいつもあの鎧を着ているのさ。可笑しいだろう?」 そう言って真白は少し笑った。 まるであの人と面識があるような物言いだった。 「‥‥真白はあの人のことを知っているの?」 恐る恐る真白に聞く。 「あぁ、もちろん。カレが生まれるよりも前から知ってるよ。」 ??? また、おかしな事を言う真白。そして真白は、続けて僕にこう言った。 「カレはね。天世界の王なのさ。」 「‥‥天‥‥世界?」 「あぁ。キミが力を覚醒させて倒れている所を、カレは部下に探させて保護したんだよ。」 「‥‥‥‥‥」 「“時の権能”の事は知っているかい?」 「あ、うん。僕がその権能の獲得者だって‥‥‥。」 「キミが勝ち取った力さ。」 「‥‥勝ち取った?」 「そうさ。キミが時の権能を使ったおかげで、今異孵世界中で起こる“時の崩壊”を防げるかも知れないのさ。」 「‥‥‥だから‥‥‥僕は保護されたの‥‥?」 「そうさ」 「‥‥僕はすぐにでも死にたかった。早く楽になりたかった。それなのに僕はいつも死ねなかった。それは、あの人が助けてくれたからなの?」 「そうさ」 「‥‥‥‥‥」 「??どうかしたかい?知束。」 僕の頭の中で一つ謎が解けたような気がした。 「ずっと不思議だったんだ。お腹が空いても、目をほじくっても、腕の皮膚を噛みちぎっても、次の日には全て元通りになっていたから。」 「そっか」 「それももしかして、あの人が‥‥‥?」 「うん。そうかも知れないね。」 僕らがそんな会話をしていと、真っ暗な廊下の先に小さな光が見えてきた。 「もう着くよ。知束。」 真白はそう言ってその光の方へ歩いていく。 どうやらこの長い廊下は外へと繋がっていたようだった。そして外はとても明るい場所だと分かった。 ペタ、ペタ、ペタ 真白が裸足で歩く音が廊下に響き渡る。そして徐々に目の前の光は大きくなっていく。 真っ暗な世界から連れられて、僕は遂に外へ出たのだ。 「‥‥‥眩しい!」 そう言って目を瞑るも、次第に目が外の光に慣れていく。 ゆっくりと目を開けた先には僕の想像を遥かに超える幻想的な世界が広がっていた。 「‥‥‥ここは‥‥‥?」 僕はそう言って、真白の背中から下ろしてもらった。 そして見惚れるままに外の世界を歩き回った。 「‥‥‥こんな場所が‥‥‥。」 僕は思わず声に出してしまう。 しかし、なんて素敵な場所だろう。 少し見通すと丘があり、その丘から滝が落ちて透き通るような水が川となっている。 あたりに咲く草花も、まるで僕が今まで観てきた事のない綺麗な品種だ。 それに見たことの無い動物に魚達までいる。 何より、この世界にはあちらこちらで結晶のような物がキラキラと輝いていた。 「‥‥‥‥なんて綺麗な場所だろう。」 また思わず声に出してしまった。 しかし、その空間にいるだけで幸福感を感じてしまうのはとても不思議な事のように思えた。 「ねぇ、ココはどこなの?」 真白に問いかけた。 すると真白は僕の目の先を見つめて言った。 「さっきも言っただろう?」 ココは“天世界”さ。 真白は僕にそう説明した。 この世界は文字通り天の国だと思えるほどに美しかった。 「‥‥ここが‥‥天世界。」 僕はそう呟いてこの世界を見渡した。 少し爽やかな風が体に当たり、僕の着ている服や真っ白に変色した髪を揺らした。 「あぁ‥‥‥。」 外に出たのは久々だった。 僕はいつも暗い四角形の部屋に居たような気がする。 研究施設でも、この世界でも、僕は常に同じような場所に幽閉されていたのだ。 僕は暗い廊下から少し離れた丘の上までやってきた。そこからならこの世界の事を一望できたからだ。 「ようやくキミをここへ連れて来れた。」 真白はそう言って僕と同じように丘の上へと並んだ。そのまま僕と同じように世界を見つめ始める。 ここはまるで“あの場所”のようだ。 あの日は、ただただ酷いだけの世界だったのに、今はとても穏やかでゆっくりと時間が流れている気がする。 そしてまた心地のいい風が吹き始める。 「言っていなかったね、天世界には元々人間だった魂や精霊達が力を合わせて暮らしているんだ。」 「元々、人間だった?」 「そう。現世で死んだ魂は全て天世界へと導かれるのさ。」 「それって‥‥‥‥。」 「キミが居た世界の人も居るよ。ほらあそこ!」 真白はそう言って遠くの方を指差した。 しかし、僕は目が悪くてその指の先が見えなかった。 「ど、どこ?」 「ほらほら、あそこだよ!キミの目を治療していた人達もいるよ!雛川さんだっけ?他にも大勢さ。」 真白は夢中になって僕に教えた。 しかし、僕の目にその人達が映る事は無かった。 「カレらは元々はキミと同じ現世で普通に過ごしていた人々さ。今はここ“月の栄”で平和に暮らしている。」 「‥‥つきのさかえ?」 「そうさ、そしてもちろん精霊達はキミがここに来るのを待ち望んでいたのさ。」 「‥‥僕を?」 「あぁ!」 「‥‥‥どうして?」 「それはね、****************。」 ??どう言う訳だか、僕はその時に真白が言った言葉が全く聞こえなかった。 「え?なんだって?」 僕が真白に尋ねると、真白は少し苦いように微笑んだ。 「キミにはまだ届かないかも知れないね。それでも僕はキミを選んだのさ。キミがいつか僕を超えた救世主になるよう信じて。」 「え‥‥?」 真白はそう言い終わると少し後ろを振り返った。 「やぁ、お待たせしてしまったね。キミ達との約束を果たしに来たのさ。」 真白は僕らの後ろにいる誰かにそう言った。 そして僕もゆっくりと後ろを振り向いた。するとそこには“彼ら”の姿があった。 僕は“彼ら”を見てとても驚いた。 そう、彼らはずっとここに居たのだ。
【第24話】『 溶解 』
26.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第24話〉『 溶解 』 「やぁ、こんにちは。知束くん。」 まるで太陽の如く弾むような明るい声が聞こえてくる。 僕は虚な感情の中、ゆっくりと声の方へ目を向けた。そこには小さな木製の椅子に座りながら憂いの表情を浮かべた青年の姿があった。 彼はなんとも優しそうな顔で、冷たい床に座りこむ僕の事を眺めている。 「やぁ、おはよう。知束くん。まずは、ボクの権能を使ってくれてありがとう。」 「‥‥君は‥‥あの時の‥‥?」 声にならない声が溢れる。 僕はこの青年の事を知っている。 いつの日だったか、僕が隔離されていた施設に現れた不思議な青年である。 しかし、何故、今の今まで忘れていたのだろう? あれだけ印象的だった出来事を忘れるはずがない。 そして何故、この青年はここにいるのだろう。 「そっか、キミには“忘却の呪文”を施したんだった。でも天世界に居るからかな?キミにかかっていた魔法は全て消えているようだね。」 「‥‥ま‥‥ほう‥?」 「そう。ここ天世界ではね、他の世界で受けた魔法や呪文を全て無効にさせるのさ。キミに施した“忘却の呪文”は取得難易度Sクラスの魔法なんだけどね。」 「‥‥‥‥」 「さて、積もる話もあるけれど、まずは祝福させて欲しい。キミが王の資質を見せてくれたおかげで、ボクは自由になる事ができた。」 「‥‥‥‥」 「‥‥そして、お詫びをさせて欲しい。キミに選択肢を与えられなかった事や、ご友人の命を救う事が出来なかった事。」 真白は椅子から立ち上がり、一冊の本を取り出した。 僕はまた下を向いて冷たい床を眺める。 「随分と窶れたようだね。ご飯は食べれているかい?睡眠は?体の健康は心の健康その物だよ。」 「‥‥‥‥‥‥‥ょ。」 僕の口が少しずつ動く。 そしてまた、声にならない声が感情と共に溢れ始める。 「‥‥もう、いいよ‥‥どうでも。」 僕がそう言葉を放つと、真白は何も言わずに僕を見た。 「‥‥‥この世界で生きていても、ぼくにはなにも無い。」 僕は無気力なまま言葉を並べる。 力が入らない。まるで生きる気力が湧かない。 どうしても顔を上げたくない。 このまま一人で忘れ去られてしまいたい。 「ぼくね、ずっとここで考えてたんだ。生きる意味ってなんなのかなって。」 まるで何かを悟ったかように、冷たい床の上に自分の言葉を並べている。 「何日も何日も考えて考えて考え抜いて、ようやく分かったかも知れないんだ。」 そう言ってようやく僕は顔を上げた。 泣き疲れた顔。擦りすぎて赤くなった瞼で微笑みながら、その顔を真白に向けた。 「 人生ってつまらないんだね! 」 真白は僕から目を逸らさずにじっと見ている。 もはや笑えてくるくらいの絶望が僕の顔に溢れていた。 なーにやっても無意味な世界に生きる価値なんて無いさ。 ははは、おもしろ。 ははは、きもちわる。 こんな未来だと知っていれば生まれてきたくは無かった。 僕はまた顔を下に下げ、大きなため息を吐いた。 そんな惨めな僕のことを真白は真っ直ぐに見てくる。よしてくれよ。恥ずかしいじゃん。 「きっと生きる事に意味なんて無いんだよ。ただ皆んな死にたく無いから生きてるだけ。生きてただけ。」 「‥‥‥‥‥」 「ほんとに、馬鹿だね。ぼく。消えちゃえばいいのに。」 「‥‥‥‥‥」 「このまま誰にも必要とされず、誰からも相手にされず、死ぬために生きるくらいなら存在してる価値は無‥‥‥い‥‥よ。」 「‥‥‥‥‥」 僕は久しぶりに言葉を発した。 本当に久しぶりに誰かに感情を訴えたのだ。 これまでずっと泣いていたくせに、今になって涙は出ない。それどころか笑えてくるのは何故だろう。 とうとう壊れてしまったのかも知れない。僕の心は死ぬほど病んでしまったのかも知れない。 でも仕方ないよね。 あんな事があったんだもん。 僕はもう泣き叫んではいなかった。その代わり、ずっと自分に呆れていた。 そんな僕の事を、真白は優しく抱きしめた。 「‥‥‥ちさと。」 真白のローブが僕を包み込む。 それはとても暖かくて、優しくて、何かがゆっくりと溶かされていくように感じた。 「‥‥‥‥‥‥どう‥‥‥して。」 「本当は寂しかったんだね。知束。」 「‥‥‥‥‥‥ぇ?」 「ずっと戦ってたんだろう?今日まで、ずっと一人で。」 「‥‥‥‥‥ぼくは‥」 「いいから。今は全て力を抜いて。自分を責めるのはもうやめておくれ。」 「‥‥‥‥‥」 「辛かったんだろう。痛かったんだろう。ごめんね。キミの大切な人達を救ってあげられなくて。」 「‥‥‥‥‥なんで、君が‥‥そんな事‥‥‥。」 「いいや、もう戦わなくていい。苦しまなくていい。何度も何度も“あの日”を繰り返す必要はないんだよ。」 「‥‥‥‥‥」 「キミは何も悪くない。何かのせいにしたって良いじゃないか。人は決して万能じゃないんだから。」 「‥‥‥‥‥」 「弱くたっていいんだよ。惨めだっていいんだ。ボクからすればキミは充分勇敢な男さ。」 「‥‥‥‥‥」 「言ったろう?この世界にある全ての物は、ほんの些細な“愛”から生まれてくるって。」 「‥‥‥‥‥」 「キミもまた、求められたから存在するんだよ。」 165 何故だろう。 何かが溶かされていく。 真白は僕を優しく抱きしめながら頭を撫でてくれる。耳元では彼の甘い声が聞こえてくる。 なんだろう。暖かい。 「ずっと、一人で戦ってたんだろう?キミは病んでなんかいない。それだけ現実と向き合っていたんだ。キミは決して逃げてなんかいないよ。情けなくなんてない。」 「‥‥‥‥‥」 「必死に恨まないようにしていたんだろう?神々の事。世界の事。自分を責めるしか無かったんだろう?それだけキミは打ちのめされていたんだ」 「‥‥‥‥‥」 彼の言葉が、口調が、話し方が、 全て僕の心に響いてしまうのは何故だろう。 まるで僕の知らない気持ちまで見えているかのように、全てが心地よく、全てが優しい。 「‥‥‥‥マ‥‥シロ‥‥‥?」 「どうしたの?ちさと。」 声にならない声で真白に言う。 つまらない現実なんてどうでもいいからさ。 「‥‥‥ぼくね、ほんとは寂しかったんだ。」 「‥‥うん。」 「‥‥‥頑張ったんだよ。あのバケモノから皆んなを救おうとしたんだ‥‥。」 「‥‥うん。」 「‥‥‥‥‥‥‥でもさぁ、ダメだった。」 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥なんで誰も助けてくれないのさ。なんで世界って滅んじゃうの?酷いよ。酷いよぉ!!僕1人じゃ何も出来ないじゃないか!!」 「‥‥‥ちさと。」 「‥‥‥‥誰も助けてくれなかったよ。僕の大事な人が目の前で皆んな灰になった。僕の街も、僕の思い出も、僕の夢だって、全て灰になって消えてしまった。」 「‥‥‥‥‥‥うん。」 「‥‥‥‥だーれも、助けてなんてくれなかった。僕らは1人ぼっちで死んだんだ。世界なんて綺麗じゃなかった。こんな世界だと知っていれば生まれてなんてこなかったよ。」 「‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥でも、いつも聞こえてくるのは、キミの声なんだ。」 「‥‥‥‥‥‥しい‥な?」 「‥‥‥そうだよ。あの日の約束が、僕を死なせてくれないんだ。」 「‥‥‥‥‥‥」 「僕は精一杯生きなければいけないんだ。幸せになって今度こそ椎菜みたいな人を救わなきゃいけない。」 「‥‥そうか。」 「約束したんだ。ずっと前から、」 僕はそう言い残して、そのまま真白の肩の上で寝てしまった。 今までろくに寝れず、食べず、この真っ暗な牢獄に閉じ込められていたのだから。 これまでの疲れが一気に押し寄せてきたのだ。 「‥‥‥‥ちさとくん。」 真白の熱は僕の事を優しく包み込んでくれる。その心地よさから僕は目を瞑ってしまった。 また僕の目からポロポロと涙が溢れた。 乾ききった瞼を、また小さな涙の雫が静かに濡らし始める。 まるで癒しの雨のように。 真白は僕を大事に抱えたまま少し上を向いた。 すると真っ暗な部屋の中心で、小さな窓からチラチラと映り込む心細い光が真白を照らした。 ◇ ねぇ、エリア。僕は思うんだ。 大きな歴史の中で、人は神々から愚かな存在だと説明されてきた。 強欲で傲慢、嫉妬深い人種。人は簡単に嘘を吐くし、簡単に誰かを傷つける。なにより人の心は脆く、容易く壊れてしまう。 それは確かに弱い存在なのかも知れない。愚かかも知れない。 それでも人は神々には無い唯一の可能性を持っているのかも知れないよ。 “始まりの権能者”が見せてくれた奇跡が、また見られるかも。 ねぇ、ちさと。 ボクはキミを本当の英雄だと思っている。 それは過去だからじゃない。未来でも無い。 どんな時も“諦めない人”だからさ。 キミは本当に素敵な人だ。 きっとこれからも、キミは辛く厳しい旅に出るのだろう。 それでもボクはキミの味方さ。 何があっても、どんなに辛い現実が待っていようとも。 例えボクが消えてしまったとしても。 キミにボクの権能を与えた事を決して後悔しない。 今はゆっくりお休み。 目が覚めたら、今度は笑って過ごそうよ。 そして内緒話をしよう?2人だけで。 もっとキミの事を教えておくれよ。 今度こそちゃんとキミを守ってみせるから。 一緒に紡いでいこう、キミとボクで、 花束の約束を———。
【第23話】『 ちっぽけな僕 』
25.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第23話〉『 ちっぽけな僕 』 冷たい床、澱んだ空気、ちっぽけな僕。 いつも目が覚めると、そこには絶望が待っていた。 あぁ、今日も目が覚めてしまったのか。 あぁ、今日も生きなければいけないのか。 そんな事を思いながら、僕は、光の当たらないこの部屋で“あの日”を繰り返している。 僕の選択がもっと早ければ。 僕が病気になんてならなければ。 そもそも、皆んなと出会ってなければ。 僕なんて生まれてこなければ‥‥‥。 いつも結論は同じ。 僕の中で、悲しい討論会が続いている。 こんな事を続けていても何の意味もない。 ただただ、虚しいだけだ。 『 最後に約束、精一杯生きてください。 』 いつも、いつも、声が聞こえるんだ。 ここに閉じ込められて数ヶ月。僕は何度も自分を戒めた。 ご飯は喉を通らない。 虚な気持ちは怒りすら覚えない。 何度も死のうと努力した。 何度も消してくれと祈った。 それでも、僕の中にあるのは、 あの日の約束なんだ———。 ◆ いつも夢を見ているんだ。 今日も、あの日の夢?いいや違う。 今日は? ここは? どこだ? 「知束っち!何ぼやっとしてんだよ!放課後付き合うって約束してただろ?」 声が聞こえる。聞き覚えのある友達の声。 ここはどこだろう? 何か忘れているような気がする。 そう言えば、今日は学校が終わったら、皆んなとゲーセンに行く約束をしてたんだっけ。 聞き覚えのある声は次第に大きくなってゆく。 徐々に僕の耳元へ近づいて来ているような‥‥。 「‥束、知束ー!おーきろ!!」 「ふぉえ?わぁあー!!」 ガタッ いきなり耳元で大きな声がしたと思ったら、僕は机から離れ、椅子と一緒に地面へと落ちていった。 「イテテテ‥‥ここは?」 目が覚めると、そこは教室だった。 何も変わらないいつもの教室。 外は茜色に染まり、机は静かに並んでいる。 そんな普段通りの教室を見て、少しホッとしたように息が零れた。 そうだ、僕は今まで長い夢を見ていたんだ。 それもようやく解放された。 長い長い夢だった。 辛い辛い夢だった。 「ちょっと~!わざわざ耳元で叫ばなくたっていいでしょ?!ほんっとに孝徳はバカなんやから!!」 「んだと~?!マヤチーが知束の事起こせって言うから起こしてやったんだろーが!」 「それでもやり過ぎやねんアンタは!!」 どうやら僕は教室で眠ていたらしい。 いつものパターン。授業の記憶がほとんどない。 気がつけば、お昼休みからずっと寝てしまっていたみたいだ。 それにしても、何の夢を見てたんだっけ? 「知束くん、大丈夫?ケガしてない?」 そう言って駆け寄って来る1人の女子高生がいた。 「知束くんビックリして、おもいっきり倒れたんだよ。頭打ってない?」 彼女は心配そうに僕を見つめている。 「しい‥‥な?」 「どうしたの?一緒に保健室いく?」 「何で、僕は、ここに‥‥。」 僕の目の前には椎菜がいる。孝徳もいる。マヤちゃんもいる。 そんな当たり前の状況に、何故か僕は困惑している。 いつも通りの下校時間。何かを忘れているような気がする。 「おーい!知束起きたかー?」 今度はガラガラガラとドアを開けて教室内に入ってくる1人の男子高校生が目に写った。 「なんだ?また孝徳が何かやからしたのか?」 「よっしーまでひどくね?!確かに知束っちびっくりさせたのは俺だけどさ~!!」 その男子高校生は孝徳と仲良さそうに話している。 しかし、何も驚く必要なんてない。何故なら、これもいつも通りの日常。 いつも通りの日常なのだ。 「‥‥よし‥‥や?」 僕は思わず彼の名前を呼んだ。 「おいおい、何でそんなにビックリしてんだ?知束。早くゲーセン行こうぜ!」 「‥‥‥」 「ん?どうした?知束。本当に大丈夫か?」 義也はぴくりとも動かない僕を見ながらゆっくりと近づく。 「ちさとっち!さっきはマジで悪かった!!まさかあんなにビックリされるとは思ってなかったんだ‥!」 「そーや全部アンタ悪い。反省せーへんと知束ッチに嫌われてまうで??」 「う、うぅ。ごめんなぁ。ちさとッチィ!」 孝徳が僕の前で泣きながら土下座している。 それを揶揄うかのように後ろでマヤちゃんが見ている。 遊び半分で煽る義也に、リアクションに困る椎菜。 いつもの風景、いつもの会話、いつものみんな。 なのに何でだろう。言葉が出ない。 声が出せない。 あれ? 「あれ?知束くん?どうして?」 ど う し て 泣 い て い る の ? ◇ 帰り道。 僕らはその日、結局ゲーセンには行かず、そのまま下校する事になった。 それにしても、何故、僕は泣いていたんだろう? なにか凄く怖い夢を見ていたような気がするんだけど。何も思い出せない。 今日もいつも通りの日常。 変わらない日々。 この生活に満足しているはずなのに、何故、涙が溢れてきたんだろうか? 分からない。分からない。 考え事をしていると、僕は知らぬ間に横断歩道で立ち止まっている事に気づかなかった。 ブーブー!!!!!!!!! 大きな音で車のクラクションが鳴り、僕は慌てて音の方へ目を向ける。 「知束っちー!!赤信号だぞー!!」 「え?うわ!すいません!!」 ギュウウウウウウウウ!!!! 車は大きな音を立てて途中停車した。 僕は慌てて横断歩道を後ろに戻り、信号が青になるのを待つ事にする。 一体、何を考えていたのだろう。 本当に今日の僕は疲れているみたいだ。 考え事をしていると、ついつい周りの声が聞こえなくなる。 気がつけば5人で下校していたのに、ずっと同じ事を考えていた。 信号が青になるのと同時に、僕は全力で横断歩道を渡り切った。 僕が5人の元へ戻ると、椎菜が心配そうに僕の元へ駆け寄ってくる。 「知束くん、ほんとに大丈夫?」 「え?あ、ごめん。考えごとしてた。」 「んーん、違う。さっき知束くん泣いてた。」 「あぁ、全然大丈夫だよ。実は僕もなんで涙が出たのか分からなかったんだ。」 「そうだったの?ごめんね。私てっきり‥‥。」 「ははは、そう言えばビックリしたよ!僕が泣いた途端、椎菜テンパっていきなり救急車を呼ぼうとするんだから!」 そう、椎菜はさっき僕の涙を見て、頭が真っ青になり慌てふためいていたのだ。 その動揺っぷりはさることながら、椎菜まで泣き顔になり、学校の先生達をかき集め、さらには119番までしようとしていた。 あれだけ彼女に動揺されれば、僕もその涙について考える暇は無かった。 おかげで場が和んだのはいい思い出である。 「あ、あれは‥‥私もビックリしただけだよ!」 「へへ、でも、それだけ心配してくれたんだよね。椎菜は本当に優しいね。ありがとう。」 「もう。知らない!」 「え?何?」 「‥‥ばか」 「????」 そんな事を言いながら、僕らはそれぞれの家へと帰宅した。 そして別れる前に僕らは必ずこう言うのだ。 「 またね 」 やっぱり、いつも通りだ。 何も変わらない普通の日常。 これこそ僕が子供の頃から探し求めていた“幸せな毎日”ってやつだ。 学校も、部活も、友人関係も、 僕にとってこの世界は、大切な‥‥ 大切な‥‥‥ 「‥‥‥宝物なんだ‥‥。」 ◆ 目が覚めると、僕は独り言を呟いていた事に気がつく。 それと同時に、虚な感情が込み上げて来る。 ここはどこだろう? さっきまで僕の家にいたはずなのに? 一瞬で全てを理解する。 ここは家では無く、教室でも無く、通学路でもない。 ここには探し求めた幸せなんて存在しない。 ここは、ただの牢屋だ。 冷たい床、澱んだ空気、ちっぽけな僕。 あぁ、また目が覚めてしまった。 いつも目が覚めると涙が溢れてくる。 止められず、流れてくる。 懐かしいなぁ、あの日々が恋しいなぁ。 寂しいな‥‥。 そんな日々が数ヶ月続き、僕の前には、いつかの白い少年が立っていた。 あの日のまま、微笑みながら立っている。 僕はゆっくりと少年に目を向ける。 こんな哀れな僕。 痩せ細った体に不健康そうな顔。 髪は真っ白で全体的に長く伸びている。 目の色は奇妙なピンク色に光っている。 もう、死体と対して変わらない容姿の僕に、少年は笑顔でこう言った。 「やぁ、こんにちは!」
【第22話】『 王の部屋にて 』
23.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第22話〉『 王の部屋にて 』 「報告をしろ。小僧の具合はどうだ?グリフォワルド」 ソロモン王は玉座に座り、1人の若い王宮大臣に問いた。 グリフォワルドと呼ばれた若い王宮大臣は、ソロモン王の前で腰を低くして答えた。 「はい、食事には一歳手を付けておりません。夜は魘されている様子で、ずっと泣いております。」 「そうか」 ソロモン王は鋭い目つきのまま、若い王宮大臣の報告を聞いていた。 すると、少し経ってグリフォワルド王宮大臣はソロモン王へある質問を投げかけた。 「あの、こんな事を言うのは失礼かも知れませんが、彼は本来なら異孵世界を救った“英雄”ではございませんか?」 「‥‥‥」 その問いに、ソロモン王は何も答えなかった。 ただ、グリフォワルドと呼ばれる若い王宮大臣の顔を見ながら、椅子に肘をつけて座っているだけだった。 続けてグリフォワルド王宮大臣はソロモン王へ慈悲の目を浮かべて申し立てた。 「彼の体は、日に日に衰弱しきっています。ろくに睡眠も取れていないから、体も衰えが早いんです。我々が治癒魔法でなんとか延命させておりますが、このままでは死んでしまうかと。」 「そうか。」 ソロモン王の顔は一瞬の変化もなく、ただ一言、相槌を打つのみだった。 グリフォワルド王宮大臣は、そんなソロモン王の表情を見て、また更に質問を投げかけた。 「どうして、彼をあのままにされるのですか?」 「無論だ。異端者を捉えるのは当たり前のことだ。小僧とて例外では無い。」 「いえ、そうでは無くて。なぜ彼を“あの状態”のまま投獄させているのか、私には分かりません。」 「‥‥グリフよ、何が言いたい?」 「いえ、彼の精神状態は重度の鬱状態です。それはあなたもご存知のはず。精神回復系の魔法を使えば、すぐにでも彼を鬱状態から救うことが出来るはずです。それなのに、なぜ、あのまま彼を1人にして暗い一室に閉じ込めておくのですか?」 清楚な衣を纏った若い王宮大臣グリフォワルドは、ソロモン王の目を見て質問した。その質問に、ソロモン王は少しの間沈黙していた。 沈黙の中、またソロモン王は口調を変えて語り始めた。 「‥‥‥あの小僧を現世から連れた部下の報告にはこのようにある。小僧は“時の権能の獲得者である”と。」 「えぇ、それは皆申しております。」 「時の権能なんて、この世に存在しないと思っていた権能の一つだ。それがまさかあんな子供に宿るとは考え難い。」 「ですが、現に時の権能は発動し、彼は世界の時間の流れを止めて見せたではありませんか?」 「そうだ、権能の使い方を知らん子供が、いきなり時間を止められると思うか?だから奴の事を部下に調べさせた。そこには目を疑うような内容が記されていたのだ。」 「それは‥‥一体なんでしょうか?!」 グリフォワルド王宮大臣は、ソロモン王の言葉に困惑した表情を見せる。 しかし、ソロモン王は鋭い目つきのままゆっくりと語り始めた。 「悪魔の黙示録とエリアの魔導書を知っているか?」 「……確か、800年前に失われた書物ですよね?1冊は悪魔の手にわたり、もう1冊はどこを探しても見つからなかったとか。」 「そうだ。黙示録の方は俺がある悪魔から剥ぎ取った物だ。しかし、エリアの魔導書はどこを探しても見つけることは出来なかった。」 ソロモン王は、その時の様子をまるで回想しているかのように語り始めた。 その様子をグリフィワルド王宮大臣は下から眺めている。 「誰が持っているのか、どこに隠されているのかすら分からなかったあの書物は、ただ、ずっと同じ場所に存在していたのだ。」 そう言うソロモン王の顔は、どこか穏やかで、平安に満ちた顔だった。 そしてソロモン王は続けて言った。 「部下の報告によると、今回の事は全て偶然では無い。どうやら、裏で暗躍している人物がいるようなのだ。」 「それは、どう言う?!」 グリフォワルド王宮大臣が前のめりになりながらソロモン王に問いた。 「つまり、時の崩壊を予知することが出来て、あの小僧にエリアの魔導書を渡し、時の権能を目覚めさせた人物がいたということだ。」 「なら、これまでのことは全て仕組まれていたということでしょうか?!」 「まだ確信的な事は何一つ分からない。そもそも、これらの説も、根拠たる所以は一歳見つかっていないのだからな。だからこそ俺達はあの小僧の選択を待つしかないのだ。今、無籠の部屋で泣きじゃくっているチサトと言う子供の選択を。」 ソロモンがそう言い放った瞬間、2回ドアを叩く音が聞こえてきた。 コンコン 2人は一斉にドアの方へ顔を向ける。 「入れ」 ソロモン王はそのドアに向かって言った。 するとゆっくりドアの取っ手がガチャリと音を立て、1人の少年が中へと入ってくる。 「‥‥‥‥」 「失礼します。」 その声の主は、魔法使いのような衣装を身に纏う白髪の少年である。 「こんにちは。」 そう挨拶した少年は優しそうに微笑んだ。 その容姿は赤い瞳を持ち、地球儀のような耳飾りを付けている。 「僕の名前は真白と言います。どうか、知束くんに合わせてくれませんか?」 「貴様は……。」 ソロモン王はその少年を凝視すると、まるで死人を見つめるかのような顔をしている。 「陛下?如何なさいましたか?」 グリフォワルド王宮大臣はソロモン王の表情の変化に動揺している。 しかし、ソロモン王は真白を見た途端、何かを悟ったかのように冷静な顔つきへと変わる。 「なんでもない。好きにしろ。」 その答えを聞いた真白は、一度ペコリとお辞儀をしてその部屋を出ていった。 たった数秒の出来事に、その空間は不思議な空気に包まれている。 「まさか、奴が関係していたとはな‥‥。」 ドアが閉まる音を聞きながら、ソロモン王はそんな言葉を呟いた。 「何者なんですか?彼は」 グリフォワルド王宮大臣は質問する。 しかしソロモン王は、どこか納得した様子で答えた。 「ただの、旅人だ———。」
【第22.5話】『 僕は 』
24.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第23.5話〉『 僕は 』 僕は結局選べなかった。 僕は結局守れなかった。 僕は結局救えなかった。 僕は結局、何も出来なかったじゃないか!! 「‥‥‥クソ野郎。クソ野郎。僕なんて死んじゃえ。早く死ね、死ね!死ね!死ねよ!消えてくれよ!!気持ち悪いんだよ、偽善者気取り。このまま灰になって消えちまえ!!」 全て僕が無能だから、全て僕が無知だから。 何もできないんじゃ無い。僕は何もしなかっただけだ。死んだ方がいい人間なんだ。 自殺するか?いいや、そんな物じゃ足りない。もっと苦痛を味わって死ななくちゃ。そうだ、あのバケモノに頼んで殺してもらおう。 じゃないと、ダメじゃないか。 皆んなを守れなかった僕が、普通に死んだりしたら‥‥‥。 殺してもらおう。殺してもらおう‥‥‥。 僕の心は壊れてしまった。だから、もういいじゃないか。このまま死んだ方が、よっぽどマシなんだから。 ただ下を向いて、 その瞬間、僕の元に、小さな日の光が差し込んだ。 そして誰かが僕の心に語りかけてきた。 『 最後に約束。精一杯生きてください 』 その時、僕はハッと思い出した。
【第21話】『 目覚めと憂鬱 』
22.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第21話〉『 目覚めと憂鬱 』 僕が目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。 その部屋はとても薄暗く、光が届かない異質な空間。唯一、小さな窓から外の光がチラつくだけだった。 「‥‥‥ここ‥は‥‥?」 目を覚ました瞬間、僕の頭の中には“あの時の様子”が何度もリピートされていた。 「‥‥そうだ‥‥イヤだ‥‥はぁはぁ。椎菜‥孝徳‥マヤちゃん‥‥義也‥‥。」 その時、僕は理解してしまった。 アレは全て現実で、夢や幻ではない事に。 すると大きくガチャッ!と音を立てながら、誰かがこの部屋の中に入ってくる。 それと同時に、外の光が僕のいる部屋を照らした。 その光は僕には眩しくて、すかさず自分の腕で顔を隠してしまった。 そこから、貫禄のある男の声が聞こえてきた。 「よくやった。褒めてやる。人間にしては大したものだ。」 僕はその声に聞き覚えがあった。 その声は、確かあの時。山の上で、目隠しをされた状態の僕に語りかけてきた声だ。 「お前なら正しい選択が出来ると信じていた。俺の名はソロモン。天界を統治する王だ。」 その男は、逆光の中から現れた。 僕のいる薄暗い部屋にゆっくりと入ってきて、その姿を露わにした。 彼は確かに王と呼ばれるだけの容姿をしている。 金色の鎧を纏い、薄く白い生地のマントをヒラヒラとさせていた。 そして彼の顔立ちもまた、王と呼ばれるほどの気品のある顔立ちをしていた。 金髪の長い髪に、少し長い眉毛。青い瞳孔に、ヨーロッパ系の高い鼻立ち。 「お前が齎した奇跡は、唯一“時の崩壊”を防ぐ防衛手段となった。お前はあの時無意識だったのだろうが、お前の権能の力により時の崩壊は止まり、パラレルワールドは救われたのだ。」 「‥‥‥‥‥」 僕はなにも言葉が出なかった。 なぜなら僕は、1番大切な友人を守ることが出来ず、皆んな死んでしまったのだから。 「‥‥あの、ソロモンさん。権能ってなんですか。」 絶望した目でそう質問した僕に、ソロモンは遠慮のない口調で答えた。 「権能とは、神に与えられた権利を己の能力として行使する物だ。神々から受け与えられた神の権限を利用して、自身の能力へと変換する。それが権能だ。権能には様々な種類がある。」 「‥‥じゃあ、僕の権能って‥‥?」 「お前の権能は“時の権能”。この世の全ての時間を操る力だ。我々はその力を求めていた。時の崩壊の抑止力にする為に。かれこれ800年間も。」 「‥‥時間を‥‥あやつる?」 「そうだ。お前は、この世のありとあらゆる時間を操り変えることが出来る。それは神の力と等しい能力だ。」 「‥‥だったら、時間を戻せば、また椎菜達に会えるんですか‥‥‥?」 僕は痩せ爛れた顔で、ソロモンと名乗る男を凝視しながら問いかけた。 ほんの少し、ほんの少しだけ、希望を持って。 しかし、ソロモンは僕の期待などお構いなしに答えた。 「いいや、それはない。時の崩壊で消えた物は、どんな魔法を使っても復元させる事は儚わない。例え神から与えられた権能だろうと。」 「‥‥そんな‥‥。」 僕はその場に座り込んだ。 そんな僕の気持ちなんて気にせず、ソロモンは僕の顔を上へ向けさせて言った。 「お前はもう失ったのだ。これ以上過去を振り返る必要もない。死んだ人間に囚われるな。さっさと前を向き直せ。」 「‥‥‥は?」 僕はソロモンの言葉を聞いて怒りの感情が全身から湧いて出た。 心の奥底から今の言葉を許せないと感じた。その心は考えるよりも先に、ソロモンへと向かって行った。 「あんたに何がわかるんだよ!友達も故郷も失った僕の気持ちが、あんた分かるのかよ?!」 僕はソロモンに飛びついた。 しかしソロモンは、意に介さない様子で僕に揺らされるだけだった。 「言ってみろよ。目の前で友達が死んだんだよ?!少しずつ小さくなって、最後は灰も残らなかったんだ。僕の手の中で、だんだん軽くなっていったんだ。今もその感覚がずっと残ってる。あんたなんかに分かるのか?!!!」 僕は涙を流しながら、ソロモンが身に纏っている鎧を掴んでいた。 ソロモンは鋭い目つきのまま、僕の弱りきった目をじっと見ていた。 僕の心からは、溜め込んでいた感情が全て溢れ出した。 「大切な人が、生きてて欲しかった人が、一瞬で殺されたんだ。ゴミみたいに、握り潰されたんだ。誰も僕らを助けてくれなかった。何も出来なかった。こんな残酷な世界で、前なんて向ける訳ないじゃないか‥‥‥。」 僕はソロモンの足元に崩れた。 気がつくとまた、悲しみと後悔に僕の体は支配されていた。 何度も息を切らしながら、胸を強く押さえながら。僕は暗い部屋の中で、ただ涙を流し続けていた。 「‥‥うぅ‥‥うぅうぅ‥‥‥。」 ソロモンは鋭い目つきで僕を見下ろしていた。 そして彼は薄いマントを揺らしながら後ろを振り向き、最後に言葉を残して部屋から立ち去った。 「お前に少しでも期待した俺が間違っていたらしい。お前はこの部屋でずっと泣いていろ。赤ん坊のように。」 ソロモンがそう言い残すと、ドアを強くガシャン!と締めた。また僕を暗闇の中に1人にした。 また僕は真っ暗な部屋に閉じ込められてしまった。 「‥‥うぅ‥‥うぅ‥‥‥」 薄暗い部屋の中で、ただ涙を流す事しか出来なかった。 どれだけ押えても溢れ出てしまう。 誰もいない部屋の真ん中で、僕は大きな声を出して泣いていた。 時々声を荒げては、自分の皮膚に噛み付いて、自分を傷つけていた。 しかし、その度に思い出すのは、かつて一緒に時間を過ごした友達の顔だった。 こんな事をしていても、皆んなが帰って来る事は無い。 自分を傷つけた所で、何も解決はしない。 「生きていても、苦しいだけだ。」 そんな事を小声で呟きながら、僕は壊れた心でずっと壁を見つめていた。 小さな窓から心細い光がチラチラと映り込む中、僕は1人で膝を抱えていた。 誰もいないし、誰も声をかけない。 僕の目の下には、大きなクマが出来ていた。ずっとみんなの名前を呼んでいた。 答えてくれるはずもない。しかし、ずっと頭から離れない。 そんな生活が1ヶ月も続いた。
【第20話】『 悪魔の黙示録 』
21.花束の約束【第0章】- episode of zero -〈第20話〉『 悪魔の黙示録 』 1200万年前、天界と魔界は2冊の本を巡って争いをしていた。 その一つの本が“エリアの魔導書”である。 エリアの魔導書は元々は天界にあり、当時天界の王として君臨していたアーサー王が持っていた。 そんな中、魔界に住む悪魔達は一斉に天界を目指し、エリアの魔導書を持つアーサー王に牙を向けた。 それから300年もの間、アーサー王率いる騎士団と魔界に住む多くの悪魔達が対峙し、双方とも多くの兵士たちが死んで行く事になるのだ。 俺達はその時代の事を“死者の時代”と呼んだ。 そして天界と魔界の争いを良く思わない神々の仲裁によって、争いは終結した。 しかし、その直後、一匹の弱い悪魔によって天界から一冊の本が盗み出されてしまう。 その本というのが“悪魔の黙示録”と呼ばれる代物だ。 悪魔の黙示録は、元来、天界に住む者達には読む事すら出来ない魔法の書物として有名であった。 しかし、悪魔ならその本を解読する事ができるのは明白であり、当時天界に住む人々もそれを恐れていた。 そして恐れていたように、その本を盗んだ悪魔は“悪魔の黙示録”を解読し、多くの上級悪魔を従え、魔界最初の皇帝となった。 後に奴の名前は語り継がれる事になる。 魔界を支配してる悪魔の一族、ルシフ族は奴の末裔であるとの噂も囁かれる程に。 それからその本は何処を探しても見つかることはなかった。 幾億もの数を誇る異孵世界を探し尽くしても、その本の行方は全く分からなかった。 そもそも世界には、天世界、神世界、魔世界、獄世界、異孵世界、楽世界の6つの世界が等しく並んでいる。 その中でも天界と呼ばれる世界には、日の栄、月の栄、星の栄の3つに区分されており、その全てを統治しているのがオレア・エウロパエア・ソロモン栄国王である。 ソロモン王は知恵の権能を使い、悪魔の黙示録を発見するのだが、黙示録の後ろのページは悪魔の手によって破り取られていた。 そして残りのページは、800年前にソロモン栄国王によって、天界の月の栄に封印される事となった。 その時期と同時に、異孵世界では、恐ろしい災害に見舞われる事になる。 それが“時の崩壊”である。 “時の崩壊”は突然世界を侵食し始め、多くの異孵世界を消滅へと追いやった。 そして、その“時の崩壊”を食い止める手段を模索していた神々は、封印された悪魔の黙示録を解放し、解読を試みることにした。 するとそこには、驚くべき事に“時の崩壊”について小さく書かれているのが分かった。 異孵世界を全て消滅させてしまう無常の天災を防ぐ方法はただ1つである。 その1つの方法について、そこにはこう書かれてあった。 《 時の権能を獲得した者であれば、時間を操る事が来る。そして、時間を操る能力を駆使して、時の崩壊を止める事が出来るであろう。 》 その一節を読んだ神々は、幾億もの世界で王の器を見つけ出し、権能の力を与え始めた。 しかし、一向に“時の権能の獲得者”は現れなかった。 それから800年の月日が流れ、幾億もの異孵世界が時の崩壊によって消滅していった。 そして今、ようやく“時の権能の獲得者”が現れた。 その事について、悪魔の黙示録にはこう書かれてあったそうだ。 《 真っ暗な世界に雫が落ちた。その波紋は広がり、やがて世界を覆い尽くすであろう。そしてその中から這い上がった者が時の権能を獲得できる。 》 この文がなにを意味しているのかは分からないが、現に今、時の権能者は現れ、異孵世界は並行を取り戻そうとしている。 俺の仮説が正しければ、時の崩壊が起こる原因も悪魔の黙示録やエリアの魔導書がここまで大きく関係しているのも偶然では無いはずだ。 これら全ての予言的記述は、恐らく今後起こりうる事柄をも的中させてしまうだろう。 だとしたら、俺達は対策を講じるべきでは無いだろうか? 時の権能者が目を覚ます前に、俺達に出来ることはまだ多くあるように思える。 その為にも情報を集め、ソロモン王に報告する事が先決だろう。 全ては悪魔の黙示録を解読すれば分かるのかも知れない。 俺達は月の書庫にある書物を片っ端から読み漁り、それらから得られた情報をソロモン王へ報告した。 時の崩壊、時の権能、エリアの魔導書、悪魔の黙示録、そして新たに生まれた若い権能者。 これらの関係性と接点について、俺達はまたソロモン王に謙り、事細かく報告した。 これはあくまで仮説だが、これらの関係性を利用して裏で暗躍している人物が居るに違いない。 悪魔の黙示録に書かれてあるよう時の崩壊を予知し、あの少年に時の権能の力を与える為にエリアの魔導書を渡した人物がいるのかも知れない。 俺達が報告を終えると、ソロモン王は苦い目つきで俺達を玉座から見下ろしていた。 「……そうか。」 その一言の返事に、俺達はまた腰を低くした。 「はい。ですので悪魔の黙示録を解読する事は、今後の事を決める上で非常に大切な鍵となるでしょう。」 ソロモン王は少し考え、俺達に命じた。 「よし、いいだろう。この本はしばらくお前達が持っていていろ。そして時の崩壊を予知している事を俺に示せ。」 「御意。」 俺達は報告を終え、今度は悪魔の黙示録の解読の為、言語学者の元へ行こうとする。 すると後ろから大きな音を立てて、1人の若い王宮大臣がソロモン王のいる王室へ入ってきた。 「失礼いたします。報告、例の少年が目を覚ましたようです。」 その一言に、ソロモン王はまた苦い目をしながら聞いていた。 そして、その場にいる全員に向けて言い放った。 「俺が奴と話をしよう。お前達は悪魔の黙示録の解読に専念しろ。奴の話を聞きたい気持ちは分かるが、まずは俺が行って見定めてこよう。」