強炭酸
19 件の小説先駆者
「あなた、それで幸せなんですか?」 ええ、もちろん。私はどこの誰よりも幸せよ。 憐れまないで。 悲しまないで。 こんなことに対してそんな感情を抱いて私に訴えかけているあなたが、一番の悲劇に違いないのだから。 だって、あなたの言う「本当の愛」って、おおかた、 騙し騙され奪われて、 またそれを繰り返しても希望を持つことを美徳にする、 生傷が本体になるまで繰り返す歪なものじゃないの。 そんなものに若い私を巻き込まないで。 私はもっと合理的に、現実的に愛を築くのよ。 いいじゃない、相手が沢山いたって。 いいじゃない、相手に血が通ってなくたって。 いいじゃない、何も残らないかもしれなくて。 いつの時代にも全部言えるでしょう? でもそれらと違うところが一つあるわ。 それは、誰にも迷惑がかからないという点よ。 これほど画期的な愛が今、他にある? いいえ、ないわ。 もし反論するならこれをも淘汰する別案を用意することね。 まあ無理でしょうけど。 だって試してみたら分かるわよ、この良さが。 血の通った人間には到底無理よ。 この裏切られない、奪われない安心感に充足感。 誰が嫌なもんですか。 これこそ人類が追い求めてきた最高のロマンでしょう? もう人は傷つかなくたっていいのに。 それを分かってて自ら拒否する。 天邪鬼ですね、随分と。 あ、待って待って、およしになって。 まずはその手を下ろして。 別に馬鹿にするわけではないのですよ?決して。 ただ、不思議に思ってしまうだけですよ。 せっかく先人が努力して紡いだ結果を、 人間の動物的なむさ苦しい本能から来る恐怖心で避ける行為が。 あなた、一体いつの人間ですか? ここは現代ですよ。 もう無駄な抵抗はやめて、 素直になりましょうよ。 あら、強情な方ですね。 それなら問いましょう。 その信念を貫いてきて、 あなた今、幸せですか?
未来物語
褪せた世界に吹く風は 軽い 重い風はとうの昔に過ぎ去った。 どこまでも永く織りなされた時も プツンと途絶えてた。 夢の跡地 若草香った 重奏の思い巡る社交場 奇跡願うた廃退の聖 そのどれも褪せた。 亡き想いども、 命ども、 再び起きる ことはなし。 風は巡る、 どこまでも。 それでも同じ、 色は来ぬ。
神
あるところに、一人の青年がいた。 その青年は、鬼気迫る勢いで手紙を書いていた。 神の目。 恐ろしい目。 黄金に輝く目。 その目は世界の全てを統べるという。 しかし、 ある人はこう言っていた。 「神とは万物に宿るものだ。」 それからまたある人は、 「神とは己の中に宿すもので、己を信じることこそが信仰だ。」 と。 答えを数えるものでないことは明らかだ。 しかし、そんな混沌の中にも、 一つの確かな共通点がある。 それは、 信じる対象に当てはまるもの、 もっと言うなら、 依存する先のものをを人々は神と崇めるということだ。 これは随分といい加減で、ごく当たり前の答えである。 はずである。 にも関わらず、人々は神を巡って争う。 神を利用して陥れる。 そしてまた、神は泥を塗られる。 神の取り柄は、綺麗であることだ。 神との距離は、遠いのだから。 神への行為として相応しいのは、信仰だ。 信仰とは、安らぎだ。 安らぎであるべきだ。 神はそれを保証する義務がある。 そこで最後に彼は問うた。 あなたは、いつか神になれると思いますか? このような趣旨の手紙が、とあるアイドルグループの一人に宛てられた。 差し出し人は不明だ。 手紙の文字は濃く、酷く乱れていたが、不思議と読めない箇所は一つもなかった。 そして紙は真っ白で、 線が機械的に焦茶色の線が引かれたごく普通のもので、 その紙には所々不規則な凹凸が小さく目立っていた。 彼の最後は、きっと凄惨なものであったに違いない。
Shine
ピアスの穴を開けた。 左の耳たぶに一つ、開けた。 たった一つだけ。 太さは18ゲージ。 エメラルドに似たストーンが入った、銀のピアスだ。 ちなみにピアスを開けたことには理由があり、 その理由というのは複数あるのでひとつにまとめると、 なんとなくだ。 それとこのピアスは、実はさっき買ってきたばかりのものなのだ。 しかも徒歩で。往復で2時間も歩いて。 ほんとは自転車、もしくは親の車で行けばもっとすぐ、 少なくとも徒歩よりは苦労せず手に入れられたのだが、 あいにく自転車はずっと前に故障しており、 新しく買わなければいけない状態だったのだ。 でも先週にネットで目星をつけたものがあって、 運動不足の改善のためにも購入しており あと二日待てば良かっただけの話だったのだ。 しかし私にはその二日が惜しかった。 だから歩いた。 しかし、 ただ歩いた、と短く言うが、 最近めっきり運動する機会も無くなっていた体には、 だいぶハードな運動だった。 それに、午後に買いに出たのだが、 今日は日がよく照っていて、 歩いていると少しずつ汗が滲み出て、 首筋を透明な雫がつう、と滴れるほどだった。 そんな苦労をかれこれ2時間も耐えて、 今、ピアスがある。 このピアスを選ぶ時は本当に悩んだ。 種類は10種程あって、ストーンの色、金具の色などで 結構ガラッと印象が違うように見えた。 そのため、 おそらく5分くらいはそこで難しい顔をしていただろう。 しかし結局は勘に頼って、 このピアスに決めた。 そのピアスを目の前に、 私は小さな子供のように胸を高鳴らせ、 歩いた時とは違った理由で、汗が一筋滲んだ。 まず台紙を丁寧に剥がし取り、ピアッサーを出した。 それから説明書をざっと見て、心構えを持つ。 体を静かな熱が巡る。 ピアスの切っ先を左の耳たぶにそっと当てる。 硬い冷たさが肌に移る。 深く息を吸う。 吐く。 それを数十秒繰り返して、指に覚悟を込める。 ゆっくりと力を入れ始め、次第に力を素早く入れた。 バチンと音が響く。 ヅクンとした鈍い痛みが走る。 それからそっとピアッサーを耳から離し、鏡を見た。 左耳に異物が食い込んでいる。 硬く冷たい、余所者がいる。 しかしその受け入れきれていない感覚が、 体の底を跳ねさせた。 そして、この華々しい無機質が私の肉体の一部となることは、 なんとも言えない喜びだった。 私はそんな、 体の小さくも大きなじんわりとした熱い拒絶を抱いて、 束の間であろう幸福を噛み締めた。
コロン
安い香水を買った。これで自分を、人生を変えてやろうと思った。 人生、何も上手く進まない。 私にとっては少なくとも良いように進んでいるとは言えない。 不安、退屈、嫌悪。 それだけが積み重なって、幸せを幸せと言えない。 それが苦しい。だから変えてやるんだって。 ドラッグストアでシトラス系の香水を、500円で買った。
Noir
夜の闇と土砂降りの雨の中、僕は滲む街灯だけを視界の端に入れて走っている。 目的地などない。ただ疲れ果てて、あわよくば疲労で壊れてしまいたいと思うだけだ。 疲れた。 本で読んだ。 「人前が怖いというのは当たり前の本能で、対処法は慣れだ」と。 僕はそのとき酷く落胆した。 慣れ。人が大勢いるという空間に何年間も入れられ、 それにも関わらず空間にいるだけで気が狂うような僕に、「慣れ」と。 知った瞬間に僕は泣き叫びたくなった。 「じゃあ、失礼で不器用な芋の煮えたもこれっぽっちも理解できない僕はどうすればいいんだ?」と。 僕は世間知らずだ。幼稚だ。常識知らずの白痴だ。 だからがむしゃらに、僕なりに走ったつもりだ。 それでも何も成せない、成れない。 僕はどうしようもないほど不器用だ。馬鹿だ。 この馬鹿に効く薬はもちろんないし、救いなどそもそも存在しない。 そして馬鹿は底を知らず、悪化の一途を辿る一方だ。 生きたい。生きたと証明するためだけに、生きたい。 死ぬまで生きたい。死ぬほど生きたい。 そう思ったとき、足は止まっていた。 あるのは、生に満ちた荒削りな呼吸だけだった。
あとのまつり
アホみたいね。 私、水を待つ鉢植えのようだった。 いつまでも、どこまでも清く正しいと思っていた。 でも違うね、私、永遠性の脳の病に侵されてた。 それが酷く、怖く、寂しくて、萎れ込んでしまった。 劇物のような恋の愛の沙汰、 昇る朝日暮れる夕陽のよう。 「今が楽しい」現場満足、 繰り返すだけでよかった。 それなのに、私、 あなたに会って、 潤いすぎちゃった。 アホみたいね。 私、水を待つ鉢植えのようだった。 いつまでも、どこまでも清く正しいと思っていた。 されど違った、今、全てを悟ってしまったの。 それが私、とても、とても、虚しかったんだった。 アイロニ構文タラタラ。 君の旋律今でもキラキラ。 忘れたいと、忘れたいと。 思い思えど色は褪せないね。 アホみたいね。 私、水を待つ鉢植えのようだった。 いつまでも、どこまでも清く正しいと思っていた。 バカみたいだ。 私、未だに期待寄せてるわ。 満たされない水差しに、愛を込めていた。 時を戻せたら。 アホな話だった。
天災
死んだ神の後は実態のない幽霊どもが湧き上がる。 その命をまるで神と崇める。 崇められた魂は信仰で雁字搦めになる。 それでも神の住まう御殿の跡地には、 清く瑞々しい炎が萌える。 そこからやがて全てを飲み込み踏み躙る、 大樹が成り立ち神となる。
射る
白く鋭い光がキーンと空間をつん裂くように音を発して突き抜ける 景色がふわふわと漂う 空気が硬まる 手足が中途半端に凍る 回路を流れる電気はピークに達しショートし消える 熱く冷たくただ淡く この身だけが赤く浮く
青多色
開き出で 広がる大地 空と海 個々生き生きと 青々と燃ゆ