お題(チョコレート)
「やるなら思い切りやれ」
騒々しい教室の隅で男子の声が聞こえる。
ニヤニヤとした少年数名が固まってなにかを話していた。
少年は料理が得意であった。
ケーキ屋さんを営んでいた祖母に小さい頃教えられた影響もあり、とくにお菓子系統に長けていた。
そんな少年のもとに、仲の良い複数の男子から声がかかる。
『バレンタインの日に、激辛のチョコを作って高木の机に入れないか?』と。
高木というのは、少年とは別のクラスの友人で、いわゆるイジられキャラに当たる子であった。
最初声をかけられた段階ではそこまで乗り気でなかった少年だが、話を聞くにつれて興味を持ち始める。
話を持ちかけてきた鈴凛はイケメンでコミュ力も高く女子人気があった。
そんな彼が頼めば多少のことなら女子も協力してくれる。
一に、『高木くんへ』と女子がふせんに字を書いてくれることが決まった。
二に、高木の隣の席の女子の協力を得て、うまいこと引き出しの中に入れてくれる了承を得たと言うのだ。
盛り上がる男子。
少年も興味を持ち始め、チョコレート作りを決めたのであった。
こんな話は年明けすぐの一月。
それから約一ヶ月が経ち、二月に入った。
少年の中で、生チョコにわさびを入れて、抹茶パウダーで色を誤魔化そう。などとレシピ自体はできていたものの、本当にやるのか。と言う疑問は拭えないでいた。
「なぁ、結局“アレ”やんのか?」
四時間目の授業が終わり昼ごはんの時間に入るタイミング。
そんな一番クラスが騒がしいなか、数名の男子がクラスの隅でコソコソとはなす。
「反対はしない」
「やるなら思い切りやれ」
ニヤニヤしながらそう言う二人に押された少年は真に決意した。
今年のバレンタインにチョコレートを作ることを。
バレンタイン前日になった。
冷蔵庫にはわさびチョコが入っている。
チョコに熱を入れた後冷やす間にわさびの辛味が消えないように、などとなんだかんだ苦労した。
抹茶のパウダーに包まれ冷やされるチョコを見て、なんとなく達成感を感じると、少年はラインで友人に「できたわ」とだけ送り、眠りについた。
けたましくなる目覚ましの音に起こされた少年は、パジャマから制服に着替え、朝食を取る。
頭の中は、わさびチョコだらけであった。
あぁ。成功するのだろうか。失敗するのだろうか。と。
ルンルンで冷蔵庫からチョコを取り出し、学校へ足を進めた。
学校につくと、鈴凛にチョコを渡す。
女子が描いてくれた付箋を袋に貼り、高木の隣の席の女子へチョコを渡す。
あとは昼休みに反応を伺いに行くだけだ。
普通学校でお菓子は食べちゃいけないのだが、なぜかバレンタインの日は、昼休みだけ許される。
もっとも、誰にも貰えない子からしたらただ悲しいだけであるが。
昼休みになる。
「おま、チョコもらったのかよ!?」
鈴凛の声が響く。
周りの男子含め、チョコを作った少年もワーワーと騒ぐ。
「へへっ、良いだろ」
そう言いながら高木は包装をあけ、チョコを手に取る。
「これ、抹茶かな?」
そう言いながら口へチョコを運ぶ。
皆が固唾をのんで見守る中、わさびチョコを咀嚼する高木。
顔が急に赤くなると、涙目になりながら「不味っ」と吐き出しそうになる。
みんなが大笑いするなか、少年だけは「辛っ」という反応じゃなかったことだけを悔やんでいた。
みんながネタバラシをすると高木は笑いながら、「マジかよー! 期待したじゃねぇかよ!」なんて言う。
少年達がいなくなり、静けさが少し増した昼休みの教室の隅で、緑色のチョコの入った袋を持った少女が一人、泣いていた。
「そんなにもおいしくなかったのかな……」
赤く腫れた目を擦りながら、『来年こそは美味しいチョコを作って恥ずかしがらず、こんな方法じゃなく直接渡すんだ』そう心に誓った。
包装を開け、口に入れたチョコレートは少ししょっぱくて、ツンと辛かった。
「辛っ」