「手紙と違和感」
これは一通の未来から私宛に届いた不思議な手紙の話。
差出人の名前は「鎌田小春」。
その名前を見たとき、私はほんの少しだけ、呼吸を忘れた。
それは、クラスに馴染まず冴えないあの子の名前だった。
教室の隅で、いつも一人で本を読んでいる子。
誰とも目を合わせず、話しかけられても小さく頷くだけで、会話にならない。
正直に言えば——印象に残らない存在だった。
それなのに。
どうして、あの子が、私に手紙なんて。
それも、「大嫌いな貴方へ」なんて、まるで敵意をぶつけるみたいな書き出しで。
思わず、もう一度、差出人の名前を見返す。
見間違いじゃない。
やっぱり、「鎌田小春」。
胸の奥が、ざわつく。
嫌な予感、というより——“引っかかり”。
あの子と、私はほとんど関わりがないはずなのに。
なのに、どうして。
まるで、何かを“知っている側”みたいな書き方をしてくるのか。
指先で、封の端をなぞる。
少しだけ、震えていることに気づいて、私は苦笑した。
「ただの手紙でしょ」
そう、自分に言い聞かせるように呟いてから、
ゆっくりと、封を切った。
中には、一枚の便箋。
折り目はきっちり揃っていて、几帳面な性格がそのまま出ているみたいだった。
けれど——
最初の一行だけは、妙に乱れていた。
強く書きすぎたのか、インクがほんの少し滲んでいる。
——「貴方のせいで、全部変わった。」
一瞬、意味が理解できなかった。
「……は?」
思わず、声が漏れる。
私の、せい?
何が。
誰の。
どうして。
頭の中で問いがいくつも浮かんでは、形になる前に消えていく。
だって、おかしい。
鎌田小春と、私は——ほとんど関わりがない。
話した記憶なんて、数えるほどもないはずだ。
それなのに、“全部変わった”なんて。
まるで、人生そのものに関わったみたいな言い方で。
視線を、震える指で次の行へ落とす。
——「あの時、貴方があの人に話しかけなければ」
——「何も、始まらなかったのに。」
心臓が、どくん、と大きく鳴る。
あの時。
あの人。
どちらも、曖昧なままなのに——
不思議と、引っかかる。
まるで、もう知っているはずの出来事を、思い出せていないだけみたいに。
そんなはず、ないのに。
ページの端を、無意識に強く握る。
紙が、小さく音を立てた。
——「貴方は覚えていないでしょうね。」
息が、詰まる。
——「でも、私は全部覚えています。」
その一文だけ、やけに綺麗だった。
滲みも歪みもない、静かな文字。
だからこそ、怖い。
感情が削ぎ落とされている分、本気で言っているのが伝わってしまう。
——「だから、これは復讐です。」
思考が、止まる。
復讐。
その言葉が、やけに重く、紙の上に沈んで見えた。
次の瞬間、教室のざわめきが、やけに遠く感じる。
誰かが笑っている声も、椅子を引く音も、全部ぼやけて聞こえる。
ただ、手の中の紙だけが、やけに現実的で。
ゆっくりと、顔を上げる。
教室の隅。
窓際の席。
そこに、いつも通りの姿で座っている。
本を開いたまま、視線を落としたままの——鎌田小春。
何も変わらないはずの光景。
なのに。
さっきまでと、同じには見えなかった。
あの子は、本当に。
“何も知らない側”なのだろうか。
そのとき。
ぱたり、と。
彼女の手元の本が、静かに閉じられた。
そして、ゆっくりと顔が上がる。
——また、目が合う。
今度は、逸らされなかった。
じっと、まっすぐに、こちらを見ている。
その目は——
初めて見るはずなのに、
なぜか、確信してしまった。
——この手紙を書いたのは、“今の彼女”じゃない。
でも、
“同じものを見ている”。