R
45 件の小説第七話
【Rの仲間たち】 丘の向こうから 三つの影が走ってきた。 一番前にいたのは 長い金髪の女だった。 勢いよく駆け上がってくる。 「Rー!!」 手を振りながら叫ぶ。 「また仮面壊してるでしょ!」 Rはため息をついた。 「……うるさい」 女は目の前まで来ると 腰に手を当てた。 「うるさいじゃない!」 「街の人が困ってたわよ!」 Rは平然と言う。 「仮面なんて壊されて困るなら」 「最初から持つな」 女は呆れた顔をした。 「ほんと極端なんだから」 その後ろから もう二人がやってくる。 一人は長身の男。 黒髪を後ろで束ねている。 もう一人は まだ若い成年だった。 青髪の男が言う。 「……あれ?」 カナタを見て 首をかしげる。 「この人誰?」 女もそこで カナタに気づいた。 「え?」 Rを見る。 「誰?」 Rは肩をすくめた。 「知らん」 カナタが思わず言う。 「さっき話してたじゃん!」 女が笑った。 「面白い人ね」 そして手を差し出す。 「私はユナ」 「この無愛想な人の仲間」 Rが小さく言う。 「勝手に仲間にするな」 ユナは無視した。 長身の男が一歩前に出る。 「ジンだ」 短く名乗る。 静かな声だった。 最後に青髪が言う。 「カイ!」 元気よく手を上げる。 「よろしく!」 カナタは少し戸惑いながら 頭を下げた。 「カナタ」 ユナが聞く。 「どこの人?」 カナタは言う。 「……別の世界」 沈黙。 カイが目を丸くする。 「え?」 ユナも固まる。 「……今なんて?」 カナタはもう一度言った。 「別の世界から来た」 カイがRを見る。 「R」 「この人ヤバい?」 Rは腕を組む。 「多分な」 カナタが怒る。 「本当だって!」 ユナが笑う。 「まあまあ」 「詳しく聞きましょ」 四人は丘に座った。 青い空。 風が流れる。 カナタは 自分の世界の話を始めた。 黒い空。 仮面の軍勢。 常闇の支配。 そして―― アルカディア。 話が終わる頃。 誰も笑っていなかった。 カイが小さく言う。 「……それ」 「かなりヤバいんじゃない?」 ジンが腕を組む。 「仮面で世界支配か」 ユナがRを見る。 「どう思う?」 Rは少し黙る。 そして言う。 「……あり得る」 カナタが顔を上げる。 Rは続けた。 「仮面は人を変える」 「力を与えるが」 「同時に」 「心も縛る」 ジンが言う。 「王の仮面か」 Rが頷く。 「多分な」 カナタが言う。 「その王が」 「アルカディア」 ユナが考える。 「仮面の王……」 カイが聞く。 「それってRより強い?」 Rは即答した。 「知らん」 ユナが笑う。 「相変わらずね」 カナタは立ち上がる。 「だから頼んでる」 「俺の世界を救ってくれ」 Rは立ち上がらない。 ただ空を見ていた。 沈黙が流れる。 カナタは言う。 「仲間もいる」 「待ってる」 「でも」 「俺一人じゃ無理だ」 Rは何も言わない。 ユナが小さく言う。 「R」 Rは目を閉じる。 少しだけ考える。 そして言った。 「……帰れ」 カナタが固まる。 Rは続ける。 「お前の世界は」 「お前が戦え」 カナタが叫ぶ。 「だから!」 その時だった。 ジンが言った。 「待て」 全員が見る。 ジンはカナタを見ていた。 「その仮面」 カナタの胸元。 時空の仮面。 ジンの目が細くなる。 「……時空の仮面か?」 カナタが驚く。 「知ってるのか!?」 ジンは小さく言う。 「昔」 「聞いたことがある」 ユナが聞く。 「どこで?」 ジンは答える。 「……クロウ」 Rの目が動いた。 一瞬だけ。 空気が変わる。 カナタは聞く。 「クロウ?」 Rはゆっくり立ち上がる。 そして言った。 「……俺の師匠だ」 風が止まる。 Rは少し黙った。 そして 小さく呟いた。 「……師匠」
第六話
【仮面を砕いた男】 風が吹いていた。 青い空の下。 カナタはまだ少し 状況が理解できていなかった。 さっきまで見ていたのは 黒い空。 崩れた街。 常闇に覆われた世界。 だが今―― 空は青い。 雲が流れている。 太陽が眩しい。 カナタは空を見上げた。 「……本当に」 「別の世界だ」 その時。 足音が近づいた。 カナタは視線を戻す。 目の前には 一人の男。 黒いコート。 鋭い目。 静かな空気を纏っている。 そして足元には 砕けた仮面。 男は腕を組んでいた。 「……で?」 低い声。 「お前は誰だ」 カナタは少し迷う。 だが答える。 「カナタ」 男は続ける。 「どこから来た」 カナタは言う。 「別の世界」 男の眉がわずかに動く。 「ほう」 カナタは続ける。 「黒い空の世界」 「仮面に支配された世界」 男の目が細くなる。 カナタは言う。 「その世界を救える人を探してる」 そして その名前を言った。 「R」 風が止まる。 男は数秒 黙っていた。 そして言う。 「誰に聞いた」 カナタは答える。 「祖父」 「ソウゲンっていう」 男は少し考えた。 「知らない名前だ」 カナタは頷く。 「でも祖父は言ってた」 「仮面の時代を終わらせた男がいるって」 カナタは周りを見る。 そして足元の仮面を指す。 「さっき」 「仮面を砕いてた」 男は静かに言った。 「ただのゴミだ」 カナタが驚く。 「仮面だぞ?」 男は肩をすくめた。 「だからだ」 「そんなもの」 「最初からいらない」 カナタは言葉を失う。 その時。 風が吹いた。 男は空を見る。 「仮面はな」 「人を弱くする」 カナタが聞く。 「どういう意味?」 男は言う。 「力を与える」 「役割を与える」 「安心を与える」 「だがその代わり」 「人は考えるのをやめる」 カナタは黙る。 男は続ける。 「昔」 「この世界も仮面だらけだった」 カナタの目が見開く。 「え?」 男は言う。 「王」 「騎士」 「兵士」 「商人」 「人はみんな仮面を被って生きてた」 カナタが呟く。 「仮面の時代……」 男は頷く。 「だから」 「全部壊した」 カナタが驚く。 「全部!?」 男は平然と言う。 「壊せるやつはな」 カナタは男を見つめる。 この人が 仮面の時代を終わらせた男。 その人が 目の前にいる。 カナタは言った。 「俺の世界を」 「救ってくれ」 沈黙。 風が吹く。 男はカナタを見る。 そして 静かに言った。 「断る」 カナタが固まる。 「え?」 男は言う。 「俺はもう」 「世界を救うのをやめた」 カナタは叫ぶ。 「でも!」 「俺の世界は――」 男は遮る。 「知るか」 カナタが言葉を失う。 男は続ける。 「世界なんてな」 「勝手に壊れる」 「勝手に終わる」 「それが普通だ」 カナタは拳を握る。 「ふざけんな」 男の目が動く。 カナタは言う。 「俺の世界には」 「仲間がいる」 「守りたい人がいる」 「それでも」 「見捨てろって言うのか」 男は少し黙った。 そして聞く。 「お前」 「仮面を持ってるな」 カナタは驚く。 「……わかるのか」 男は言う。 「気配でな」 カナタは胸元の仮面を見せた。 時空の仮面。 男の目が少し変わる。 「……面白い仮面だな」 カナタが聞く。 「知ってるのか?」 男は言う。 「聞いたことはある」 「世界を繋ぐ仮面」 カナタの心臓が跳ねる。 「じゃあ!」 男は首を振る。 「それでも」 「俺は行かない」 カナタが叫ぶ。 「なんでだよ!」 男は空を見る。 青い空。 そして静かに言った。 「俺はもう」 「仮面と関わらない」 沈黙。 カナタは歯を食いしばる。 だがその時―― 遠くから声が聞こえた。 「Rー!!」 元気な声。 男がため息をつく。 「……うるさいのが来た」 丘の向こうから 三人の影が走ってくる。 一人は女。 一人は長髪の男。 もう一人は青髪の男。 カナタは思う。 (誰だ……?) 男は言った。 「……仲間だ」 そして小さく呟く。 「まったく、面倒なやつら」
第五話
【世界の扉】 風が止まった。 まるで世界が息を止めたように。 カナタの手の中で 仮面が淡く光っている。 時空の仮面。 古い仮面。 だが今、その表面の紋章が ゆっくりと輝き始めていた。 円環。 重なり合う線。 まるで時計の針のような模様。 レナが一歩下がる。 「……光ってる」 ガルムが眉をひそめる。 「おいおい」 「本当に動くのかよ」 シオンだけが じっと仮面を見ていた。 カナタはゆっくり言う。 「祖父ちゃんが言ってた」 「世界が終わる時」 「この仮面を使えって」 レナが言う。 「でもさ」 「別世界なんて本当にあるの?」 カナタは答えない。 ただ仮面を見つめる。 そして小さく呟く。 「……R」 その瞬間だった。 仮面が強く光る。 空気が震えた。 ガルムが叫ぶ。 「来るぞ!」 大地が揺れる。 空が歪む。 黒い空が まるでガラスのようにひび割れた。 空間が裂ける。 そこに 光の渦が現れた。 レナが叫ぶ。 「なにこれ!?」 シオンが呟く。 「……時空の扉」 渦はどんどん大きくなる。 風が逆流する。 瓦礫が浮く。 空間がねじれる。 カナタの体が 光に包まれる。 レナが手を伸ばす。 「カナタ!」 ガルムも叫ぶ。 「待て!」 シオンが叫ぶ。 「行くのか!?」 カナタは三人を見る。 レナ。 ガルム。 シオン。 ずっと一緒に戦ってきた仲間。 カナタは言った。 「……必ず戻る」 三人が黙る。 カナタは続ける。 「Rを連れて」 レナが歯を食いしばる。 「約束だからね」 ガルムが笑う。 「死ぬなよ」 シオンが静かに言う。 「待ってる」 カナタは頷く。 そして 仮面を顔に当てた。 その瞬間。 世界が崩れる。 光。 風。 音。 すべてが混ざり合う。 時空が裂ける。 カナタの身体が 渦に吸い込まれる。 レナが叫ぶ。 「カナタ!!」 ガルムが拳を握る。 シオンは目を閉じる。 そして―― 光が弾けた。 静寂。 風が戻る。 空はまた黒い。 渦は消えていた。 そこに カナタの姿はない。 レナが呟く。 「……行った」 ガルムが言う。 「マジで別世界かよ」 シオンは空を見る。 そして小さく言った。 「R」 「本当にいるのなら」 「この世界を救ってくれ」 その頃―― カナタは 落ちていた。 光の中を。 時間も 空間も わからない場所。 そして 次の瞬間。 視界が開ける。 カナタは地面に倒れ込んだ。 「……っ!」 息を吐く。 顔を上げる。 そこに広がっていたのは 青い空だった。 眩しいほどの空。 雲が流れている。 風が優しい。 カナタは呟く。 「……空」 久しく見ていない色だった。 その時だった。 少し離れた場所から 金属の音が響く。 カナタが振り向く。 そこには 一人の男が立っていた。 黒いコート。 鋭い目。 手には剣。 そして―― 砕けた仮面が 足元に転がっている。 男が静かに言った。 「…?お前」 「どこから来た…?」 カナタは立ち上がる。 そして言う。 「……R?」 男の目が細くなる。 「誰に聞いた」 カナタは言う。 「世界を救える男だって」 沈黙。 風が吹く。 そして男は 小さく笑った。 「……面白い」 「その話」 「詳しく聞こうか」
第四話
【時空の仮面】 街を離れてから、 四人はしばらく黙って歩いていた。 黒い空。 崩れた道。 風だけが吹いている。 レナがようやく口を開いた。 「……さっきの見た?」 カナタは答えない。 ガルムが言う。 「アルカディア様〜ってやつか」 「あれはもう、完全に信者だな」 レナが頷く。 「仮面を誇らしそうに触ってた」 「気味悪い」 少し沈黙が流れる。 その時。 シオンが静かに言った。 「でも」 三人が振り向く。 「間違ってるとも言い切れない」 レナが眉をひそめる。 「どういう意味?」 シオンは空を見上げた。 「昔の世界は」 「戦争ばかりだった」 「仮面ができる前は」 「国と国が争って」 「人は人を殺して」 「世界はずっと混乱してた」 ガルムが腕を組む。 「それは聞いたことある」 シオンは続ける。 「でも」 「アルカディアが現れてから」 「大きな戦争はなくなった」 「国もなくなった」 「争う理由もなくなった」 レナが言う。 「だからって支配されていいの?」 シオンは少し考える。 「……それでも」 「救われたと思ってる人は多い」 カナタは黙って聞いていた。 そして静かに言う。 「それでも」 三人が振り向く。 カナタの目は強かった。 「自由がない世界は」 「終わってる」 レナが少し笑う。 「同感」 ガルムも頷く。 「だな」 シオンだけが黙っていた。 カナタは胸元に手を当てる。 そこにある仮面。 古い仮面。 他のどの仮面とも違う。 円環の紋章。 時空の仮面。 レナが気づく。 「それ」 「祖父さんの仮面?」 カナタは頷く。 「祖父ちゃんが守ってた」 ガルムが聞く。 「何の仮面なんだ?」 カナタは少し迷う。 だが、言った。 「……別世界に行く仮面だ」 三人が止まる。 レナが言う。 「は?」 ガルムも目を丸くする。 「別世界?」 シオンだけが静かに聞く。 「本当に?」 カナタは空を見た。 祖父の言葉が蘇る。 「この仮面は」 「時空を越える仮面だ」 カナタは言う。 「祖父ちゃんが言ってた」 「この世界が完全に支配された時」 「この仮面を使えって」 レナが聞く。 「それで?」 カナタは答える。 「探せって言われた」 「ある男を」 ガルムが言う。 「誰だよ」 カナタは静かに言う。 その名前を。 「R」 風が吹いた。 レナが首をかしげる。 「誰それ」 ガルムも言う。 「聞いたことない」 だが。 シオンだけは 少し驚いた顔をした。 「……伝説の人」 三人が見る。 シオンは続ける。 「……」 「仮面の時代を終わらせた男」 カナタが頷く。 「祖父ちゃんも同じこと言ってた」 「その人なら」 「世界を変えられるって」 レナが腕を組む。 「つまり」 「そのRって人を探すってこと?」 カナタは仮面を握る。 「そう」 ガルムが笑う。 「面白いじゃねぇか」 「世界救う旅か」 レナも笑う。 「退屈しなさそう」 その時。 シオンが言った。 「でも」 全員が見る。 「この仮面」 「本当に使えるの?」 カナタは仮面を見る。 古い仮面。 だが どこか暖かい。 祖父の声が蘇る。 「世界が終わる時に使え」 カナタは言う。 「……試してみる」 三人が驚く。 「今!?」 カナタは頷く。 「この世界はもう終わってる」 「だったら」 「次に行くしかない」 カナタは仮面を手に取る。 ゆっくり持ち上げる。 レナが言う。 「ちょっと待って」 「本当に大丈夫なの?」 カナタは笑った。 少しだけ。 「わからない」 「でも」 「祖父ちゃんを信じる」 風が止まる。 空気が変わる。 時空の仮面が 静かに光り始めた。
第三話
【仮面の支配】 街は静かだった。 静かすぎるほどに。 崩れた建物。 割れた石畳。 燃えた跡の残る壁。 だが、人はいる。 道を歩く人影。 店の前に立つ人影。 瓦礫を片付ける人影。 だが―― 誰も話さない。 誰も笑わない。 誰も怒らない。 ただ、淡々と動いている。 そして全員が 仮面をつけていた。 黒い仮面。 表情のない仮面。 カナタたちは瓦礫の陰から その光景を見ていた。 レナが小さく呟く。 「……また増えてる」 ガルムが低く言う。 「この街も、もう終わりだな」 街の中心には 巨大な像が立っていた。 黒い石で作られた像。 長い外套。 王のような姿。 そして―― 顔には仮面。 台座には名前が刻まれていた。 アルカディア その像の前に 人々が集まっている。 仮面をつけた人々。 その中の一人が ゆっくり声を上げた。 「我らの王に感謝を」 周囲の人々が 同じ言葉を繰り返す。 「感謝を」 「感謝を」 声は静かだ。 だが、迷いはない。 一人の老人が言った。 「かつて世界は混乱していた」 「戦争があり」 「争いがあり」 「人は人を殺していた」 別の男が続ける。 「だが王はそれを終わらせた」 「アルカディア様が世界を救った」 「仮面を与えてくださった」 人々が仮面に触れる。 まるで 宝物のように。 「この仮面があれば」 「人は迷わない」 「争わない」 「苦しまない」 一人の女が言った。 「常闇こそ救い」 その言葉に 全員が頷く。 「常闇こそ救い」 「王に従え」 「常闇に従え」 その光景を見て レナが顔をしかめた。 「……気持ち悪い」 ガルムも小さく言う。 「洗脳だろ、あれ」 だが シオンは静かだった。 何も言わず 人々を見ている。 カナタは拳を握った。 (違う) あれは 洗脳だけじゃない。 信じている。 本気で。 アルカディアを。 常闇を。 (どうして……) カナタの胸に 重い感情が広がる。 その時だった。 人々の中の一人が 言った。 「反逆者がいる」 周囲がざわめく。 「まだ仮面を拒む者がいる」 「愚かな者たち」 「王の慈悲を理解できない」 「だが心配はいらない」 男は笑った。 「やがて全員が救われる」 「仮面を受け入れることで」 「すべてが終わる」 「苦しみも」 「争いも」 「自由も」 カナタの拳が震える。 自由も。 その言葉が 胸に刺さった。 その時。 ふと 昔の光景が浮かぶ。 暖炉の前。 小さな家。 祖父の声。 ソウゲン。 あの優しい声。 「カナタ」 「覚えておけ」 祖父は言った。 「この世界は、いつか闇に覆われる」 「人は仮面に支配される」 幼いカナタは 意味がわからなかった。 「でも」 祖父は続けた。 「その時が来たら」 「これを使え」 祖父が差し出したのは 古い仮面。 他の仮面とは違う。 円環の紋章が刻まれている。 「これは」 「時空の仮面だ」 カナタが聞いた。 「じくう?」 祖父は頷く。 「時空を越える仮面だ」 「そして」 祖父は静かに言った。 「探せ」 「仮面の時代を終わらせた男を」 カナタが首をかしげる。 「だれ?」 祖父は言った。 その名前を。 「R」 記憶が途切れる。 カナタは現実に戻る。 目の前には 仮面を崇拝する人々。 アルカディアの像。 黒い空。 (祖父ちゃん……) カナタは胸元の仮面を握る。 (あんたが言ってた世界は) (本当に来た) そして思う。 (だったら俺は) (やるしかない) 祖父が残した 最後の希望を。 時空の仮面を。
第二話
【逃げ場のない世界】 金属がぶつかる音が、瓦礫の街に響いた。 キィン――! レナの双剣が、黒い仮面の兵士の刃を弾く。 「遅い!」 そのまま身体をひねり、風のような動きで懐へ入り込む。 次の瞬間。 風が裂けた。 ザンッ――! 兵士が後ろへ吹き飛ぶ。 仮面が割れることはない。 だが衝撃で地面を転がる。 「まだ来る!」 レナが叫ぶ。 その背後で、巨大な影が動いた。 ガルムだ。 「任せろォ!!」 大剣が振り下ろされる。 ドォン!! 地面が揺れるほどの一撃。 瓦礫が跳ね上がり、常闇兵たちが吹き飛ぶ。 ガルムは笑った。 「ははっ! やっぱこういうのは気持ちいいな!」 「楽しんでる場合!?」 レナが怒鳴る。 「囲まれてるのよ!」 実際、その通りだった。 常闇兵は減らない。 倒しても倒しても、 黒い仮面が次々と現れる。 屋根の上。 路地の奥。 崩れた建物の陰。 どこからともなく現れる。 「……キリがないな」 静かな声が聞こえた。 シオンだった。 彼は一歩下がりながら、ゆっくり仮面を持ち上げる。 黒くも白くもない。 灰色の仮面。 表面には細い線が走っている。 侵食の仮面。 シオンはそれを顔に当てた。 カチリ。 仮面がはまる。 次の瞬間―― 常闇兵の一人が、急に動きを止めた。 「……?」 別の兵士が振り向く。 「どうした」 だが、その兵士の仮面に黒い線が走っていた。 ヒビのように。 侵食。 シオンが小さく笑う。 「少し借りるよ」 次の瞬間。 その兵士は仲間に向かって剣を振るった。 「な……!?」 混乱が広がる。 カナタはその様子を見ながら言った。 「便利な力だな」 シオンは肩をすくめる。 「長くは持たないけどね」 その目が、少しだけ暗くなる。 「……それに」 「この仮面、あまり好きじゃない」 だがその言葉は、すぐに戦いの音にかき消された。 カナタは剣を構える。 一人の兵士が飛び込んできた。 ガキィン!! 刃がぶつかる。 仮面の奥から声が聞こえる。 「なぜ抗う」 「常闇は救いだ」 カナタは押し返す。 「それ、さっきも聞いた」 兵士は続ける。 「アルカディア様は世界を救った」 「戦争は消えた」 「争いも消えた」 カナタの動きが一瞬止まる。 兵士の声は、怒りではなかった。 むしろ―― 本気で信じている声だった。 「……だったら聞くけど」 カナタは低く言う。 「自由は?」 兵士は答える。 「必要ない」 剣が押し込まれる。 「人は自由になると争う」 「だが仮面があれば争わない」 「だから世界は救われた」 カナタは歯を食いしばる。 「それのどこが救いだ!」 力を込めて剣を振り抜く。 兵士が後ろへ下がる。 だが周囲には、まだ数十の仮面があった。 レナが息を吐く。 「……無理ね」 ガルムが笑う。 「やっと気づいたか」 「最初から言ってるでしょ!」 その時だった。 遠くで、低い音が鳴った。 ゴォォォ…… 重い振動。 地面がわずかに揺れる。 シオンが顔を上げた。 「……あれ」 レナも気づく。 「嘘でしょ」 カナタが聞く。 「何だ?」 ガルムが苦笑した。 「最悪のやつだ」 瓦礫の向こう。 黒い煙のような影がゆっくり近づいてくる。 常闇兵たちが一斉に膝をついた。 「……来た」 誰かが呟く。 崇拝する声で。 「常闇軍」 「都市制圧部隊」 レナの顔が険しくなる。 「街が……終わる」 カナタの胸が強く脈打つ。 祖父の言葉が頭に浮かぶ。 ――世界が完全に支配された時 ――その時だけ使え カナタは胸元の仮面に触れた。 冷たい感触。 時空の仮面。 そして初めて思う。 もしかすると―― その時が、 もう来ているのかもしれない。 黒い空の下で、 絶望はゆっくりと街を覆い始めていた。
第一話
【黒い空】 空は、黒かった。 雲ではない。 夜でもない。 昼も、夜も、この世界には存在しない。 ただ――黒い空。 太陽はどこかにあるはずなのに、 その光は一度も地上に届かない。 街は沈黙していた。 瓦礫の隙間を風が吹き抜ける。 崩れた建物。 割れた窓。 人の気配はあるのに、活気はない。 すべてが、どこか“終わっている”。 その街を、ひとりの少年が走っていた。 「……くそっ!」 息を切らしながら振り返る。 追ってくる。 黒い影が。 十人。 いや、二十人はいる。 全員が同じ仮面をつけていた。 黒い仮面。 口元には静かな笑みのような曲線。 目の部分は深い闇。 常闇兵。 この世界を支配する存在、 常闇の仮面に仕える兵士たちだ。 だが彼らは、操られているわけではない。 むしろその逆。 仮面の向こうから聞こえる声は、 どこか恍惚としていた。 「逃げるな」 「常闇は救いだ」 「恐れる必要はない」 「お前も、仮面を受け入れればいい」 少年は歯を食いしばる。 「ふざけんな……!」 瓦礫を飛び越え、細い路地へと滑り込む。 だが追跡は止まらない。 足音が近づく。 黒い影が壁に映る。 この世界では――逃げ場などない。 少年の名は、カナタ。 この常闇の世界で生き残る、数少ない自由な人間の一人だった。 「……まだ捕まるわけにはいかない」 胸元に手を当てる。 服の下に、硬い感触があった。 仮面。 だが、常闇兵のものとは違う。 古びた仮面だった。 石のような質感。 中心には奇妙な紋章が刻まれている。 円が重なり、歪み、絡み合う。 まるで壊れた時計のような模様。 カナタはそれを強く握った。 「まだ……使うわけにはいかない」 祖父の言葉が頭をよぎる。 ――この仮面はな ――世界が完全に終わった時だけ使え 意味は、ずっとわからなかった。 だが今ならわかる。 この世界は、すでに終わりかけている。 後ろから声が響く。 「止まれ」 「逃げる必要はない」 「常闇に従えばいい」 カナタは振り返る。 路地の入り口を、常闇兵たちが塞いでいた。 逃げ道はない。 前にも、後ろにも。 数十の黒い仮面が並んでいる。 その中心の男がゆっくり言った。 「なぜ抗う」 「アルカディア様は世界を救った」 「争いは消えた」 「苦しみも消えた」 「それなのに――」 男は首を傾げる。 「なぜお前たちは拒む」 カナタの拳が震える。 「……それが救い?」 黒い空を見上げる。 光のない世界。 笑わない人々。 仮面に支配された街。 「これが?」 男は静かに答えた。 「そうだ」 「自由は人を争わせる」 「だが常闇は違う」 「すべてがひとつになる」 「それが救いだ」 カナタは笑った。 小さく。 だが確かに。 「……じゃあ」 ゆっくり言う。 「俺はその救い、いらない」 その瞬間。 常闇兵たちが一斉に動いた。 「捕えろ」 「仮面を与えろ」 カナタは後ろへ跳ぶ。 崩れた壁を蹴り、屋根へ飛び乗る。 だがすぐに別の兵が立ちはだかった。 逃げ場はない。 囲まれた。 カナタは息を吐く。 そしてもう一度、胸元の仮面を握った。 時空の仮面。 一族に伝わる仮面。 だが今はまだ使えない。 まだ――。 「カナタ!!」 遠くから声が聞こえた。 振り向く。 瓦礫の向こうから、三人の影が走ってくる。 レナ。 ガルム。 そして――シオン。 カナタは小さく息を吐いた。 「……遅い」 レナが双剣を抜く。 「助けに来たんだから感謝して」 ガルムが大剣を担ぐ。 「さぁて、暴れるか」 シオンは静かに仮面を手に取った。 「囲まれてるけどね」 常闇兵たちがざわめく。 「抵抗するのか」 「無意味だ」 「常闇に逆らう者に未来はない」 レナが一歩前に出る。 「未来?」 剣を構える。 「そんなの――」 カナタをちらりと見る。 そして言った。 「自分で作るものよ」 次の瞬間。 戦いが始まった。 黒い空の下で。 希望のない世界で。 それでも―― まだ終わっていない戦いが。 始まった。
プロローグ
― 終わらなかった世界 ― 世界は、すでに終わっていた。 空は黒い。 昼も夜も関係ない。 太陽は、あるはずなのに――見えない。 空を覆っているのは、 巨大な影。 それは雲ではない。 “意志”だった。 人々は街を歩く。 だが、その顔に表情はない。 笑わない。 怒らない。 泣かない。 ただ、命令された通りに動く。 すべての顔には―― 仮面。 黒い仮面。 冷たい仮面。 意思を奪う仮面。 この世界は、 仮面に支配されている。 その頂点にいるのは、 ただ一つの存在。 常闇の仮面。 ⸻ ――だが。 この絶望は、 この世界だけのものではなかった。 かつて、別の世界で。 一人の男が、 “すべての始まり”に触れた。 原初の仮面。 仮面という概念、そのもの。 それを―― 砕いた。 それは救いだったのか。 それとも、 禁忌だったのか。 誰にもわからない。 ただ一つ確かなことがある。 終わりは、終わりではなかった。 ひとつの仮面が消えたとき、 世界は均衡を失い、 歪みは、 別の世界へと流れ出した。 そして生まれた。 新たな支配。 新たな絶望。 新たな頂点。 常闇の仮面。 これは、 “終わらせたはずの物語”の、 続き。 ⸻ その日もまた、 ひとつの街が静かに沈んでいった。 人々の抵抗は、ほんの一瞬だった。 黒い影が広がり、 意思を飲み込み、 心を奪う。 やがて全員が仮面を被り、 同じ方向を向く。 同じ声で呟く。 「……常闇に従え」 世界は、もうほとんど残っていない。 自由な人間は、 数えるほどしかいなかった。 ⸻ その中の一人が、 瓦礫の街を走っていた。 少年だった。 息を切らしながら、 振り返る。 背後には―― 仮面の軍勢。 数十。 いや、数百。 全員が黒い仮面をつけている。 感情はない。 迷いもない。 ただ命令を遂行するだけの存在。 少年は歯を食いしばる。 「くそ……!」 剣を握る。 だが、わかっていた。 勝てない。 何度戦っても、 何度逃げても、 この世界では――勝てない。 なぜなら、 その頂点にいる存在は、 あまりにも強すぎる。 常闇の仮面。 あれに抗う術を、 この世界は持っていない。 ⸻ 少年は路地に飛び込み、 崩れた建物の中へと滑り込んだ。 追ってくる足音。 止まらない。 逃げ場はない。 そのとき―― 少年の胸元で、 小さな光が揺れた。 仮面だった。 古びた仮面。 他のどの仮面とも違う。 刻まれている紋章は―― 円環。 重なり合う線。 歪んだ時計のような模様。 それはまるで、 “世界の綻び”を示す印。 少年はそれを見つめる。 震える手で、掴む。 これは、 一族に代々伝わる仮面。 祖父が言っていた。 「この仮面は――」 「世界が完全に支配された時にだけ使え」 その意味を、 少年はずっと理解していなかった。 だが今ならわかる。 もう、この世界は―― 終わっている。 少年は静かに呟く。 「……頼む」 「本当に……あるんだろ」 祖父が残した言葉。 遠い昔の伝説。 仮面の時代を終わらせた男。 その名は―― R。 少年は仮面を掲げる。 「俺一人じゃ――」 「この世界は救えない」 瓦礫の向こうから、 仮面の軍勢が迫る。 足音が近づく。 もう時間はない。 少年は覚悟を決める。 そして、 仮面を顔に当てた。 ⸻ その瞬間。 世界が、歪んだ。 それは偶然ではない。 かつて“原初”に触れた者の行為が、 時を越え、 世界を越え、 今この瞬間へと繋がった。 空間が裂ける。 時間が砕ける。 風が逆流する。 少年の身体が、 光の渦に包まれる。 視界が白く染まる。 崩れ落ちる世界。 遠ざかる街。 遠ざかる空。 遠ざかる絶望。 少年は最後に、 小さく呟いた。 「……待ってろ」 「必ず終わらせる」 「この世界も――」 「仮面のない空へ」 光が弾ける。 そして、 世界が変わった。 ⸻ 次に少年が目を開けたとき。 そこには、 眩しい空が広がっていた。 青かった。 どこまでも、 自由な空だった。 その空の下で―― ひとりの男が、 仮面を砕いていた。 ⸻ それは、 かつて世界を終わらせた男。 そして同時に、別の世界に誕生した絶望を知る事になるとはまだ知るよしもない。 ⸻ 世界が、再び動き出す。 終わらなかった物語が、 今――繋がる。
【予告|常闇編】
――すべては、終わったはずだった。 原初の仮面は砕かれ、 世界は“仮面のない空”を取り戻した。 争いは消え、人々は穏やかな日常へと帰っていく。 Rもまた、その一人だった。 だが―― その“救い”の裏で、 もうひとつの世界に、変化が起きていた。 光が解き放たれたその瞬間、 別のどこかで、静かに生まれる。 すべてを呑み込む闇。 ――【常闇の仮面】 それは、Rの知らぬ場所で、確かに息をしている。 そして。 交わるはずのなかった二つの世界が、わずかな望みをきっかけに、触れ始める。 遠く、届くはずのない声。 見えないはずの“誰か”の存在。 やがてそれは、確かな“繋がり”へと変わっていく。 もうひとつの世界で、抗う者がいる。 その名は――カナタ。 これは、終わったはずの物語の、その先。 これは、別の世界から始まる“もうひとつの戦い”。 『仮面のない空へ』続編 【常闇編】近日公開。
第三章・第十六話
【仮面のない空へ】 ――それから、何年もの時が流れた。 かつて、 人々が“仮面”で生きていた世界は―― もう、ない。 街には、 素顔の笑顔があふれていた。 力の仮面も、 支配の仮面も、 もはや――存在しない。 そして―― 今日は、祭りの日。 色とりどりの屋台。 笑い声。 太鼓の音。 子どもたちが、 走り回っている。 その顔には―― おもちゃの仮面。 ヒーロー、怪獣、動物。 力は、ない。 ただの“遊び”。 ひとりの少年が、 立ち止まって空を見上げた。 青い空。 どこまでも、高い。 少年は、そっと呟いた。 「……ありがとう」 隣にいた母親が、 不思議そうに聞く。 「……どうしたの?」 少年は、微笑んだ。 「……なんでもないよ」 また、走り出す。 そのとき―― 空の向こう。 雲の間に、 ひとつの“影”があった。 誰にも見えない場所で―― Rは、そこに立っていた。 仮面のない、 本当の顔で。 少年の「ありがとう」が、 胸に、届いていた。 Rは、少し驚いて―― そして、笑った。 「……どういたしまして」 小さく、そう呟いて―― Rは、空に溶けた。 完