寿季
3 件の小説その理由は
夜は好きだった。 昼間は人の話し声や雑音で落ち着かない。 けれど夜になれば、世界は静かになる。 私は窓際の椅子に座り、本を読む。 ページをめくる音だけが静寂を切り裂き、部屋に響く。 その時間が何より好きだった。 ……だった。 最近は違う。 毎晩のように暴走族が走り回る。 エンジン音が静寂を壊し、本の内容が頭に入らない。 「どうにかならないかな……」 そう呟いた夜だった。 窓の外に、小さな黒い影が見えた。 見間違いかと思ったが、暗闇に擬態するように、やはり何かが動いた。 目を凝らすと、闇の中に羽を持つ何かが浮かんでいた。 「あれ? 見つかっちゃった。 珍しいな。ねぇ、あなたは私が見えるの?」 そこには、羽を持つ妖精が浮かんでいた。 私は驚きながら答えた。 「うん、見えるよ」 「仕方がないな。見つかっちゃったら、願いを一つだけ聞いてあげることになってるの」 その声は静かで、夜に溶け込むようだった。 私は迷わず願った。 「もう、あの人たちの音を聞きたくない」 「あー、あの音ね。 じゃあ、あの人たちがいなくなればいいのね」 「違う。音がなくなれば、それでいいの」 「えっ? でも、それじゃあ……」 「ねぇ、こんなお願いは聞いてもらえるの?」 翌日。 テレビからニュースアナウンサーの声が流れる。 「昨夜、暴走族の集団が大型トラックとの事故に巻き込まれ、全員が――」 私はその声を最後まで聞かずにテレビの電源を落とした。 それ以来、夜はまた静かになった。 本を開く。 ページをめくる音だけが部屋に響く。 私は、また夜が好きになれそうだった。 その時に 妖精が私の肩に降り立つ。 「本当に、これでよかったの?」 「事故は起きた。でも、誰も死んではいない。」 私は本を閉じて、小さく笑う。 「それでいい。」 妖精は首をかしげた。 私は窓の外の静かな夜を見つめながら答えた。 「死ぬより、生き地獄の方が苦しいでしょう? それに、簡単に死んだらつまらないもの」 妖精は小さく笑った。 「……そう。」 少しだけ間を置いて、妖精は言う。 「あなたは私に似ている。」 私は眉をひそめた。 「見た目は穏やかで幼い。でも、心の中は黒く濁っている。」 妖精は自分の羽を一枚抜き、指先で揺らした。 「私の羽は何色に見える?」 「えっ……黒色だけど」 妖精は、ほくそ笑んで答えた。 「やっぱり黒く見えるんだ。 私の羽の色は、人によって見え方が変わるの。 だから、生まれつきじゃない。」 私は息をのむ。 「誰かを憎み、その苦しみを願い、他人の不幸を心から望んだ者だけが、この色に見える。」 妖精は再び微笑む。 「あなたにも、羽が黒くなる素質があるかもしれないね。」 そう言い残すと、妖精は私の背中へ回り、闇へ溶けるように消えた。 私は肩越しに自分の影を見る。 ……一瞬だけ。 影の背中から、小さな黒い羽が生えたような気がした。
時候の挨拶
拝啓 盛夏の候、貴方様におかれましては、 ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 そちらは暑さが続くようですが、 お変わりなくお過ごしでしょうか。 こちらは妻と娘の三人で 痛み悲しみ空腹などなく 楽しく健やかににすごしております。 振り返れば苦しみの多い人生では ありましたが、これ程に穏やかに過ごせる 日が来るとは思っていませんでした。 ですのでこちらの事は心配なさらぬよう くれぐれもご自愛ください。 それではまたいつか こちらでお会い出来る日を 心よりお待ちしております。 敬具
いつかその日が
拳銃を突きつけられ撃鉄が引かれれた。 リボルバー式の拳銃はカチッと音を鳴らし 銃口が空を切った。 今日も弾は出なかったようだ。 人は生まれた瞬間から、頭に拳銃を突きつけられ生きている。 自分で弾を打つ人もいれば 人に打たれる人 自然と弾が出る人など 弾がいつ発射されるかは分からない。 明日か1年後か10年か その日が来るまで日々を懸命に生きていこう