きりすま

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きりすま

ただのおっさん

なみだ

 子供の頃はよく涙が出た。 いじめられた時、ケンカで泣かされたり、ころんで怪我をしてもすぐに涙は出てくれた。  その涙に救われて来たのだと今では思う。 娘が彼氏を連れて来た。 最近では適齢期は何歳ぐらいなんだろう? 娘は30が背伸びなしで見える歳になった。 「おじいちゃんは諦めてな!」 前の彼氏と別れた時にはそんな事をふざけて話してた。 馴染みの小料理屋を予約して会ってやる事にした。 どうやら一緒になるらしい。 いい奴だ、礼儀もちゃんとしてる。 「緊張してはるねん(笑)」 娘は場を和まそうと必死だ。 俺はいつも認めてきた。今回もそうだ。いい奴ならそれでいい。 お父さんへの「挨拶会」が終わると俺はそそくさと席を立った。 行きつけのスナックで飲み直そう。 娘は「一緒に飲みに行こう」と言うが、まっぴらごめんだ。 1人で娘を取られた父親を味わってみよう。 場末のスナック「夏」。 繁華街でもなく、駅からだとしばらく歩く、酔っ払って歩くと果てしなく遠い店。今日も大繁盛だ。 「いらっしゃいませ〜」酒で焼けた声がする。 ママは大忙し、あっちのお客、こっちのお客、お勘定やら領収書やら、お見送やら。 そんな中いつも相手にしてくれるのがチーママ的な恭子ちゃん。 「ちゃん」が適切かは別である。 「滝沢さんいらっしゃいませ〜今日はどこでご飯食べてきたの?」 話しやすい子だ。「子」が適切かは別だ。 お父さんへの「挨拶会」を話してるうちに「じわっ」と実感が湧いて来たが涙は出てくれない。 「滝沢さん次来てくれたら連絡先交換する約束やで!交換しよっ!」 ずっと断ってきた。俺の事は俺が1番知ってる。恭子ちゃんも俺と同じバツ1だ。妻とは超が付くほどの大恋愛の末一緒になった。 しかし、時の流れは残酷で離婚の時にはお互いを罵り合って別れた。半ば強引に娘を引き取った。 あんな事二度と嫌だ。離婚して23年が経つ、出会いもあったけど恋愛からは避けて来た。あの思いをするぐらいなら1人が楽でいい。 恭子ちゃんからLINEが来た。 「滝沢さ〜ん!今度の日曜日何されてます?恭子暇なんで遊んで下さい。」 はいはい、営業メールですね! そんなに稼ぎがいいほうではないので断るつもりが・・・ 「ありゃま!じゃー遊ぶ?その日は同伴はできひんよ」と予防線的な返事を返す。 「日曜日はお店休みです。普通に遊んで下さい!」 『ギュー』誰かが俺の胃を雑巾絞りしてくる。 その日は朝から迎えに行った。どこに行くかは決めてない。 「どっか行きたいとこある?」人任せなダサいオヤジ。 「ん〜近場うろうろします?それとも思い切って遠出します?」 屈託のない笑顔で質問を質問で返された。 少し考えて「じゃぁ遠出!」あまりにも優柔不断だとダサダサオヤジになりそうで決断した。 高速に乗って県外のボートレース場に向かった。道中猛スピードで追い抜かしていく車が目の前でスピンして危うく大惨事になりかけて、肝を冷やしたり、ボートレースでは見事に的中したり、帰りには車が故障してディーラーに駆け込んだりとハプニングだらけのデートだった。 地元に帰って居酒屋で乾杯をした。「今日はありがとうございました!いっぱい思い出が出来ましたね」 『ギュー』 話し込んでいくうちにお互いの境遇やら今に至るまでの話しで盛り上がった。離婚の話しになった時、俺は誰にも話した事のない話を『堰を切ったよう』に話した。ふっと恭子ちゃんを見ると泣いてる。 ダサいおっさんの話しで泣いてくれてる。 (あーこの子はまだ涙がでてくれるんや)と安心する。 ある日、娘が「今日実家帰るわ、居る?」とわざわざ不在を確認して来た。(ん?) 「仕事やけど早く帰れるから久しぶりにメシでも行こうか!」 随分と2人で出かけてない。 「体調わるいねん」ピンときた。 家に帰るとマスクを付けてコタツに入ってる娘の横でおばあちゃんが韓ドラを見てた。おばあちゃんとは俺の母だ。 「風邪か?年末に移すなよ」とふざけた。 「おばあちゃんコーヒー飲みたい」 娘は母を所払いするかの様に言うと母は娘のために曲がった腰でコーヒーを淹れに立ってくれた。 その隙に小声で「これか?」手でお腹を摩る様なジェスチャーをすると。娘は「うん」と小さく頷いた。結婚前なので後ろめたかったのだろう。 「良かったな」 娘は『ほっ』と緊張を解いた。 2回目のデートは紅葉を観に行った。地元では有名なスポット。 『メタセコイア並木』 おみやげやグッズを買ったり、並木道を一緒に歩いた。 徐に俺の腕に腕を絡ませて来た。 「ライトアップの紅葉も見たいね」 『ギュー』 Googleで調べると穴場の神社があったので向かう。そこでも腕を組んで歩いた。 ライトアップをバックに写真を撮ったり参拝もした。 例によっていつもの居酒屋で乾杯。今日は恭子ちゃんの離婚話になっていった。話しを聞いてると辛い経験を半ば笑い話の様に話してくれる。 その時、鼻の奥が『ツン』とした。あっ!出てくれるんか?いや出てくれない。 歳をとると涙の排水口が詰まるのだろうか? 恭子ちゃんからはいつも良い匂いがする。 帰りは決まって家まで歩いて送る。ハグしてくれて、見つめてくれる。キスをしようとすると、顔を避けられた。 お客様なのだ。『ギュー』 ある日仕事の帰りに同伴でお店に行く事にした。今日は香水の話しを聞いてこっそりプレゼント計画を立てよう。 「恭子ちゃんの香水ってどこのやつ?」ダイレクトに聞くところがおっさんである。 「ジミーチュウの香水〜」 ???? ちんぷんかんぷんだ。 「へー」としか言えないがかろうじて名前は覚えた。 すると不意に「恭子の匂いやで〜」っと香水を振ってきた。毎日着てる仕事用のジャンバーの右手首の袖にタップリかかった。 「いい匂いやな!」 娘が「今日病院行ってきた」っとエコーのモノクロ写真を見せてきた。 「順調やのか?」 「うん」 「無理したらあかんよ」 「うん、お父さんも早よいい人見つけやー」そうだ娘は常々俺にこれを言う。心配してくれてるのだろう。 「こんなおっさん誰が相手するねん」 「まーもの好きな人もいるんちゃう?笑」 恭子ちゃんは『もの好き』だろうか? その日は年末までに済ませておかないといけない事が山積みだった。でもその日ぐらいしか体が空かない。っと思い出す。『香水』買いにいくのは今日しか無い。 調べるとちょっと遠いが電車で1時間ぐらいの都会の伊勢丹に『ジミーチュウ』のお店があるのがわかった用事を早く終わらせて買いに行こう。 店の中は暖かくて急に鼻が詰まって香水が嗅げない。 お店の女性とこれでも無いそれでも無いといくつもりテストさせてもらった。 候補を二つに絞り、「多分こっちです」っと一つに決めた。 会計をしてる時に、「思ったんですけど二つともプレゼントするのは失礼なんですか?」っとお店の女性に聞くと、「めっちゃサプライズで彼女さん喜びますよ!」っとテンション上がるセリフ、おっさんは『いい鴨』にされます。 いつもの居酒屋でプレゼントした。「ありがとうございます。めっちゃ嬉しい!」喜んでもらえておっさんは満足です。正解の香りを贈れただろうか? 帰りにまた家まで歩いて送る、ハグしてくれる、見つめてくれる。 今日こそは、キスをしようとすると顔を避ける。『ギュー』 その時うっすら頭にあった思いが色濃く浮かんだ。 (彼氏いる?)・・・『ギュー』 聞けない。そう言うお仕事なのだ。俺がブレーキを踏めなかっただけ。ブレーキは壊れたのかもしれない。 それならエンジンを切って車から降りよう。 縋るのは惨めだ。おっさんにもプライドはある。 女にボケてる暇はなかった事に気づいたふりをして過ごそう。 夏を前におじいちゃんになった。 『孫』とはこんなにも途轍もなく可愛いのか! あの日の出来事から恭子ちゃんとは会ってないし店にも行ってない。時々連絡は来るが色々理由を付けて遠のいてる。 涙は出てくれないままだったが、いつのまにか『ギュー』は無くなった。 夏が過ぎて秋が来て肌寒くなって時折思い出すメタセコイア並木。 今日も仕事!、孫のために頑張ろう!今朝はやけに寒いから冬用のジャンバーを羽織る。 玄関を出てタバコに火をつけた瞬間・・・ 『恭子の匂いやで〜』ジャンバーの袖からジミーチュウの香り。 やっと出てくれたな。もう大丈夫や!

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なみだ