Ri.

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Ri.

はじまして。Ri.です。 趣味で「無名の侍たち」を書いております。 始めから読むには下から順に読んでいってください。 温かい目で見守っていただければと思います。 言葉の足りないところは読者様のご想像にお任せします。

無名の侍たち

-朝は素晴らしい- チュン……チュンチュン…… 卯の刻。午前七時……。 朝の光と鳥のさえずりで明継は瞼を揺らす。 「……ん……」 ぼやけた視界に映りこんだのは 朱に近い橙色の何か…… 「……?」 寝ぼけ眼のまま、何度か目をパチパチとさせ、ゆっくりと 上を向く。 「………」 (……!?) 明継は…… 舞花の胸の中で眠っていた。 (…一体…どう成って……) 「……ん……」 舞花は瞼を震わせ、ゆっくりと目を開ける。 「………。」 「………。」 二人は見つめ合う。 「…あの……」 明継は戸惑いながら視線を揺らす。 「………。」 スッ…… 舞花はそっと明継を抱き締め、頭を撫でる。 「……おはよう……明継……」 「……!?」 明継は目を見開き…… 「…舞花殿……?」 訳がわからず名を呼ぶ。 「……!?」 舞花も驚き…… バッ……! 「…明継さん!?」 距離を取って明継の顔を見る。 「…えぇ……明継ですが……」 内心混乱している明継は、平静を装って自分でも よく解らない事を言っていた。 「…ごめん…!ちょっと……顔洗ってくる…!」 舞花は慌てて部屋を飛び出した。 パシャ……! (…うわ…どうしよう……) さっき…… “おはよう……明継……” (明継さんの名前…呼び捨てで言っちゃったよ……) 舞花は顔を赤くして動揺していた。 未だに昨夜のままの明継だと思っていた舞花は安心させる為に 抱き締め、名を呼んだのであった。 (だって……) (あんなに泣くなんて思わなかったし……) 一方、明継はというと…… 「……。」 呆然と舞花が立ち去った方を見つめ…… “おはよう……明継……” 「………」 再び自身に向けられた愛おしい人からの言葉に 布団に顔を埋め、頬を赤らめさせる。 「……っ…」 「…未だ……」 「熱があるようです……」 耳が熱くなり、胸を締め付けられ…… 明継は、悶絶していた。 戻ってきた舞花は気まずそうに歩み寄り、布団の手前で 正座する。 明継も耳の熱をそのままに、平静を装って正座する。 「………。」 「……。」 沈黙に耐えかねた舞花は口を開き 「……えっと…」 明継に訳を話す。 「…明継さん、夜中にうなされてて私の事、お姉さんと勘違い しちゃったみたいで…」 「…私が…貴女を姉上と…?」 「うん…それからずっと……」 舞花は口を噤み…… カァァァ……! 顔を赤くする。 「…!」 「…あの……」 明継は恐る恐る一つ尋ねる。 「私…舞花殿に、何かとんでもない事を致しました…?」 「え…?」 見た所、着物は乱れておらず幸い明継が淫らな行いをした 痕跡はなかった。 しかし、明らかに頬を赤らめせていた舞花を見て、 自身が舞花に何かしらの事をしてしまったのではないかと 思い至ったのである。 「えっと…その……」 舞花は視線を揺らし、戸惑いの目で明継を見る。 「別に明継さんが悪いとかそういう事が言いたい訳じゃないん だけど……」 明継が眠りについた夜の事…… 「………。」 安定した寝息を立て舞花を腕の中に収めていた明継。 そんな様子を見届けた舞花はゆっくり離れようとする。 ス…… (…これ以上一緒に居て風邪移ったら良くないもんね……) 上体を起こしかけた、その時……… ススス…… 「……!?」 明継は舞花に擦り寄ってきて、胸の中に収まる。 「……姉上……」 …ッ…… 明継は涙を零し、寝ぼけた声で言う。 「…往かないで……くださ……」 「……!」 (ちょっ……!) 体勢的にまずいと思った舞花は一度離れようとする。 ぎゅぅぅぅ…… しかし抵抗すればする程、明継は抱き締めて離れようとしない。 「明継さん……!ちょっと……」 「んー…」 「……やばいって……」 なんとか明継を起こそうとしたものの、全く起きる気配がなく 仕方なく舞花は明継を優しく抱き締める。 (…もう……) 「…姉…上……」 ポロポロと涙を流す明継を見て舞花は 「………。」 明継の前髪を少し掻き分け…… …っ…… 額にキスをした。 「…まだ側に居るから…泣かないで…?」 「……ズッ……」 ……… …… 「…………。」 次第に落ち着きを取り戻し、明継は静かに眠りについた。 「……おやすみ…」 「…明継……」 そっと胸に抱き寄せ、舞花も眠りについた。 「………。」 全ての話を聞き終えた明継は俯き、震えていた。 「…えっと…明継さん…?」 バッ……! 明継は頭を伏せて口を開く。 「誠に…申し訳御座いませんでした…!」 「……!?」 「え…?明継さ…」 「覚えていないとはいえ…その様な事を……」 「私は…なんという事を……」 明継は自身の行いを恥じていた。 「いや…!だから明継さんは悪くないって…!」 舞花は慌てて明継をなだめる。 (流石にキスした事は言えないけど……) 明継は頭を伏せたまま、ふとある事を思い出していた。 「………。」 (そういえば……) サァァ…… 血の気が引いた。 まだ明継が屋敷を持っておらず、佐倉の屋敷で世話になっていた 十九の頃。 雨に打たれて高熱になり、明継は…… 佐倉に全く同じ事をしていた。 舞花の前で涙した時よりも、荒れていたそうで…… それはもう酷い有様だった。 佐倉に身体を拭かせるわ…… 日頃溜まっていた鬱憤を愚痴るわ…… 終いには 佐倉に抱きつき、「姉上ぇー…」と泣きじゃくり朝まで共に 布団で過ごしたという… そしてそれを翌朝、正気を取り戻した明継が佐倉に全てを 聞かされるという恐ろしい記憶が脳裏に思い起こされたのだ。

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無名の侍たち

-隠された甘え- どれくらい時間が経っただろう…… 蝋燭が灯す僅かな明かりが部屋をほんのり照らす。 「………。」 (………。) 足痛くなってきた…… (それに着物だからなのか……抱き締められると…) 余計に苦しい…! 「…明継さん…一旦体勢変えても……」 ギュ……! 「…いやです。姉上。」 「私はずっと…姉上にお逢いしとうございました…」 「ですから……」 「このままが…いいです……」 「……!」 再び顔を埋める明継に舞花は驚く。 (う……) いつもの大人びた明継とはまるで違う態度に、舞花は胸が 締め付けられる。 (可愛過ぎるでしょ……) 舞花はもうしばらく耐える事にした。 そして…… 「…ちょっと汗拭こうか。風邪、悪化しちゃう。」 「私は風邪など引いておりません…」 (いや、引いてるからね?) 舞花は笑いながら内心突っ込む。 ス…… 「明継…あんまりベッタリだとお姉ちゃん困っちゃうん だけどな〜?」 「…っ…姉上ぇ……」 涙ぐむ明継に舞花は優しく頭を撫でる。 「ちょっとお湯取りに行ってくるから、待ってて?」 「……はい…」 名残惜しい明継は渋々手を離す。 タッ…… 舞花は蝋燭と桶を持って釜戸まで急ぐ。 (…明継さん、熱が高くなってるからあぁなってるだけだよね?) 普段なら絶対見せない表情に、舞花は内心やられていた。 コト…… 木のテーブルの上に桶を置いて、予め沸かしておいた湯を注ぐ。 ザァァ…… (…よかった…足りるね。) スッ…… タッタッ…… 舞花は明継の元へ小走りに急いだ。 襖を開け、明継を見ると…… 「…っ……」 少し拗ねたような顔をして待っていた。 (…可愛い…) 「お待たせ。身体、拭こうねー…」 パシャ…… 舞花は桶の中の手拭いを取り、ある程度水分を残して絞る。 「…はい。どうぞ。」 「………。」 明継は虚ろな目で畳まれた手拭いをじっと見る。 「…姉上が拭いてください…」 「え……?」 「いつも姉上が拭いてくださりますでしょう?どうして… です…?」 「え…っと……」 舞花は戸惑い、視線を泳がす。 「…っ……」 「……!」 明継は再び子供のように涙をぽろぽろと流す。 「…姉上……もしや…お嫌なのですか……?」 「…いや…!…そういう訳じゃないけど……」 (嫌というか、裸見るのが無理というか…!) (罪悪感というか…!) 「…っ……」 舞花の葛藤を他所に涙が止まらない明継は視線を落とす。 「…うーん……」 「………」 「……」 「…分かったよ……」 (もう…ヤケだ…!) 「…姉上……」 パシャ…… 「ほら早く脱いで。お湯、冷めちゃうから。」 舞花は背を向け、再び手拭いを濡らす。 「…はい……」 スル…… 明継は紐を解き ゆっくり衣を脱ぐ。 「…っ…!」 (…分かってはいたけど…) 舞花は息を呑む。 鍛えられたのは腕だけではなかった。 硬くしっかりしていそうな胸板に 割れた腹筋が、舞花の視界に映り…… (明継さんって見た目に寄らず… ちゃんと男の人の身体してるんだよなー…) 耐えきれず目を伏せる。 「…姉…上……?」 「…っ…はい…」 「…どうかなさいました?」 「なんでも…ないです……」 ス…… 舞花は明継に近寄り、顔を覗き込むようにして見つめる。 「…じゃあ…拭くよ?」 「はい…」 「………。」 舞花は鎖骨から下へとゆっくり拭いていく。 (うぅ……こんな事になるなんて……) 恥ずかしさに耐えながら手拭い越しに肌に触れる。 スゥ…… 鎖骨から肩にかけて…… 胸から…腹部にかけて…… (耐えるんだ…!私……!) 舞花は火照る顔を明継に見られないように、できるだけ 視線を合わせないようにした。 「…姉上……」 「くすぐったいです…」 小さく微笑む明継はどこか嬉しそうだった。 それ所ではない舞花は視線を泳がせる。 (え…!?くすぐったいって何が……?!) (どうしたらそうなるの?!) 「…ケホ……」 「…ゲホゲホ……!」 明継は顔を背け、咳をする。 「大丈夫?明継さん…!」 背中を擦る舞花の言葉に明継は振り向く。 「………“さん”?」 明継は目を細めて言う。 「…姉上…先程からよそよそしいです…」 「私は…貴女の弟なのですよ?他人事の様に云うのはいやです……」 「…っ…!」 (………) (…っ…) 「……明継……」 先程まで姉になりきってその名を呼んでいたのに、 今は恥ずかしさで小さく呟く程度しか出来なかった。 (…さっきはノリだったけど…) 舞花は明継の肌を見つめる。 「………。」 (近くで見ると……やばい……) ドクッ……ドクッ…… 「…っ……」 (心臓が……) 舞花は胸を締め付けられ、縮こまる。 「…? 姉上…?」 「背中…やっちゃうね…?」 このままでは色々といけないと思い、立ち上がる。 スッ…… 舞花は明継の背を拭く為、回り込む。 「………。」 パシャ…… ぬるくなった湯に手拭いを通し、硬すぎない程度に絞る。 「………。」 ス…… 舞花は手拭いを明継の背にそっと当てる。 …ピク…… 肌がほんの少し反応し、明継は一点を見つめる。 「………。」 「……。」 二人は沈黙したまま。 舞花は煩悩を払うように無心で背中を拭いていた。 (………。) 視線を背中に向ける…… 大きくて鍛えられた背中に舞花は…… 「…っ……」 指先でほんの少しだけ、触れる。 ッ…… …ピク…… なぞられて肌が反応する。 「…? 姉上…」 「どうか致しました…?」 はっ…… 「ううん…なんでもない…」 我に返った舞花は再び手拭いで背中を拭く。 「……?」 「そう…ですか…」 明継は不思議に思いながらも、前を見据えていた。 身体も拭き終わり、着替えも済ませた明継に舞花は言う。 「…じゃあ私は別の部屋で寝るから、明継…はゆっくり寝ててね。」 「………。」 「…? どうしたの…?」 明継は虚ろな目でぼーっと舞花を見つめる。 そして…… 「…姉上……」 再び泣き出しそうな顔をする。 「…ダメです。寝てください。」 舞花はこのままではいけないと思い、微笑んで首を振る。 「…ですが……」 スッ…… 明継をゆっくりと押し倒して布団を掛ける。 「…私はもう行かなきゃ。 一緒に居られて、よかったよ…」 「……姉上…」 くぃ…… 明継は舞花の着物の袖を掴む。 「もう少し…もう少しだけお傍に…居てくださいませんか……?」 「姉上が傍に居れば…よく眠れそうな気がするのです……」 「………。」 (…このまま一緒に居たら……) 私の身が持たないんですけど…… (風邪も移るかもしれないし……) 戸惑い、何も言えずにいると… …ッ…… 「…駄目…?ですか…?」 「…っ!」 一筋の涙を流し、潤んだ目で見つめてくる明継に舞花は 息を呑む。 「………。」 「…ズッ……姉上ぇ……」 鼻を啜りながら明継は静かに涙する。 「……少しだけだからね…?」 舞花は折れるしかなかった。 スッ…… 明継は布団を捲る。 (…?) 「姉上…こちらに……」 「…!?」 舞花は驚き、手を振る。 「いやいや、それは違うって…!」 「今さっき“少しだけ”って言ったよね?」 (ダメダメ……そんな所に入ったら……) 「……何時も姉上は隣に来て私が眠るまで、こうして くださったではありませんか……」 「…う……」 (それは初めて聞いたよ……) 舞花は明継の潤んだ目には敵わなかった。 仕方なく布団の中に入る舞花は明継の腕の中に包まれる。 「……!」 「…姉上……」 「…っ……」 舞花は耐え切れず、目を瞑った。 姉の事を大切にしている事が伝わり、よっぽど 恋しかったんだなと舞花は思った。 (…お姉さん…なんかごめんなさい……) 今は亡き姉に、舞花は少し申し訳ない気持ちでいた。 「…姉…上……」 眠りについた明継は涙を零し、最後まで姉を思い寝息を立てた。

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無名の侍たち

-天然疑惑- コト…… 御膳台に乗せたもう一つの碗を手に取り、舞花は明継の隣で 粥を食す。 「……!」 (めっちゃ美味しい…!) 舞花も目を輝かせて粥を頬張る。 (…昆布なんて普段入れた事なかったけど、この時代は 粉末の出汁とかないから、入れてみて良かった〜…!) 現代の舞花は、具合が悪くなくても卵粥を作る変わり者だった。 その為、料理は全くできないというわけではないのだ。 (…火加減さえ分かれば、向こうと変わらない卵粥ができる……!) (小春ちゃんにもっと教えてもらわなきゃ…!) 舞花は内心奮闘するのだった。 「……あの、明継さん。」 「……?」 「えっと、卵の殻と昆布捨てたいんだけど、どうすればいいかな?」 「………。」 スッ…… 明継は持っていた椀を舞花に手渡す。 ゆっくり布団を剥ぎ、起き上がろうとする。 「…! ダメだよ。熱上がっちゃう…」 「少しくらいであれば…」 舞花の制止する手をそっと退けて明継は立ち上がる。 「…だ…っ…!」 「……!?」 フラ…… 裾を引っ張られた明継はバランスを崩し…倒れ込む。 「…ダメだってば…!」 「ちゃんと寝てないと治らないんだから…!」 「…っ!?」 詰め寄ってくる舞花に明継は胸を締め付ける。 (…っ…移る…!) 思わず顔を背け、無意識に赤くなる顔を隠す。 「ほら、また熱上がってるじゃん。」 そっ…… 「……っ…舞花殿……」 額に手を当てられ、明継は声を振り絞るのに精一杯だった。 「…ゴミは明日でもいいよね?お皿に置いとくから、 明日よくなってたら、教えて?」 「……はい……」 「うんうん。よろしい。」 舞花は明継から離れ 「お粥まだ残ってるけど、どうする?」 「……食べます……」 先程の椀を手渡し、残りの粥を味わう。 「…そうだ。佐倉さんがね、薬渡せって言ってたの。」 食べたら後で持ってくるね?…と舞花も粥を食べながら 明継に伝えた。 咳をしながらも粥を味わった明継は、薬を取りに向かった 舞花を待つ。 スッ…… 「お待たせ〜。」 紙に包まれた薬粉を包み込むように持ち、舞花は明継の元 に歩み寄る。 「…これなんだけど…」 カサ…… 「………。」 念の為中身を確認すると…… (佐倉殿……) 明継は目を伏せ、内心苦笑いをする。 「…これは…ケホ…解毒の為の薬です……」 「え…! これ渡せって佐倉さん言ってたよ?」 「風邪薬じゃないの?」 「…はい……」 (佐倉さぁぁん…!) 舞花は内心叫ぶ。 実は佐倉は薬の知識は殆ど明継に任せきりで、薬なら なんでも効くと思っていたのだ。 「………。」 (佐倉殿が風邪の薬を持っていると聞いて、おかしいと 思ったのですよね……) 明継は紙を包み直し、舞花に手渡す。 「…こちらは…佐倉殿にお返しください…」 「…うん…」 力になれず、しょんぼりとした顔で舞花は頷く。 「………。」 (でもどうしよう……) (薬、これしか持ってないし…) 「…あ……」 舞花は何かを思い出した様に声を漏らす。 「ちょっと待ってて。」 タッ…… 少しして、舞花は何かを持って戻ってきた。 「これ、佐倉さんから……」 カチャ…… 陶器瓶の蓋を開け、舞花は明継に差し出す。 「……?」 カサ…… 油紙に包まれた何かを広げると…… 「……!」 (これは……!) 舞花が作った生姜飴だった。 「これ、生姜が入った飴なんだけど、佐倉さんが『生姜は 風邪にいいから持っていけ』って言って渡してくれたのね?」 「えぇ…これはとても美味しゅう御座いました…」 明継は初めて生姜飴を口にした事を思い出しながら小さく微笑む。 「…あれ?明継さんってこれ食べた事あったっけ?」 「………。」 はっ…… 「…ッゲホゲホゲホゲホ……!!」 「…! 大丈夫?!明継さん…!」 明継はすっかり忘れて口を滑らせていた。 初めて生姜飴を口にした時、明継の身体は縮み、 子供姿になっていた為、舞花にバレないように「若菜」と 名を変えて過ごしていたからだ。 「…っ…すみません……」 「ちょっと水、持ってくるよ。」 「そんなに咳するんじゃ、飴は止めた方がいいよ。 喉に入っちゃう…」 「いえ…食べます……」 カサ…… 明継は咳をした拍子に握り締めた油紙を再び開き、口に運ぶ。 「……。」 (やはり……) 口の中に広がる甘い飴の味に明継はほんのり微笑む。 (舞花殿が造られた飴は美味いです……) 「…ふふ……」 (なんか明継さん、子供みたいだなぁ……) 舞花は微笑ましい気持ちで見ていた。 スッ…… 湯呑みを手にした舞花は立ち上がり、明継に一言伝える。 「じゃあ水持ってくるから、待ってて?」 「…はい…」 -白昼夢- 夕刻になり、日が暮れ…明継は一人、床に就いていた。 「………。」 舞花に頼んで薬の材料を部屋から持ってきてもらい、 煎じて呑んだおかげで、落ち着いた呼吸で眠りについていた。 「………。」 (良かった…薬が効いたみたい……) 様子を見に来ていた舞花は静かに顔を見る。 スッ…… 起こさないようにゆっくり立ち上がり、襖を閉める。 (…ちょっと仮眠させてもらおう……) 舞花は以前来た時に通された客間に入り、畳の上で横になる。 帯を潰さないように身体を横たわらせ、目を閉じた。 夜半…… 「……ん……」 舞花は目を開け、ゆっくりと起き上がる。 「……?」 (寝ちゃった…) すっかり熟睡してしまっていた舞花は一度欠伸をし、立ち上がる。 「……真っ暗……」 電気がないこの時代は日が落ちると途端に闇に包まれ、 辺りが見えなくなる。 舞花は襖を開け、壁を伝い歩き釜戸の方へ歩く。 ザ…… 座って草履を履き、木の机の上に置いておいた蝋燭を手にする。 (…良かった…明継さんに聞いておいて…) まだ明るい時の頃、舞花は明継に蝋燭が置いてある場所を 聞き出し、取り出していたのだった。 カチ…カチカチッッ……! 燃え移らないように、釜戸の近くの三和土で火付け石を 交わらせる。 …ポゥ…… 油菜に火の粉を移し…… スッ…… 蝋燭までそれを持っていく。 「………。」 真剣に見つめていると…… 先端に火が灯される。 「…できた……」 舞花は蝋燭の灯を見て、静かに感動していた。 コト…… 蝋燭を置いた舞花は、釜戸の上に置いてある鍋に手を掛け…… ス…… ジャァァ…… 桶に沸かしておいた湯を流し込む。 パシャ…パシャ…… 舞花は自ら化粧を落とした。 「……。」 (流石にずっとこのままじゃ、肌荒れちゃうもんね…) バサ…… 風呂敷の置いてある方へ向かい、手拭いを手に取って顔を拭く。 「…ふぅ……」 息をつき…… スッ…… 蝋燭を持って、広間へ向かった。 舞花は明継を起こさないように、そっと襖を開ける。 ス…… 「………」 「……!」 「…っ……はっ……はっ……」 薬草の効果が薄れたのか明継はうなされていた。 汗をかき布団を握り締め、苦しそうに呼吸をしていた。 そんな姿を見た舞花は直ぐに部屋を出て、桶に入れていた 湯を捨て、柄杓を取り水を張る。 足早に部屋に戻った舞花は、明継の額から落ちた手拭いを取り、 桶に手を入れる。 バシャ…… 「…っ…は……」 「……」 「…姉……上……」 (……!) 舞花は手を止め、目を見開く。 「……はっ……はっ……」 (…明継さん……) 舞花は絞った手拭いを手に取り、振り向く。 そっ…… 汗をそっと拭き取り、見つめる。 (お姉さんの夢…見てるんだね……) 出会った頃、舞花は明継から姉の話を少しだけ聞いたことが あったのを思い出す。 「………。」 (あれからだいぶ経つけど……) 「…っ……はっ……」 苦しそうに布団を握り、胸を上下に揺らす。 「……っ……」 「………。」 (明継さんにとってお姉さんは大切な人だから……) すっ…… 舞花は布団を握り締めている手にそっと自身の手を重ねる。 「……ここにいるよ……」 「明継……」 語り掛けるように舞花は優しく名を呼ぶ。 『……明継……』 「……姉…上……?」 ぼやけた視界に映った着物姿の誰かに、明継は姉を重ねる。 ス……… 明継はゆっくり身体を起こし、目の前の人を見つめる。 「…姉…上……」 …ッ…… 「……!?」 「…どうして………」 明継は……… 「どうして…」 「私よりも…先に逝ってしまわれたのですか……?」 涙を流し、見つめていた。 「………。」 「…っ……姉上ぇ……」 まるで置いていかれた子供のように、明継は弱々しく涙する。 (…そうだ。お姉さん…野盗に殺されて……) 「……っ……」 「…明継…?」 「先に居なくなって…ごめんね…?」 「…っ……いやです……姉上……」 明継はゆっくり近づき…… 「…逝かないで……お願いします……」 そっと抱き締める。 「……!」 舞花は驚き、目を見開く。 (…明継さん……) (ずっと、寂しかったんだよね…?) ス…… 舞花は一度明継の手を解き…… 膝立ちをして、抱き寄せる。 「…! 姉上…?」 「今は…居なくならないから…」 「しばらくは沢山甘えていいよ?」 「…姉上……」 明継は少し強く抱き締め…… 舞花の胸に身を委ね…… 「………。」 眠るように目を閉じた。

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無名の侍たち

-舞花の粥- 「………。」 細いのに引き締まった背中を見て、一瞬胸が締め付けられそう になる。 「……っ……。」 (…大丈夫。後は背中だけなんだし…) そっ…… (これは看病であって、別に変な事なんて……) 舞花は固めに絞った手拭いをそっと当てる。 ピク…… 冷たかったのか、明継の背中が微かに反応する。 「…っ……。」 「…ごめんね? 冷たいよね…?」 「……いえ……」 スゥ…… 舞花は優しく汗を拭いていく。 「………。」 「………。」 (…なんか……) (気まずい…!) 何この空気…!! いや明継さん、風邪引いてるからあんま話せないよね?! ごめんね! 舞花は沈黙に耐え切れず、内心一人で騒ぐ。 「………。」 (…意外と背中大きい……) ハッ……! いやいや!だから、これは看病なんだって! 明継さんの上半身を見る会じゃないんだって! 「………。」 「…っ…げほげほっ…!!」 「……!」 舞花が来たばかりの時より咳が低く酷くなっていた。 咄嗟に手を伸ばし、明継の背中に触れる。 「大丈…夫……?」 「……!」 はっ…… 「ぴゃ……!」 「ごめん…!触っちゃって……」 「……い…いえ…問題……ありません……」 実は…… 明継も内心気が気ではなかった。 (…っ……) (…情けない……) 熱で意思が朦朧としてしまい…… うっかり舞花殿に…… (…きれいだ…なんて……) 舞花が席を離れ、その間自ら身体を拭いている時に 水の冷たさで多少正気を取り戻した明継は、少し前に 自身の口から出た言葉を思い出し、恥ずかしさで死にそうだった。 「……っ…。」 明継の熱は最早風邪だけでは済まなくなった。 「……。」 (…う……) (これ、どこまで拭けばいい…?) 舞花は顔を赤らめさせ、動揺し混乱して目を回す。 「……?」 (あれ…?) 明継の身体が、赤く…火照る。 はっ…… (もしかして、熱上がってる…?) 「………。」 舞花は手拭いを桶の中に入れて、立ち上がり襖の方に移動する。 「……?」 スッ…… 「明継さん、これ着て?さっき見つけてきたから。」 新しい長襦袢を手に持ち、明継に手渡す。 明継は軽く咳払いをし… 「……あの……」 「…うん?」 「……後ろを…向いてもらえると……」 「…!…あ……」 舞花は顔を赤くし、視線を落とす。 「…じゃあ、鍋、見てこようかな!」 「ゆっくり着替えてて!」 恥ずかしくなった舞花は取り繕い、笑顔で部屋を退いた。 舞花は火照った顔を押さえながら、釜戸へ向かう。 (はー…恥ずかしかった……) 着替えする時まで一緒に居たら心臓もたないよ… タッタッ…… 「……!」 ゴトゴト…… (ぎゃー!沸いてるし!) 舞花は急いで草履を履く。 ザッザッ…… 沸騰している鍋の蓋に咄嗟に手を伸ばす。 「熱っち!」 舞花は手を引っ込め、指の様子を見る。 「…良かった…火傷はしてない……」 ゴトゴト…… グツグツと泡を吹き、蓋が微かに浮く。 「……。」 (手拭い…) 舞花は風呂敷まで戻り、手拭いを取り出す。 柄杓を取り、軽く水で濡らす。 湿った手拭いを使い、鍋の蓋に手を掛ければ…… カポ…… (取れた…!) ふわっ…! 湯煙が立ちのぼる。 「……!」 舞花は目を見開き、微笑む。 (…うん!もう卵入れて良さそう!) まだ水分が多い状態で沸騰していた様で、卵を入れる 余裕があった。 「…えっと……箸と器と…木べら…ないかなー…?」 カチャカチャ…… 米を研ぐのに取ったザルが置いてあった棚に、それらはあった。 「……よし。これで作れる!」 舞花は木の机の上に少し底の深い器を置いて卵を割入れる。 「…と、その前に…」 土鍋の方に振り向き、舞花は菜箸を使い、昆布を取り出す。 「………。」 舞花はある事に気が付き、手を止める。 (そういえば…生ゴミってどうしてるんだっけ……?) (…やばい…それはまだ教わってなかった……) 「……。」 (…どうしよう……) 「………」 タッ…… 舞花は一先ず、先程の棚から食器を取り出す。 スッ…… 昆布を取り出し コト…… 食器ごと机の上に置く。 (後で明継さんに聞いてみよう。) 気を取り直して舞花は、残りの卵を割入れる。 カカカカッ…… 卵を解きほぐし 「あ、塩……」 振り向いた先にあった綺麗に並べられた小さな陶器瓶を見て 開けてみる。 カチャ… 「…これかな…?」 中を覗くと、粉状の何かだった。 違うと判断した舞花はそれを元に戻す。 「………。」 (…これかな…?) もう一つの瓶を取り、中を覗く。 ス…… 舞花は少量指に取り、舐めてみる事に。 「…っ…しょっぱ…!」 塩だと分かり、舞花はスプーンを探す。 「…あ……」 (そういえばこの時代って、スプーンなかったんだ……) 「あれ、でもお粥があるって事は……」 舞花はふと気づく。 「箸じゃ無理だから、スプーンと同じようなものがあるはず……」 カチャカチャ…… 「……! あった。」 舞花は木でできた小さなスプーンと、大きめのスプーンを見つける。 スッ…… 小さなスプーンを取り出し、陶器瓶の中にある塩を少しずつ 鍋に入れる。 パラ…… 「…急がないと……」 舞花は軽く卵を解き直し、ゆっくりと数回に分けて 流し入れていく。 都度、軽く木べらで掻き回して、最後にほんの少し塩を加える。 ゴト…… 一度蓋をして少し待つ。 ス…… 「…もういいかな。」 火の通りが早い卵はタイミングを誤ると食感も硬さも変わる。 粥は高温の為、そこまで時間をかける必要がないのだ。 ガコ…… 「……うん。良さそう。」 舞花は直ぐに木べらを取り、掻き回す。 ふわっ…… 熱い湯煙が立ちのぼり、舞花の顔を直撃する。 「…っ! 熱っ!」 (メイクしてるのに、汗かいちゃうよ…!) 舞花は顔を手で仰ぎ、土鍋から少し距離を置き、 再び掻き回す。 「……できたぁ……!」 舞花は笑顔で出来立ての粥を見つめる。 この時代に来て初めての卵粥だ。 グツグツと微かに音を鳴らす粥を見て舞花は…… 「……火、消すのもったいないから……」 スッ…… 先程、土鍋の蓋を取る際に使った手拭いを取り出し 手早く柄杓を取り、水で濡らす。 全体的に手拭いが湿ったら、広げて 土鍋の取っ手に手を掛ける。 「…せーのっ……!」 舞花は大きな土鍋を持ち上げ ゴト…… 隣の釜戸の上に置いた。 「…ふぅ……」 一安心した舞花は、小鍋を探し…… パシャ…… 再び柄杓で水を掬い、鍋の中へ。 ゴト…… 先程まで使っていた釜戸の上に置いて スッ…… ガサ…… ザザザ…… 竹の棒で釜戸の中の炭を半分ほど退かし、火力を弱める。 (……よし。これなら夕方になった時、いつでも身体拭ける。) 舞花は先程の反省を生かし、身体を拭くための湯を用意する。 カチャ…カチャ…… 病人の明継が熱さを気にせず食べられるように椀を選び… 木べらで粥をよそう。 (沢山できたから、私も食べていいよね?) 鍋いっぱいに増えた粥を見て舞花は確信する。 これは明継さん一人では食べきれない…と。 スッ…… 舞花は襖を開け、明継に優しく声を掛ける。 「……明継さん、ご飯できたよ?」 「……ん……」 よく寝ていたのか、微かに声を漏らし、瞼をピクリと震わせる。 「…明継さん……?」 …ス…… 明継はゆっくりと目を開ける。 「……?」 「………。」 虚ろな目で舞花を見つめる。 「…明継さん。お粥、できたよ?食べれる?」 「……ん…」 ゆっくりと起き上がり、再びぼーっと一点を見つめる。 どこからか見つけてきた御膳台の上に乗った粥を舞花が手に取り、 明継に差し出す。 「食べる?」 「……。」 明継はほのかに香る米の香りに視線を向ける。 スッ…… ゆっくりと椀と小さな木のスプーンを受け取り、口に運ぶ。 「………。」 パチ…… パチパチ…… 何故か明継は数回瞬きをし、粥を見つめる。 実は、この時代の粥といえば…… 『塩粥』というものが主流で、かなりの水分を残した 質素な造りだった。 ところが、舞花が造った卵粥は…… 余計な水分が無く、柔らかい米と魚のヒレの様な黄色く ひらひらした何かが入っており 明継から見れば『未知の粥』だった。 「………。」 (……。) 再び一口食し…… 「………。」 (…この黄色いものは……?) 明継は、舞花が卵は食べられるかどうかを尋ねてきた事を 思い出す。 (それで……) また一口…… 「………。」 (…この粥……) …出汁を取った……? 明継は舞花に視線を向ける。 「……?」 首を傾げる舞花に明継は…… 「……あの……」 「うん?」 「この粥には、何を…入れました…?」 「えっと……卵と塩と…昆布だよ?」 「……ふむ……」 更に一口…… (…この粥……) (思っていたよりも……) 美味い……っ!! 明継は目を輝かせてじっくり味わう。 (……朝から何も食べていなかったせいなのか……) この粥が胃に沁みる……! 目を閉じ、内心感動している明継を見て、舞花は 微笑ましい眼差しで見ていた。 「…ふふ……」 (よかった…美味しそうに食べてる。) 「おかわり、まだあるからね?」 「……かたじけない……。」 手で口元を隠し、申し訳なさそうに言葉にした。

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無名の侍たち

-予感- 二人は舞花を見送った後、廊下を歩き各々の場所へ戻る。 ……ピタ…… その途中で佐倉は足を止め 「………」 「……はぁ……」 何かを思い出したかのように溜息をつく。 「…旦那様?」 突然立ち止まり、片手で顔を覆う佐倉に小春は心配そうに 声を掛ける。 「………」 「…小春。」 「明継が未だこの屋敷に居た頃、同じ様に高い熱を出した時の事を…」 「覚えておるか?」 佐倉の静かな問いに小春は少し間を置いて記憶を辿る。 「………」 「……あ……」 小春は思い出し、口元を覆う。 「……昔の話だからもしかすれば何も無いやも知れぬ。」 「…だが……」 佐倉は思い出して、顔を引きつらせる。 「……まぁ、あ奴の事だ。 本気で嫌になったら帰ってくるであろう。」 「…えぇ……そうですね…。」 小春も佐倉の言葉に静かに頷く。 「…はぁ…誠に……」 (何も無ければよいのだが……) -粥作り- カラカラ…… 「お邪魔しま〜す…」 軽い口調に小声で言葉にする舞花は、静かに玄関の戸を閉める。 ザッ…… 玄関の三和土に草履を脱ぎ、振り返って脇に揃える。 「………。」 (明継さん、大丈夫かな…?) 舞花は廊下を歩き、襖に手を掛ける。 スッ…… 少し顔を覗かせるくらいに襖を開けると… 明継は横になっていた。 (そっとしておこう……) 膨らんだ布団を見て静かに襖を閉める。 舞花は拳を胸に置き、前を向く。 (それよりもお粥作らないと…!) 廊下に風呂敷を置き、釜戸へと急ぐ。 ゴロ…… 木の机の上に使う分の卵と昆布と 小春から受け取った米を置く。 (まずは火をおこさないとだよね?) 舞花は釜戸の方に歩み寄り、中を見る。 「…あ……」 そこには真新しい炭と薪が一つ置かれていた。 火がつきにくい炭に対して薪を入れる事で効率よく 火が回る仕組みだ。 (もしかして、明継さんが置いてくれた……?) (えー…!熱出してるのになんか気使わせちゃったよー…!) 舞花は両手で口を覆い、感激する。 (…あ……) (その前に米洗わないとか!) 着物の袖口から紐を取り出し シュル…… キュッ……! 動きやすいように袖を短く絞る。 舞花は桶を探し出し、米を入れる。 ザァ…… (これくらいかな……?) (いやでもまた炊くのも時間掛かるよね?炊飯器じゃないし。) ザ…… 考えた舞花は米を全て桶へと流し込む。 コト…… 柄杓を手に取り水を加え、米が浸るくらいまで入れる。 ザァ…… 一度直ぐに水を流し…… コト…… トポポ…… ザァァ…… 再び水を加える。 ザッ…ザッ…… 少し捏ねるように、優しく米を研ぐ。 ザァ…… 水を捨て…… ザッ……ザッ…… 再び米を研ぐ。 それを数回繰り返し、ザルにあけ桶の上に置く。 「……よし。」 (次は……) スッ…… 一度振り返って机の上に用意しておいた火付け石を手に取る。 「……?」 少し視線を中央に向けると…… 同じ様な石とその隣に油菜が置いてあった。 「…これ……」 (明継さんが置いたやつ?) 舞花はそっと油菜を手に取る。 明継はどこに何があるのか舞花が困らないように、 予めできるだけの物を用意していたのだった。 「………。」 (もう……) (病人なんだから寝てなって……) 呆れるように舞花は微笑む。 カチカチ…ッ…! 舞花は油菜を釜戸の入口付近に置き、火付け石で 火の粉を起こす。 カチッ…カチカチッ…! …ポゥ… 「……!」 (きた…!) 逸る気持ちを抑え、薪を小さく灯った火にかざす。 ……チリ…… 薪に火が移ったら スッ…… 燃え広がる前に釜戸に入れる。 パチ…パチ… 火が消えないように炭を傾けて置き 「………。」 暫く様子を見る。 (えっと…竹の棒は……) コト… (これかな…?) 貫通している穴を見る限り、これで間違い様だった。 スッ…… 舞花は棒の先を火元に近づけ…… 「……フゥ……」 ゆっくり強く吹き掛ける。 釜戸が温まり、米と水と昆布を入れた土鍋をその上に置く。 コト…… (……よし…!) 後は沸騰するまで待つだけだけど…… 「…ちょっと明継さんの様子、見に行ってこようかな。」 舞花は釜戸を離れ、明継の元へと向かった。 「………。」 スッ…… 襖を開き ゆっくりと中へ入る。 「………。」 「……っ…。」 そっと様子を見ると、明継は汗をかき、少し苦しそうに寝息を立てていた。 「………。」 (あ、そっか……) 舞花はある事に気づき、一度釜戸の方へ戻る。 ス…… 再び訪れた舞花は明継の元に歩み寄り、桶に入った水と 持ってきた手拭いを横に置く。 ぱしゃ…… ギュ…… 舞花は少し水分を残すくらいに留め、手拭いを絞る。 「………。」 それを畳み…… 明継の額にそっと置く。 (……これで少しは…) 「……っ……?」 安心している舞花の横で、明継は額の冷たさに気づき 微かに目を開ける。 「…あ、起こしちゃった?」 舞花は明継に声を掛ける。 「………。」 明継は視線を舞花の方に向け ス…… ゆっくり起き上がる。 「…大丈夫?まだ寝てた方がいいよ?」 「………。」 「……明継さん…?」 「………。」 火照った顔で呆然としていた明継は ゴソゴソ…… シュル…… 「………熱い……」 「……!?」 突然着物を脱ぎ出した。 鍛え上げられた身体が顕になり舞花は慌てる。 (ぎゃー!!明継さんチョット待って!!) バッ……! 舞花ははだけた白い長襦袢の裾を持ち、一気に閉じる。 「…明継さん、このまま待ってて…!」 「何か拭くもの持ってくるから…!」 ぼー…… 「………。」 明継は虚ろな目で舞花を見ていた。 「…っ…着替え、持ってくるから…」 ダッ…… 「ちょっと棚の中見るけど、いいよね?!」 タッタッ…… 舞花は朦朧としている明継をそのままにして、部屋から 立ち去った。 スッ……! 何も考えずに適当な部屋の襖を開け、舞花は顔を赤くしながら 部屋に入る。 「びっ…くりした……」 視界に棚が映り、歩み寄ると 一瞬、明継の肌が思い浮かぶ。 「……!」 舞花は、駿河の城の温泉で明継と鉢合わせした事…… 長く入っていた明継がのぼせて、介抱するのに抱き締め合い 肌と肌がくっついたあの日が脳裏に思い起こされる。 (…わぁぁ……!忘れてたのになんで今思い出すのぉぉ…!) 舞花は両手で顔を覆い悶絶する。 更に追い討ちをかけるように…… 『…舞花……好きだよ……』 海和の声が、視界に映った胸が 明継と同じ身体が…… (無理むり無理むりっ!) 舞花は首を振り、忘れようとする。 「…あぁ…もう……」 舞花は眉を落とし、困った顔をして赤くする。 「…心臓…もたないよ……」 「…っ…」 (絶対顔赤くなってる…) (こんな顔…絶対明継さんには見せられない……) スッ…… 舞花は目の前の棚の引き出しを開ける。 「……!」 (綺麗……) 丁寧に畳まれた焦げ茶色の着物に カサ…… 色移りや湿気の影響を受けない為の和紙を捲り…… 夏の時に見た色よりも濃い紫の着物がそこには仕舞われていた。 スッ…… (…ここじゃなかった……) 舞花は静かに引き出しを閉める。 スッ…… 「……?」 下の引き出しを開けた舞花は、白い生地の衣を見つける。 (…! これだ……) 広げて確認すると長襦袢で間違いなかった。 タッタッ…… 舞花は小走りに廊下を走り、明継の居る広間の前で足を止める。 (…っと、そうだ。) 持ってきていた風呂敷の中を漁り、手拭いを取り出す。 (…良かった…多めに持ってきて……) 「…明継さん…? 入るよー……」 ス…… 様子を見ながら開けると… 「……!」 明継は布団を掛けて眠っていた。 「……っ……。」 背中を丸め、辛そうな表情で横になっていた明継に 舞花が声を掛ける。 「…明継さん。起きて?着替え、持ってきたから…」 「……。」 「明継さん…明継さん……」 舞花は明継の肩を揺らす。 「……ん……」 僅かに瞼を震わし、目を開ける。 「……起きて? 汗も拭かないと……」 「………」 「……だ……」 「…え?」 呆然とこちらを見ていた明継は何かを言っていた。 舞花は明継の顔に近づき、もう一度耳に手を当てて聞く。 「…何?明継さん……」 「………」 ……きれい…だ…… 「…っ…!?」 驚いた舞花は明継から離れ、開いた口が塞がらなかった。 「………。」 ……ふ…… (……!) 寝ぼけているのか、虚ろな目から愛おしいものを見るような 目に変わる。 「…っ……」 滅多に見ない明継の表情に、胸が締め付けられる。 「…っ…何言ってるの!」 「ほら、早く起きて汗拭かなきゃ。」 …ス…… 「………。」 促す舞花に支えられながらゆっくりと起き上がった。 ハラ…… 長襦袢の紐を解いたまま横になっていた明継は起きた拍子に 肌がちらつく。 (…ぅ……) 舞花はこの後どうすればいいか、解ってはいたが直視は 絶対避けたかった。 「…明継さん、ごめんなんだけど前は自分で拭いて くれないかな?」 「私、背中やるからさ。」 「………。」 差し出された手拭いを明継は無言で見つめる。 スッ…… 明継は虚ろな目で手拭いを受け取り それを一度、布団の上に置く。 スル…… 「……っ!」 何も言わずにゆっくり脱ぎ始めた明継は半身を顕にする。 パッ……! 舞花は顔を背け、視線を逸らす。 「………。」 「……湯は…無いので……?」 掠れた声が舞花の耳に届く。 「あ…そうだよね…!」 「まだ沸かしてなくて……」 「今、行ってくるね…!」 「…あ……」 明継が言葉にする前に舞花は視線を逸らしたまま立ち上がり、 部屋を去った。 「…っげほげほ…!」 一時、高熱で意識が朦朧になっていた明継はほんの少しだけ 気を持ち直し、声を発していたのだが…… 「………。」 (…喋らない事で…かえって気を遣わせてしまいましたか……) 話すと咳も出る為、舞花殿に移させないようにして いたのですが…… コト…… 舞花は土鍋の蓋に手を掛け、鍋の様子を見る。 (…よかった…まだ沸騰してなくて……) 温まった湯から昆布の出汁が溶けだし、ほのかに良い香りを 漂わせる。 (…このまま煮込まなきゃいけないけど……) 舞花は土鍋の取っ手に手をかける。 「……っ…あっち!」 まだ湯が残っている重たい土鍋に熱くなった取っ手を 持ち上げ移動させる事は、今の舞花には難しい事であった…。 「……どうしよう…これじゃお湯、沸かせないよ……」 (今から他の釜戸に火をつけても、お湯が出来るまで時間 掛かるし……) (…何かいい方法ないかな……) 「……炭……」 舞花は水の張った桶に釜戸から取り出した炭を入れるのは どうかと考える。 (…ダメだ灰が着いてるから、水が汚れちゃう。) 「………。」 (しょうがない。明継さんには水で拭いてもらおう……) 良い案が思いつかなかった舞花は、諦めて明継の元へ向かう。 …スッ…… 「…ごめん明継さん、すぐにお湯できなそう……」 舞花は残念に思いながら襖を開け、明継に視線を向ける。 (……!) 「………。」 目を見開く舞花に対して明継は…… スゥ…… 舞花が初めに持ってきた水の入った桶を使い、身体を拭いていた。 (…明継さん…) 着物の上からでは到底考えられない程の引き締まった腕に、 一瞬見とれてしまっていた。 「……?」 明継は不思議そうに佇む舞花を見る。 「…あ……」 「……。」 「ごめんね?お湯、用意出来てなくて……」 「……。」 明継は…… 無言で首を振る。 スッ…… 「……背中を…」 “お願いできますか?”と言いたげな明継の目を見て 舞花は目を丸くして返事をした。 「あ、うん…」 ぱしゃ…… 手拭いを受け持った舞花は再び水に濡らし、明継の背に 回り込む。

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無名の侍たち

-看病- ス…… 「…お邪魔しまーす…」 少々申し訳ない気持ちで小さく呟きながら、舞花は 玄関の戸を静かに閉める。 (これは、ちょっと気になったからで……) キョロキョロと周囲を見渡していると… 「……!?」 玄関からそのまま通過ができる釜戸の方で、明継が大きな壷に 手を付き、座り込んでいた。 ザッ…… 「明継さん…?」 舞花は小走りで明継の元へ駆け寄る。 「……」 「…舞花…殿…?」 「……!」 荒れた息遣いに、火照った頬…… 虚ろな目で舞花を見て 白い長襦袢を着た明継は力無く口を開く。 「…どうして…此処に……」 「ちょっとごめん…!」 スッ…! 舞花は明継と同じ目線になり、額に手を当てる。 (…すごい熱…!) 「……っ…ゲホゲホッ…!」 明継は顔を背け、咳をする。 「明継さん、部屋行こう…!」 「歩ける?」 舞花の問いに明継は咳をしながら頷く。 「…っ……」 ゆっくり立ち上がる明継を舞花が支え、部屋まで送る。 「…大丈夫…?」 「……すみません……」 布団に入った明継は申し訳なさそうに、舞花を見る。 「…それより…どうして屋敷に……」 「…! えっと…」 「…っ…ゲホゲホッ…!」 「わぁぁ…!大丈夫?」 説明する前に明継の咳で遮られる。 「…すみません…水を…貰えますか…?」 「先程…呑もうとしたら、湯呑みを落としてしまって……」 口元を抑えながら明継は言う。 「うん…取ってくるよ。」 舞花は立ち上がり、先程の釜戸へと急いだ。 コポポ…… 新しい湯呑みを見つけ、舞花は柄杓(ひしゃく)を手に取り、 水を注ぐ。 「………。」 三和土に転がっている湯呑みを見つけ、拾い上げる。 「…ちょっとヒビ入っちゃってる…」 コト…… 後で言っておこう。と思いながら、湯呑みを置き、 明継の元へ急いだ。 ス…… 舞花は正座して、明継に湯呑みを手渡す。 「はい。持ってきたよ。」 「…有難う、御座います。」 コク…… 風邪を引いているこんな時でも、湯呑みを丁寧に持ち、 ゆっくりと口に運ぶ。 「そういえば、さっき落としてた湯呑み、ヒビ入ってたから 一応置いといたよ?」 「…そう…でしたか。後で直してもらいますので、 そのままに…しておいてください。」 舞花は少し意外に思い、驚く。 「あれ、直るの?」 「えぇ…金継ぎと云う技法で…漆を遣います……」 「うるし…」 (どっかで聞いたことあるような……) 「…ゲホゲホッ…!」 「あぁ…ほらほら。もう寝てなって…」 「あ、水いる?」 「……すみません…もう一杯貰っても…?」 「分かった。すぐ持ってくるね。」 舞花は湯呑みを受け取り、小走りに釜戸の方へ急いだ。 再び水の入った湯呑みを持ち、明継の元へやって来る。 「…はい。」 「すみません……何度も……」 湯呑みを受け取りながら明継は申し訳ない思いで言葉にする。 「気にしないで?これくらいなんて事ないって。」 舞花は飾らない笑顔で微笑む。 (……舞花殿……) 今日は何時になくお綺麗だというのに…… (…私は……) 明継は先程より少し勢いに任せて水を呑む。 ゴク…… ゴク…… 「………。」 「……明継さん。」 「…はい…」 舞花は正座したまま、真面目に言う。 「…私、佐倉さんに明継さんの看病していいか、相談してくる。」 「…!」 「…ッ…ゲホゲホッ!」 明継は動揺し、咳き込む。 「…為りません…!移ってしまいます…!」 「いや、だってもう此処に居る時点で手遅れじゃん。」 舞花は冷静に言う。 「それにさっき、倒れかけてたんだから、一人で 何かするなんて無理だよ。」 「後、何か食べないとだよね?食欲はある?」 「…ありますが……」 「よし……!」 そう言って舞花は立ち上がる。 「私、明継さんにお粥作るよ。」 「あ、そうだ。卵って食べられる?アレルギーじゃない?」 (…あれる…ぎ…?) 「卵は…食せますが……」 明継は話がどんどん進んでいくのを止められずにいた。 「舞花殿…料理は……」 「大丈夫っ!佐倉さんに、花嫁修業やらされてるから、 最近お米炊けるようになったんだっ。」 舞花は無邪気な笑顔で襖の方へと向かう。 「まぁ、佐倉さんがいいよって言ったらなんだけど… ダメだったとしても、また伝えに戻って来るよ。」 「その間、ゆっくり寝てて?じゃあまた!」 舞花は明継の返事を待たず、駆け出してしまった。 「………。」 明継は唖然としたまま、先を見据え…… (花嫁…修業…?) 聞き捨てならない言葉を聞いて頭が混乱する。 「…っ…ゲボ…ゲボゲボ…!」 (…佐倉殿……) 一体舞花殿に何をさせているのですかぁぁぁ…!! 明継は最初の集まりに居なかった為、その話は 聞かされていなかったのであった。 舞花は明継の屋敷を飛び出し、走り出す。 化粧が落ちない様、できるだけ汗をかかないように、 猛スピードで走らず、小走りしたり歩いたりを繰り返して 調節していた。 「…っ…ただいま!」 軽く息を切らしながら佐倉の屋敷に戻って来た舞花は、 草履を脱ぎ、玄関へ上がる。 「舞花さん…。お帰りなさいませ。」 廊下で声を掛けた小春に舞花は尋ねる。 「ただいま小春ちゃん。ねぇ、卵とお米ってまだある?」 「米は未だありますけれど…卵は切らしていますね…。」 「そっか。ありがとう。」 「ちょっと相談なんだけど、そのお米って外に 持って行っちゃダメかな?」 「…如何程お持ちになるので?」 「うーん…2合かな…。」 スッ…… 二人の会話を聞いていた佐倉が自室から出てきた。 「あ、佐倉さん、ただいま。」 「…御主、早く帰って来たのはよいが一体何がどうしたら 米を外に持ち出す話になるというのだ。」 佐倉は舞花がまた何か問題に首を突っ込んでいるなと見て、 腕を組む。 「実はね……」 舞花は明継が風邪で身動きが取れない事を話す。 「熱もすごい高くて……」 「…待て。何故御主は明継の屋敷へと向かったのだ。」 「あ……えっと…」 「ちょっと用事があって……そうそう!」 スッ…… 舞花は襖を開け部屋に入り、風呂敷に包まれた何かを 佐倉に見せる。 「これを明継さんに返したくて、屋敷に行ったんだけど、 忘れてきちゃったのを思い出して一旦取りに帰ろうとしたのね。」 「そしたら何かが割れる音がしてさ、玄関開いてたから そのまま入ったら、明継さんが倒れてたんだよねー……」 語尾は棒読みになってしまったが、気にせず舞花は取り繕う。 (良かった〜…!これなかったらなんて言い訳すればいいか 迷うところだったよ…!) 「……」 「…まぁ、よい。」 「…それよりも……」 「御主、まさかとは思うが明継の看病をするとか 云い出すのではないだろうな?」 「……やっぱダメなやつ?」 「…無論だ。」 「でもすごい苦しそうだったよ?」 「それでもあ奴はもういい年だ。」 「放っておけ。」 それを聞いた舞花はピシャリという。 「佐倉さん。私は未来から来た人間だよ?」 「…だからなんだと云う。」 「この時代の人たちって、本当にちょっとした事で死んじゃう人、 沢山いるんだよ。」 「ただの風邪でも、熱中症でも、お腹痛いとかでも。」 「……それは…誠なのか?」 真面目に聞く佐倉に舞花も同等に答える。 「うん。」 「あ、熱中症は熱い夏の時に立ちくらみするって覚えて おいてくれればいいよ。」 「あとそうだねー。ご飯の栄養っていうの? そういうのが足りてなくて死んじゃう人も居るんだってね。」 「………。」 佐倉は舞花の目を見る。 (戯言を云うている様には見えぬな……) 「あとね…多分夕方頃になると明継さん、もっと熱上がると思う。」 「何故それが解る。」 「うーん…人間って夕方から熱が急に上がるんだよ。」 「ほら!戦で例えると、敵をやっつけて攻め込んでる感じ。」 「それが夕方から夜に掛けて起きて、順調にいけば 朝には少し良くなってる。」 佐倉は顎に手を添えて戦に置き換えて想像する。 「……」 「…成程…。」 「だからね?看病させて?」 用がない時は部屋に入らないから〜…と言い、 舞花は手を合わせて佐倉に頼み込む。 「…移ったらどうする。」 「それは“己の責任”ってやつ?」 軽い口調で舞花は顔を上げて言う。 「………」 「……暫し待て。」 そう言って佐倉は自室へ行き何かを取りに戻ってきた。 「…これは?」 佐倉は何かが入った巾着を広げ、紙で包装されたものを見せる。 「これは薬粉だ。若い頃の明継が考えたものよ。」 チャリ…… 「それと、これは金だ。何か買うのであろう。 遣え。」 「あと……」 佐倉は舞花に小さな陶器瓶を手渡す。 「…御主が造った飴だ。生姜は風邪によく効く。渡してやれ。」 それを見た舞花は目を丸くして驚く。 (ここまでするなんて……) 「ありがとう!佐倉さん。」 「だが……」 佐倉は言葉を続ける。 「無理をするでないぞ。何かあれば、戻ってこい。」 「うん。何も無ければ泊まってってもいい?」 「何も無ければ、な。」 佐倉の許可を得た舞花は内心嬉しくなり、微笑む。 (やっぱ佐倉さん、いい上司だよね〜。) 「それと……」 「え、まだ何かある?」 「一度着替えよ。その格好だと何かあった時どうする。」 「うーん…ごめん、できるだけ早く行きたいから、 このままで行くよ。」 「大丈夫!此処に佐倉さんがくれた刀があるし。」 舞花はさらしに仕込んだ小刀を胸を張って誇らしげに叩く。 「………」 「…まぁ、よい。道中気をつけて往くのだぞ。」 「はい!」 舞花は敬礼して笑顔で答える。 「…舞花さん。」 小春はタイミングを見計らって舞花に米が入った紙袋を手渡す。 「ありがとう小春ちゃん。」 「少しですが、舞花さんも食べられる様に多めに入れて おきました。」 (小春ちゃん……) 小春の気遣いに、舞花は内心感動していた。 「……じゃあ、行ってくるよ。」 舞花は軽く荷物をまとめ、風呂敷二つを手に持ち、振り返る。 「いってらっしゃいませ…」 小春と佐倉に見送られ、舞花は屋敷を出た。

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無名の侍たち

-長月の衣- 秋の風が静かに草花を撫でる五日目の朝。 スッ…… 佐倉は御膳台の前に座る。 朝餉を食し、舞花が炊いた御飯を口にする。 「………」 「…ん…美味いな……」 「本当?!」 舞花の明るい声が広間を包む。 「…あぁ…よく出来ておる。」 佐倉は満足そうに頷き、小さく微笑む。 それを見た舞花はパァッ!と笑顔を咲かせ、 満面の笑みを浮かべた。 カチャ…… 佐倉は静かに箸を置き、舞花に伝える。 「…御主に、渡しておきたいものがある故、部屋に居るように。」 (…なんだろう?) 「はい。分かりました。」 舞花はあまり気にする事なく返事をする。 穏やかな日常、美味しいご飯、争いのないこの時は舞花にとって 一番好きな時間となった。 朝餉が終わり、小春と共に衣を洗い 舞花は広間で寝転んで、天を仰いでいた。 「…入るぞ。」 ほんの少し襖を開け、佐倉は声を掛ける。 舞花は起き上がり、正座して襖の向こう側を見ていた。 スッ…… 佐倉に続いて、小春とお鶴が何かを持って入ってきた。 「此度は御主に……」 カサ…… 小春は硬い和紙に包まれた、長細い何かをめくる。 「以前に買い付けた着物を渡す。」 「……!」 舞花はその鮮やかな色の着物に目を奪われる。 オレンジ色の生地に 散りばめられた落ち葉 そして…… 淡いピンク色のコスモスが彩られていた。 秋祭を迎える前、佐倉と二人で呉服屋に訪れた際に 舞花が選んだものだ。 「…綺麗…!」 舞花は感動して本音を零す。 他にも、鴨脚色の生地の着物に、紅葉のように 赤い生地の着物もあった。 「…祭の日より少し前に届いたので、本来なら終わり頃に 渡したかったのだが……」 「そうだったんだ……」 (色々あったもんなぁ……) 舞花は着物たちを見て、静かに思う。 …ニッ…… 「ありがとう佐倉さん。」 「すっごい嬉しいよ!」 飾らない笑顔を向けられ、佐倉は目を伏せ頷く。 「せっかくだから、今着てみてもいい?」 「…構わぬ。では、お鶴、後は頼んだぞ。」 「はい、承知致しました。旦那様…。」 お鶴はゆっくりと頭を垂れ、佐倉と小春は部屋から退いた。 スッ…… 襖は開かれ、朝餉を食す広間へと足を運ぶ。 大方、二人が居る時はいつもその広間だからだ。 「……!」 佐倉と小春は舞花の姿を見て、目を見開く。 先程選んだオレンジ色の生地の秋桜の着物に 控えめの黄金色の帯 髪は結いて少し短めになり 艷めく白粉と目尻に朱を差し 紅も同色の朱で美しく仕上がっていた。 「………。」 見違えた姿に佐倉は顔色を変えずに舞花を見据える。 「…舞花さん…とてもよく似合っておりますよ……?」 小春はうっとりとした目で舞花を見て嬉しそうに微笑んだ。 「…はぁ…毎度の事だが……」 佐倉は腕を組んで呆れるように言う。 「御主には驚かされてばかりだな。」 「…ふふ…ありがとう佐倉さん。小春ちゃん。」 ようやく着物姿に慣れたのか、舞花は小さく微笑む。 「じゃあ私、ちょっと出掛けてくるね。」 舞花は二人に背を向け、歩き出す。 玄関まで足を運ぶと…… (……!) まるで出掛けるのが解っていたかのように草履が置かれていた。 スッ…… 「…舞花さん…」 「……!」 小春の声に振り向くと 佐倉とお鶴が後ろについていた。 「………。」 舞花はなんだか嬉しくなり笑みを浮かべる。 カラ…… 新しい草履に指を通し、まだ固い鼻緒に足袋をねじ込む。 「……じゃあ…行ってきます!」 振り向く舞花に スッ…… 「いってらっしゃいませ…舞花さん…」 小春とお鶴は穏やかに頭を伏せる。 「…早めに帰ってくるのだぞ。」 佐倉は佇んだまま、舞花の事を気に掛ける。 それはいつも目にしていた日常風景だったが、 今日はそれが一段と温かく感じた。 「うん!」 舞花は笑顔を向け、戸を開ける。 カラカラ…… パタン…… 手を振りながら戸を締め、舞花は屋敷の外へと足を踏み入れた。 カラ…… 町へと赴いた舞花は微笑みながら歩んでいた。 (いやー…新しい着物で出掛けるのってなんか テンション上がっていいわ〜…) 頬にそっと触れながら嬉しそうに歩いていると 「…おい……あれ舞花殿ではないか…?」 「おぉ…本当だ…」 「今日は着物姿か…いやー美しいのぅ……」 「…舞花殿だ……」 「…! やゃ、これはまた……」 「佐倉殿はよくあの女子を拾って来られたのぅ……」 「あぁ……始めは側室を取られたのかと思う程、 品を感じる程美しかった……」 「今や町を護り剣を振るうものと、気品ある美しい姿の 二つの顔を持つ舞花殿だから、魅力があるってものよ…!」 町の人々は舞花の姿を見掛けては、ヒソヒソと口々に話す。 「………。」 (全部聞こえてますけどね?) この時代に来た頃よりだいぶマシな話ではあるけれど、 相変わらず町の人たちは新しいものに目がないらしい。 サァァァ…… 秋の風が優しく頬を撫でる。 (風が気持ちいいな……) 舞花は空を見上げ、心穏やかに流れる雲を見つめる。 -別に偶然だし!- 散歩がてらに暫く歩いて居ると…… 「…ん? あれは……」 (…谷口…?) 女の肩を抱いて、ヘラヘラ笑う谷口を見て舞花は顔を 引きつらせる。 (まだお昼前なんだけど…) もう女遊びしてるの?! 「うわぁ……」 タッ…… (…あっち行こ……) 舞花は顔を合わせないように、別の道に変えて進んだ。 カラ…… 更に町の風景を見ながら進んでいくと 「あ……」 舞花はある人物を見つけ、歩み寄る。 「影義さん、こんにちは。」 長椅子に腰掛け、団子を食している影義に声を掛ける。 「……失礼。どなたか存じませぬ故、名を伺っても宜しいか。」 それを聞いた舞花は一瞬驚いたものの、直ぐに可笑しくて笑う。 「ふふ…舞花です。」 「……!?」 ガタッ…… 影義は驚き、椅子に腰掛けていた事を忘れるほど動揺した。 「ま…舞花殿…!」 「申し訳御座いませぬ…!」 「無礼な物言いをしてしまい…」 「あはは!いいよ。気にしてない。」 影義は舞花に申し訳ない気持ちになり目を伏せる。 「…隣、座ってもいい?」 「構いませぬ。舞花殿は何か頼まれますか?」 「ううん。私、お金持ってないから。」 「では、私が出しましょう。先程の御詫びです。」 「でも私、そんなつもりじゃ…」 ハッ……! (そうだ。こういう時は断ったら逆に失礼っていうのもあるよね?!) 「うーん…じゃあ団子1本お願いしようかな?」 「承知致しました。店の者に伝えて参ります。」 影義は快く承り、席を立つ。 …ぱく…… 「…っ…!」 舞花は団子を一口食べ、目を輝かせる。 (…ふふ…この時代の団子ってなんでこんなに美味しいんだろ…) 目を伏せ微笑んで食べている中、影義は尋ねる。 「舞花殿、今日はその様な装いで何か御用向きでありましたか?」 「ん?ううん。今日ね、佐倉さんから着物貰ってね、 それ着て出掛けたくなっただけなんだ。」 見てよこれ、可愛くない?!と気さくに袖を上げて笑う舞花を見て 「…そうで御座いますね。」 影義は小さく微笑んだ。 それから他愛のない話をして…… 「え!?影義さんって拾い子なの?」 「はい。」 「…拾い子って何?」 舞花は後になって聞く。 「親に捨てられた子の事を云いまする。」 影義は何でもないような顔をして言う。 「…私は……」 「この通り、影が薄いので両親は気付くことなく私を山に 置いて何処かへ往ってしまいました。」 遠くを見ながら影義は言う。 「しかし佐倉殿に拾われ、こうして生き延びる事ができました。」 あの御方には感謝しか御座いませぬ。と影義は 何処か穏やかな眼差しで言っていた。 「私…影義さんの事、影が薄いって思ったことないよ?」 「有難う御座います。佐倉殿もその様に仰ってくださいました。」 (出逢って間もない頃は見失ってはおりましたが…) 「…今となっては、此処が私の帰るべき郷です。」 それを聞いて舞花は 「そうだね。私も影義さんと同じかも。」 影義から視線を遠くに向けて微笑んだ。 舞花は影義に団子の礼を伝え、先へと進む。 カラ…… (そっか…影義さんにそんな事があったんだ…) 舞花は昼下がりの空を見ながら散歩がてら歩く。 「………。」 (みんな佐倉さんに拾われた人たちばっかりだな……) (そりゃ着いていくよね。) 舞花は一人で頷き、納得する。 (見た目は怖いけど、何だかんだで面倒見いいし…) (厳しい時もあるけど、実は優しいし…) カリスマ性…あるよなぁ…… 舞花は想像する。 (あんなのが令和に居たらすごい事になってるだろうな……) 会社の上司だったら…… 見た目超厳しいのに 実は新人に優しくて きちんとした教育して? 面倒見て…… 家帰ったら奥さんにベタ惚れでしょ? うんうん…近寄り難いかっこよさもあるし…… (イケる…!) 舞花は一人、拳を握り強く頷くのだった。 町の賑わいもそれなりに、皆活気を取り戻しつつあった。 カラ……コロ…… 舞花は草履で軽やかに歩く。 「………。」 (そういえば……) 舞花は視線を動かし、ある人物を探す。 「………。」 (明継さんって、今日は道場かな……) 偶然を装って明継に逢えたらと思っていた舞花だったが、 そう容易くはいかなかった。 (…この格好、明継さんに見てもらいたかったな…) 密かに乙女心が顔を出し、眉を落とす。 カラ……コロ…… 「………。」 舞花は立ち止まり開いた口が塞がらず、立ち尽くしていた。 (なんで……) 明継さん家に来てるの私!! 何も考えず、ぼーっとしながら歩いていたら 目の前に明継の屋敷が…… バッ……! (いやいやいや!これは偶然じゃなくて、 普通にお宅訪問だから!) 舞花は咄嗟に背を向け視線を泳がす。 (「今日は何しにいらしたんですか?」) (「え、この着物姿見てほしくて…!」って言ったら完全に 不自然だし!変な人だから!) 「………。」 スッ…… 舞花は玄関の戸の前に立ってみる。 「………。」 「……っ……。」 バッ…… (ダメだ…わざわざ家まで来るなんておかしすぎる…!) 舞花は背を向け頭を抱えていた。 (道場の方に行っても、余計に怪しいし…何より……) 「………。」 (あの親衛隊みたいな人たちに、誤解されるのもまた……) 舞花の脳裏に浮かんだのは、以前に「舞花ロス」で 涙を流していた男たちだった。 「……そうだ…」 舞花は振り向き妙案を思いつく。 (「一緒にお団子食べに行きませんか!?」…これだ!) そしてノックをしようとすると… 手を止め、ある事に気付く。 「………。」 (……お金持ってないんだった……) 舞花は力無く俯き (また今度にしよ……) 諦めて背を向ける。 すると……… ガチャンッッ…! 「……!」 屋敷の方から何かが割れた様な音が聞こえた。 (え……?) (…どうしたんだろ……) 舞花は引き返し、戸に手を掛ける。 カラカラ…… 施錠されていなかったのか、無防備にも…戸は開いた。

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無名の侍たち

-余波- 二日後、舞花は朝餉と洗濯を終えた後、久しぶり道場に 向かった。 そこで舞花は朝右衛門を見つけ、声を掛ける。 「おはよう!朝右衛門!」 「おぅ!久しいのぅ。舞花よ。」 「どうだ?花嫁修業は。」 笑いながら尋ねる朝右衛門に舞花は弁解はしないものの、 少し怒ったように言う。 「もう!絶対面白がってるでしょ!」 「わはは!そりゃこんなに面白おかしい事などないであろう!」 朝右衛門は「ほれ、あちらを見てみよ」と悪気なく笑う。 「うっ…うぅ……舞花殿……」 「舞花殿ぉ〜!」 「舞花殿に…男が……」 「ぅおぉおん!舞花殿ぉぉ…!」 道場の壁際で数名の男たちが涙ぐみ、泣きじゃくり、 また膝と手を付き力なく泣く者も居た。 いわゆる、現代で言うところの『舞花ロス』である。 「え、何これ…」 唖然としている舞花を見て、朝右衛門は答える。 「御主が行方知れずになっておった時、わしと影義が 御主の男を探しておった事を皆に尋ねて回っておったら、 こうなった。」 「いや、“こうなった。”じゃないよ! どうするの!広まってるじゃんっ!」 「違うって言ってきてよ!」 舞花は朝右衛門の両腕を掴み、泣いている男たちを指さす。 「いやぁ、佐倉殿も突然戻られてその男に逢ったと 云うておったからもう無理であろう。」 (佐倉さん〜〜!!) 舞花は目を伏せ、必死で怒りに耐える顔をする。 「……ま…舞花殿……」 男たちは舞花に気づき、歩み寄る。 「…舞花殿に、男ができたと云うのは誠か?!」 「何時から?!何時からなのです?」 「ちょ……」 「式は?婚儀は何時成されるので…?」 「ちょっと待った!!」 舞花は慌てて男たちを牽制する。 「私、婚儀とかしないし、男も居ないから!」 「………。」 「へ…?」 「それは誠で…?」 潤んでいた目を点にしながら舞花を見つめる男達を見て 「誠だよ!だからそんなに泣かないで?」 と笑顔で笑いかける。 そんな舞花を見て男たちは…… 「…よ……」 「よかったぁぁあ…!!」 歓喜のあまりに涙するのだった。 「舞花殿に男が出来るとなると、もう此処へは訪れぬやもしれぬと、皆嘆いておったのであります…!」 「戦う舞花殿の姿が見れないと思うと……のぅ!?」 「あぁ…我らも、あの様な剣技にお目に掛かれぬと思うと 何故かこう…光を失った様な気になってしまって……」 男たちは舞花を前にして涙し、安堵する。 「…みんな…ありがとう。」 (まさかこんなにファンが居るなんて思わなかったよ……) 「因みに、本当に私に男が居たらどうするつもりだったの?」 「……それは…」 「無論、問答無用で縛り上げて尋問するのみに御座います!」 「その後、舞花殿を裏切らぬ様、書状を書き、判を押させまする!」 「…あはは…!頼もしいね…」 (絶対……) 明継さんの事知られないようにしなきゃだよ これぇぇえええ!! 舞花の秘密は更に深まるばかりであった。

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無名の侍たち

-人魚と明継- 舞花は起き上がり、最後に残った僅かな粒子に触れる。 「…海和…」 バシャバシャ……! 「舞花殿っ!」 「……!」 濡れる事も厭わず、明継はそのまま舞花を抱き締める。 「あ、明継さん!?」 「舞花殿、お怪我は?! あの男に何をされたのですか?!」 「何って……」 心配で気が気ではない明継に舞花は一瞬説明しようとするも…… カァァァ……! 思い出してそれどころじゃなかった。 (なんです…その顔は……) 赤くなってる舞花を見て明継は焦る。 ガッ……! 「あの男…妖に何かされたのですね?!」 明継は舞花の両肩を掴む。 「いや…あの…何かと言うほどでもないけど…」 戸惑う舞花は視線を逸らす。 「………。」 「……」 「…?」 何も言わない明継に不思議に思い視線を向ける。 「…舞花殿…」 「そのお姿は……」 「え……」 明継は…… 青く光る鱗に 深い海のような色の貝の胸当て…… 水気を帯びたしっとりとした肌に 引き込まれそうな黄金色の瞳に 額に掛けられ揺らめく青い石…… あまりにも美しい姿に見入ってしまっていた。 「…っ…これは…! ごめ…この時代って女の人が肌出すの良くないよね!」 パシャ……! 好きな人に肌を見られた恥ずかしさで顔を赤くした舞花は 川の深い方へと移動しようとする。 バシャ…! 「…っ…往かないで…ください…!」 「……!」 後ろから抱き締められ、舞花は驚く。 ドクッ……ドクッ…… 舞花の胸は高鳴り…… 「…っ……」 胸を締め付ける。 ぐっ…… 明継は腕に力を込めて抱き寄せる。 (…あ……) 舞花の視線が揺らぐ…… 「……っ…」 (やはり妖は信用成りませんね…) 明継は舞花の心の中に居た時に舞花が海和を庇う言葉を 言った事を思い返す。 (幾ら舞花殿が御心を許しても……) あの様な…… 明継は先程視界に映った光景を思い返す。 舞花殿を押し倒し 顔を近づけ… 頬に触れ… 髪に触れ… 「……。」 …バサッ…! 自身の羽織を舞花に掛ける。 「……!」 前に掛けられた羽織に舞花は驚き目を見開く。 ぎゅ……! 「……!?」 再び抱き締められ、混乱する。 (何なに?明継さん、どうしたちゃったの?!) そんな舞花を他所に明継の胸の内は嫉妬でいっぱいだった。 「……。」 (もう…あの妖に近付かないで頂きたいのに…) 「…ん……」 明継の吐息が首に掛かり、舞花は声を漏らしてしまう。 ザァァァ…… しかしその小さな声は川の音で掻き消された。 甲斐から戻って久しぶりに明継の腕の中に収められた舞花は 視線を揺らし、想いを巡らせていた。 (…っ…どうしよう…!) (明継さんとキスした事、思い出しちゃったよ…!) 舞花は耐えきれなくなり俯き、目を瞑る。 「……舞花殿…?」 ドキィィッ……! 名を呼ばれ、背中をビクつかせる。 「…やはり何かされたので?」 「や…!何もされてない!大丈夫!」 舞花は前を向いたまま視線を逸らす。 (本当は色々されたけど……) あれは海和が明継さんの姿に戻っちゃっただけで! それにちょっと見とれちゃっただけで! 舞花は胸の内で必死に言い訳をしていた。 「………。」 (舞花殿…嘘が下手です…) ぐっ…… 「……!」 心情の中では、あれだけ舞花に触れていた明継だったが 今は気持ちを悟られない様に抱き締める事しか出来ず もどかしい思いでいた。 (…舞花殿……) あの時…… 最後に光に包まれた瞬間…… (私は貴女に口づけをする前に消えてしまいました…) せめて…… もう一度だけ…… 貴女と…… 「……っ…くしゅっ……!」 「……!?」 舞花は振り向き、明継を見る。 「大丈夫?明継さん!」 (わー…くしゃみしたよ…!可愛い…!) 「…えぇ…少し冷えてしまったようで…」 「私はまだ人魚だから大丈夫だけど…明継さん、 風邪引いちゃうよ?」 「そう…ですね…」 「……?」 「…明継さん?」 微動だにせず、抱き締めたまま視線を逸らす明継を見て 舞花は不思議に思う。 「………。」 「…どうしたの?」 「……いえ、なんでもありません。」 スッ…… 明継は舞花から離れ、立ち上がる。 「…戻りましょう。屋敷までお送りします。」 「……。」 (ここで断ったら、変…だよね。) 「…うん。」 舞花は光に身を包み、人の姿に戻った。 帰りの道中、舞花はある事を思い出し口を開く。 「…明継さん。」 「なんでしょう…?」 「その……」 舞花は目を逸らして 再び明継を見る。 「ごめんなさいっ!」 ピタ…… 意外な言葉に明継は足を止める。 「…舞花殿…?」 「一体なんの事で…謝られているのです?」 頭を下げる舞花に明継は戸惑う。 「え…その…」 「佐倉さんの事とか……」 「明継さんに怪我させちゃった事とか……」 「……!」 明継は思い出し手で額を覆う。 甲斐から出て行った舞花を奪還するのに頭がいっぱいだった 明継は、色んな事があり過ぎて自身と舞花が争っていた事と 佐倉が気を失い、倒れて込んだ事がすっかり頭から 抜けていたのだった。 (…私とした事が……) 「その事につきましては、もうよいのです。 それより私もあの時は…舞花殿に強く当たってしまい……」 「申し訳ありませんでした…。」 明継は深く頭を下げる。 「そんなっ…!頭上げてよ明継さんっ!」 舞花は慌てて言葉を続ける。 「誰だって佐倉さんがあんな状態で倒れてたら怒るって……」 「舞花殿……」 明継は顔を上げ、舞花を見つめる。 (貴女は優しすぎます……) 穏やかな眼差しを向ける明継に舞花は少し戸惑い話題を変える。 「それより!腕の怪我…大丈夫?」 「あの時暗くてよく見えなかったけど、かなり深かったよね?」 舞花は自身の半着に着いた明継の血を見た時、 かなりの出血量だったのではと予想していた。 「…それがですね……」 スル…… 「……!」 明継は袖を捲り上げ、左の二の腕を見せる。 深く斬り裂かれた筈のその傷は跡形もなく綺麗に消えていた。 舞花は目を見開き、両手で口を塞ぐ。 「え…! 治ってる…!」 「…私にも解りませんが、舞花殿がこちらに戻られた時には、 既にこの様に成っておりまして……」 海和の力で造られた水の玉の中で眠りについた明継は、 徐々に腕の傷も頬の傷も塞がれ回復していたのであった。 「よかった〜…!」 「え、ちょっと触ってもいい?」 「…どうぞ…」 舞花は半ば信じられないようで、明継の二の腕に触れる。 そっ…… 鍛えられたその腕はしっかりとしていて硬いのに柔らかかった。 (…本当だ…明継さん、全然痛がらな……) 「……!」 「……っ。」 顔を上げた舞花は距離の近さに気づく。 「ごめんなさい…!」 「…いえ……」 二人は視線を逸らし、恥ずかしさを隠す。 「ふふ…微笑ましい事で……」 ビクゥッッ……! 「……!!」 通りかかった女たちに笑われ、二人は更に身を強ばらせる。 「………。」 「……。」 「…往きましょうか…」 「う…うん…」 明継と舞花は歩み始め、佐倉の屋敷へと向かった。 (…あれ…明継さんってこんなだったっけ?) 舞花は何気なく思う。 いつもなら余裕のある笑みを浮かべ、他愛のない話をして 歩きそうな所を…… 「………。」 珍しく口数が少ない明継に違和感を持ちつつも、舞花は 隣を歩いて帰路に就くのだった。

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-白貝城の歴史- ザァァァ…… 川の濁流音が、浅瀬に座っている二人を包む。 尾びれを揺らし、海和は笑顔で舞花に言う。 「有難う…舞花。」 「なんて御礼を云ったらいいか……」 「ううん。良かったよ…私の歌が役に立って。」 二人は肩を並べて笑い合った。 「……腕…大丈夫?」 視線を左腕に向けて、舞花は心配する。 (見た目はもう黒くはないけど……) 海和の腕は元に戻り、あの炭のような腕は見る影もなかった。 しかし…… 内側に、少し火傷を負ったような跡が残ってしまった。 「うん…まぁ、これくらいなら問題無いかな……」 「そっか……」 視線を落とす舞花の頬にそっと触れる。 「そんな顔をしないでよ。」 「君は僕を救ってくれただけじゃなくて、川まで 浄化したんだよ。」 「…うん…でも、傷残っちゃった…」 「それは……」 「君だって同じでしょ?」 海和は背に掛かった舞花の長い髪を軽く手前に流し、 背中の傷をトントンと叩く。 「……!」 「そっか…!」 舞花は何となく解り、笑顔になる。 「それより何か御礼させてよ。」 「何言ってるの!私、海和に助けてもらってばっかりなんだから、 お礼なんていらないよ!」 「そう?舞花がそう云うなら……」 はにかんで笑う舞花の笑顔を見て、海和も少し砕けた笑顔を 向ける。 ザァァァ…… 「……」 「…ねぇ海和……」 「ん?」 舞花は遠くを見ながら尋ねる。 「…ずっと気になってたんだけど…」 「駿河で初めて歌った歌なんだけど、あれ何か意味があるの?」 「……」 「…どうしてそう思うんだい?」 海和は舞花の横顔を見つめて尋ねる。 「……最後の歌詞が、“私が居なくても、もう大丈夫”で終わるのが、なんか引っかかって……」 (あれから何度も歌ってたけど… いつも終わり方が中途半端っていうか、なんかしっくり来ない というか……) 「………。」 そんな舞花の心情を耳にした海和は暫く口を噤む。 ザァァァ…… 川を眺めながら海和は口を開く。 「…これは大昔の話…あ、僕にとっては 大昔ではないんだけどね。」 「人間にとっては大昔って事?」 「そうだね。」 (海和って一体何歳なんだろ……) 疑問に思う舞花を他所に海和は続ける。 「海の前にあの城ができるずっと昔……」 「とある人間の男と、海の妖は互いに惹かれ合い、 恋に落ちた。」 「……!?」 驚いてこちらを見る舞花を見て海和は笑う。 「…二人は本当に心から互いを思い、愛していたんだよ。」 「でもね…… 生きる世界が違うから、一緒になる事は出来なかったんだ。」 「…そんな……」 舞花は切ない表情を浮かべ、海和を見る。 「辛いよね…世界が違うだけで伴侶になれないなんて。」 海和は話を続ける。 「それでね、男はその海の妖に誓いを立てたんだ。」 「『私はこの海の前に城を立て、日が上る早朝に、 其方の居る美しい海に顔を出そう。』ってね。」 「そして妖は……」 『ならば私は、貴方を想いながら歌をこの海に往き渡らせましょう…』 「そうして、その二人は地と海に別れ、死ぬまで その約束を守り続けた。」 「って云うのが、舞花が歌ってた本来の意で……」 海和は舞花に視線を向けると…… ダァァーー!! 「……っ……」 「……!?」 舞花は滝のように涙を流していた。 「舞花…!そんな泣かないで…」 「だって…!一緒になれなくてそれでも大好きで、 二人で誓い立てて約束も死ぬまで守って!」 「そんなの…泣いちゃうに決まってるじゃんかー…!」 そっ…… 海和は舞花の涙をそっと拭いながら話を続ける。 「舞花が歌ってたあの歌は、舞花に解るように自然と 変えられたものなんだ。」 「…そうだったんだ…」 (大昔の歌にしては言葉が新しいもんね…) 「それでね……」 海和は更に続ける。 「…その歌は、その妖が命を全うした後… 受け継がれる事は、無かったんだよ。」 「……ズッ…どうして?」 舞花は鼻を啜りながら尋ねる。 「……云ったでしょ?世界が違うんだって。」 海和は視線を落として口にする。 「人間に恋をした妖の意思を継ぐ者なんて…誰も居なかったんだよ。」 「…そうなの?」 「そうさ…当時の海は今よりもっと厳しくてね。 居場所までは取り上げられなかったみたいだけど、誰も彼女に 共感する妖は居なかったんだ。」 「…なんか、海和詳しいね?」 「それも昔話の一部なの?」 「………」 舞花の問いに海和は少しの間口を閉ざす。 (…まぁ…此処まで云ったんだからもういいいよね…) 「……僕はその妖の末裔なんだ。」 「えっ…!?」 舞花は衝撃を受け驚いて海和を見上げる。 「末裔なら、どうして歌を受け継がなかったの?」 「…僕はどちらかというと、あまり人間の事が好きじゃない。」 「だけど……」 海和は水面に顔を覗かせたいつかのあの日を思い出す。 「風が君の歌声を運んだ時……」 「僕は君の事が気になって、気になって仕方がなかったんだ…。」 舞花も海和が当時同じような事を言っていた事を思い出す。 「だから……」 スッ…… 海和は舞花の頬に触れる。 「君が歌ってくれたら、きっとその妖も報われるんじゃないかって……思ったんだ…」 (海和……) 「……。」 海和は突然、顔を近づけ…… 額にキスをした。 「……!」 「……ごめん舞花……僕…」 「前にも云った様に恋の感情はないんだけど……」 「……君の事…好き…なんだ。」 「……!」 「…もしかしたら…なんだけど…」 自身の気持ちの変化に違和感を持った海和は気まずそうに視線を 逸らしながら、思い当たる節を伝える。 「この身体の持ち主の想いが、“今は”強いのかも…知れない…」 (え……) 「今はって……?」 「僕、穢れを抑えるのに力を遣い過ぎたみたいで……」 パサァァ…… 海和の髪が突如長くなる。 「…っ……!?」 舞花は目を見開いて、一瞬胸が高鳴る。 「…あー…此処までとは……」 (今まで力で姿を変えてたから…) 海和は髪に触れ、内心少し戸惑う。 その姿はまるで…… 明継そのものだった。 「…っ…海和…!」 「…舞花……」 「…っ…!」 (待って待って…!) 舞花は名を呼ばれて身体が反応してしまう。 「ちょ…!海和お願い!今は私の名前を呼ばないで…!」 「どうして…?」 「〜〜っ!」 首を傾げる海和に舞花は言葉を失う。 (やばい…今の可愛く見えちゃった…!) 動揺した舞花は後ずさる。 「………。」 (ふーん?) 海和は少し意地悪な笑みを浮かべ舞花に近寄る。 -イルカのイタズラ心- ジリ…… 「…な…なに…?」 「…どうして急に避けるの?」 浅瀬に手を付きながら後ずさる舞花に海和は 気づかないフリをして近づく。 「え…?避けてなんかないよ?駿河で見てもうだいぶ 経ってるから、びっくりしちゃっただけ……」 「…そうなの?」 「それにしては随分と後ろに下がるね…?」 「…だって…海和は私の気持ち、知ってるでしょ?」 「……そうだね。」 ジリ…… 「ていうか、こっちに帰ってきてから大変だったんだよ?」 「佐倉さんたちに、海和の事私の彼氏…あ、恋仲だと 思われててさ……」 舞花は佐倉たちに弁明したけど誤解を解けなかった事と、 胡蝶の術が口づけで解かれる話をした。 「……その口づけしたのが…僕だったら、どうする……?」 「え……」 パシャンッ……! 舞花は海和に押し倒され、見つめられる。 長い髪に、女性のような美しい顔… 黄金色の瞳は海和のそれだったが…… その顔とは少し遠く感じるような 鍛えられた腕と身体が一瞬舞花の視界に映る。 「……。」 カァァァ……! 「…っ…!」 顔を赤くする舞花に、海和は小さく微笑む。 「…可愛い…舞花……」 「…っ……!」 「…ふふ……」 「…あんまり…からかわないでっ……」 顔を背ける舞花に海和は愛おしく感じてしまう。 (この身体の持ち主…相当……) まるで上書きされるかのように、明継の想いが海和の気持ちを 覆い尽くそうとする。 (今の僕には全てを抑え込む事は、難しい…な…) 海和は遠隔で明継に情報を送った事で、元の身体… つまり明継本人の意思と繋がってしまった。 その為、力の弱まった海和に明継の舞花への想いが 逆流するように伝わってしまっている状態だった。 (このままじゃ…僕は……) (舞花を……) …ちゅっ…… 海和は舞花の頬にキスをする。 「……!!」 「……舞花……」 「好き……」 「…っ…や…」 涙を溜めて赤くなる舞花に海和は衝動に駆られそうになる。 「……僕……君を傷つけたくない……」 「お願い……今は…この身体の持ち主だと思って……」 (あぁ……僕は何を言っているんだ……) (このままじゃ…本当に……) (君を……) 赤くなって潤んだ目で僕を見て…… その顔は…… 本来なら明継サンに 向けるものでしょ……? 「…っ…海和…」 「…私…」 「明継さんが……」 「…知ってる……」 スッ…… 海和はもう一度 頬にキスを落とす。 「…僕……」 「駿河に帰るよ……」 「え……」 海和は明継の意思を残りの力で抑える。 スッ…… 舞花の頬に触れ…… 髪を撫でる。 「……舞花殿っっ…!!」 「……!?」 遠くから明継が叫ぶ。 舞花の歌が町にも響き渡り、明継の耳にも届いていたからだ。 ダッ……! 駆け出す明継を見た海和は…… 「…さっきはごめん舞花……」 スゥ…… 水の粒子になって消えていく。 「…っ…海和…!」 サァァァ…… 風が攫い、海和は川の水へと解けていく。 『大丈夫……また…逢いに往くから……』 最後に舞花にだけ聞こえる声を残して 海和は姿を消した。

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