「 」の殺戮者
堆積した死体の山が、視界のギリギリまで広がっている。この山はそう遠くないうちに私の背丈を越えるだろう。足元では真っ赤な血が、何者も生息できない池をつくっている。何気なく思い出すのは、学生の時分にテストの回答用紙につけられたバツ印の赤さだ。
歩き出せば足を滑らすかもしれないため、私はここにただ立ち尽くしている。足を滑らすのは怖い。痛いかもしれないし、汚れるかもしれないし、もしくは誰かに笑われるかもしれない。そんなのは嫌だ。辛い思いはしたくない。何も考えずに、できるだけ虚無になって立っている方がずっと楽だ。
腐敗した死体から立ち込める悪臭に意識は混濁し、視界には靄がかかっている。だいぶ向こうのほうで、いつか殺した「 」が徐に立ち上がる。そいつがゆっくりと私の目の前までやってきてこちらを睨む。もとより前に進む気はなかったのだが、そいつは私の行手を阻む姿勢になった。目を合わせたくなくて、俯いた。
なぜだ。突然、汗が滲む。焦る。動悸がする。
ふと顔を上げると、今までに殺した全ての「 」が私を睨んでいる。仇を討たんとするその殺気は、意識せずともひしひしと伝わってくる。おそらく、隙をみせた途端に私に覆い被さってくるだろう。
「ああ、もう手遅れなんだな。」
私はひとりごちる。今まで殺してきた「 」の大群に打ちのめされている自分にようやく気がついたのだ。絶望し、悲観して、自分自身を否定する。そして今日もまた、ベッドの上で一日は完結するのだ。つまり、今まで通りに「 」を殺すんだ。
私はとっくの昔に、「今日」の殺戮者に成り下がっていた。