凪彩ちゃんは騙されない!
第一話「出会い」
「俺と結婚を前提にお付き合いして下さい」
「は、はい……??」
まさか、こんなことになるなんて……。
――――――――――――――――――――
「……どうしよう」
凪彩は、スマートフォンの画面を見つめながら小さく呟いた。今日は、大学時代からの友達である詩穂ちゃんの家にお泊まりする日。久しぶりに会えることが楽しみな反面、少しだけ緊張していた。
「何気に家に行くのは初めてだからなぁ……」
そう呟きながら、凪彩は目の前にそびえ立つ大きなマンションを見上げた。
「……え、ここ?」
思わず足を止めてしまう。
高級感のあるエントランスに、綺麗に整えられた植え込み。どう考えても、自分が住んでいるアパートとは別世界だった。
(詩穂ちゃん、こんなところに住んでるんだ……)
少し圧倒されながらも、凪彩は教えてもらった部屋番号を押した。
『はーい! なーちゃん?』
「あっ、うん! 今、下に着いたよ!」
『今開けるねー!』
しばらくして、エントランスの扉が開いた。
凪彩は小さく息を吐き、緊張しながら中へと入っていく。
そして、教えてもらった部屋の前に立つと、そっとインターホンを鳴らした。
ピンポーン。
ガチャリ。
「なーちゃん! おはよー!! 待ってたよ!」
詩穂は大学時代と変わらない明るい笑みを浮かべていた。肩までの髪を軽く揺らしながら、凪彩の手を取って大きく振る。
「詩穂ちゃん! 久しぶり!」
勢いよく出てきた詩穂に、凪彩は思わず笑顔になった。
「もう、全然変わってないね!」
「詩穂ちゃんこそ!」
「えー? 私は大人の女性になったでしょ?」
詩穂はそう言いながら、得意げに胸を張った。
詩穂は凪彩の荷物を勝手に受け取り、靴を脱ぐ前から部屋の中へ引っ張っていく。
「ほらほら、早く入って! 今日のためにお菓子いっぱい買ったの。あと、恋愛相談も聞くからね!」
「恋愛相談って、私にそんな話は……」
「あるかもしれないでしょ? なーちゃん、昔から自分のことになると鈍いんだから!」
「そ、そんなことないよ……!」
「あるの! だから今日は私がしっかり聞き出します!」
詩穂は楽しそうに笑いながら、凪彩を部屋の中へ連れていく。
「あれ、詩穂。お客さん?」
背後から、低く落ち着いた男性の声が聞こえた。
「え?」
凪彩が振り返る。
そこに立っていたのは、思わず息を呑んでしまうほど整った顔立ちの男性だった。
すらりとした長身に、清潔感のある服装。
何より、こちらを見つめる切れ長の瞳が印象的だった。
「……っ」
凪彩は、反射的に視線を逸らした。
(うそ……イケメン……)
昔、顔の整った男の子に嫌な思いをさせられたことがある。
それ以来、こういうタイプの男性は少し苦手だった。
「紹介するね! 私のお兄ちゃん!」
「……お兄さん?」
「そう! 蒼っていうの。今、仕事の関係で家にいるんだよね」
「初めまして。蒼です」
彼は穏やかに微笑んだ。
「白鳥凪彩です……。お邪魔します」
「そんなに緊張しなくていいよ」
「は、はい……!」
(無理無理無理……! 顔が良すぎる……!)
凪彩は心の中で叫びながら、そそくさと視線を落とした。
そんな彼女を見て、蒼はほんの少しだけ目を細めた。
「……凪彩ちゃん、か」
「え?」
「いや、なんでもない」
蒼はそう言って、優しく笑った。
その笑顔を見た瞬間、凪彩の心臓が大きく跳ねた。
「ほら、お兄、なーちゃんを困らせないの!」
詩穂がすかさず二人の間に入り、凪彩の腕を引いた。
「なーちゃんは私の大事な友達なんだからね。今日は私と一緒に寝るんだから、変なちょっかい出しちゃだめだよ!」
「誰がそんなことをするんだ」
「どうだか。お兄、昔から女の人に囲まれてたし」
「詩穂」
「はいはい、冗談ですー」
詩穂はそう言いながらも、凪彩を守るように隣に立っていた。
その様子に、凪彩は少しだけ緊張が和らぐ。
「じゃあ、なーちゃん。部屋に行こ! お兄ちゃんのことは気にしなくていいからね!」
「う、うん……」
凪彩は詩穂に手を引かれながら、もう一度だけ蒼を見た。
蒼は、何かを考えるように凪彩の後ろ姿を見つめていた。
(だ、だめ……! 私、この人ちょっと苦手かも……!)
――このときの凪彩は、まだ知らなかった。
目の前の彼が、これから自分の人生を大きく変える人になることを。