私はこういう人間だ!という人の裏側
「私はこういう人間だから」
そう言われると、
それ以上は何も言えなくなることがあります。
個性のようでいて、
どこかで誰かを少し下に置くような響き…ガーン
たとえば——
急に黙って掃除を始める人。
そしてぽつりと言うのです。
「私、汚いの無理なんだよね」
「よくこんなところで働けるよね」
その人は“きれい好きな自分”を語っているだけかもしれません。
けれど、その言葉の裏には、
「気にしないあなたたち」という影が生まれてしまう。
あるいは——
ケアレスミスの多い人がいると、
何か問題が起きるたびに
まずその人を見る人。
まだ確認もしていないのに、
「また?」という空気が先に流れる。
たとえその人のミスでなくても、
疑いは簡単に貼りついてしまう。
「私は仕事に厳しいから」
そう言いながら。
けれどそれは、
厳しさというよりも、
誰かを“下の位置”に固定する行為かもしれません。
冗談のように。
正論のように。
キャラクターのように。
けれど、
その言葉のあとに残る空気は、
ほんの少し、冷えていることがあります。
本当に強い人は、
自分の輪郭を語っても、
誰かの輪郭を削ったりはしません。
「私はこういう傾向があるの」
そう言いながら、
相手の在り方もそのまま置いておける。
それはきっと、
自分の立ち位置を
誰かとの比較で確かめなくてもいいから。
もし…
その言葉に違和感を覚えたのなら❓
それは自分が繊細すぎるのではなく…
空気の変化に気づける心を持っているということ。
誰かが下げられることで成り立つ強さよりも、
誰も下げなくても立っていられる静かな強さを、
私は信じたい。
私は、誰かを下げなくても立っていられる人でありたいと考えます。