まめ
3 件の小説空からの声−親友②−
「バカヤロー!!」 ハルカちゃんが叫ぶ。 「バカヤロー!!」 「わうわうー!!」 僕とクロも叫ぶ。 僕たちは顔を見合わせて笑った。 「ありがとう。すごいね、ぼく。まだ子供なのに、大人みたい」 「僕には記憶がないからね!もしかしたら中身は大人かもしれないよ!」 「ふふっありえる。でも、本当にちょっと気が楽になった。ここに来てからは割と落ち着いてるんだけどね」 生きてた頃の私酷かったんだからなんて、冗談っぽくハルカちゃんは笑ったけど、本当は笑えないくらい絶望してたんだろう。生きてた頃は。 この世界はどんな理由で死んだ人も心穏やかになるように作られてる。管理人さんはそう言っていたから。 だからハルカちゃんも今は笑っていられるんだと思う。 「自殺ってしちゃいけない事だって分かってる。でもあの頃の私は絶望しかなかった。この選択を後悔はしてない。してないんだけど…」 「ミライちゃん?」 「うん。ミライからしたら、そんな事知った事じゃない。私はミライに絶望を与えてしまった」 「うん…」 僕も、ハルカちゃんと同じ事を思うよ。 もし僕がミライちゃんの立場だったら、すごく悲しいし後悔する。もっと何かしてあげられたんじゃないのか、もっと楽しい話も苦しい話も出来たんじゃないかって。 例えばクロが、突然僕の前からいなくなったら、僕はしばらく笑えなくなってしまう。 そんな考えが頭をよぎって、少し悲しくなってクロの頭をなでた。 クロは不思議そうな顔をしながらも嬉しそうに尻尾を振った。 「なんで、死んじゃってから気付くんだろうね。もう遅いのに…」 「……」 「ミライには、すごく感謝してるの。ありがとうって、ごめんねって伝えたいのに伝えられない。だって私、死んじゃった」 ハルカちゃんは泣きながらしゃがみ込んだ。下の世界を見ながら、ミライちゃんを見ながら、本当に苦しそうに悲しそうに涙をこぼした。 「ごめんねぇ…ミライ…」 「……伝えられるって言ったら?」 「…えっ?」 ハルカちゃんは涙でぐしゃぐしゃな顔で僕を見る。 僕はハルカちゃんの顔をジッと見ながら口を開く。 「ハルカちゃんの今の気持ち、ミライちゃんに伝えられるって言ったら?」 「伝えられるなら伝えたいに決まってる。でも…そんな事出来るわけ…」 「僕、出来るよ」 僕はポシェットから便箋とペンを取り出した。 「伝えたい事、ここに書いて?手紙を送れるのは一回だけだから気をつけてね。あと長すぎるのは送れないからこの紙一枚分だけ」 「えっちょっと…」 「あとは…ハルカちゃんだって分かる印みたいなのがあればいいかも!イタズラだって思われる事、結構あるんだよね〜。しょうがないよね。下の世界の人は死んじゃった人から手紙が届くなんて、思ってもみないから」 「ちょっと待って!どういうこと?!届くわけないじゃん!私は死んだの!世界が違うの!死んだ人間は、伝えることなんて出来ない!」 「出来るよ」 僕は真剣だ。信じてよ。 「僕、ちゃんと届けるよ」 「わん!!」 僕に同意するように、クロが元気よく吠えた。 「だって…」 「いいから!とりあえず書いてみてよ!ミライちゃんに伝えたい事、いっぱいあるでしょ?」 ハルカちゃんは戸惑いながらも頷いて、僕から便箋とペンを受け取った。 それから真剣に紙と向き合う。 僕とクロは手紙が出来上がるまで、ハルカちゃんの様子を見ながら遊んだ。 「書けたけど…」 しばらくして、ハルカちゃんがおずおずと手紙を僕に渡した。 「書けた?じゃあこの封筒に入れて…あっ封筒にも名前書いといてね!」 「分かった…」 「よし!クロ!」 「わん!」 「この手紙はクロが運んでくれるんだ。僕はその道を作るだけ」 僕は手紙を風呂敷で包んでクロの首にかけた。クロの首輪には分かりやすいように、風呂敷を開いて下さいとメッセージを書いたプレートがぶら下がっている。 「よし!準備完了!クロ!行くよ!」 「わう!」 僕がポシェットを叩くと、下の世界へ繋ぐ階段が現れた。 「えぇ?!」 「じゃあクロ!気をつけていってらっしゃい!」 「わう〜!」 クロは元気よく階段を駆け下りる。 その様子を見送りながら、ハルカちゃんは僕に聞いた。 「あなた達って一体…」 「僕はぼく。もう一つの名前は、天国の郵便屋さんかな!」
空からの声−親友①−
「私ね、自殺したの」 ハルカちゃんの言葉を聞いて、僕とクロは顔を見合わせた。 「どうして…」 「ぼく、インフルエンサーって知ってる?」 「インフルエンサー?」 「そう。何かの物事で人に影響を与える人なんだけどね、私そうだったんだ」 「えっすごい!」 「でしょ?SNSの中じゃ、ちょっとした有名人」 ハルカちゃんは自慢気に笑う。 「ハルカちゃんかわいいもんね!」 「ふふっありがとう。そうなの。自分で言うのも何なんだけど、私顔はかわいく生まれたと思うのね。それに見合う努力もいっぱいした。ダイエットして、メイクの練習して…」 「うん!すごいよ!」 「みんなに認められて、褒められて、すっごく楽しかった。満たされた。本気で何にでもなれると思ったし、そのためならどんな事でも頑張ろうって」 「うんうん!」 「頑張ってきたつもりなんだけどなぁ」 遠い目をして、こぼすように、言葉を紡いだ。今にも消えてしまいそう。 下の世界にいる時も、ハルカちゃんはこんな目をしていたのかな。 「ハルカちゃん、あの子は?」 少し話題を変えるように、親友だと言ったあの子のことを尋ねてみる。 「あぁ、あの子はね。ミライって言うの。私の幼馴染みでね、すっごく心配性」 思い出したように笑顔で話す。さっきまでと違って、とってもやわらかい表情だ。 「ミライは、私がネットでやる事をいろいろ心配してた。顔出しは危ないからやめなよって最初は散々言われた。でもね、私、ミライの言うこと聞かなかった」 「……」 「それで、こんな事になっちゃって、バカみたい。本当にミライに申し訳ない」 「ハルカちゃん…」 すごく、後悔したような、悔しそうな顔をしていた。記憶がない僕には想像が出来ない。 死にたいと思う気持ちも、大切な親友を残してしまったことも。 「見て?ミライの顔。今にも死にそうな顔してる。私のせい。私が勝手に死んだから。私が死んでから、ミライはずっとあんな顔してる」 「…ハルカちゃんは、どうして自殺しちゃったの…?」 ハルカちゃんは苦しそうに笑った。 「きっかけなんて、本当に些細な事だったと思う。何が原因かなんて、分からないくらい些細な事」 「なのに、どうして?」 「今までプラスの言葉で出来ていた私が、だんだんマイナスの言葉で埋め尽くされた」 「えっ」 「キモい、ブス、ぶりっこ、調子に乗ってるとかいろいろ、そんな言葉を毎日毎日ネットに書き込まれて、それを見るたびに私の心は死んでいった」 「ひどい…」 「言葉ってさ、不思議でね。10個のプラスの言葉より、1個のマイナスの言葉のが頭に残るの。でも逆にね、10個のマイナスの言葉が並ぶと、1個のプラスの言葉が見えなくなる」 「うん…」 「私にとって唯一のプラスはミライだった。ミライはずっと私の味方でいてくれてたのに、死ぬ前の私は全然余裕がなくて、ミライの事が見えなくなってた」 親友で味方の言葉が聞こえなくなるくらい、ハルカちゃんは追い詰められてたんだ。 「ハルカちゃん、大変だったんだね。苦しくて、辛かったんだね」 「…うん、すごく」 ハルカちゃんの目からポタポタと涙がこぼれ落ちた。 「なんで、私がこんな目にあうんだろうってずっと、ずっと…」 「僕、思うんだけどね、ハルカちゃんの事を悪く言う人は、画面に悪口を言ってるから」 「えっ?」 「その画面は物だから、何も言い返されないし表情も変えたりしない、動かないただの物だから」 「……」 「だから、画面の向こうのハルカちゃんの気持ちなんて考えたりしない。だって見えないから。想像出来ないんだよ。ハルカちゃんが苦しんでることなんて」 「…たしかに…」 「そんな想像力がない人達のせいでハルカちゃんは死んじゃったんだ!バカヤロー!!」 僕が叫ぶとハルカちゃんはびっくりしたような顔をした。自然とこぼれた涙もとまる。 「たしかに…そうだ。私、そんな人達のせいで死んだんだ。気にする価値なんか、なかったのに…」 「でしょ?おかしいよね」 「そう考えたら腹立ってきた」 ハルカちゃんはスーッと息を吸い込んで… 「バカヤロー!!」 大きな声で、叫んだ。
空からの声−僕は「ぼく」−
僕は「ぼく」。相棒はしば犬の「クロ」。色が黒いから「クロ」。ここは天国。下から来る人たちがみんなそうやって言うから天国。 今日も僕はクロと一緒に雲の上を歩く。ここは毎日いろんな人がやってくる。その人たちとおしゃべりするのが僕の楽しみ。今日はどんな人に会えるかな。 「ねぇ、クロ。今日はあのお姉ちゃんにしようか」 「わん!」 僕がクロに話しかけると、クロはうれしそうにブンブンとしっぽを振った。 「お姉ちゃん!何してるの?」 「……」 うつろな目をしたお姉ちゃん。ふわふわの長い髪に綺麗な顔。制服を着てるから高校生かな? 「…君は?」 「僕?僕はぼくだよ!」 「?。君の名前は?」 「だからー!ぼくだって!」 意味が分からないと言いたげなお姉ちゃん。でもしょうがない。僕はぼくだから。 「お姉ちゃんの名前は?」 「…ハルカ」 「ハルカちゃん!ここで何してるの?下の世界見てるの?!」 「…そう。分かってるなら話しかけないで」 そう言って、ハルカちゃんは背を向けた。 ここには、下の世界を覗ける小さな穴がある。生きている人達がいる世界。みんなそこからやってくる。ここの穴をよく覗いている人は下の世界に何か気になる事がある人なんだよって管理人さんが言っていた。 あっ管理人さんは僕を「ぼく」と呼んだ人。この世界を管理してるから管理人と呼んでって管理人さんが言っていた。 背を向けるハルカちゃんをジッと見ているとハルカちゃんは気まずそうに僕の方を向いた。 「君、いつまでいるの?どっか遊んでおいでよ。あっちで君くらいの子がいっぱい遊んでるじゃない」 ハルカちゃんが指差した方を向くと僕と同じ背丈くらいの女の子や男の子が雲の滑り台で遊んでいる。 みんなは楽しそうだけど僕は興味ない。というか飽きちゃった。 それより… 「僕は、お姉ちゃんとお話したいんだ」 僕がにこりと笑うとハルカちゃんは泣きそうな顔になった。 なんでだろう? 「わんわん!!」 ハルカちゃんの顔なんてお構いなしのクロが吠える。オレの紹介が済んでないぞとでも言いたげな表情で僕のかばんを鼻でつついた。 「ごめん、クロ。今紹介するから…」 「…犬」 「うん!こいつはクロ!色が黒いからクロ!」 「わん!」 「…ふふ。2人とも、そのままだね」 笑った!何に笑ったのかよく分からなかったけど笑った! ハルカちゃんの笑顔はとてもかわいかった。 ハルカちゃんは甘えるクロの頭をなでる。クロはブンブンと尻尾を振っている。こういう時だけ大人しいんだ。いつもは吠えまくって走りまくってるくせに。 「…ぼくは…どうしてここに来たの?」 クロを撫でながらハルカちゃんは静かに僕に質問した。 「僕は覚えてないんだ!気づいたらここにいた!」 「…そう。…そうなんだ。寂しくない?」 「うん!僕にはクロがいるし管理人さんもいるしね!ここにはいろんな人がいるからいろんな話が出来るしね!」 「そっか」 「あとね!雲のわたあめが最高なんだ!僕の大好物!」 「雲のわたあめがあるの?子供の時食べてみたいって思った」 「下の世界には無いんだよね!今度食べさせてあげるね!」 そんな話をして、お互いに笑い合う。 くだらない話をいっぱいした。特に僕が。クロが雲にはまって動けなくなったとか、雲に乗って移動するのが気持ちいいんだよとか。 「ぼく、おもしろいね。あとすごく物知り」 「この世界の事なら僕におまかせ!」 「ふふっ久しぶりにこんなに笑った」 「そうなの?ハルカちゃん、笑うとかわいいのに」 「ぼくは将来モテそうだね。…って、将来なんてないか」 ハルカちゃんは少し悲しそうに、また下の世界をのぞいた。 「…あの子見える?」 ハルカちゃんが指差したところに二つ結びをしたハルカちゃんと同じ制服を着た女の子が見える。 「あの二つ結びの子?」 「そう。私の親友」 ハルカちゃんがその子を見ながらポツリと呟く。 「私ね、自殺したの」