秘密結社の裏のお仕事
「お、藤本お疲れさん、医務室空いたっぽいから早めに行っとけよ。」
「お気遣いどーも。だが、俺ァ今回怪我らしい怪我はしてねぇからな。なんなら連戦も出来るぐれぇだ。」
「そいつは良かった。って事は"あの件"が少しだけ早めに片付けられるって事だな。」
「はぁ、それなら良かったんだけどなぁ。その件でちょっとお前に相談があるんだ。」
我々は全国的に名の知れた悪の秘密結社、Mystrain(ミストレイン)だ。まぁ、全国的に名が知れ渡っている時点で"秘密"の結社では無い訳なんだが。何故、本来秘密結社である筈のミストレインが有名なのか。その理由はTVの番組にある。月曜の夕方十七時三十分から放送されている子供向け特撮番組『推理戦隊タンテイジャー』。世の中にナゾを増やしまくり、人々を混乱させる事で国家転覆を狙う悪の組織を、推理時々バトルの力で解決する戦隊モノの番組だ。ナゾの内容や推理パートに力を入れる余り、肝心のバトルパートが多少雑なところに目を瞑れば、子供から大きなお友達まで幅広い層にウケている大人気番組なのだ。コレの悪役が我々ミストレインという訳なのだが。……にしてもタンテイジャーって。安直すぎるだろ、もっと無かったんかなネーミング。俺ならもっとこう……なんか、カッコいい感じの……『ホームズジャー』とか。うーん、どうやら俺に名付けのセンスは無いらしいな。話が逸れてしまったが、とにかくこの番組の影響で我々ミストレインが悪の秘密結社のクセに有名になってしまった訳だ。が、実はミストレインには世間には知られていない、もう一つの仕事がある。
「……い、おい、どうしたんだ?ボーッと一点を見つめたりして。どっか打ったか?頭か?頭が悪いのか?」
「それはもはや別の意味になってるだろ。言っとくが、俺はお前よりも良い大学出てんだからな。いやなに、ちょっとばかし読者に状況説明してただけだよ。」
「読者?何言ってんだ?……やっぱお前、頭でも打ったか。」
この悪態をついている男は俺の同期の神田。この会社で俺が一番信頼している男だ。
「その事は一旦置いといてだな、さっきまで何の話をしてたんだっけ?」
「いい大学出てんじゃ無ェのかよ、もう忘れたのか?タンテイジャーの新入り、イエローの話だろ。」
「そうだった、思い出した。あんにゃろー、今回が初めてとは言えハリキリ過ぎだろう。一切手加減無しで必殺技パなして来やがって。」
「『ライティングタンブラー!!』って言いながらビーム撃って来んじゃ無ェよ。照らされたコップだろ、ソレ。」
「タメが長くて間一髪避けれたから良かったものの。喰らってたら一ヶ月は入院確定コースだったな。」
「あのビームと爆発の演出のお陰で派手に締めれたし、絵面的に映えはバッチリだろ。次は喰らってあげたら?」
おい、そんなダラしない椅子の座り方しながらとんでもない事を言うんじゃない。
「俺の身体を何だと思ってんだ。少しは同期を大事にしろよ。というか、そろそろ本題に入りたいんだが。」
「あぁ、悪い。確かお前が今扱ってる件を手伝って欲しいって事だったな。もちろんイイぜ!」
「本当か!助かる。思ってたより複雑っぽくてなぁ。一見するとよくある詐欺グループなんだが、中々シッポが掴めなくてなぁ。」
「ボスの指令は、『この詐欺グループの構成員と事務所の住所、詐欺の手口を明らかにした上で壊滅させる事』だっけ?無茶言うよな、あの人。コレ1人で出来る訳無ェだろうに。」
「いや、本当はあと三人居たんだが、イエローの……」
「ライティングタンブラーに当たってダウン。お前しか居なくなったって訳か。」
「訳だ。」
そろそろ君たちに説明が必要な頃だろう。ご覧の通り、我々はただの悪の秘密結社じゃない。近年増えつつある法の穴を突いた犯罪。法で裁けない悪を裁く為の存在として創られた、警察とはまた違った組織。悪に対抗する為のもう一つの悪。それが我々ミストレインである。ここだけ聞くと、警察で良いんじゃないかとか、勝手な事せずに任せれば良いだろとか、悪ぶってるだけで良い人たちなんじゃないかとか、そんな声が聞こえてきそうだが、そうもいかない。お年頃なんだよ、そっとしといてあげよう、じゃねぇよぶっ飛ばすぞ。いいか、警察は法律を違反している者しか捕まえる事が出来ない。当たり前の話だが、割と大事な話だ。法律は犯してないが、限りなく黒に近いグレーな事を平気で行う奴等が沢山居る。そんな奴等にお仕置きする為にミストレインは創られた。我々は公的機関では無いので、捜査やお仕置きの過程で公には出せないかなりグレーめな事もそこそこする。だから細々と"秘密"の"結社"をしていたというのに。ある日突然ボスが、「これからの秘密結社は視聴者人気を取っていくぞ!」って。誰だよ視聴者、ってツッコミがまず出たよな。ボスに対してなのにタメ口使っちゃったもんな。話に拠ると、ボスは番組プロデューサーに、ミストレインの活動は悪を挫く悪、現代のねずみ小僧、義賊の鑑の様な活動と上手にノせられてオファーを快諾してしまったらしい。悪役のリアリティを追求した結果、実際の秘密結社に声をかけ、それが通ってしまったと。そんな訳で我々は悪役と義賊を兼業する羽目になったのだが。
「また何処を見つめてるんだお前は。この場合って内科か?それとも脳外科?」
「打ってねぇし病気でもねぇよ。また読者に説明してたんだけど、そうじゃなくて。今回のターゲットを炙り出す作戦を立てないとだな。」
「『作戦』ってなんか、秘密結社っぽくてイイな。」
分かる。こんな大層なアジトで仕事してるからそのワクワクは大いに分かるが。話が進まなくなってしまうのは俺の望むところでは無い。
「うるせぇな、声かける奴ミスったか?」
「ゴメンゴメン、真面目にやるよ。それで?今はどこまで掴めてるんだ?」
「奴等の手口自体は簡単だ。老人を対象にした振り込み詐欺みたいなもんだ。あまり詳しく言うと真似する人が出てくるから、これ以上は言えないが。」
「誰に対しての配慮なんだソレ。」
「老人のフリをして電話に出た時に聞こえてきた環境音から、奴等の住所も特定しておいた。」
「え、なんだよ、もうほぼほぼ終わってんじゃん。オレ要らなくねぇか?」
「実際に奴等の事務所と思われる建物の近くで、しばらく張り込みしてたんだが……。」
「だが……?」
「いつまで経っても誰も出入りしやがらねぇ。」
「空の事務所だったって事か?」
「いや、それは無い筈だ。あの建物の事務所登録の届け出にある会社名と、今回の詐欺グループの会社名が一致しているからな。」
「そこまで既に調べ終わっているのか。」
「だが、一番奇妙なことは別に有るんだ。あの建物、どこにもドアが見当たらないんだ。入り口も、裏口も、窓すらも。」
「ドアも窓も無い建物なんて、そんなのただの豆腐じゃないか。マイクラ初心者が建てたんじゃないか?そんな奇妙な建物の中に詐欺グループが居るとなると……。」
「不思議だよなぁ。」
「そうだねー。って軽いな、ノリが。真面目にやるんじゃないのか。」
「すまんな、ここで手詰まりなもんでな。全く進まなくなってしまったんだ。そんな矢先に三人ダウンして、打つ手が無い状態だったんだ。頼む、お前だけが頼りなんだ。」
「張り込み中に何か気付いた事とかないのか?」
「そういや、L○NEとかじゃなく外で電話してる人がやたら多かったな、あの辺。半分ボーッとしながら不思議だなぁって見てたのを覚えてるよ。」
「その電話の内容って聞こえたりしたか?」
「聞いてる訳無いだろう?他人の電話に聞き耳を立てるのは人としてのマナーがなってないぞ。」
「……変なとこで育ちの良さ出るよな。」
「あと車で張り込みしていた時に、なぜかやたらとチラチラ見られたな。」
「あぁ……お前の車、クラウンだもんな。そりゃ見るよな。」
「すまないが、俺が気付いたのはこの程度なんだ。」
「なるほどな。……よし。今からもう一度その事務所の近くで張り込みしよう。」
「話聞いてたか?にしても、これから?何か今の話で気付いた事があったのか?」
「気付いた事って程でも無いが、何か違和感のようなものがあってな。」
「OKわかった、すぐ行こう。お前の勘は当たるからな。」
二人は高級感のある黒のクラウンで犯人グループの事務所の近くまでやって来た。
「コレが噂の豆腐ハウスか。」
「見ての通り、ドアも窓すらも見当たらねぇ。」
そう言いながら事務所のまわりををグルッと調べた後、神田の提案で車に戻って張り込む事にした。確かに、既に雪が少し積もっている。季節は十二月。気温は氷点下を下回っていないだけでめちゃくちゃに寒い。とてもじゃないがこの寒空の下、外で張り込み続けるのはキツい。ほとんど拷問と言って差し支えない程だ。車を事務所の見える位置に停めて張り込みを開始した。
大きな買い物袋を手に提げた主婦、高校生ぐらいの制服の子たち、若いスーツの男性や派手な髪色のおばあちゃんなど様々な通行人がいたが、誰一人として事務所へ入る素振りを見せなかった。
「やっぱ車のせいか、みんなチラチラこっちを見やがる。そのせいで全員怪しく見えて仕方ねぇ。」
「それもそうなんだが、なぁ神田。今通っていった男、事務所の向かい側の建物に入っていったぞ。」
「そりゃそーだろ。住宅地だぞ?ここ。家ぐらいあるだろうよ。」
神田の勘は良く当たる、とは誰が言ったのか。結局その日は張り込みを二十四時まで六時間程粘った。六時間ならまあこんなもんだろと口では言ったものの、大した収穫も無いまま我々はどこか気落ちしながら帰るのだった。
そのまま何も進展が無い状態で一週間が経とうとしていた。
「そういえば今日はタンテイジャーの撮影日か。めんどくせぇなァ。」
習慣とは恐ろしいもので、口では文句を垂れつつテキパキと出勤の準備を済ませ、気がついたら現場近くのパーキングに到着していた。己の社畜さ加減にため息をつきながら車を降りたところで、近くに人がいる気配があった。急いで気配のする方へ目をやる。
なんだ、タンテイイエローか。無視するのもどうかと思い、折角だから挨拶をしようと思いたった。
「私、ミストレインの藤本と申します。今日の撮影ではよろしくお願いしますねイエローさん!」
キラキラした格好をしたイエローはこちらを向いた後少しギョッとした表情を見せながらも挨拶を返してくれた。
「はい、よろしくお願いします藤本さん。でも、あまり外でイエローさんと呼ぶのはちょっと……。」
なるほど、俺の挨拶が爽やか過ぎてビックリした訳では無かったか。まぁ、外でいきなりイエローさんって呼ばれたくは無ェよな、変な目で見られるだろうし。でも新入りの名前覚えてなかったんだ。イエローさん、としか呼べなかったんだ。必ず名前覚えるから、許してくれ。
イエローに謝罪し、名前を教えて貰ってから俺は現場入りした。飯島っていうらしい、彼。
その日の収録を全て終わらせて、俺は神田とミストレインの会社で合流した。
「飯島のヤロー、執拗に俺を狙ってくんじゃねぇよ!今日だけで九死に一生を十回ぐらいは得てるんだけど!?」
「よかったじゃねぇか藤本。とんでもない奇跡の体験が出来て。ところd」
「全部なんとか避けれたからまあ良かったけど。いや良くねぇのよ!狙うフリして近くを撃てばいいじゃん!コメカミとか心臓狙われてたぜ!?」
「まあまあまあ怪我が無くてよかったよ。それであのs」
「怪我が無いって!?当然だろ!全部頑張って避けたからな!確実に飯島は俺を殺しにきてる!そんなに挨拶されたのが嫌だったってのか!?」
「取り敢えず落ち着けって。まず、いi」
「落ち着けって!?俺は落ち着いてるとも!焦ったり取り乱していたのは寧ろ飯島の方だったんだ!そのせいで何回撮り直したことか!」
「分かったから、分かったからまz」
「思い出すだけでムカついてきた!次会った時はタダじゃおかねe」
「ちょっと!」
「なんだよ!」
「あの…………飯島って……誰?」
そんな会話をした夜、俺と神田は飯島こと、タンテイイエローを尾行していた。
「いやぁ、たまたま打ち合わせしてたイエローを見つけれてよかったな。」
「良かったは良かったけども、そんな、尾行して弱みを握るぐらい怒ってる訳じゃねぇよ?俺。」
「別に藤本の為に尾行してやろうって訳じゃねぇよ。一ミリも思ってねぇ。」
「一ミリすらも無いのか……。」
「今日の撮影で何で藤本がイエローに執拗に狙われたのか。多分だけど、もう少し追っていればその理由が分かるハズだ。」
「そうは言っても、これ何処に向かって……行ってん……アレ?」
「おやおや、どうやら見覚えのある道らしいなぁ?藤本。」
「いや、見覚えあるって言うか、最近何回も通ったと言うか……。」
動揺する藤本など気にも留めない様子でイエローが乗った車はぐんぐん例の事務所の方へ進んでいく。
イエローの車が駐車場に停まったのを確認し、イエローが使った駐車場とは別の場所に車を停めた。神田が隣で悪い顔してんだけど。なんかワクワクしてない?こわぁいこの人。
「早速だが、突撃だ。イエローが建物に入った瞬間仕掛けるぞ。」
ほら、やっぱり。ちょっとニヤニヤしてる。
「今日、今、片をつけるんだな。」
途端に、神田は神妙な面持ちで静かに頷いた。
暗がりの中、イエローがまっさらな絨毯を凹ませながら進んでいく。つい先日もこの事務所近くで張り込みをしていたが、それ以降にまた降ったらしい。雪に足を取られて転びかける。マズい、バレたか!?…………イエローは辺りを見回した後、ふいっとまた事務所の方へ向き直し進んでいく。危ねぇ、バレたかと思った。イエローに聞こえるのではないかという程に心臓が激しく鼓動する。極限まで緊張している俺を嘲笑うかの様に、あっさりとイエローは例の建物に入っていった。イエローが建物の中に入った瞬間、一気に距離を詰める。
建物の中で息の上がった俺と神田を待ち受けていたのは、こちらへビームを撃つ構えをしたイエローだった。
「残念だったな、藤本。じゃあな!!『ライティングタンブラー』!!」
刹那、藤本が居た座標にビームが発射された。そう、『居た』筈なのだ。間一髪でライティングタンブラーを避けた藤本はいつの間にかイエローの隣に居る。
「どんだけお前のビームを見てきたと思ってる!何がタンテイだ!俺は!お前より!良い大学出てんだよ!!」
次の瞬間、イエローの体は宙を舞っていた。
「大学、関係……無くない…………?」
ドサッ
イエローはそこまでツッコんで力尽きた。
二人はそのまま歩を進め、目の前の階段を下りると、地下通路を見つけた。その先の階段を上り地上に出ると、窓の無い建物の中で追っていた詐欺グループの様な輩たちと目が合った。
「こんちはー!壊滅させに来ましたー!」
イエローを倒して調子に乗った藤本が爽やかに挨拶をする。調子に乗り過ぎた藤本がボコボコにされる……なんて事は無く、順当に制圧を完了させてしまった。今回のボスの指令は『逮捕せよ』ではなく、『壊滅させよ』というもの。警察に引き渡すことはしないが、詐欺に使う書類とその資金を回収し、二度と詐欺行為が出来ないようにする為だ。
「え……お前……相変わらず、強すぎねぇ?」
「そりゃあ、悪の秘密結社やってるんだし、ジムで鍛えたりするだろ。」
「……健康的だなぁ。悪の秘密結社。」
いつもと変わらない軽口を叩き合いながら、事務所の資金や書類を全て回収し、二人はその場を後にした。
一週間後
「……にしても、イエローが詐欺グループの一員だって良く分かったな、神田。」
「タンテイジャーの新入りがやたらお前を狙うって聞いて、クラウン乗りが事務所を調べたり張り込みしていたのがバレたんだな、って思ったんだ。それにお前、挨拶までしちまうんだもんな!」
「まさかイエローがそうだとは思わなかったんだよ。」
「いい大学出てんのにな。」
「意外と根に持ってたのな。悪かったよもう言わねぇよ。今回は神田のお陰で解決出来たんだ。今日の撮影が終わったらアイツらから回収した金で美味いもん食いに行こうぜ!」
「あ、それなんだけどな?」
「どれなん?……あ、待ってくれ。嫌な予感がする。」
「回収した金はボスが全部寄付したって。」
「だああああ!待ってくれって言ったじゃん!全部!?全部寄付!?あんのハゲ義賊気取りが過ぎるぞオイ!!」
「『おれは日本のジェイソン・ステイサムだからな』って言ってたぞ。」
「ジェイソン・ステイサムにめっちゃ寄付する人のイメージ無ぇよ!!実際してんのかもしれねぇけど!!」
「ってことで、今日は藤本くんの奢りだー!」
「だああぁぁ……。一回文句言わんと気が済まねぇぞ。」
「まあまあまあ、撮影ガンバ!焼肉が待ってるぞ☆」
「俺の金なのよ。はぁ……しょーがねーから行くかぁ。」
黒のクラウンで現場近くのパーキングに到着し、車を降りたところで声をかけられた。
「おはようございます!初めまして、今回からお世話になります、タンテイヴァーガンディー役の森です!よろしくお願いします!」
タンテイヴァーガンディーて。赤でもオレンジでも無く、ヴァーガンディーて。絶妙過ぎるだろ色のチョイス。子供向けって理解してらっしゃる?こんな事を口に出す訳にもいかないから取り敢えず振り返って挨拶をしようじゃないか。
「初めまして。ミストレイン所属、藤本と申します。森さん、今日はよろしくお願いします。初めてで緊張するかと思いますが、張り切っていきましょう!」
「え……あ、はい。今日"は"よろしくお願いします。」
なぜだ。歯切れが悪い。先輩風を吹かせ過ぎたか?調子に乗りすぎたか?自問自答を繰り返すが結局、撮影が始まるまで最もらしい答えは見つからなかった。
いや、今は一旦置いておこう。撮影が始まる、集中するんだ俺。
「ヴァーガントレッツォ!!」
遠くから先程聞いた声が聞こえた。
いや、何語だよ。何をする技なんだ。ってか、誰に撃ってえ?俺に?は?ちょ待
薄れゆく意識の中、混乱しつつも俺は一つの結論に至った。
これは確定入院一ヶ月コースだな。