竹内拳禅

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竹内拳禅

※昨年から少しずつ書き進めている小説のテーマは「武道」です。私がこれまでに学び、経験してきた少林寺拳法や武道の哲学を物語に込めています。主人公が己を磨きながら困難を乗り越える姿を描く中で、「力」と「正義」のバランスや、人とのつながりの大切さといった普遍的なテーマに挑んでいます。

7章 6話 獅童 vs 業火

6話 獅童 vs 業火 獅童 vs 業火 地下炉心区画。 赤錆びた配管と、低く唸る溶融炉の音。 熱気が、皮膚に張りつく。 そこに立っていた男 業火 上半身裸。 無数の古傷。 肘と膝は、鉄のように硬化している。 業火が、首を左右に鳴らす。 「俺は“殺し”で生きてきた。 試合上がりの拳法じゃ、通じねぇぞ」 獅童は、静かに構えた。 鴉羽流闘破――殺風陣の構 「知ってる」 獅童の声は、冷えていた。 「だから、 殺し合いで終わらせる」 第一撃 業火が踏み込む。 ムエタイ特有の前腕ガードからの肘打ち。 角度、速度、殺意。 獅童は、受けない。 半身 外し。 肘が空を切った瞬間、 獅童の拳が肋骨の隙間に突き刺さる。 武禅流・寸勁。 だが 「……効かねぇな」 業火は笑った。 筋肉で、衝撃を殺している。 肋骨が軋む音すら、意に介さない。 次の瞬間。 膝。 獅童の腹を狙った、ムエタイの“殺す膝”。 獅童は、  踏み込んだ。 膝が来る“内側”へ。 鴉羽流闘破・迎撃理論。 肘で太腿を打ち落とし、 同時に喉元へ掌底。 だが、業火は首を固め、耐えた。 「……いいねぇ!」 業火の肘が、獅童の側頭部をかすめる。 視界が、揺れた。 耐久 vs 破壊。 ムエタイは、耐久の武。 殴られることを前提に、骨と筋と意思で前へ出る。 武禅流は、構造破壊。 耐えさせない。 立たせない。 動けなくする。 火炎(業火)が踏み込む。 肘。 膝。 脛。 すべてが鈍器だ。 獅童のガードが弾かれ、 肋が軋む。 だが、獅童は下がらない。 踏み込みの角度をずらし、 重心が乗る瞬間を斬る。 獅童の足が、低く走る。 膝。 内側から、横へ。 「――ッ!」 鈍い音。 関節が悲鳴を上げる。 だが、業火は止まらない。 痛みを無視するように、 前へ――前へ。 獅童は、もう一度入る。 今度は肘。 肘打ちが来る“前”に、 逆関節。 ミシッと、嫌な音。 肘が、曲がってはいけない方向へ曲がる。 それでも 業火は、笑った。 「どうした……!」 口元が歪む。 「俺は……まだ立ってるぞ!」 獅童の目が、変わる。 理解した。 ――こいつは、 壊されることを恐れていない。 だから、次は 壊す段階を飛ばす。 踏み込み。 関節ではない。 中枢。 股関節。 脊柱。 首。 鴉羽流の“闘破”が、 一点に集束する。 業火の膝が、 完全に砕ける。 立っていたはずの身体が、 半歩、遅れて崩れた。 笑う。 「……それで、終わりか?」 獅童は、静かに言った。 「違う」 一歩、前へ。 「――ここからだ」 その瞬間 獅童の目が、変わった。 鴉羽流闘破・奥義 獅童が、一歩下がる。 業火が追う。 その“踏み込み”を 待っていた。 鴉羽流闘破・地返し。 床を踏み抜くほどの踏圧。 衝撃が、下から火炎の脚を破壊する。 膝が、砕けた。 「……っ!?」 体勢が崩れた瞬間。 武禅流・連環撃。 拳、肘、掌、指。 人体の“急所”だけを、正確に。 喉。 鎖骨下。 心窩。 肝臓。 業火の動きが、鈍る。 それでも 立とうとする。 「……まだ……だ……!」 最後 獅童は、構えを解いた。 そして、一歩近づく。 「業火」 業火が、血に染まった目で睨む。 「お前は、 “耐えれば勝てる”と思ってた」 獅童の拳が、心臓の位置に添えられる。 武禅流・終式。 「それは、戦場じゃない」 刹那。 衝撃は、外に出なかった。 心臓が、内側から潰れる。 業火の身体が、 音もなく崩れ落ちる。 静寂 獅童は、一歩下がり、敬礼した。 「……戦士としては、認める」 業火は、もう動かない。 冥輪五行衆・業火 死亡確認。 通信が入る。 『獅童、制圧完了か』 「……ああ」 獅童は、拳を握り直した。 「次に行く」 戦いは、まだ終わらない。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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7章 6話 獅童 vs 業火

7章 5話 五行衆 業火

5話 五行衆 業火 日輪の聖域・前室。 月輪が、ふと足を止めた。 「……来たな」 金剛が唇を歪める。 「遅かったくらいだ」 だが、モニターに映る映像を見て、表情が変わった。 各区画、同時制圧。 通信遮断。 逃走ルート、全封鎖。 「八咫烏……」 日輪は、静かに笑った。 「いい。ならば――選別の時間だ」 ⸻ その頃。 地下通路。 蓮は、ふと足を止めた。 「……血の匂いがする」 拳禅が、頷く。 「近いな。核心だ」 鴉羽は、拳を構えた。 「ここから先は、戻れん」 蓮は答える。 「最初から、戻る気はありません」 三つの侵入ルートが、 一つの闇へと収束していく。 黒津島、中央炉心区画。 決戦は、すぐそこだ。 冥輪会アジト・中枢入口 重厚な扉の前。 低く、耳障りな不協和音が空間を満たしていた。 その中心に、男が一人立っている。 五行衆が一角 火行・業火 上半身裸の肉体には、無数の戦傷。 肘と膝は異様に盛り上がり、 長年の鍛錬で“武器”と化している。 業火は、ゆっくりと両手を合わせると、 太古の戦いを告げる儀式―― 【ワイクー】 を踊り始めた。 床を踏みしめる足音。 肘を天へ掲げ、 炎を呼ぶかのような動き。 それは祈りであり、 同時に――殺戮の宣言だった。 獅童が、一歩前に出る。 「……ムエタイか」 静かに、だが確信をもって。 「なら、俺だな」 背後を振り返り、仲間たちに告げる。 「俺は武禅流を極めたあと、 単身でタイに渡って修行してきた」 口元に、わずかな笑み。 「ここは俺に任せろ。 みんなは先へ急げ」 業火が、踊りを止めた。 不気味な笑み。 「ほう…… 全員で来ても、構わんのだぞ?」 獅童は、鼻で笑う。 「舐めんなや」 拳を握り、構えを落とす。 「テメー一人、 俺には充分すぎる相手だ」 「先へ行け。 倒したら、すぐ合流する」 業火の目が、細くなる。 「それは無理だな」 ゆっくりと、 背後の巨大な溶鉱炉を示す。 「お前はここで―― 溶けて消える」 「肉片も、骨片も残らねぇ」 「名前すら、灰になる」 獅童は、一歩踏み出した。 床が、軋む。 「……なら」 低く、獣のように。 「やってみな」 拳を上げ、真正面から睨み返す。 「――行くぜ」 不協和音が、最高潮に達した。 炎と拳。 耐久と破壊。 溶鉱炉の熱が、 これから始まる“死闘”を照らしていた。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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7章 5話 五行衆 業火

7章 4話 決戦

4話 決戦 黒津島侵入 ―― 作戦【八咫烏(やたがらす)】 時刻、00:00。 黒津島上空、雲を裂く音はなかった。 夜と同化するように、三つの影が落ちていく。 竹内獅童率いる 空挺レンジャー第一陣。 パラシュートは開かれない。 低高度自由降下――HALO。 風を切る音だけが、耳を打つ。 「……高度二百」 獅童の低い声が、骨伝導通信で響いた。 「展開」 一斉に、減速用ウィングが開く。 影は静かに滑空し、黒津島の中央区画へ吸い込まれていった。 警報は鳴らない。 センサーはすでに“死んでいる”。 同時刻。 黒津島南側、廃棄物搬入口。 波間に、一瞬だけ水面が盛り上がった。 次の瞬間、 水中から影が浮上する。 自衛隊水陸機動団 音もなく、鉄製の桟橋に取り付く。 切断、解体、再接続。 監視カメラは、三分前の映像を流し続けている。 「侵入完了」 竹内輝夜の声が、淡々と告げた。 さらに――地下。 産廃溶融炉の真下。 地鳴りと共に、床がわずかに沈んだ。 拳禅が前に出る。 「……来るぞ」 次の瞬間、 床が“内側”へ崩れた。 地下侵入口。 冥輪会すら存在を忘れていた、旧設計時代の退避坑道。 蓮が先頭に立つ。 「行くぞ」 拳禅、蓮、琴音、由美子 そして鴉羽。 闇の中へ、迷いなく踏み込む。 島内、警備棟。 異変に気づいた冥輪会の構成員が、端末を覗き込んだ。 「……おかしい」 言い終わる前に。 衝撃音もなく、男は崩れ落ちた。 背後には、獅童。 「制圧。次」 次々と、光が消える。 悲鳴は、上がらない。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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7章 4話 決戦

7章 3話 決戦前夜

3話 決戦前夜 黒津島  決戦前夜 玄界灘の沖合に浮かぶ人工島、黒津島。 地図上では、国際環境保全を担う産業廃棄物処理特区として記されている。 高温溶融炉。 化学分解施設。 国外から集められた“再資源化物”。 表向きは、完璧だった。 だが実態は違う。 ここは、冥輪会の心臓部だった。 政治家、官僚、企業、そして海外勢力。 国家の裏側で繋がった利害と金が、この島に集約されている。 産廃処理という名目は、最高の隠れ蓑だった。 燃やせば消える。 溶かせば残らない。 人も、記録も、証拠も。 中国との裏ルートも、すべてここを通っていた。 偽装貨物、闇資金、武器部品 黒津島は“港”であり、“墓場”でもある。 「ここを落とせば、冥輪会は終わる」 作戦室で、鴉羽大地はそう断言した。 モニターには、島の立体構造図が映し出されている。 地下五層。 最深部に日輪の聖域。 冥輪五行衆が全員集結。 逃げ場はない。 だが、時間もない。 政界は揺れ、高石政権が発足した。 冥輪会は、次の一手を打つ前に“片を付ける”つもりだ。 「だからこそ、先に叩く」 鴉羽の言葉に、誰も異を唱えなかった。 ⸻ 作戦名――八咫烏(やたがらす) 同時多発侵入。 海、空、地下。 一瞬で制圧し、首を落とす。 獅童と輝夜が部隊配置を確認する。 「空挺レンジャー、第一陣は予定通り」 「地下侵入口、こちらで確保します」 拳禅は静かに拳を握った。 「……因縁に決着をつける時が来たな」 蓮は、何も言わずに黒津島を見つめていた。 その胸にあるのは、使命でも正義でもない。 ―― 【守る】 と決めた想いだけだ。 ⸻ 時刻、23時58分。 黒津島沖合。 闇に溶ける輸送艇の影。 通信は沈黙。 灯りは、ない。 風の音だけが、海を撫でていた。 鴉羽は、静かに合図を出す。 「――作戦開始」 その瞬間。 国家の闇に、刃が突き立てられた。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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7章 3話 決戦前夜

7章 2話 冥輪会アジト

2話 冥輪会アジト 「……そうか。よし」 低く抑えた声の直後 室内に歓声が広がった。 「おい、ついにだぞ!」 「高石紗枝が、安野晋一の後を引き継いで首相に就任した!」 安堵と高揚が入り混じった声が飛び交う。 鴉羽は、全体を見渡して告げた。 「決戦は近い」 「獅童くん、輝夜さん」 二人が姿勢を正す。 「自衛隊特殊部隊、 空挺レンジャーおよび各職種レンジャーの中から、選りすぐりを集めてくれ」 「実戦を想定した訓練を開始する。即応態勢だ」 獅童は迷いなく頷いた。 「問題ありません、鴉羽さん」 「その段取りは、すでに完了しています」 「現高石首相の計らいで昨年から準備してましか。また、極秘裏にアメリカ政府にも正式に要請済みです」 「第七艦隊所属の海兵隊も、状況次第で即時投入可能」 一拍置き、付け加える。 「もっとも、これは最終手段ですが」 「C国の動向次第ですね」 蓮は思わず声を上げた。 「……獅童、輝夜」 「君たち、一体……?」 輝夜が、少し誇らしげに微笑む。 「わたしと兄は、自衛隊の幹部よ」 「防衛大学校を主席で卒業して、 今は国防省に勤務してるの」 「……すげぇな」 思わず漏れた蓮の言葉に、輝夜は胸を張る。 「えっへん」 「だから言ったでしょ?」 「蓮兄ちゃんの知ってる頃の私たちとは、違うって」 その時 一人のオールドクロウ隊員が駆け寄ってきた。 「鴉羽さん」 「冥輪会のアジトを特定しました」 「――何?」 鴉羽が目を細める。 「由美子の機転だ」 「公園で敵に飛び蹴りを仕掛けた際、 相手にGPSを取り付けていた」 隊員が感心したように言う。 「由美子さん……やりますね」 さらに、別の隊員が報告を続けた。 「政界の動きも、急激です」 「高石首相誕生以降、均衡が崩れ始めています」 「先ほど入った情報では――」 「連立を組んでいた公民の斎川が連立を解消。石輪、岸場、岩山、他左翼思想の者達が相次いで自政党を離党しました。」 「立民の野呂と合流し、 各左翼政党と統一戦線を張る模様です」 鴉羽が低く問い返す。 「……党名は?」 隊員は一瞬、言い淀んでから答えた。 「【C道革命連合党】と名乗るそうです」 「……やはりな」 鴉羽は鼻で笑った。 「そんな露骨な真似をして、 国民の支持が得られると思っているのか」 「相当、追い詰められている証拠だ」 一同を見渡し、言葉を切る。 「今、冥輪会を叩き潰せば――」 「奴らの黒い資金源も、 C国とのパイプも、一気に断てる」 「共倒れだ」 静かだが、揺るぎない声。 「――よし」 「作戦名【八咫烏】」 「12/31 00:00をもって決行する」 「全隊員に、暗号回線で通達しろ」 輝夜、獅童、そして隊員たちが一斉に応じる。 「了解!」 いよいよ、歯車は回り始めた。 もはや、後戻りは出来ない。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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7章 2話 冥輪会アジト

7章 1話 決戦間近

1話 決戦間近 日輪の低い声が、闇の空間に響いた。 「……お前たちの失敗も、例外ではない」 「月輪。金剛」 月輪は一歩前に出る。 「承知しております。 覚悟は、すでに出来ております」 一拍、間を置いて―― 「……ですが、その前に一つ」 「天照琴音の所在が、判明しました」 その瞬間、 日輪の纏う空気が、わずかに変わる。 「そうか」 短い一言。 月輪は、金剛へと視線を送る。 金剛が操作すると、 壁一面のモニターに映像が流れ始めた。 そこに映し出されたのは 笹峰優子が、天照琴音へと変貌していく瞬間。 そして、圧倒的な速度と精度で繰り出される戦闘。 日輪の仮面の奥で、嗤いが漏れる。 「……この技」 「間違いない。天照流だ」 「なるほど……」 「天照紫苑と、鴉羽の娘。天照琴音、か」 一瞬の沈黙。 やがて、日輪は告げた。 「でかした」 「この手柄は大きい」 「お前たちの失態は 今回に限り、不問とする」 月輪は深く頭を下げた。 「……ありがとうございます」 だが、仮面の下で 日輪に悟られぬよう、静かに舌打ちする。 (“不問”か…… 結局は、使えるかどうか、だ) 日輪の声が、再び冷たくなる。 「急げ」 「冥輪五行衆を動かせ」 「天照琴音 一条寺蓮」 「二人を抹殺せよ」 「そして、鴉羽が率いる 【オールドクロウ】を壊滅させろ」 「奥義書は、必ず回収する」 言葉を切り、さらに続ける。 「政局においても、時間が無い」 「石輪の失脚は、もはや秒読みだ」 「立民の野呂、公民の斎川 あの程度では、太極は動かぬ」 嘲笑が混じる。 「保守が分裂している“今”こそが好機」 「C国と連携し、 全左翼を結集せよ」 「巨大連合政党を打ち立て、 一気に勝負をかける」 日輪は、ゆっくりと腕を組んだ。 「国家も 武も」 「すべては、我らの掌の上だ」 闇の中で、 月輪と金剛は無言で跪いた。 その胸中に、それぞれ異なる思惑を秘めながら。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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7章 1話 決戦間近

6章 7話 記憶

7話 記憶 笹峰優子(天照琴音)は、ゆっくりと目を開いた。 「……わたし……」 かすれた声。 付き添っていた蓮が、思わず身を乗り出す。 「大地さん、姉さん。優子が目を覚ましました」 ドクター鎬が近づき、静かに脈を取る。 「問題なし。意識も安定している。大丈夫だ」 鴉羽が一歩前に出た。 「琴音、体調はどうだ?……昨日のことは、覚えているか?」 優子(琴音)は、わずかに目を伏せ―― はっきりと答えた。 「はい。……思い出しました」 室内の空気が、目に見えて張りつめる。 「あなたの名前は?」 問いかけに、迷いはなかった。 「わたしは……天照琴音です」 「――えっ?」 輝夜が声を上げる。 「琴音ちゃん? 兄ちゃん、琴音ちゃんがいるよ」 獅童が目を見開いた。 「琴音か? あの琴音……ずいぶん綺麗になったな」 優子(琴音)は二人を見て、驚いたように瞬きをした。 「輝夜ちゃん……獅童くん?」 そして、拳禅へと視線を向け、柔らかく頭を下げる。 「拳禅師匠。お久しぶりです」 蓮は、喉の奥が詰まるのを感じながら問いかけた。 「……優子。俺は、分かるか?」 優子は首を傾げ、次の瞬間―― ぱっと花が咲くように笑った。 「あっ、蓮兄ちゃん。久しぶり? 元気だった?」 「……え?」 言葉が、胸に突き刺さる。 拳禅が、静かに告げた。 「蓮。覚えていないか。昔、皆伝試験で相手をしてくれた女の子だ。 あの子が、天照琴音だ」 「……あの時の?」 鴉羽が続ける。 「すまない、蓮。琴音は記憶を取り戻した代償に、 “笹峰優子としての記憶”を失っている。 脳が二つの人格を拒否した結果だ。 君と過ごした日々も……今の彼女には存在しない」 蓮は、何も言えなかった。 長い沈黙。 やがて、ゆっくりと顔を上げる。 「……分かりました。 優子が……いや、 琴音が無事なら、それで十分です」 ドクター鎬が、静かに言葉を添える。 「時間が解決する可能性は高い。 いずれ、笹峰優子としての記憶も戻るだろう。 それまで、見守ってやれ」 「……はい」 蓮は、精一杯の笑顔を作った。 「よぉ!琴音ちゃん。久しぶり。 元気になったら、また組手やろうぜ」 「蓮兄ちゃん、あれから少しは強くなったの?」 「当たり前だろ」 笑い合う二人。 だが―― 蓮の視界は、滲んでいた。 「……どうしたの? 蓮兄ちゃん。泣いてる?」 「泣いてねぇよ!」 強がる声とは裏腹に、涙は止まらなかった。 その様子を、 鴉羽たちは誰も言葉を挟まず、ただ静かに見守っていた。 それぞれが、 失われたものの重さを、痛いほど理解していたからだ。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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6章 7話 記憶

6章 6話 封印を解く条件

6話 封印を解く条件 鴉羽は、もう一度深く息を吸った。 「琴音に封じられた技と記憶が蘇る条件は、二つだった」 「一つは 琴音自身の命の危機」 「もう一つは 琴音が、心から愛する存在の危機」 「その二つが同時に重なった時、 潜在意識に封じられた “天照心陽流のすべて”が解放される」 鴉羽は、まっすぐに蓮を見る。 「……蓮」 「お前が琴音を“彼女だ”と紹介した時」 「そして、琴音がお前を見る目を見た時」 「俺は悟った」 「近いうちに、必ずこうなる、と」 「だから……準備を整えていた」 話題は、ゆっくりと現実へ引き戻される。 「政界も動いている」 「自政党保守派の高石紗枝が、次期総理の座に近づいている」 「一方で―― C国と癒着する現政権の極左、石輪、岩谷、岸場」 「立民の野呂、公民の斎川……」 「いずれも、力を失いつつある。それゆえに結束しようと動きがあると言う情報を得た」 鴉羽の声が低くなる。 「……決戦の時期は近い」 「そして今回の件で、 笹峰優子は完全に冥輪会の“処分対象”となった」 「確実に、命を狙われる」 一瞬の沈黙。 鴉羽は深く腰を折った。 「蓮君」 「……君にも危険が及ぶ」 「それでも頼みたい」 「琴音を いや、笹峰優子を、守ってくれないか」 父としての懇願。 戦友としての信頼。 蓮は、迷いなく答えた。 「大地さん」 「こんな状況でも、 優子を愛する気持ちは変わりません」 「命をかけて、守ります」 蓮は拳を握る。 「それが 俺にとっての」 【守護の拳】 ですから!」 鴉羽は静かに目を伏せた。 「……そうか」 「なら、仲間を紹介しよう」 奥の扉が、静かに開く。 足音が重なる。 現れたのは 竹内拳禅。 そして、その両脇に立つ兄妹。 竹内獅童 竹内輝夜。 拳禅が穏やかに笑った。 「久しぶりだな、蓮」 「師匠……!」 「それに獅童に、輝夜……!」 二人が声を揃える。 「蓮兄ちゃん、久しぶり!」 拳禅が続ける。 「鴉羽とは自衛隊の同期だ。……親友でもある」 「今回の件で、蓮が関わっていると聞いてな」 「助っ人に来た」 蓮は思わず声を荒げた。 「師匠はともかく、獅童と輝夜の二人は危険です!」 「新潟に帰ってください!」 輝夜が一歩前に出る。 「……何、それ」 「私たち、もう“子供”じゃないよ」 「鴉羽さんから 鴉羽流軍隊格闘術も習った」 「それに――」 「今、私たち」 「自衛隊です」 獅童も、静かに頷いた。 「いつまでも、子供扱いするな」 場の空気が変わる。 守られる側だった者たちが、 共に戦う者として並び立つ。 決戦は、もはや避けられない。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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6章 6話 封印を解く条件

6章 5話 選ばれし者

5話 選ばれし者 「そのために彼らは、 国家転覆を狙う左翼勢力と手を組んだ。皮肉なものだ。」 「そして、狙ったのが――」 鴉羽は、はっきりと言った。 天照心陽流・最終奥義 【鳳翼天照】 この奥義は天照流から心陽流のみに継承され、神影流には継承されなかったのだ。 鴉羽は、しばし沈黙した後、続ける。 「そして、天照家を存続させるための、もう一つの“掟”があった」 「当主の婿となる男には、条件がある」 鴉羽は淡々と語り始めた。 だが、その声の奥には、抑えきれない怒りが滲んでいる。 「純粋な“大和”の国籍と戸籍を持つこと。現役自衛官である事。 そして最強と認められた“遺伝子”の持ち主であることだ。 その資格を示す証が、五つの徽章。 空挺徽章。 レンジャー徽章。 格闘徽章。 冬季戦技徽章。 体力徽章。 「それらを持つ者の中から、さらに選抜が行われる。 決め方は単純だ。格闘技の試合――力だけで、序列を決める」 一拍、間。 「だが――」 鴉羽の言葉が、わずかに低く沈んだ。 「選ばれた男に与えられるのは、地位でも名誉でもない」 「提供を許されるのは――遺伝子のみだ」 室内の空気が、凍りつく。 「当主との接触も禁止。 子が生まれても、会うことは許されない」 「知らされるのは、 “選ばれた”という事実だけだ」 鴉羽は、そこで言葉を切った。 そして 強く、拳を握り締める。 「……俺は、その事実を知った」 指先が白くなるほどの力。 それは、 制度への怒りであり、 人を“血と役割”に分解する世界そのものへの拒絶だった。 「どうしても、俺は 天照紫苑に会いたくなった」 「厳重な警備をかいくぐり、彼女に会った」 「……お互い、一目惚れだった」 「そして、俺たちは、 掟を破り、愛し合った」 「それが知られ、 俺は自衛隊を懲戒免職となり、放浪の旅に出ることになった」 「それでも紫苑とは連絡を取り合い、 琴音の成長を聞いていた」 「そんな折 天翔神影流の日輪が動いた」 紫苑からの連絡を受け、急ぎ帰国した時には すべてが、終わっていた。 鴉羽は深く息を吐いた。 「……それから俺は、琴音を保護し、見守ることを選んだ」 「冥輪会、売国達からこの大和の国に迫る危機に備えるためだ」 「安野晋一前首相の力を借り、 冥輪会に対抗する秘密結社 【オールドクロウ】を立ち上げた」 一瞬、言葉が詰まる。 「だが……志半ばで、安野晋一は冥輪会に暗殺された」 「奴らは手段を選ばない」 鴉羽の視線が鋭くなる。 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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6章 5話 選ばれし者

6章 4話 天照流守護の拳

4話 天照流守護の拳 鴉羽は一拍置き、ゆっくりと言葉を選ぶように語り始めた。 「……天照心陽流と、天翔神影流。 この二つの流派は、もともと一つだった」 蓮は息を呑んだ。 「創始者は、邪馬台国の女王・卑弥呼の弟 天照武尊(あまてるたけるのみこと)」 「卑弥呼の本名は、天照卑弥呼。 武尊は、姉である卑弥呼を守るためだけに武を創り上げた男だ」 それは、戦のための拳ではない。 覇権のための技でもない。 ただ一人を守るための武。 「その武術は、卑弥呼の持つ呪術 巫女としての“精神干渉”と融合し、 やがて“必殺”と呼ばれる域へと昇華した」 「その名を 」 鴉羽は、はっきりと告げた。 【天照流守護の拳】 「この小さな島国と、そこに生きる民を守る。 そんな願いが込められていたんだろう」 「その詳細は、本来なら魏志倭人伝にも記されていた。 ……だが、後世に発見された時、その部分の記録は 破られ、失われていた」 誰が、何のために消したのか。 答えは、誰にも分からない。 「邪馬台国の滅亡と共に、 【天照流守護の拳】もまた、歴史の闇へと姿を消した」 「……だが、完全には途絶えていなかった」 「次に表舞台へ姿を現したのは、 大和朝廷・神武天皇の時代だ」 「この時代から、 【天照流守護の拳】 は“国家の影”として再編される」 「朝廷の神事を預かる一族 天照一族」 「彼らのもとで、守護の拳は密かに伝えられ、 やがて、二つに分かれた」 鴉羽は静かに、だが重く告げる。 • 皇族を“守る”ための拳 【天照心陽流合気術】 • 皇族に仇なす者を“消す”ための拳 【天翔神影流暗殺拳】 「この時点で、すでに運命は分けられていた」 「心陽流は女が継ぎ、神影流は男が継ぐ」 「天照家に生まれた女児は、 【天照】 の名を与えられ、 巫女として神事を預かり、心陽流を修める」 「だが――」 鴉羽の声が、わずかに低くなる。 「男児として生まれた者は、 その瞬間に 【天照】 ではなくなる」 「【天翔】の名を与えられ、家を追われ、 闇に生きる暗殺者として育てられる」 「決して表には出られない。 決して“正統”の名を名乗ることも許されない」 「……それが、何代も続いた」 「やがて【天翔】の一族は、 虐げられた恨みを、皇族と天照家そのものへ向けた」 「そして 天照家を滅ぼし、表舞台に立つことを悲願とした」 つづく 【本作に登場する国家・政策・事件・組織は、すべて架空の設定として構築されています。 現実の政治・国際関係・人物・社会問題とは一切関係ありません。】

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6章 4話 天照流守護の拳