揺蕩う夏の浜の青
波の音。
一人の少年。
その少年は何かを渇望しているような背中をしている。
風が走った。
少年はこちらに振り返って目を細めた。
今思えば少年は笑っていたのかもしれない。
突然だった。
私が瞬きした刹那、少年は海に沈められていた。
大柄のスカジャン姿の男は、携帯電話に煙草、それからいくつかの硬貨を足跡のように落としていた。
そしてその男が少年を沈めていた。
大きな波がテトラポットに打ちつけた。
波が去ると辺りは静寂に包まれた。
男は落とした足跡を拾い上げ、自転車に跨って去っていった。
少年は波に乗って漂っていた。
すると一人の少女が波を掻いて歩いていった。
少女は少年を見ているだけだった。
少年の金髪が海に溶けている。
少女はその髪を一撫でし、額を近づけた。
その瞬間少年は目覚めた。
驚いた少女は俯きながら逃げていった。
そう、これが青の始まりである。
少年はあの日から少女に恋をしていた。
目を覚ました瞬間。
一秒だけだったが、その一秒が少年を虜にさせた。
薄碧のセーラー服、指定カバンの校章、少年は少女が“常陸清夏女子高校”の生徒であることが分かった。
一方、少年は所謂ヤンキーが多いことで有名な森宮高校の生徒だった。
少年はどうしても少女に会いたかった。
少年には見えていた。
この腐った人生を照らすことができるのは彼女ただ一人だと。
それから数ヶ月、季節は冬。
少年の恋心は未だ健在だ。
恋が少年を変えたことが明白であるということは、ブロンドのような金髪から黒と金のグラデーションの髪色になったことからも伺える。
今までは周りに合わせて虚勢を張って“なんとなく”ただそれだけの理由で染めていた髪だったがそれももう必要が無くなったからだ。
一方、少女は秋にあった文化祭で他校からの人気を博していた。
少年はその噂を聞きつけ、その波に乗って常陸清夏高校に行くことにした。
少年は少女が通う学校に行けたものの少女には会えなかった。
そこで少年は「彼の少女に“来年の夏、あの海で”と伝えてくれ。」とだけ残しその場を去った。
少女はその伝言をきちんと受け取った。
其の日。
夏雲達が降りかかり、波の声をも飲み込んだ。
岩陰に隠れていた少女は唯一つ、此方に向かってくる足跡を聞いて振り返った。
其れは勿論、あの少年だった。
少年は海に揺蕩う表情とはまるで違う、くしゃっとした笑顔で少女に向かっていった。
少女もそれにつられて笑顔で手を振っていた。
私が記すのはここまでだ。
“そして二人はこの先も、この浜辺で手を振り合って笑い合っていくだろう。”とでも書いておこう。
此の青は、異なる地に生きる二人の若者が巡り合ったことで染まったのである。
私は誰かって?
語り手は未だ、詠み人知らず。