どうこく
10 件の小説トーホク・ヤマセ様#1
私は今、女友達2人と東北に来ている! 地元から離れた高校で出会って親しくなったサエとリンだ。 皆で楽しくスキーをして、宿で温泉に入って、星空を眺めながらフルーツ牛乳を飲む。 そんな夢みごとをなんとなく話してみたら実現できてしまい、胸を躍らせながら新幹線に乗り、今に至る。 東北なんて来たことがないのでとても新鮮だ。 「前方に敵なし!宿に行くぞ!」 未だに厨二病を患っているサエがそう叫んだ。周りの人には普通の会話にしか聞こえないぐらいの声量で。 1時間ほどかけて山のふもとの宿に辿り着いた。 カウンターのすぐそばのガラスケースに入れてある雪駄を見て、 「これは雪駄(せった)って言うんだ。初めて知ったよ」 とリンが、まるで教科書の会話文のように話したので笑ってしまった。 この宿の異常さに気付いたのは、美しく並べられた和食を平らげ、温泉に入っている時のことだった。 3人で水魔法トークをしていると、ふと異質な会話が聞こえた。 「全てヤマセ様のおかげだね。」 「そうねえ。ヤマセ様にも、ヤマセ様について教えてくれた女将さんにも感謝しなきゃねえ。」 新興宗教だろうか?“ヤマセ様”という固有名詞は聞いたことがない。 「ねえ、2人は“ヤマセ様”って知ってる?」 サエ「え、怪しい宗教?知らないけど?」 リン「サエと同じ。聞いたことないな」 女将さん、というのは受付の女将さんだろうか。 この宿、ヤバいのでは?
愛しいひとよ
相思相愛、両思い。 そんなものは片方が友情だと信じ切っていたら無に等しい。 よぉく分かっている。痛いほど知っている。 彼女からの友情は私の「好き」を駆り立てるけれど、同時にそれを潰す。しかし「好き」は私という魂がすっかり消えない限り止まるはずが無い。潰された「好き」はひしゃげたその全貌をまた膨らませ、今度はズタズタに切られる。 しかし、彼女からの友情は直接私の好意を踏みにじっているのではなく、彼女の友情を感じた「好き」が、 「この恋は実らないから、“友情”に変わらないといけない。」 と必死で潰れているのだと思う。いや、私が潰しているのだと思う。 彼女の好きな曲や推しを聞いた。 あのグループの曲が好きなのか。 夕方、いつもの公園。 自分がたった1日で必死で覚えたその曲を、彼女の前で口ずさんでみた。 彼女は少し驚いた表情で目を輝かせた。 彼女の声が私の声に重なり、その曲を歌い切った。 彼女も私も笑顔だ。 その日の夜、お互いに負けるはずのない、スマホとのにらめっこを開始した。 「楽譜…印刷できるのないかな」 なぜどのサイトにも載っていない! あんな有名なグループの曲なのに無いなんてことあるのか? 仕方がない、耳コピか…。 にらめっこの勝負は試合放棄で私の負けだ。たぶん。 次の日。 今日は休日!五線譜ノートとスマホ、充電ケーブル、筆箱を持ってピアノの部屋に向かった。 とりあえずボーカルの旋律を探す。 ここでもない、ここでもない、音が近い、この音だ。 スマホで歌詞を見てみると、まだまだ残っている。 ボーカルの旋律以外にも伴奏やドラムなど他の楽器もあるし、そもそも音を書き出してもリズムがないので、付点や休符なども書かなければならない。さらにその後はピアノの練習だ。やめたいと思ったけど、これで両思いになれる確率が上がるなら喜んでやってやる。 昼、やっと1番が終わった。 夕方、死にそうな思いで最後まで終わらせた。 夜、ピアノが使えなくなる(これ以降は使ってはいけないと言われた)時間までメイン旋律のリズム取りをした。 朝、ピアノを使える時間までひたすら曲を聴き、リズム取り開始。 昼、腕が死にそうだ。リズム取りが終わりそう。 夕方、長めの休憩をして、リズム取りを再開。 夜、リズム取りがやっと終わった。 そのようなリズムで次の日も作業に没頭した。 平日4日を習い事の方のピアノを練習し、金曜と土日は耳コピプラスアレンジ。 彼女の事を考えるたびに、エネルギーがゴボゴボと出てくるようだった。 始めて数ヶ月。やーっと旋律を書き出し、練習にいけるようになった。 そこからは簡単だった。怒涛の練習で、1ヶ月で弾けるようになった。 彼女を家に呼んだ。今日は本番。 今日のために心血を注いだが、緊張とお腹の奥の不快なドクドクが止まらない。 「こっち来て」 「なに?」 「聴いてほしい曲があるんだよね」 「何の曲?」 「秘密」 重い蓋を開き、椅子に座って弾き始める。 頭の中で流れるあの曲と、今弾いているあの曲の旋律が綺麗に合わさった。 どうだろうか? 「私の好きな曲じゃん!めっちゃ嬉しい!」 自然と笑みがこぼれる。 数時間後、互いにバイバイをして彼女は家に帰った。 彼女はわたしの努力を見ていないし、好きな曲だっただけだから、彼女はまだ友情だと信じているだろう。 しかし、もうこれでいいと思ってしまう。 彼女が笑顔なら、それでいいのではないか? どうせ叶わない。友情を演じ続けるしかないのだろう。 今日は、わたしが大好きなあの子の家に呼ばれた。 何だろう、告白だったり?! ドキドキを隠して平常を装う。 こっちに来てと呼ばれて、なんだなんだと着いていくと、大好きな子はピアノの蓋を開けて、わたしの好きな曲を演奏し始めた。 あまりの嬉しさと愛しさで、笑みと感嘆の言葉が出てきた。 その後ちょっと遊んで家に帰り、好きな子と両思いになりたいなと思いを馳せた。
受験、カレンダー
一枚、一枚、毎日めくった。 めくるたびに心が躍る。 受験のために全てを捧げた。捧げざるを得なかったと言うべきか。 常に試験対策をした。試験対策中は逃げていられたし、忘れられたので苦ではなかった。 受験当日。 時計も交通系ICカードも忘れていない。もちろんスマホも隠し持っている。 試験が終わり、自室に戻った。 自己採点をしたら高い点を取れていたと伝えても、アイツは 「そう。もっと高い点を取れるように勉強しなさい。」 と吐き捨てた。 いつからだろう、私の夢はアイツの願望になった。 リビングのカレンダーには「明日合格発表」とアイツの字で書いてある。 私の部屋のカレンダーには、「受かれ」と、血のような色のペンで書いてある。 合格発表の日。 私の番号は? ある! 大きな安堵で涙が出てくる。 数ヶ月後、自室。 重い荷物を玄関から引きずるように出し、スマホを取り出した。 私が受けたのは、全寮制で家からとても離れた高校。 リビングのカレンダーは、出る前にビリビリに破いて床に投げ捨てた。 私の部屋のカレンダーもビリビリに破いて、その上から水をわざとこぼした。 散々怒ればいい。お前の娘はもう離れた場所にいるのだから。 お前が切実に望んだ高校にいるのだから。 掌中にあるスマホの電話機能を開く。 殴られた時のアザも、叱責と称した暴言の数々も、全て証拠として残っている。 事が収束したら、新しいカレンダーを寮の部屋に置こう。 110番に電話をかけた。
私か虚像のあなたと夢の中の定法
目を開けると、ただ闇が広がっていた。辛うじて2人の輪郭が浮かび上がっているのは見える。 何かが記憶の箱から出でて流動し、それを思い出しそうな気がする。 宇宙でも暗室でもない、紛う事なき闇。私はこの景色が、自分で見ていないのに見ているような既視感を感じた。 次第にこの世界?で起きたであろう事を思い出し始めた。 私たち3人は友達で、共に世界が消えゆくのを見た。 私たちのもう1人の友達、敬博(たかひろ)は、世界でたった3人の大切な友達を遺すために、自ら消えていったのだ。 敬博は私たちを「磁界転移装置」に乗せ、 「僕たちが発明したこの装置は、開発が進んでいなくて3人しか乗れないんだ。」 と泣きながら小さな微笑みを見せて、目の前で消えていった。 涙で視界が歪む前に視界が白い光で包まれて、そこから意識が途絶えた、 目を覚ますと、青い空間にいた。 この現実は嘘である。この現実は、白痴の魔王が見ていた夢だ。 全てを思い出したぞ。 あの2人は私で、私はあの2人でもある。 私たちは、魔王が見た夢の一部。 まだ完全に目を覚ましてはいないが故に、まだ夢たちは記憶として消失していない。 もう分かりきった。 2人の友達を見ると、どちらも全て思い出したようだ。 りか、しょうや。確か漢字は「梨華」と「将矢」だったかな。 カフェで勉強した学生時代。そこにはいつもの3人。 社会人になり、私は医者になり呼吸器科で働いていた。 久々に会おうということになったので有給を取り、理系工学科の研究所で敬博の発明品を見に行こうと赴いた矢先に魔王の目覚め、世界の消失が始まった。 手を見ると、じわじわ消え始めている。 友達の輪郭を見ると、うっすら消え始めているのが分かる。 起床の先にも天国はあるだろうか。 せめて最後に、親友3人の笑顔をはっきり見たい。 ふわりと2人に近づいて抱擁する。彼らも抱擁を返してくれた。 背中まで消え始めている。異界から戻ったから消失が遅いのだろうか? せめて、せめて最後にとびきりの姿を。 胴が見えない。首から下が消えた。 光よ、私たちを照らして最期の別れを、 させて、 。
この楽器と恋を
私にピアノと恋をすることを、どうか許してください。 ピアノから離れたら辛い現実に殺され、心の中にぽっかりと空いた穴が、いつしか穴ではなく空虚に変わる。 穴が消えることは、すなわち心が壊れて消えることを意味する。 どう足掻いても、一度開いた穴は閉じることはない。 幼少の頃出会ったこの楽器は、いつしか私の心を癒すものになっていた。 「お前早く死んだら?」 「消えろゴミが。」 あれは嘘だ。言わないで。思い出さないで。 私が白鍵を弱く押すと弱い音が出た。 強く押すと強い音が。 楽譜を置き、大好きな曲を弾く。 ソラドシソラ、ファソシレー、ドーー ラミシラーソーレーミ、ソーファーラーファソミーレドー 私には音感があるが、私にはいらないと思う。出来ることなら、生きている価値がある人に持っていてもらいたい。 今日もあの人たちから嫌な言葉で刺された。 もう、私は、限界だ。 死ぬまでピアノと恋をする。 音楽の神様、もし音楽の神様が本当にいるのなら、 私にピアノと恋をすることを、どうか許してください。 今は何時だ 途方もない時間が流れた気がする。 腕が痛い。 まどを見ると、さっきより明るくなっている気がする。 分かった、何日も経ったのか 目眩がして視界がぼやける お母さんもお父さんも、私のことを無視して忌み嫌っているので、気付かないだろう。 ピアノは、身動き一つせず何も反応しない。 私の体も、じきにピアノになる。 来世は…ピアノが大好きで、周りに必要とされていて価値がある子になりたいな。 意識が暗転した。
私か虚像のあなたと夢の中の定法
番犬を倒して休憩した後、私たちは何をしたら良いのか分からず、ただ歩きまわったり、追いかけて逃げる遊びをしたりして暇をつぶしていた。 「どっかに俺らの世界に帰る扉みたいなんがあんじゃね?」 「もしかしたら時間経過でその扉が現れるとか?」 「あーそうかも!でもずっと待ってるけど出てこないぜ?」 『何かをどこかにお供えするとか?ゲームとかであるし』 「…げぇむって何だ、何だっけ」 言葉を発した私にも、げぇむが何なのか分からない。この単語が自然に出てきた。おそらく元の世界で頻繁に使っていたのだろう。 『元の世界に帰ったら、俺らの記憶戻るのかな』 「普通に考えたらそうなると思う…思います。というか、なぜ元の世界の記憶がないのに、元の世界の言葉っぽい言葉を話せているんだろう…」 『その言葉を話すことを体が覚えているんじゃない?』 「あ〜納得!」 今気付いたが、セッタちゃんの語尾に敬語とタメ口が混ざっている。さっきより親しくなれた。 「俺ら今、考えて喋る感じより、なんとなく話してる気がする。多分それであってると思うぜ。」 人体はとても不思議だし、有り得なくもないな。と言いたげな顔をしているように見えた。 「あの丸いやつ、扉がどこにあるのかとか言ってなかったな…。今何時?」 『時計がないから分からない……。ん?時計?何だったっけな。』 「とりあえず扉が無いなら探そう!それしかない!」 辺りを見渡しても、赤い地平線と赤い空、背後には青い地平線と青い空が広がるだけだ。 「もしかしたらあの白い線を使って高速で探せるんじゃね」 やってみる価値はある。『やってみようか』 近くにある線を掴むと、びゅーーんと振り回された。とても速いが、周りのものが捉えられない速さでは無かったので、タイミングを見計らって近くの線を掴むことができた。白い線と一緒に浮いている長方形は触っても何故かすり抜けるので、タイミングを見計らう十分な時間があった。 びゅーん、びゅーん、びゅーーーーん。おっと危なかった。びゅーん、びゅん、ドタッ。上手に着地でき、ちゃっかりポーズまで決めてみた。 「わたしも!」 びゅーん、びゅーん、びゅーーーーーーん! 彼女は宙に舞い、彼女は右手を突き上げ、白い線を掴もうとした時の笑顔は凍りついている。わたしの目の前にセッタちゃんが落ちてきた。私は間一髪のところで両腕を出し、なんとか受け止めた。 「ありがとう…怖かった」 彼女は恐怖で泣いていた。こっちも泣きたいくらいヒヤッとしたわ! 「大丈夫か?!」 「うん。ごめん。」 「怪我してなくて良かった。元の世界に帰る前に怪我したらヤバいからな。」 全員、ほっと安堵の笑みを見せた。 扉の発見は拍子抜けしてしまうほどあっという間だった。パーカーくんの視力が良かったおかげかも知れない。ゴマ粒にも満たぬほど遠くにある扉を見つけたのは本当に尊敬する。 扉に近づくと、明らかに異様であることがわかった。あの犬に似た化け物についていた鈍い色の粘液が周りに少し溢れており、禍々しいような気がしたからだ。全員扉を開けようかしばらく悩んだ。 「これ開けるってマジぃ?」 「こんな扉、触っただけでヤバそうだけど…」 『一か八か開けてみようよ!戻る知れないんだよ?私たちも、私たちの記憶も!』 「そうだけど…じゃあ白衣っちが開けてみろよ」 『いいよ、開けてみるよ!』 「待って!最後に一つ! …ありがとう2人とも。それだけ。」 「…おう!ありがとうな!なんか楽しかったわ!」 「ありがとうございましたーっ!」 「うるさいよw」 『あは…w』 何となく、元の世界に戻ったら悪いことが起こる気がした。 『扉、開けるよ。』 ガチャ 目の前が眩しく光る。何故か浮いているような気がする。 目を開けると… 次回 最終話
私か虚像のあなたと夢の中の定法第3話
球体くん[番犬を殺して赤いところを目指すんだ] 男「な〜んだ、案外簡単じゃん」 女「犬を殺すのが簡単なわけありますか?!可哀想ですし噛みつかれるかもしれないんですよ!」 男「でも俺らが帰る方法、これしかなさそうだぜ?」 私『多少のリスクはしゃーなし…ってことだと思います』 番犬というのだからとても厄介に違いない。銃…最悪棒でもいい。武器がほしい。 『球体くん、ワガママかもしれないけど、何か武器はない?』 [武器かぁ…ホウキ、モップ、ハサミとカッターぐらいならあるけど] 『それ、借りてもいい?』 [どうせまた買えるしあげるよ。あの番犬ヤバいし] 『ありがとう!』 こんなだだっ広い世界でどうやってこれらを手に入れたのか分からないが、無事武器を手に入れられたので、どうでもいいかと切り捨てた。 それから真っ直ぐ歩き続けた。この世界の境界へ向かい赤い空間を見つけるのは、骨が折れるような、もはや骨が溶けるような辛さだった。唯一の娯楽が、おしゃべりというのも辛かったが、親しくなれたので良いのかもしれない。 「赤い…あった!あれじゃない?…ですか?」 仲良くなったのでタメ口でいいよと2人とも言ったのだが、相変わらず丁寧だ。 「…!ガチやん!天才かよ!本当にありがとう…」 パーカーくん(男)は涙目だ。 実は歩き続けている最中に、名前が思い出せないならあだ名をつけようと、それぞれの衣服をもとにあだ名を付け合ったのだ。 「はーーーーーーっ」 セッタちゃん(女)は長い安堵のため息をついた。 「番犬ってのは…?」 そう言いながらパーカーくんが赤い世界に入ると、突然犬の唸り声が聞こえた。 グルルルル…ヴー 犬は一匹らしい。どこだ?振り返ると、空中に浮かぶ長方形の角から、得体の知れぬ、鈍い灰色の液体が湧き出ている。液体はみるみるうちに犬の体を成した。 な、なんだこれは。恐怖と驚きで声が出ず、怯えているセッタちゃんに飛び掛かった犬を叩き落とせなかった。 セッタちゃんは恐怖に歪んだ顔で避けた。命の危機を直感しているようだ。 「なんだよこの化け物は!」 叫びながらパーカーくんがモップを薙刀のように振り回すと、犬の胴にグシャッと当たり、犬が横に転げていった。 しかしさすがはお犬様、番犬というだけあって頑丈だ。 今度は私の方に来た!ホウキでビンタを喰らわせてやった。しかし、犬から生えた、トカゲのような尻尾が頬をかすってしまった。灰色の粘液が付着し、頬がジンジン痛くなってきた。言うまでもなく、やはり化け物だと確信する。 一瞬怯んだ私にまた攻撃をしてくるようだ、今度は牙を剥き走り来る。ホウキの柄を向け、犬の顔に思いっきり突き刺した。するとパーカーくんが絶好のチャンスだと思ったか、モップで殴り、犬の足にグサグサとモップを刺しては引き抜くを繰り返した。セッタちゃんはハサミとカッターを犬の目に突き刺した。 犬、いや化け物が動かなくなったことを確認すると、皆ぺたんと座り込んだ。 次回へ続く
私か虚像のあなたと夢の中の定法
歩き出して何分経ったのだろう。かなり疲れてきた。 『少し休憩してもいいですか?』 「はい、少し休憩しましょう。」 はーっ、と息を吐きながら上を見ると、手が届きそうなところに白い線と赤と青の長方形が浮いている。近くで見るとこんなに大きいのか、と驚いた。 「これなんなんだろうな」 と言いながら白い線に男が触れると、びゅううん!とものすごい速さで白い線を掴んだまま白い線と同じ軌道を描き、男が手を離した瞬間、男が遠くに吹っ飛んでいった。 男に駆け寄ると、 「え…??」 と混乱状態だ。私だってわかんねえよ。 しかし、私はもうこの世界の正体がなんとなく分かるような気がする。今は無い元の世界の記憶と、この世界のところどころが重なり合うのだ。全く分からないが、あと少しで分かりそうだ。 男が突然「建物ある!!」と叫んだ。 男がうおおおおおと歓声を上げながら走り出していったので、女性と私は全力で追いかけた。 こんな意味不明な世界にも文明があったのか! 家らしき建造物のドアをノックしてみると、ガチャリとドアが開き、どんな人が出てくるのかと瞬きひとつせず、長いような短いような1秒間ドアを見つめていたが、出てきたのは丸い何かだった。 丸い何か:[え、何この生物…] こっちが聞きてえよ。 『え…人間じゃ無い…』 […別世界の生き物がなんでこの世界に…?] それはこちらのセリフに近い気がするぞ、ナゾの球体くん。 とりあえずここにきた理由と、私たち全員記憶喪失であることを話し、元の世界に戻る方法を知らないか問うた。 [キミたちがキミたちの世界に帰る方法、知ってるかも] 「その方法、教えてくれませんか?」 [いいよ。その方法はね…] 次回へ続く
ギター
いつも僕の中にはギターがいる。 朝早く起きて朝食を食べ、学校に行く時間になるまでギター。 学校では、ギターで弾きたい曲をリストアップしたり、たまに作曲してみたりする。その時はノートの端に適当に五線譜を書き拍子と音をメモする中3の時、そのメモを消さないままノートを提出してしまい、成績が下がってしまったが、そんなのはどうでもいい。 家では、学校の課題を適当に終わらせギター演奏に勤しむ。ギターは生きる意味に等しい。 そんな僕に好きな人が出来た。名前は西河彩音という。 彼女はピアノを弾ける。放課後の音楽室でいつも弾いている。音楽の成績が良いため、先生が特別に許可したと聞いた。彩音と仲良くなったきっかけは、同じボカロPが好きだったことだ。彩音はそのボカロPの曲をピアノで弾こうと試みているらしい。偶然僕もそのボカロPの曲をギターで弾こうと考えていたため、すごい奇跡だねとすぐ仲良くなった。話しているうちにさらに親しくなり、友情から恋心へ変化していった。 光陰矢の如し、彩音と仲良くなったのは去年の8月だったが、もう2月になった。今日はバレンタイン。もしかしたら彩音からチョコを貰えるかもしれないと思い、先週に美容院に行き、良い香りがするシャンプーとトリートメントを教えてもらい、買ってきた。準備は万端だ。 彩音が近づいてきた。体の向きから推測するに、僕の方へ近づくつもりだ!胸が割れ鐘のように大きく鼓動し、メトロノームの150のように速い。 「あ…これ…あげる」 彼女の手は僕に向かって突き出されている。とても赤面している。 笑みが溢れそうだ。いや、もう溢れてしまった。平常心を保とうとしても無理だ。 『ありがとう!』 と平常心を保とうとするのを諦め、喜びいっぱいに応えた。 今しかない。 『彩音…さん、好きです。僕と付き合ってください!』 無音の波が広がる。終わった。 「私もあなたのことが好きでした!ぜひお付き合いしましょう!」 彩音の声は震えてトリルのようだったが、それでもスフォルツァンド並みに強い声で、廊下中に響いた。 またしても無音になり、近くにいた男子グループから拍手が起こり、次第に遠くからも大きな拍手が聞こえるようになった。今日は最高の日だ、間違いなく。 …ってこともあったね。懐かしいね。 彼女の声が響く。 明日は結婚式を挙げる。 永遠に愛を誓うって、あの時からずっと決めていた。 ギターは今もある。休みの日は彩音のピアノに合わせ、あのボカロPの曲を演奏してみたりする。 いつも僕の中には、ギターと彩音がいる。
私か虚像のあなたと夢の中の定法#1話
目が覚めると、未知なる場所にいた。床が青い。 周りを見ると、自分以外に人がうつ伏せに倒れている。1、2、2…、2人いる。 辺りを見渡すと、私が異常空間にいる事がわかった。 青い床の地平線が広がっている。空中には青と赤の長方形が浮かび、そこを貫通するように白い線が弧を描いていた。 正気を失いそうな静けさが広がる。恐怖が込み上げてくるうちに気配を感じた。 ??「え…」 ??「…ぁ」 見ると先ほど倒れていた見知らぬ2人が起きていた。名前を聞かないと。 『初めまして、名前は?』 「…なんだったっけ、分からないです…」 「?!俺も分からないんだけど、え?!」 …は?名前を思い出せないことなんてあるの? 『あ、あ、私も…名前…なんだっけ?』 全く思い出せない。自分、いや全員記憶喪失、怖い。なぜ? 全員名前を思い出せない状態で不可解な場所にいることは私を恐怖に陥れる十分な要素であった。 「と、とりあえずまあ名前をわからないのは全員なんですね?」 恐怖で言葉が変になっているようだ。 「名前わかんねーならあだ名つけようぜ!w」 黒いパーカーとジーパンを身につけた、みるからに楽観的そうな顔をした紫の髪の男が、空元気と取れる声で言った。顔が青ざめている。そういえば容姿をよく見ていなかった。横を見ると、白いセーターとロングスカートを着ている、さっき名前を聞いた黒髪の女がいる。 …自分を見ると、白衣と黒いズボン、黒靴を身に付けている。なぜこんな格好をしているのか、この服で何をしていたのか、ここに見覚えがないと言えど、そもそも私が元いたところがどんな場所なのかわからない。もう恐怖しか感じない。 「お腹減ったしご飯探しません?」と女。 そうですね、と小さな声で肯定し、男をみると「ここにご飯とかあんの…?」と不安そうだ。 『まああることを願いましょう。私たちはそれ以外の選択肢がないですから。』 私は歩き出した。