ぱぴ
9 件の小説⒉長く生きる者の、ひとつの答え
翌朝。 皇城はいつもと変わらない朝を迎えていた。 石造りの廊下に差し込む光、 規則正しく響く足音、 忙しなく動く使用人たち。 ――だが、ひとつだけ違うことがあった。 「……フィリアは、いるか」 静まり返った皇太子の私室前で、 その言葉が落とされた瞬間、 空気が止まった。 声の主は、皇太子本人。 朝の身支度を手伝うため集まっていた使用人たちが、 一斉に息を呑む。 名前を、呼んだ。 皇太子が、 使用人の名を呼んだのだ。 「……今、殿下は……?」 「フィリア、と……?」 聞き間違いではないかと、 互いに視線を交わす。 皇太子は、無表情のまま言葉を重ねた。 「エルフのメイドだ。 白い髪の……フィリア」 それは、確かに彼女の名だった。 侍女長が我に返り、すぐに頭を下げる。 「すぐにお呼びいたします」 呼ばれたフィリアは、 いつもと変わらぬ静かな足取りで部屋へ入った。 「お呼びでしょうか、皇太子殿下」 一礼。 その瞬間―― 皇太子の視線が、 まっすぐ、フィリアに向けられた。 昨夜と同じ目。 警戒と、 不安と、 けれど確かに混じる――安堵。 「……今日一日、私のそばにいろ」 短い命令だった。 フィリアは一瞬だけ目を瞬かせ、 すぐに頷く。 「かしこまりました」 食事。 学問の時間。 庭園の散策。 皇太子は何をするにもフィリアをそばに置いた。 他の使用人が話しかければ、 相変わらず真顔で短く返す。 「あぁ」 「必要ない」 「下がれ」 だが―― 「殿下、お飲み物を」 フィリアがそう言えば。 「……ありがとう」 ほんのわずか、 口元が緩む。 それを見た者は、 自分の目を疑った。 笑った。 皇太子が、笑った。 それも、 フィリアにだけ。 午後、庭園。 昼の光が木々の間から落ちる場所。 皇太子はベンチに腰掛け、 前を向いたまま、静かに口を開いた。 「……なぜ、そなたは 昨日のことについて、何も言わない」 問いは淡々としていた。 責める響きも、試す色もない。 ただ、 “答えを知りたい”という声音だった。 フィリアは、少しだけ首を傾ける。 「何を、お望みでしょうか」 「……私は」 皇太子は一拍置き、言葉を選ぶ。 「泣いてはならないと、 母上から教わった」 それは、誇りでも、訴えでもなく。 事実を述べるような声だった。 「弱さを見せれば、 足元をすくわれる」 「皇帝となる者は、 誰にも隙を見せてはならないと」 言い終えたあと、 皇太子はフィリアを見なかった。 フィリアは、しばらく沈黙した。 その静けさには、 長い年月を生きた者だけが持つ、重みがあった。 やがて、穏やかに口を開く。 「殿下」 名を呼ぶ声は低く、落ち着いている。 「私は、長く生きております」 皇太子が、わずかに顔を上げる。 「多くの王を見てきました。 強い者も、賢い者も…… そして、折れてしまった者も」 「殿下。 強さとは、耐えることだけではございません。 泣くことを知らぬまま大人になった方ほど、 その心は、傷つきやすいものです。」 その言葉には、 庇う響きも、甘やかす色もない。 ただ、確信だけがあった。 「涙を流すことは、恥ではありません。」 「弱さを預ける場所を持つことは、 皇帝になる資格を失うことではないのです。」 風が、二人の間を通り抜ける。 「……では」 皇太子が、小さく言った。 「私は、 どこでなら……」 言葉は、最後まで続かなかった。 フィリアは、静かに答える。 「ここに」 初めて。 皇太子の表情が、 ほんのわずか、崩れた。 それは笑顔でも、涙でもない。 けれど確かに、 “子供の顔”だった。
⒈忘失
“君に会いたい” その気持ちだけが、理由もなく胸に残っていた。 高校最後の夏休み。 特別な予定があるわけでもないのに、心が落ち着かない。 まるで、何か大切なものを置き忘れてきたみたいだった。 「はるき、本当に一人で大丈夫?」 玄関で、母が俺を見つめて言った。 俺の家では毎年、夏休みに入ると、祖父母の家へ行く。 今年の夏は、両親が仕事で忙しく、 祖父母の家へは俺一人で行くことになった。 「何回も行ってるし、平気だよ」 そう答えると、母は一瞬だけ言葉に詰まった。 「……無理、しなくていいんだからね。 まだ、落ち着いてないでしょう」 何のことか分からず、俺は首を傾げた。 「大丈夫」とだけ言って、家を出た。 ——そういえば。 春頃、一度だけ祖父母の家に来た気がする。 でも、その時の俺は、勉強の疲れもあったのか、 何をしに行ったのかよく思い出せない。 電車の揺れが心地よく、瞼が重くなる。 目を閉じたはずなのに、 視界はいつの間にか眩しい光に包まれていた。 眩しさが消え、景色が見え始める。 海沿いの崖。 強い日差しの中、同い年くらいの少女が立っている。 逆光で顔は見えない。 “ここで待ってる” その声だけが、はっきりと残った。 電車が止まり、目を覚ます。 祖父母の住む町に着いていた。 緑に囲まれた空気は懐かしく、 なぜか胸が少し苦しくなった。 家に着くと、祖母が勢いよく出てきた。 「はるちゃん……よく来たね。 まだ、辛いだろうに」 「え? 全然辛くないよ」 そう言うと、祖母は目を丸くし、何か言いかけて口を閉じた。 部屋で荷物を整理していると、夢の光景が頭をよぎる。 あの崖は、昔、幼馴染とよく行った場所だった。 ーーなのに どんな顔だったか、思い出せない。 名前すら、出てこない。 不安に突き動かされるように、 俺は無意識のまま、その場所へ向かっていた。 森を抜けた瞬間、眩い光が視界を満たす。 海沿いの崖、輝く海を背に、少女が立っていた。 「あの……」 声をかけると、少女は振り向き、笑った。 「久しぶり、はる」 その瞬間、理由も分からず涙が溢れた。 「……凛?」 忘れていたはずの名前が、自然と口をついた。
⒈泣くことを許された場所
人間、エルフ、獣人、魚人。 複数の種族が共に暮らすこの大陸には、 大きく二つの国が存在していた。 ひとつは、人間が治める王国。 王城を中心に、貴族と使用人が秩序を保ち、 華やかさと厳格さが同居する国だ。 もうひとつは、エルフが治める森の国。 長命であるがゆえに、 歴史と叡智を重ねた彼らは、 人間よりも高い位を持つとされている。 エルフと人間は「時間の流れ」が大きく違う。 そのため人間の国で暮らすエルフは珍しく、 ましてや人間の皇族に仕えるメイドなど前代未聞。 しかし、その人間の王国の皇城に、 ひとりのエルフが仕えていた。 名を、フィリアという。 彼女ははるか昔から、 同じ皇族に、同じ姿のまま、仕え続けているエルフだった。 無表情で、静かで、控えめ。 フィリアは皇城で「変わり者のエルフ」として、知られていた。 だが、皇族からの信頼は厚い。 なぜなら、彼女だけが、 何世代にもわたる皇族の“変化”を見届けてきた存在だったからだ。 そして今、 フィリアが仕えているのは―― 十歳の皇太子。 次代の皇帝となる少年は、厳しく育てられていた。 甘えることを許されず、弱さを見せることを禁じられ、 誰にも心を開かない子供だった。 彼は無表情で、冷静で、感情をほとんど表に出さない。 使用人の名前を覚えないことでも有名で、 覚えているのは乳母、侍女長、執事長の三人だけ。 それも、特別な感情があるわけではなかった。 そしてもうひとつ―― 城の者たちを悩ませる、奇妙な行動があった。 皇太子は、度々、姿を消すのだ。 特に夜。 気づけば部屋からいなくなり、 庭園や回廊、城内を総動員で探すことになる。 どれほど探しても、見つからない。 だが必ず、皇太子は何事もなかったかのように戻ってくる。 理由も語らない。 「またか」と呆れながらも、 誰もが心配し、誰もが困っていた。 ――その“居場所”を知る者が、 たったひとり現れるまでは。 その夜も、皇太子は姿を消した。 皆それぞれが慣れた様子で捜索に散っていく。 フィリアも、静かに庭園へ足を向けた。 無表情のまま、灯りを持ち、 いつも皇太子が通りそうな場所を辿っていく。 ――そのとき 足元の石に、わずかに躓いた。 「……っ」 小さく息を呑む音と同時に、 フィリアの体は前のめりになり、 草むらへと倒れ込む。 そして、偶然見つけてしまったのだ。 誰にも見つからない隠された空間で、 月明かりの下、膝を抱えて座り込み、 驚いた様に目を見開いてこっちを見ている皇太子の姿を。 逃げるでもなく、 声を上げるでもなく。 ただ、見つかった、という顔で。 フィリアは息を呑む。 皇太子の頬に、 月光がきらりと反射した。 それが、 濡れていることに気づくまで、 ほんの一瞬だった。 ……涙。 瞬きのたびに、 まつ毛の先からこぼれ落ちる。 震える呼吸。 必死に押し殺そうとしている嗚咽。 ――泣いている。 理解した瞬間、 フィリアの胸が、きゅっと締め付けられた。 皇太子もまた、 フィリアが“気づいた”ことを悟ったのだろう。 一瞬、唇が強く結ばれ、 すぐに身体を翻して立ち上がろうとする。 逃げるつもりだ。 「……お待ちください、皇太子」 反射的に、フィリアはそう口にしていた。 皇太子の動きが止まる。 振り返ったその顔は、 いつもの無表情ではなかった。 驚きと、 焦りと、 隠しきれない不安が、 幼い顔にそのまま浮かんでいる。 フィリアは、ゆっくりと立ち上がり、 視線を逸らさずに言った。 「……ここにいらっしゃること、誰にも申しません」 皇太子の瞳が、わずかに揺れる。 「今夜のことも…… 泣いていたことも」 一歩、距離を保ったまま。 「私たちだけの、秘密にいたしましょう」 沈黙。 風が草を揺らし、 夜の匂いが二人の間を通り抜ける。 やがて、 皇太子の肩から、力が抜けた。 完全に安心したわけではない。 けれど、逃げる理由が、なくなった。 その夜が、 皇太子が初めて“居場所”を見つけた夜だった。
ありのままの自分。
いつも心に残るのは楽しいことよりも嫌な事。 毎日が不安で、頭の中は考え事でぐちゃぐちゃ。 誰かといるよりかは一人でいる方が楽。 だけど独りになりたい訳では無い。 ただ、一人の時間が欲しいだけ。 誰かに何か言われたらそれをいつまでも引きづってしまう。 何がダメだったんだろうと考えれば 考えるほど自分が嫌になる。 誰に何を言われようがあなたは貴方。 自分を変えようとしないでいい、 そのままの貴方で大丈夫。 ありのままの自分を好んでくれる人をきままに待とう。 焦らなくて大丈夫人生は長いから。 自分を見失わないで。
ずっと一緒。
私は中学で一番気を許せて本性を出せるような親友に出逢えた。 一緒にいるだけで自然とモチベも上がって自己肯定感が高くなる。他の子と遊ぶよりも何倍も笑えてストレスなんて一切感じなかった。 この子とはずっと一緒にいたいなって思えた。 それは親友も同じで、ずっと一緒ねって私に言ってくれたんだ。こんな本性出せたのは𓏸𓏸が初めてだよとも言ってくれた。 だから高校が違くてもこれまでと変わらずにずっと一緒に遊べると思ってた。 でも、それは違った。 文化祭に来てと誘ってくれた、だから私は喜んで行った。 どうせ私よりも仲いい子なんている訳がない。私は堂々と親友の教室に行くと、親友は私をクラスのみんなに、中学で一番仲がいい子なんだ!と、自慢げに私を紹介してくれた。 すごく嬉しかった。 でも、その後私を置き去りにして他の子と写真を撮ったり動画を撮ったりし始めた。別に私を忘れてるわけ無いだろうし、親友とはまた今度遊べばいいやと思って帰ることにした。 そしたら 「まって!あれ、うちもしかして𓏸𓏸。 のこと置き去りにしてた!?ごめん!忘れてた!」 て言って抱きしめてきた。 忘れてた?私を? でもその時はあんま気にならなくて、大丈夫大丈夫と言って流した。 数日後 私の文化祭にも来て欲しくて親友を招待した。親友は何がなんでも行く!って言ってくれた。 でも、文化祭当日親友はいつになっても来ない。あと1時間で終わっちゃう。 「今どこ?」 不安になった私は連絡をした。 不安になってはいるけど私は心のどこかで親友ならきっと遅れてでも来てくれるって思ってた。 だっていつも一緒にいた仲だし、何がなんでも行きたいって言ってくれたし、それに私だって親友が朝早く来てって言ったから早起きして親友の文化祭に行ったんだもん。 きっと後ちょっとで着く!って連絡が返ってくるって、信じてた。 でも私が想像してた返信は来なかった。 「あごめん寝坊しちゃって、今から行ってもちょっとしか居れないなって思ったからもう行かなくていっかなーって」 その時の私は怒りよりも悲しみが勝った。親友はもう私なんてどうでも良くなってしまったんだ、と。 それなら、私が親友の文化祭に行った時私のことを忘れて他の子と動画を撮ったりしてたことに納得いくし、私の文化祭なんてどうでも良くなって来なかったということにも納得がいく。 昔の親友なら、私を忘れることなんかなかったし私の行事とかには必ず来てくれてた。 最近は遊びの誘いの連絡も一切来ないし、 ずっと一緒ねって言ってくれたのは嘘だったんだ。 それがわかった瞬間、親友が私から離れていくのを感じた。 イヤだ、離れたくない。 これまでもこれからも、 私たちが離れることは無い。 夜になっても私の頭の中は親友と離れたくないという気持ちでぐちゃぐちゃになった。 ハッとした時、私は親友の部屋で座っていた。 部屋は真っ暗で何も見えない。 月の光で部屋の中が照らされた時、 私の目の前で心臓がない状態の親友が倒れているのが見えた。親友の顔は涙の跡がついていて口からは血が出ている。 私は酷く衝撃を受けたのと同時にすごく綺麗だと感じた。 親友の顔に触れようとした時、私は片手に何かを握っていることにようやく気がついた。 心臓だ。 その心臓はまだ生ぬるく、その温もりがとても愛おしくて... 私は無意識にそれを口に入れてしまった。 あぁ、これでようやく私と親友は一緒になれた。嬉しくて堪らない。その時の私は今までにないくらい興奮していた。 完食した私はポッケに入っていた何錠もの薬を口に含み、親友の横に横たわり顔を近づけ眠りについた。 これであなたと私はずっと一緒。 これからも…永遠に…。
本音を言うと涙が出ちゃう頑張り屋さんな貴方へ
いつも相手の表情を見て気を使って いつの間に疲れて、 それでも嫌われたくないから一生懸命笑って、相手に合わせて、明日もこれの繰り返しか、となにもかも嫌になる。 明日友達に嫌われたらどうしよう、いつも通りに行かなかったらどうしようと、朝が怖くて眠れない。 なにか傷つく事を言われて涙が零れそうになっても、場の雰囲気を保つために我慢して笑顔で受けとる。 誰かに相談しようとしても、これまで受け身で生きてきたから自分の話をする事に抵抗を感じて何も言えずに結局これまでと何も変わらない。 自分の意見はなかなか言えなくて後回しになってしまう。 自分を隠すことに慣れてしまって 本音を言おうとすると涙が溢れてしまう。 泣きたいから泣いてる訳では無い。 自分の言いたいことを心にしまって優しく生きてる人は、 もしかしたらHSPかもしれません。 まず自分はなんでこうなんだろう、 と自分はダメだと思うことをやめ、 ありのままの自分を受け入れることが大事だと思います。 周りを気にして配慮できる貴方は素敵です。 自分を大切にしてくださいね。
あの場所でまた君と出会う_3.「勿忘草」
その祭壇には、凛の写真が置かれていた。 俺が状況を飲み込めず立ち尽くしていた時 後ろから凛の母親が俺の名前を何回も呼んでいることに気づいた。 「やっと気づいた 大丈夫? 体調悪くなっちゃった?ここに座って」 そう言いながら畳の隣にあるリビングの椅子へと座らせてくれた。 俺は突然の事で状況を飲み込めず咄嗟に 「すみません」 と言うと 「ううん、しょうがないよ あなた達が仲良かったのは私も十分知ってるから」 凛の母親は俺が落ち着くよう ゆっくりとした口調で穏やかに答えてくれた。 何がなんだかよく分からないが 深呼吸をして少し気を落ち着かせた。 すると凛の母親は俺に一枚の手紙を渡してきた。 その手紙には “はるへ” と書かれていた。 「その手紙、凛の部屋から出てきたの」 今読んでもいいですかと聞くと凛の母親は 優しく静かに頷いた。 そっと手紙を取りだすと、 涙を零しながら書いたのか所々文字が滲んでいた。 その手紙の内容は、 今年の夏俺とどこにいってなにをしたいか、 食べたいものや見たい景色、 俺とどんな話をしてどんな事を聞くかが沢山書かれていた。 そして、自身の病気が酷くなっているということも。 俺は溢れる涙を必死に堪え最後の文を読んだ。 “もう一度二人であの場所に” その後の文字は滲んでよく読めない。 だが凜の伝えたいことが、気持ちが俺には伝わった。 そこでようやく全てを思い出した。 俺が夏休みの前にここに来たのは、 凜の葬式があったから。 勉強の疲れなんかで忘れていたんじゃない、 凛にもう二度と会えないという事を認めたくなかったんだ。 もう一度会いたい あの場所で また君と 「凛のお母さん 手紙ありがとうございました」 「いいよ 行ってらっしゃい」 凛の母親は精一杯の笑顔でそう言った。 俺は今ある自分の体力を振り絞って走った。 息を切らし、溢れる涙で視界がぼやけても いちはやくあの場所に行こうと走った。 いつもの森を抜けた瞬間、眩い光が俺を照らした。 段々明るさに慣れ目を開けると 海全体が太陽の光で照らされ輝いていた。 そして、俺に背を向け立っている凛の姿があった。 まるで、夏休み初日に凛に会った時みたいに全てが輝いて見えた。 「凛…!」 大きく息を吸い、 今まで言えずにいた想いを声にした。 「凛のことが好きだ」 凛は風に吹かれる髪を抑えながら振り向き 涙を少し浮かべながらふわりとした笑顔をみせた。 凛は俺に近づき、 俺の涙を手で拭ってくれた。 夏のわりにはヒヤリとした手で気持ちよかった。 凛は俺の手の中に一輪の花を置いた。 「空で見守ってる 幸せになってね」 と、涙を一粒落とし泡のように儚く空へと消えていった。 手の中にある花を見ると、それは勿忘草だった。 凛が安心できるよう俺は溢れ出る涙を抑え笑顔で空へ誓った。 「俺と君だけの大切な思い出 もう忘れない」
あの場所でまた君と出会う_⒉「勿忘」
「なんで泣いてるの?」 そう言いながら凛は俺の涙を手で優しく拭ってくれた。 久しぶりに触れた凛の手は少しひやりとしていて気持ちよかった。 「久しぶりに会えたのが嬉しくて」 と言うと 「私も」 と言いながら微笑んだ。 凛と話をしていると 時間はあっという間にすぎ辺りは暗くなっていた。 海の方をみると、斜面が水面に金色の影をキラキラ落としていた。 その景色がとても綺麗で もう少しだけ2人でこの景色を見ていたかったが、 この辺は明かりが少ないため危ないと判断し帰ることを提案した。 だが凛は、 「先に行ってていいよ 私はもう少しここにいる」 と言った。 流石に森の中に女の子一人置いていくことは出来ないし もう一度声をかけようと思った時、 「私なら大丈夫だよ」 と、風になびく髪を手で抑えながら言った。 何か事情があるのかもと思い、 危なそうだったら連絡してねと一言言って帰ることにした。 帰ろうと凛に背を向けた時、 「ねぇはる ここで私と会ったこと、 誰にも言わないでね また怒られちゃうから」 と、ふわりと笑った。 凛は昔から体が弱かったため 家から離れて遊ぶことが出来なかった。 だから、周りには内緒でよくこの場所に来ていたのだが、 1回だけその事がばれてしまい 母にこっぴどく叱られていた。 確かこの場所で遊ばなくなったのは この頃からだ。 「分かった、気をつけて帰れよ」 と言い俺は帰った。 それから毎日俺は凛とこの場所で会い話をした。 帰る時凛はいつも先に帰っててと言う。 大丈夫なのか心配にはなるが、 朝になれば凛はいつもの笑顔で俺を出迎えてくれるから、 その心配はいつしか消えてった。 「そろそろ帰るね」 いつものように帰ろうとした時、 凛は少し間を空けてから 「また明日ね」 と言った。 いつもの雰囲気と何かが違い 違和感を抱いた。 次の日海沿いに行くと、 いつも笑顔で出迎えてくれる凛がいなかった。 暗くなるまで凛を待っていたが 凛は姿を表さなかった。 それから何日か凛に会えない日々が続いた。 だがもしかしたら会えるかもしれないと思い 毎日海沿いで凛が来るのを待っていた。 ある日の朝、目を覚まし朝ごはんを食べ海沿いに行こうとした時 「はるちゃん最近どこに行ってるの?」 とばあちゃんが言った。 海沿いに行っていることも、 凛のことも秘密にしているから言えない。 だから俺は散歩してるとだけ言った。 すると、ばあちゃんが 「なら凛ちゃんの家に行ってきたらどう? もうそろそろ夏休みも終わるでしょ 少しでいいから会いに行ってあげなさい」 と微笑み言った。 俺は、ばあちゃんの言う通り凛の家へ向かった。 今まで俺はなんで凛の家に行かなかったのだろうか。 海沿いで待ってないで会いに行けばよかったな。 そんな事を思いながら歩いていたら いつの間にか凛の家の前についていた。 俺はなにか嫌な予感を感じ、気づいたら少し後退んでいた。 それでも数日間姿を表さなかった凛が心配になり 勇気をだしてインターホンを押そうとした。 だが、インターホンを押す寸前で手が止まってしまった。 手が震えていた。 このインターホンを押してしまったら、もう凛に会えなくなる気がして押せなかった。 やっぱり引き返そうか思った瞬間、 背後から肩を優しくトンとされた。 「はるきくんよね もしかして凛に会いに来てくれたの?」 そうふわっとした笑顔で話しかけてくれたのは 凛の母親だった。 「あ、はい」 そう答えると 凛の母親は優しく迎え入れてくれた。 「はるきくんが会いに来てくれて 凛嬉しいと思う、ありがとう」 そう言いながら畳のある部屋に案内してくれた。 「ここに凛がいるわ 私は取りに行くものがあるから ここに入って少し待っててちょうだい」 と言い階段を上がって行った。 「凛入るぞ」 俺は襖を開けた。 部屋を見た瞬間、 俺は時が止まったかのように静止し 周りの音が聞こえなくなった。 そして視界がだんだんグチャグチャになっていった。 だが ひとつの祭壇だけははっきりと見えた。
あの場所でまた君と出会う_⒈「忘失」
“君に会いたい” 高校最後の夏休み、 俺はなぜだか気分が上がらなかった。 高校最後だから? いや何かが違う、そんな理由じゃない。 ただ 誰かに会いたかった。 友達でも家族でもない大切な人。 「はるき本当に一人で大丈夫?」 母が俺を心配そうな目をして言った。 俺の家族は毎年夏休みに入ると 田舎の祖父母の家に行くのだが、 今年は夏休みに入る前に一回だけ祖父母の家に行った。 その時の俺は勉強で疲れが溜まっていたせいか、 行った理由はよく思い出せない。 今回は母と父は急な仕事が入ってきたらしく、 俺一人で行くことになった。 だから母はこんなに心配しているのだと思う。 「何回も行ってるし行き方くらい覚えてるよ」 と、俺は言った。すると母は 「そうじゃなくて、 私はおばあちゃん家にいって苦しくないか心配なの」 母の言っていることがよく分からなかったが、 心配している母を安心させたくて 「大丈夫だよ」 と言った。 電車に乗って祖父母の家に向かっている最中、 不思議な夢を見た。 その夢では 海沿いの崖の先に俺と同じくらいの年齢の少女が立っていた。 太陽の光が眩しく少女の顔はよく見えなかったが “ここで待ってる” という言葉だけ聞こえた。 電車が停止する時の揺れで目が覚めた。 いつの間にか祖父母の住んでる場所に着いたみたいだ。 重いスーツケースを持ち外に出ると 辺り一面緑に覆われていた。 高い建物がなく見晴らしが良い。 周りからは自然の音がして 空気もおいしい。 俺は大きく深呼吸をして祖父母の家へと向かった。 古いインターホンを押すと ばあちゃんが勢いよく出てきた。 「はるちゃんまだここに来るの辛いだろうに、よく来たわね」 辛い? なぜ俺が辛いと思ったのだろうか。 「なんで?俺は全く辛くないよ」 と言うと 「そう…それならいいんだけど。」 と、ばあちゃんは一瞬目を丸くして心配そうな顔をして言った。 俺はその後家に入り、 部屋で荷物の整理をしてたらふと、 電車で見た夢を思い出した。 そういえばあの海沿いは俺が小さい頃 幼馴染みとよく行ってた場所だ。 あの場所は森の奥にあり危険なので立ち入り禁止だった。 だが俺と幼馴染にとっては 最高の遊び場だった。 景色は綺麗だし風通しもいい。 木も沢山あって、なにより俺たち以外に人は居ない。 あの場所に行かなくなったのはいつからだろうか と、思い出を遡ると あることに気がついた。 俺は幼馴染の顔が思い出せない。 何度思い出そうとしてももやがかかる。 なぜ思い出せないんだ。 毎年ばあちゃんの家に行っているし 幼馴染とも顔を合わせている。 とりあえず俺は電車で見た夢が気になり 海沿いの崖に行ってみることにした。 ここを抜けた先だったかな? 曖昧な記憶を頼りになんとかたどり着くことが出来た。 森を抜けた瞬間眩い光が俺を照らした。 段々明るさになれ目を開けると 海全体が太陽の光で照らされ輝いていた。 そして、夢で見たような少女がこちらに背を向け立っていた。 「あ、あの…」 勇気を出して話しかけてみた。 すると少女はこちらを振り向き、 「久しぶり はる」 と、無邪気な笑顔で言った。 その無邪気な笑顔と 聞き慣れた俺の名前を呼ぶ声を聞いた途端 涙が零れた。 「凛?」 俺はふと声に出してしまった。 なぜ俺は今まで忘れていたのだろう。 凛は俺の大事な幼馴染だ。 昔からよく遊んでよく笑って、 辛い時は慰めてくれたし慰めもした。 俺にとって凛は無くてはならない存在だった、 なのに俺は凛を思い出せなかった。 いや、思い出したくなかったのかもしれない。 なんでかは分からない。 だがこの時の俺はとにかく凛と話がしたかった。