愛
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なぁ、あの雲めちゃくちゃ甘そうなんだけど。 頑張れば食べれるのかな? おい笑うなって。 そういえばさ、前も同じこと言ったよな。あの隣町の公園あんじゃん?覚えてる? そのベンチで空見上げながら、お前『雲ってのれんのかなー』って真剣な顔で言ってて。 は?覚えてねぇの?はー、なんだよ… でもまぁお前のそういうとこ割と好きなんだけどさ。 あ。じゃあさ、あれは覚えてる?たしか金曜日だったっけな… 屋上行ったら風バカ強くて、お前の髪グチャグチャになっててさ。俺が笑ったらお前拗ねた顔して、ワルツ踊ろとか言い出すの。 音楽なんて無かったのに。 変なステップで回って、フェンスにぶつかって… ほら私でも踊れるでしょってドヤ顔で言ってきたの覚えてる。あれ正直マジで楽しかったな てかさっきナースの人きてさ、今日は誰とお話ししてるんですかって聞いてくんの。俺、なんて答えたと思う? 違うわ笑 大事な人って答えたんだよ。そしたら困った顔して、何も言わずにカーテン閉めてった。 …おいなんか言えよ。そうやって黙ってんのずるいって笑 なんかやっぱ、病室いると時間止まった感じしない?機械の音聞きながらカーテン揺れてんの見てたら一瞬で一日終わるじゃん。 だから俺、ついお前に話しかけちゃう。今でも、そこに座ってるような気がして… でもまぁもしまた会えたら、今度はちゃんと音楽流してさ。 フェンスにぶつかんないようにゆっくり踊ろうよ
真面目なヒーローは遅れない
街の人々は、あのヒーローのことをこう呼ぶ。 “絶対に遅刻しない男” どんな事件でも場所でも誰よりもはやく駆け付ける。 家事現場へは犯人より早く、強盗事件には警察より早く。 そんなヒーローの名前は佐伯 律。 本人は淡々としているが、街では有名だった。 不思議なほど街の平和を守ってくれているのだから。 …しかし、その日だけは違った。 ________________ 日曜日の午前7時。 律は空を見上げながら言った。 「…珍しいな、俺が遅れてる」 街の中心部で人質事件が起きていた。 ヒーローが現場に行くと、警察より先に、そして律より先に… 少年がひとり、すでに人質たちを解放し犯人を縛りつけていた。 赤い髪に、おちついた瞳。剣を背負っているのに平然とその場に立っている。 「もうだめだよ?人質なんてしちゃ」 「え、あれ誰…?」 「あの人が人質解放させたの?」 既に人々が駆け付け、事態に困惑しているところだった。 少年は振り返り律の姿を見つけると、口元だけでそっと微笑んだ。 「遅かったね」 「…なんでここに?」 「律くんより先に助けたかったんだよね。それだけ」 そう笑った彼の不自然な笑顔は挑発的で、楽しそうにも見えた。 ________________ 騒ぎが落ち着き、2人きりになった路地裏。 「なんで俺より先に来れたんだ?」 「簡単だよ。律くんの秘密知ってるんだよ、俺。」 「…秘密?」 彼は律の顔を覗き込むようにして言った。 「律くん、予知能力持ってるんでしょ。事件が起こる場所がわかるから、誰より早く着くんでしょ?」 「…なんでそれを」 まさか、誰かにバレてるとは思わなかった…。 「だって俺も同じ能力、もってるから。」 「つまり律くん。これからは毎回俺が先に行って事件解決しちゃうかもよ?」 「…まいったな」 「“真面目なヒーローは遅れない。”それ俺が壊しちゃうかも?」 「壊されたくない」 律がそう言うと、彼はわざとらしく目を丸くした。 「…意外、対抗心?」 「いや、対抗心というか…笑」 律は少し照れくさそうに視線を逸らした。 「…君に先回りされると悔しくて…俺、負けたくないんだ」 「へぇ…?じゃあ競走しよ。早く駆け付けて事件を解決した方が勝ちってことで。」 「負けないよ」 「俺も」 2人の影が、朝日に伸びていた。 ________________ その後、事件は急激に減った。しかし、街は気付き始めていた。 どの事件にも、2人のヒーローが同時に到着している。 ありえない。どちらか少しは遅れるはずだ。 人々は不思議がった。どうして毎回、必ず同時に着けるのか… そしてようやく、律が理由をぽつりと漏らした。 「だってさ、あいつと約束したんだ。どっちが先に着くか競走しようって」 「でもこんな同時に着くなんてありえます?」 「うん。あいつ負けるのは嫌だろうし…毎回、俺がわざと遅れてる」 「え?」 ヒーローは絶対に送れない。 そう呼ばれていた男が… 世界でただひとり、遅れてもいいと思えた相手ができた。
「転生先って選べるんですか!?」
え⁉️⁉️ 「転生先って選べるんですか!?」 気づいたら真っ白な空間に立っていた。 足元も天井もなくて、まるで何もない場所。 目の前には、緩そうな笑みを浮かべた案内人が立っていた。白い服に、ノートを抱えている。 「基本的には選べませんねー、運です」 「え?ゲームとかアニメとかじゃないんすか?魔法使いとか勇者とか…そういうのがいいんすけど」 「ありますよ。でも確率は…えっとー、」 案内人はノートをぺらぺらめくった。 「…あぁ、レア職業の確率は0.05%らしいっすね。現代日本に生まれる確率が90%。」 「えー、絶対現代日本行くやつじゃん…、俺かっこいいやつが良かった」 「まぁ普通の人間も悪くないですよ。普通って結構大事です」 案内人はそう言ってノートを閉じ、俺に向かってにこりと笑顔を浮かべた。 「じゃ、行ってらっしゃい。」 「は!?ちょ、っとまって、せめてどこに、」 言葉は途中で断ち切られた。案内人がノートで軽くぽんと手を叩いた瞬間、足元の白が砕けるように消えて、体が闇の底へ落ちていった。 落下する感覚。風もない、音もない、ただ重力に引っ張られていく。 眩しい光が瞼を焼いた。 ____自分の口から泣き声が聞こえた。 目を開けると、そこはどこかの病院だった。 「はい、元気な男の子ですよー。お母さん、お疲れ様です。」 母親は汗だくの顔で、それでも嬉しそうに笑っていた。隣では父親らしき男が目を赤くしている。 …なんだ、やっぱり現代日本か…。 その日から俺はこの人生を生きはじめた。 時は流れた。 俺は名を名付けられた。 ありふれた名前。ありふれた家庭。都内から少し外れた住宅街の、普通の一軒家。父親は普通のサラリーマン、母親はパート勤務。兄弟はいない。 顔は特別イケメンでもなくて、髪は黒くてちょっとクセがある。目つきだけは妙に老けていると、母親に言われた。 ___普通だった。 完全に、徹底的に、普通だった。 異世界転移も、チートも、魔法もない。ただの、日本。 正直、異世界が良かったと思うこともあった。 魔法が使えたら、剣をふるえたら、特別な力があったら、きっともっとキラキラした人生だったんだろう。 ____________ そんなことを考え始めた中3の夏、帰り道に友達とコンビニに寄った。 どちらが買ったアイスのほうがおいしいか、そんなくだらないことで言い合いになった。結局、どちらも自分のアイスを食べ終わる頃には、何を言い争っていたのか忘れていた。 夕日がやけに綺麗だった。 「明日も一緒に帰ろうぜ」 そう言うと、隣の友達は当たり前みたいに頷いた。 明日も、明後日も、こんな日が続けばいい。 ……なんて、らしくもないことを思った。 ___まあ、普通も悪くないか。 ____________ その夜、夢を見た。真っ白な空間。案内人が、ノートを閉じながら言った。 「__どうです?転生先」 「…なんだかんだ、悪くないです」 「でしょう?」 案内人は少しだけ悲しそうに笑った。 「…実はあなた、“転生”ではなく“続行”だったんですよ」 「…は??」 「あなたの魂、前の人生を最初からやり直しただけなんです」 「同じ…人生?」 「あなたは前の人生で、もう一度人生をやり直したいと最後に願ったんです」 意味がわからない。足が床に着いているのか浮いているのか、それすら曖昧な場所で、ただ意識だけが鮮明だった。 「で、その願いが通っちゃったんですよね。魂をそのまま同じ器に戻して、記憶だけ消して、はいスタート、と。」 「…じゃあ今そばにいる人たちは…」 「全部、あなたが守りたかった人たちです」 俺は何も言えなかった。案内人はあの時のようににっこり微笑んだ。 「もう一回…転生してみます?」 「___いいえ このままでいいです」 俺が首を横に振ると、案内人は満足げに頷いた。 「それでこそあなたです」 ______________ 目が覚めると朝だった。 窓の外はいつもの空。昨日と同じ部屋、景色、人生で、異世界でも魔法のある世界でもない。 それでも、 「…転生先、選ばなくてよかったかも」 誰にも聞こえない声で呟いて、俺は今日の1日を生きる準備をした。